一日目(8)
2019/09/11 5:12 鎖の描写を追加
どこか眼が泳いでる添乗員は、ヒュペリオンを壁の取り付けフックみたいなモノに貼り付けた。
「で、では、作戦を続けます。受理ちゃんへ業務連絡。これ以降、制圧目標を『要塞砦』と書いて、ケフラットと呼称します」
その肩には、自分と同じ制服姿の受理ちゃん壱。
「はいはぁーい! 受理されましたぁ❤ 『固有名、〝リゴBe3Al2Si6O18フープ〓烏領の要塞化砦ヶ♭〟を〝要塞砦〟と表示設定しました。』
受理ちゃん壱の復唱と同じ文面が、座席モニタに表示される。
急に覇気が感じられなくなった大人に、何て声をかけたら良いか判らずに、僕とケリ乃が囁き合っていると。
「あれ? 元気ないね、お姉さん」
「そうね、元気出してよ、お姉さん」
双子達が、意気消沈中の甲月お姉さんの腕にまとわりつく。
「双一様~、双美様~、お気遣い有り難うございます~」
両腕を激しく揺さぶられ、されるがままの大人。
「ズングリしたのが、整列しだした……かも?」
ずっと窓に張り付いたままの中学生から、通達。
「イテケオキョ」
次葉の頭の上の、セーラー服姿の〝受理ちゃん伍〟が、呪文みたいな言葉を発した。
それに応答するように、甲月へ報告する壱。
「一時から四時方向、敵性兵力、ケフラットモールの一個大隊が、扇形の陣形配置を完了しました。距離30メートル」
ドガン! ガゴン!
窓に金属の様な堅く重量の有るモノが、ぶつかる衝撃音。
「あぶない! 窓から離れてっ!」
ケリ乃が髪を振り乱して、再び中学生を窓から引きはがす。
勢い余った美少女は、双美が座っていた座席へ突っ込んだ。
「きゃっ!」「ぅをわぁー」
座席へ倒れ込んだケリ乃の膝の上に、次葉がちょこんと着席する。
「大丈夫です。危険度Dのモンスターは、魔法が使えないので、対爆対エレメント仕様の金糸雀號の装甲を破ることは出来ません」
まとわりつく双子達の手をやんわりと引っぺがしながら、危険が無いことを説明する大人。
ガン! ゴガン! バキン――!
凄い数の斧とか金槌みたいなヤツが、窓にぶつかり続けている。
「ほんとかな? さっき妖精が割って入ってきたよなー?」
「妖精は魔法を使ってたからで、ズングリはソレが使えないと思われ……ますが?」
そう指摘する次葉を、なるほどねと後ろからケリ乃が抱きかかえている。
そうしてるとまるで姉妹のようで、微笑ましい――とか言ってられないくらいの、連続攻撃。
――ドドッガガガガガッゴンゴゴゴンッ!
バシャンッ――ビキッ!
とうとう窓にヒビが入った。
「マブマコ」
窓に一番近かった双美の後ろ頭に張り付いてた、受理ちゃん陸からの呪文。
「魔力検知! 物理攻撃の中に、魔力攻撃が、混在していまぁす!」
壱が甲月へ伝令する。
「皆さん下がって下さい。どうやら、投擲武器の中に魔力付与された特別製が混じっているようです!」
壁のフックに取り付けるように置いておいた、〝戦術級携帯兵器〟を再び手にする兵士甲月。
窓の下、タッチパネルみたいになってる部分を何度か指先で撫でる。
隔壁が上下から窓をふさぐ。
ガラララララッバシャバシャバシャバシャ――バッシャン!
彼女が操作したヒビが入った窓から伝播するように、閉じられていく隔壁。
(――ドドッガガガガガッゴンゴゴゴンッ!)
右側の窓が全てふさがれ、いくらか伝わる衝突音が小さくなった。
■
「車手会田へ業務連絡。右側面透過モードオン、通常レイヤーで投影されたし!」
『会田丁字/金糸雀號専属乗務員兼運転手』
甲月の言葉に反応した、座席のパネルに表示される、乗務員正式名称。
「こちら会田、了解。右側面透過モードオン、通常レイヤーで投影。対象は全乗員総勢七名――」
運転手さんの声が、壁や天井から聞こえてきて、座席のパネルが消えると同時。
ヒュパパパパパパパパパパッ――――少し半透明だけど、それでも圧倒的な臨場感で外の様子がバスの右側一面に表示された。
「うっわ! きゃっ! すっげー! すごーい! ひゃはぁ!」
車内にわき上がる歓声。
……あれ? ちょっと待て、コレ、頭動かしても投影されてるだけのはずの、ズングリ共が動かないぞ。
「うっわーーーー……」
僕はその真価に気が付き、口から声を漏らした。
単純な透過映像なら、視線を動かせばそのカメラアングルが破綻する。
視線を検出してリアルタイムに生成された拡張現実技術なのだとしても、コレは全然話が違う。
ケリ乃や抱えられたままの中学生。双子達の様子や、甲月の視線――間違いない。
――だってコレは、拡張現実技術×人数分だ。
受理ちゃん達一連の〝まだ世の中に出回ってない映像技術〟。それが遺憾なく発揮されている、
(――ドドッガガガガガッゴンゴゴゴンッ!)
ケフラットモール達からの攻撃は、とどまることを知らないっぽい。
兵士甲月が、再びタッチパネルを操作。ヒビが入った窓を――ウィィィィン、パキパリ、カコン。
乗用車のパワーウインドウのように、全開。
窓枠の下から引き出した鎖に、自分の腰のベルトを繋いでいる。
隔壁中央、上下から合わさった部分にもあるパネルに触れる甲月の顔は真剣で。
「……ひとまずここから逃げ……避難しませんか?」
勇気を出して、慎重に意見を申し出てみたけど、返事は無く。
シュカッ!
開いた隔壁中央の隙間に、くすんだピンク色の長い銃身を差し込む兵士。
「皆様、着席して下さい!」
その語気は強く、かなり本気で。
『戦闘開始につき、着席の上シートベルトを着用して下さい。』
座席表示される、見慣れてきた注意表示。
僕や双子がばらばらに着席するよりも早く、――――ピピッ♪
〝戦術級携帯兵器〟から小さな火が発射される。
――――チュィィィィィン、ヒュッボッ!
「フンゴフーン――!?」
金糸雀號を遠巻きにしているズングリのウチの一体が、小さな火に向かって、吠える。
「受理ちゃんへ業務連絡。指揮官らしき個体を発見。以降、〝ズングリリーダー〟と呼称します」
甲月は、銃口をズングリリーダーへ向けた。
「はいはぁーい! 指揮官と思われる個体を識別、以降、〝ズングリリーダー〟と呼称しまぁす」
ボボボボボボボボボウッ!
火は急激に加速し、火球って言うか、一抱えはあるほどの熱源に成長していく。
――ボボボボボボボボボウッ!
甲月は、銃口を妖精から離さない。
――ボボボボボボボボボウッ!
甲月は、銃口を妖精から離さない。
――ボボボボボボボボボウッ!
甲月は、銃口を妖精から離さない。
――――――――ゴワォウッ!
火球の成長が止まった頃には、その直径は既にバスの全長くらい有った。
それは、〝戦術級携帯兵器の決定版〟という触れ込みを体現していて、地面に半分めり込んでいる。
火球付近の地面やズングリや落ち葉なんかが、凄い勢いで燃え広がっている。
火球の中央は、更に高温だろう。
妖精よりは図体もでかくて、凄い数だけど、なんだコレならそんなに心配することも無かったかもな。
けど、甲月の顔は真剣なままで、注意表示も着席を促したまま、いつまでも消えない。
『10』
巨大な火球の中に青色の数字が表示された。
「じゅう?」「じゅうだね」
「「「きゅう、はち……」」」」
突如始まる年越しカウントダウンみたいなの。
数字が7くらいから、ケリ乃も混ざる。
「「「「ごぉー、よーん……」」」」
甲月が銃口を右にゆっくりと動かしていく。
姿を現す、真っ黒焦げで球状に抉れた地面。
「「「「「さん、にー」」」」」
僕も、その合唱みたいなのに混ざった。
せめて僕も応援したかったのだ。
火球とソレを操る甲月を。
火球は再び左側に戻ってきて、ゆっくりと最初の着弾地点をあぶっていく。
火球はそのまま通り過ぎて、再び現れる、焦げて抉れた地面。
ヒュン――縮む火球――ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!
周囲の木々を放射状に薙ぎ倒す、凄まじい衝撃。横揺れには弱いのか、初めてサスペンションが軋む音を聞いた。
甲月がバスに繋いだ鎖に支えられながら、銃身を隔壁のスリットから引き抜く。
一瞬だけ、外の様子がかき消え、本来のバスの中に取り残される。
ヒュパパパパパパパパパパッ――復旧するリアルタイム外部映像。
その中央、消し炭のようになった、ズングリが倒れていく。
ドサドサドサボロボロロッ。
「――フゴッフゴフッ」
はっきりと聞こえるズングリリーダーの鼻息。
真っ黒に焦げた頭の横にスピーカーのアイコンが点滅している。
「敵性兵力、43の沈黙を確認。指揮官と思われる個体の生存を確認。ズングリリーダーを表示設定します」
ジジジッという効果音と一緒に輪郭をレーザーみたいな光で縁取られる、消し炭。
その足がコチラに一歩踏み込む。
ソレを合図にして、背後のズングリ達が、一斉に雄叫びを上げた!
僕らは戦慄する。あの、ズングリした奴ら、正式名称〝ケフラットモール〟達が、一目散に向かってきたからだ。
姿勢を正した甲月が、ため息をついた。
「はぁ~。誠に残念ですが、敵が講じたヒュペリオン2への火炎対策が、殊の外、効果的でした~」
「対策って何よっ! アイツら一目散に向かってきたわよっ!」
「……火炎耐性10と、……物量作戦――ですか?」
「ちょ、チョット怖いね」「そうだね、迫力あるね」
それまで大事そうに抱えていたヒュペリオン2を、天井から降りてきたケージの中に仕舞う寂しげな背中を、気遣ってる場合でも無い。
「な、なら、ひ、ひとまずここから避難しませんか?」
僕の提案を再び無視して、甲月は白手袋の手で顎をさすりだした。
なんか、おっさんみたいな仕草で、考え事をしている。
アンタヒゲなんか生えてないだろう!
ピンチに陥ってしまいました。どうしますかね。