四日目(15)
また、間が。毎日投降できたら良いのだけど。よろしくお願いします。
「あっ、つらい! コレ、見た目以上に、えげつなっいんでっすけっどぉ~~?」
着ぐるみが凄まじい勢いで、腹筋運動を続けている。
その顔面に浮かぶカウンタ表示は、既に500を超えている。
話を聞いた感じだと、甲月なりに事態を収拾すべく行動した結果なので、そろそろ許してやっても良いのではと思う。
それに、あの強化服で甲月が戦線復帰できるなら、まだ見ぬ斥候も敵軍も物の数では無い気もするしさ。
「ザッ――――、安心しろ、四桁いったら自動で止まる」
着ぐるみの顔面カウンタが通話マークに切り替わり、リィーサの声が聞こえた。
中途半端な姿勢で停止した着ぐるみが悶絶する。
甲月が、雑な仕事や失態を責め立てられるのは、もう見飽きている。
その点、僕とケリ乃と会田さんを挟んだ反対側で進行中の状況は、真新しい出来事と言える。
「ヤヤヤヤ、ヤ、ヤツがこの場に現れることが無いってのは、フォッ、本当なんだろうな!?」
生まれたての子鹿のような二太郎先輩。
その周囲に座って、細い足や黒衣にまとわりつく、双子とお嬢様。
計4名をドーム状に取り囲んでいるのは、ギザギザに折れ曲がるワイヤーケーブル。
クロスした腕を天に向けた二太郎から、噴水のように放物線を描く射出体。
半径2メートル程度の接地部からは放電が迸り、不可侵の結界と化していた。
内部空間に害はない様で、ワイヤーを流れていく放電をまるで仕掛け花火を見るかのように、小さい子達が楽しそうに眺めている。
射出体に紛れ込ませた、極細のロボットアームで小さい子達を回収したイケメン・コスプレイヤー。
我に返った彼が立てこもる原因は、タイムビューア。
彼は謎のオカルト箱の〝物理法則外の脅威〟から、小さい子達を守っているつもりなのだ。
さっき受理ちゃんが「実害ありませぇん」って言ってたのはこういうことか。
「はい。たぶん、今は旅館のスウィートでゲームやってると思いますよ、……夢中で」
僕が子鹿先輩にタイムビューアのことを説明すると、
「ソレなんだけどさ、今日の宿泊地ならネット対戦できるよ」
「え! ホントですか! 実はアイツと対戦したいなって思ってたんですよね~♪」
会田さんが〝楽しそうなこと〟を教えてくれた。
「ゲームだとぉう? ハァ~~? じゃあ何か……ヤツとは意思疎通が図れるというのかっ?」
――――――シュルルルルルルルルッ、カッチャチャチャチャッ。
解放される引き金。自動的に折りたたまれていくワイヤーケーブル。
――――――チキキキッ、カキッン!
射出体を全て回収し、元のピストル状態に戻ったソレを白衣の懐に仕舞う。
「――――ならば、ヤツは既に脅威などでは無いではないか!!! フファファファファァッ――――タイムビューア、恐れるに足らん!」
憑き物が落ちたような清々しい顔。
高らかな勝利宣言――――ズッヴァ、――――ズッヴァ、――――ズッヴァ、――――ズッヴァ、ヴァバヴァァァァッハァアーーーーーーーン!
僕達全員に個別の見得を切ってから、二太郎が完全復活した。
リィーサですらタイムビューアには、ネジ一個にまで分解したりと色々試した挙げ句、敗北宣言を出してたけど、二太郎先輩ならなんか、根本的な対抗手段を発明とかしそう。
反り返る黒衣の背に、黒羽根がひるがえる!
「「「――ズバーン!」」……ババン?」
黒衣の使徒と化した年少組が、反り返る!
しかし、小さい子達にえらく気に入られたな。
よし、コッチはもう大丈夫だ。僕とケリ乃と会田さんが反対側に向き戻る。
「え? あと、半っ、分っ!? くるしっ、つらいっ!」
再開される、着ぐるみによる強制ペナルティー。
――――キュキュキュキュッ♪
小鳥の囀りに聞こえないでも無い、甲月が発するサーボ音。
僕達は、その音を聞きながら、天文台の方々に平謝りし、粉砕されたイスやテーブルを片付けた。
◇
――――キュキュキュ、キシュゥゥーーーーゥゥン!
小鳥の囀りは、僕達の前にデザートが運ばれてくる頃にようやくとまった。
パッパパーッ♪
――ファンファーレと共に解放される着ぐるみ在中。
「64メートル出たっ!」
「いいなーーっ!」
「でも12メートルのも……カワイイよ?」
デザートと一緒に運ばれてきた小さなカプセルの中身で一喜一憂する小さい子達。
「ん? 僕のもあげようか?」
『袴ヶ原天文台キーホルダー/シークレット入り全5種』を、持ち上げてみせる。
「ダメよ、佳喬ちゃんは自分のをちゃんと持ってて」
もう、日が傾き始める、この時間にもかかわらず、今だ斥候のセの字も発見できていない。
「そ、そ-だよね」
僕から未開封のキーホルダーを貰おうとしていた双一の手が止まる。
「トレードはOK。でも思い出になるから一つはちゃんと貰って帰ること、いーい?」
「「「「「「「「はーい」」」」」」」……了解?」
小さい子達には『64メートル電波望遠鏡』が行き渡り、僕は『展望台カフェ』、ケリ乃が『12メートル電波望遠鏡』を手にした。
シークレットである『64メートル電波望遠鏡』を子供達に融通したあとで、大人達もトレード合戦が始まって、なんかもう子供かと思った。
残った中では一番人気の『12メートル電波望遠鏡』を掛けたじゃんけんで、虫の息の甲月がグーを出して勝利したのは、男性陣なりの配慮だったのだろう。
「じゃ、わ、私はリィーサに、昼食を――、ゼーバーッ――、届けてきますねぇ~」
2食分の紙箱とキーホルダーを抱えた着ぐるみがテラスから落ちるようにして、――落ちた。
大丈夫なのかアレ?
ジッと時計を見る。
現在時刻は――『PM02:35 970gal◔』。
深夜に旅館屋上で監禁された時から、だいたい12時間。
色々あったけど、異世界方向には何一つ進展が無い。
もう太陽も傾き始めるころだし、そろそろホントに〝全世界ジェノサイド〟しないように、対策を練らないといけないんじゃ無いでしょうか?
「これ、辛みがあって美味しいな……もぐもぐ」
とはいっても単なる乗客である僕達に出来ることは少ない。
僕は口にサンドを押し込み、『展望台カフェ』キーホルダーを財布のファスナーに付けた。
◇
テーブルに並んでいた電子機器のウチ、三分の一くらいがおシャカになった。
駄目になった機材を白衣の内ポケットに戻していく二太郎。
「どーすんスか、そろそろ基本的な計測だけでも進めておかないと、いろいろ時間が足りなくなりますよ。っていうか、最寄りの昇降機からココまで、何で来たんスか先輩?」
二太郎を責める口調で会田さんが言っているのは、計測機材の予備を先輩が乗ってきた乗り物にストックしてないのかと言いたいのだろう。
昇降機ってのは、この地上とは別扱いの謎の地下空間にある、鶯勘校研究所の補給基地みたいな所とのアクセス経路のことだ。
「は? ゲタで十分だろ、せいぜい30キロだったし、5分も掛からんかったゼ?」
――――ズバァーン?
オカルト木箱を克服したゼツヤ先輩が、聞き捨てならないセリフを言い放った……、んぇっと、時速360キロオーバーの……ゲタって。
――カカッ、コロンッ♪
軽やかに鳴らされるゲタ。
その『鶯勘校』の銘入りの木製サンダルに、ジェットエンジンが付いているようには見えない。
例の『鶯観光』スリッパよりも木製な分だけパワーがあるのかも知れないけど。
しかも、ミスター虚弱体質にも装備可能な、防護性能も有している。
「受理ちゃん、聞いてる? 時速360キロって本当?」
ゲタで新幹線以上の速度が本当に出るって言うなら、生身の体をどうやって保護してるんだろ?
「はぁい♪ 聞いてまぁすぅよぉう~、結論から言いますとぉ、入力氏の大言壮語と思われまぁすぅ~♪」
「たいげんそうご……、ハッタリって事? 何でまたそんなウソを? ……ひそひそ」
「あのゲタわぁ~、装備開発局による製品ですのぉでぇ~、見栄を張りたかったのだと思われまぁ~すぅ♪ ……こしょこしょ」
それでも、スリッパだって瞬間的に姿を消すほどの加速を見せるわけだから、最低でも時速100キロ程度は軽く出るハズだ。
そう考えると、鶯勘校の装備の全てがチート過ぎて、改めて恐ろしく思えてくる。
「じゃ、どーします? 甲月に言って足りない機材を持ってこさせますか?」
って、駄目になった機材を外してキビキビと動く会田さんの足下は、制服とセットのブーツ。
アレだって、かなりの巡航速度で移動できる。
初日に置いてかれた甲月が金糸雀號(法定速度)に追いついてきたしな、徒歩で。
住居ローダーも凄いスピード出してたし、最大戦速の金糸雀號が(ニトロとか積んでるし)どれだけ出せるのか判らないけど…………、時速500キロくらいは平気で出そう。
でも、たとえリニア並の性能があったところで、敵の位置を特定出来なければ宝の持ち腐れだ。
「じゃあ、必要な追加機材は俺が用意するから、後輩は測量の手続きを進めてくれ――――ズヒュルルラァァッ!」
了解した会田さんが、テーブルの上に残っている機材をまた一から繋ぎ始める。
「ではコレよりっ、〝偽籍測量〟術式を開始する! 〝目利きの少年〟……えっと、〝紙式〟君と言ったか? 君の背中に境界標を埋設するっ! ――――ズッヒューン!」
二太郎の手に握られているのは、また別の拳銃型の装置。
「ちょっとまって、なにその先っちょのとんがったヤツ!」
そんな〝乾電池(単4)〟みたいな大きさの物を埋設するスペースなんて、僕の背中にはありませんけど!?
◇
「佳喬君、今、体がガタガタゆれてくすぐったい感じはするかい?」
「いえ、今は治まってます」
「じゃ、目利きの少年の生体データ計測を開始するっ――――ズヴァァァァァ!」
横に並べた椅子に座る小さい子達の体も少し斜めになる。
テーブルをどけた空間に僕を置いて、正面には会田さんと、破壊を免れたあり合わせの計測機器。
スグ近くには、二太郎と三脚に取り付けられた〝極秘装置1-14α〟。
パラボラ光線銃は、〝測位衛星用地球局〟って書いて〝リフレクター〟って呼ばれてて、僕の体に作用している〝異世界勢力斥候〟の影響力を〝視覚化〟できる装置だ。
ふーっ。みんなに囲まれて、バイトの面接でもされてる気分になってくる。
「受理ちゃん、確認したいんだけどさ、僕の不調と試金石に何の関係が――――」
「――――ダメダメ、イイって言うまで静かにしていてくれよ? ――――ズハァーーン?」
「「「ずはぁーん?」」……ぷぷっ?」
くそう、みんな何で笑ってんだよ。今ちょっとケリ乃さんまで、一緒になって斜めってたし。
僕は見た目は鋼鉄製だけど軽くて伸び縮みする、謎の鎖でもう一度イスに縛り付けられた。
ちなみに、さっきの〝境界標(単4)〟はチクリともせずに、その中身だけが僕の体に埋め込まれた。
中身は2センチくらいの長さの毛糸みたいな物で、一週間程度で体外に排出されるらしい。
◇
会田さんの目の前に置かれた、88鍵くらい有りそうなやたらとひょろ長いピアノの鍵盤みたいなの。
ソレに接続されているのはコレまでにも何度か見ている、突起が付いた円盤みたいな装置。
金糸雀號の移動ラボの天板から出てきた、なんだっけ?
ラボの天板では、受理ちゃんがイス代わりにしたり、甲月研究員が文鎮みたいな使い方してた。
仮想空間を固定するというか、周囲の動きを一括で取り込むためのデジタイザみたいな役割を果たす装置。
サイズは小さいけど、異世界の灼熱地獄に打ち込んだ電子基準点と同じような物だと認識している。
あっちのでっかいマッチ棒みたいなのは、たしか〝超高精度次元なんたら局第一号〟とかいう名前だった。
そして、もう一つ二太郎が空いてしまったテーブルの上に最後に置いたのは結構大きな、個人用の冷蔵庫くらいの大きさの箱だった。
その金属製の筐体表面が焼け焦げている。
そして、それも数珠つなぎになった計測機器の末端に接続された。
懐から取り出した指揮棒で、何か見覚えが有る最後に繋いだ箱をコツコツとたたく二太郎。
「それ、ロボロボAIに似て――――」
つい口に出したと同時、指揮棒を振り下ろす二太郎の指揮で、会田さんがキーボードの端を押した。
――――カキッン!
三脚にマウントされ光線銃を握っていた小さなロボットアームが、トリガーを引いた。
ヴォォッフォッンン――――――――!
瞬間的に僕の全身が謎の振幅で埋め尽くされた。
「――似て」
「――――似似てて」
「――――――似似て似似てて似てて」
震える全身。発した言葉が反響し、いつまでも体内で増幅されていく感覚。
「〝敵性反応〟を検出」
という会田さんの言葉に反応して、再び振り下ろされる二太郎の指揮棒。
「よし、信号抽出の後、量子暗号の復号化プロセスに入るゥゥゥ――――ズッバァァァァァン!」
会田さんの広げた指先が、カマキリみたいに持ち上げられた。
バァァァァァッ、ファァァァァァァッン――――――――♪
鳴らされる鍵盤。近くに繋がれた小さなスピーカーがパワフルな出力で音を出した。
ヴァァァ、ヴァァッファッンン――――――――♪
ヴォォッフォッンン――――――――!
音の波長が、僕を揺らす謎の波長と同調していく。
「似似て似似てて似てて、似て似に、にににににににに――――――――――――ニーテ、にーて、いぇあう゛ぉろう゛ぉろ――――えれす」
声は口から勝手に漏れていく。
そして、体内の空気だか水分だか、その上を流れる振動だかが停止して、――――――逆向きに巻き戻っていく奇妙な感覚。
強い耳鳴りに眼を瞑る。
真っ暗なはずの瞼の奥。
ノイズでしか無かった殆ど見分けられない濃淡。
その斑が増幅され、二つの光源になった。
現れた光の軌跡で視界が勝手に開けていく。
正面に、二太郎と機材と会田さん。
光線銃があるあたりは、強い影みたいなのが居座ってて、全然見えない。
視線を動かすと、横に並んで座るケリ乃達が見えた。
体はまだ震えてるけど、しびれて動けない感じはもう治まっている。
僕は静かに眼を開けた。
なんだ!?
一瞬、昨日見た〝鏡地獄〟かと思った。
ココには球状の鏡面なんて無いし、ソレを照らす灼熱の輻射熱も無い。
有るのは歪められ、画角が狂った望遠レンズみたいな視界。
僕の眼がおかしくなったわけじゃ無さそうなのは、ケリ乃さんが慌ててイスから転げ落ちてることからわかる。
この膨張していく光球からみんなを守ろうとして、二太郎が指揮棒を投げ捨て、仕舞ったばかりのアンテナピストルを黒衣から抜きだしている。
会田さんも、接続された機材を操作し、メインスイッチを落としていく。
何だったっけ、確か〝偽籍測量〟とか言ってたな。
上手くいかなきゃ罰則金の支払いまで生じるって言う、鶯勘校的に望まれない状況。
いま僕達はその状況に近づきつつあって、それは僕達乗客全員の安全をも脅かすことで、このまま行けば〝全人類ジェノサイド〟もやがて訪れる。
スゥゥ――――!
僕は止めていた息を吸った――――!
すると膨張する光の湾曲が急激に拡大する。
息を止める――――、と光球も停止した。
視線を動かすと、そっちの方が明るくなって、いま僕が拡大した湾曲に押しやられたケリ乃さん達が、もの凄くよく見えた。
でも、このまま息を止めてなんて居られない。
「スッハァッ――――!!」
僕は残っていた吸気を全部吸ってしまった!
あわてて、ケリ乃達を見――――――――。
たけど、ソコには何も無いリノリウムの床が有るだけで、床はドコまでも続いていた。
目を凝らしてみたけど、僕とイス以外には何も無い。
正面を向いても、何も無い。
会田さんもみんなも、二太郎も三脚も壁も天井も窓も、全てが無かった。
体を包んでいた振幅が消えている。
落ち着け!
思い切り吸ってしまった息を静かに吐く。
フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――――――――――――――――――――――――!!!
息を吐ききる直前、遠くの方に何かが見えた。
正面にいるソレに目を凝らすと、ソレが椅子に座る人だとわかった。
それはは、カフェのイスに縛り付けられれた、若若い男性。
黒黒い長長袖シャツににデニムム。
僕が最後に残った息を吐ききると、その遠くに見えていたイスが、目の前にまで近づいた。
その動きは滑らかだったけど、息を吐ききる瞬間の呼吸の乱れを拾ったらしく、空間的な瞬間移動をするタイムビューアの動きみたいにも見えた。
そして、イスに縛り付けられた彼がこちらを振り向く。
でも、ソレはおかしい、僕は後ろを振り返ったりなんてしていない。
「░░、░░░░?」
僕そっくりの彼が発した質問は意味を成さず、僕は答えることが出来なかった。
可聴域を超える発音のせいで聞き取ることが出来なかったのか、はたまたその言語を理解する知識が無かったのかは判らない。
ただ、その顔を埋め尽くす大小様々な、敵機や攻撃予測を示す三角錐の赤色だけを覚えている。
世界の一端が目視確認できる現象として姿を現しました。応援よろしくお願いします。




