四日目(11)
暫定ですが。よろしくお願いします。
「母さん、おはよう。どうしたのこんな朝早く……大丈夫だよ、みんな仲良くやってる。……え、次葉ちゃんの位置情報が、一昨日、泊まった旅館に居るって?」
あー、僕はスマホのマイクを親指で塞ぎ、多目的スペースの高い天井を仰いだ。
そりゃそうだ、いま僕達は実際に、本来二日目に宿泊予定だった旅館にいるのだから。
「これはとんだ失態を、社内のゴタゴタで各種隠蔽工作が正常に機能していなかったようです……ひそひそ」
僕の声を聞いた木宿さんが、例の折りたたみ式の金属板を操作しながら、耳打ちしてきた。
そして、差し出される手のひら。
「――お電話代わりました、おはようございます、佳喬君のお母様でいらしゃいますか? 私、鶯観光取締役の木宿と申します。……はい。……はい、いえいえ、こちらこそ、佳喬君には小さなお子様達のご面倒をよく見て頂いておりまして~、……とんでもございませ~ん、私共でも大変感心することしきりで――――」
さっきまでの鬼の指揮官ぶりがウソのような変わり身……っていうか、こっちの表の顔の方が素なんだと思う。
「――これは、紙式康寛様さま、私、ツアー契約の際にお会い致しました木宿です。この度は誠にご迷惑をおかけ致しまして大変申し訳ありません。我が社の添乗員がバカなのに風邪で寝込んだりするものですから、まったくもう、おほほほっ。……あら、いえいえ、そう言って頂けると助かります」
通話の相手が、父さんに代わったみたいだ。
「つきましては、誠に勝手ながら当初の旅程を変更させて頂いております。現在は添乗員も回復しましたので、本日より再び業務に復帰させますが、その合流の手はずを乗客の皆様ともご相談した所、強いご要望が有ったモノで――」
周りを見たら、大人達は無音で撤収作業を続けていた。
重機や、巨大コンテナを運んでる人の足下には魔方陣が浮き出てるけど、それ以外の人たちは自前の体捌きだけで物音一つ立てずに動いている。
鶯観光制服の形状保持力(形状弾性)は、体の力をぬいても立ったまま寝られるほどなので、衝撃緩和や体温調節だけじゃ無くて、パワーアシストの類いもやっぱり付いてたんだろうな。
僕達が借りた制服は、その機能を完全にはオンにされてなかったけど、会田さんがそのフル機能で立ったまま居眠りしたりしてたから間違いないと思う。
「――とはいえ、療養先まで金糸雀號で引き返すという大変なタイムロスを引き起こしてしまったのは私共の、いえ私の不徳の致すところであります。――この度は誠に申し訳ありませんでした」
腰を引き、深々とお辞儀をする鶯観光取締役。
鬼の気配とも違う真剣な雰囲気。ソレを感じ取った半径5メートル内の大人達がピタリと停止した。
「――ちょっと代わって下さい。……もしもし、父さん?」
いつまでも、くの字に折れ曲がったままの取締役から、僕はスマホを取り返した。
「……うん、ごめん、また連絡が遅くなって。うん、コッチは問題ないよ。いま、体調崩した……甲月さんって言う添乗員の人を迎えに来てたんだよ――」
心配そうな木宿さんに〝大丈夫です〟と手を上げてみせる。
そしてその手を今度はぞんざいに振って、無音でノシノシ歩いてくる〝住居ローダー〟を追い払った。
どうせその全身防音機能も結構な量の電力だか魔力だかを使ってるんだろ?
あとで困らないとも限らないし、無駄使いはやめとけ。
「――小さい子達は高速道路に何回も乗れたから喜んでたし、バスの中でゲーム大会も出来たから僕もケリ……莉乃ちゃんも楽しめたよ。……うん、うん……じゃ木宿さんにかわるね」
ゲーム大会で盛り上がったのはウソでは無い。
「――度々失礼いたします。詳細は後ほどメールさせて頂きますが、本日四日目の観光プログラムについても、若干の修正を行わせて頂くことになります。それでご相談なのですが、予定しておりました科学館見学の一部を変更して、よりグレードの高い社会見学の為のカリキュラムをご用意させて頂くことが出来るのですが、いかがなさいますか?」
◇
シュッゴォォォォォォォォォォォォォォォォッ――――――ボム、ボボム、ボボボボッ――――チチチチッ♪
ピピピピピピピピッ――――ゴゴゴゴゴッガァン、キュボムンッ!
僕が黒板代わりに使ってた多目的スペースの壁面が、切断されて爆散した。
その塵や小さな瓦礫は下へは落ちずに、滞空する無人ヘリに吊られたコンテナに吸い込まれていく。
そんな魔法を涼しい顔で見届ける、首席補佐兼鶯観光取締役。
その白衣姿にすがりつく、和装の女性。
「これ、ホントに元に戻るの?」
正面モニタに映る『多目的スペース改装リピート映像』をみながら、映像の中の若女将と同じセリフを口にしてみた。
「だぁいじょぉぶでぇすぅよぉぅ♪ あの多目的スペースわぁ、耐熱耐爆耐紫外線仕様の髙セキュリティ展望室に生まれ変わりますのぉでぇ~。あ、今、すべての改修作業が完了致しましたぁ~♪」
切り替わった最新映像は、蛇椅湖を遠くに望む素晴らしい平野の景観だった。
その防弾ガラスの前に設置された豪奢な手すりや座席。そこでくつろぐ監査部兵士達。
弐颪本部長の手には切り子細工の入ったショットグラス。
まだ午前中だというのに琥珀色の液体がなみなみと注がれており、当然、背後には金属製タブレットを振り上げる白衣の女性が――。
「首席補佐により旅館側とは示談が成立しておりますし、すでに公開買付も開始しておりますので何も問題はありませんよ~♪」
また金糸雀號の正面モニタが切り替わり、見飽きた感すら有る、美人添乗員のだらけた体裁があらわになった。
それにしても、〝TOB〟って〝会社を買う〟みたいな話だったはず。とんでもなく景気の良い話が聞こえたけど、鶯観光の経済状態はいまだに全貌が把握出来ない。
父さんが支払った旅行代金程度の現金で糊口を凌いでいるかと思えば、トータルで100億くらいいきそうな〝ツアー旅程完遂成功報酬〟を見込んでたりするし……。
恐らくコレも悪魔的な……なんだっけ、……金融工学とか言ってたっけ?
受理ちゃんみたいな規格外の高性能AIが開発したアルゴリズムとかで、自動化されてたりするのかも知れない。
「パリパリッ……もぐもぐ、これっスッゴくオイシイですよ、皆様~♪」
アナタいま仕事中ですよね、なに畳に寝っ転がってくつろいでんの?
また減俸されても知らないからな。
そして、なにそのポテチの面白いパッケージ。
鬼のように美しい笑顔を湛えた、――首席補佐の肖像。
『木宿綺麗(27)ポテトチップス』
リィーサに命令された会田さんが運び込んでた物資は、アレか。
それにしても……、そりゃ綺麗な人だとは思ってたけど――――いや、言うまい。
恐らくは彼女だってコレまでの27年の人生の中で、数え切れないほどからかわれてきただろうしな。
「双一君、その『綺麗ちゃん音頭②』と……私の『摘み食い発覚』交換しません……か?」
「やだい、コレ、レア度低いけど、味方のHP削って進化すると――」
「じゃーん! 進化カード『ブラスバンド・ドラマー』!」
「「凄い!」……ね?」
え-と? ちょっと待って。
下のカーゴルームから戻ってきた年少組が、カードを見せ合っている。
そのカードは、会話の様子から対戦が出来るみたいだ。
「はい、佳兄の分」
双一が駆けてきて、口が開いた『木宿綺麗(27)ポテトチップス』を手渡してきた。
それはトレーディングカード付きのスナック菓子だった。
正面モニタの中、見切れたラボラトローダーの座席に座るリィーサの目が光っている。
昨日食べた『リィーサ・メヴェルムらーめん』と無関係ではあるまい。
「あら、何このカード? ……ぶっははははははっ! 『水泳大会四位⑮』ってなによ、でも、補佐ちゃん若くて超かわいいんだけど――――」
見事なまでの個人情報漏洩。まあ、社外に出ないよう二重三重の対策があるんだろうけど、コレは酷い。
「こらっ! ケンカしないの! 肆ちゃん、もう一個くらいずつ出してあげられる? ――え、コレで全部? 入庫リストには……『段ボール二箱』って書いて有るわよ?」
その時、金糸雀號がほんの少しふらついた。
何も無い所でそんな挙動を見せたのは、ツアーが始まってから初めてだった。
「会田さん、まさか――――ぱりぱり、もぐもぐ」
味は、パッケージを見ると『キャビアソース味』。
気品あふれる彼女にピッタリな味だ。超絶うまいし。
金糸雀號が某組織首席補佐兼取締役に汚染されていく。
◇
「あれ? ほんとに、社会科見学するんですか?」
ここは、科学館近郊の電波望遠鏡関連施設。実際に目の前に真っ白くて巨大なドンブリみたいなのがそびえ立っている。
現在時刻は――『AM11:50 970gal◔』。
あれから仮眠を取りつつ、高速を経由し本日四日目の目的地に到着した。
謎のゲージがまだ反転したままなのは、直線距離で百キロ以上離れても今だ〝空間異常検出装置tPGUI-8改〟の影響圏内を抜けていない事を意味している。
怪しい箱が黙々とCPU戦に打ち込む姿が、脳裏をよぎった。
「みなさま、左手をご覧下さい」
美人添乗員甲月(二次元)が指し示した、山脈へ連なる方角。
白いマルが、麓に向かって一直線に点在している。
「会田さん、重くないですか?」
我が格ゲーチャンプが背負っているのは、半透明なガラスの板。
上下に分かれていて、真ん中で折れ曲がり自在になっている。
ソコに写し出されているのは、甲月の等身大映像。
その映像は、いま居る施設から見てだいぶ下の方にある駐車場の金糸雀號――の隣に停車する不思議な形の車両からストリーミング配信されている。
不思議な車両の正体は、住居ローダー。
横幅と奥行きを圧縮され、ロボ足が生えた仮設トイレみたいな佇まい。
足裏からふくらはぎに駆けて高速走行用キャタピラが付けられているので、余裕で金糸雀號(法定速度)をぶち抜く速度が出せる。
「いや、これ単なるアクリル板だから重くないよ」
本日の金糸雀號制服は、グレー地にチェック柄の模様が入ったカラーリング。昨日と比べるとかなり地味で、まるで普通の添乗員映像や運転手に見える。
「白昼堂々、ホログラフィー映像を物理解像度でぇ投影するわけにも行かないのでぇー、こおいう手はずを整えましたぁ~♪」
「ここの科学者達に見られると、色々とあとが面倒だからな。科学者には用心しないと色々な意味で危険なのだよ」
ほんとに、その言葉そっくり突っ返してやりたいとこだけど、彼女は今、壊れた社員IDの修復に全力を注いでいる。余計な波風は立てないようにしたい。
「僕達のことは気にしないで、ソッチのBBUの修復作業を頑張って下さい」
「うむ、ツアーの継続と、全社員の生活と、……我々二人の命も掛かっているからな――」
実際には、もう一つ言葉を付け足す必要がある。
「――ソレでは失礼するよ」
甲月のリビング映像に見切れて映ってたラボラトローダーのハッチが閉じられた。
さすがに今、リィーサの作業を邪魔したらマズい。
ツアーの継続には、全人類の存亡も掛かっているのだから。
◇
ぞろぞろぞろぞろ。いま僕達は、パラボラアンテナの台座部分、巨大重機みたいな雲台のなかに居る。
会田さん(二次元甲月)を先頭にカルガモ一家みたいに連なって、各所の機能説明を受けたりしてる。
時には、実際の観測手順を見せてもらったりして、その迫力に大興奮した。
何でか知らないけど、僕や双一や会田さんよりも、双美がひときわ大絶叫してた。一番サイズが小さい事もあって、巨大重機の大きさをひしひしと感じ取ったのかも知れない。
「はい、リィーサッ――――チキッ♪
二次元板の機能で、みんなの写真も沢山撮った。
これでツアーとしての体裁は整うだろう。
実際、とても楽しかったし、受理ちゃんからの音声ガイドも超タメになった。
そして、添乗員が使ってる小さいカメラは、約6億画素の超高性能らしいけど、問題はソコじゃ無くて。
アクリル板にしか見えない二次元板の、〝ドコに撮像素子があるのか分からない〟ことだ。
「さて、そろそろお昼時ですが、みなさまいかがなさいますか?」
朝食代わりに、おにぎりとポテチを食べたからソレほど腹は減ってない。
「みんな、おなかすいたー?」
ケリ乃は僕と同じモノを食べたから、お腹は空いてないと思う。
「「「んーん、すいてない」」……よ?」
小さい子達も、おやつ食べてたらしいから、平気そうだな。
「じゃぁ、ひとまず戻りましょうか」
以心伝心なのか、甲月の声を聞く前に会田さんがクルリと引き返してきた。
「みんな、わすれっっもにょ……な、プッヒャッ♪」
まただ。また例の、謎の振幅に体を揺らされた気がする。
く、くすぐったい!
「な、なによ、佳喬ちゃん、急にビックリするでしょ!? それとも、……なにか面白いモノでもあった?」
辺りを見回す女子高校生。今日は社会見学のせいか、無地のミニワンピースにレギンスというおとなしめな格好をしている。
「な、ないよ。ごめん、どうかしてるけど、なんか夜中からずっと体をくすぐられてるって言うか、原因不明の笑いがこみ上げてきてさ、プクフス」
僕は、いつもと同じデニムで上だけ長袖Tシャツに変えただけだ。柄は『トグルオーガ』全キャラのシルエットデザイン。
「「「わすれもにょ!」」……プークス?」
双子は、シックなワンピースと同じ色の半ズボン。
次葉は初日の、中学校の制服を着ている。
みんな、真面目な格好してるな。……僕だけ浮かれたファッションかも。
黒地をキャラのイメージカラーでくり抜いてるだけで、派手なロゴマークは入ってなかったのがせめてもの救い。
「じゃ、一旦休憩しようか、この先にカフェがあるから」
帽子を脱いだ会田さんが通路の出口を指差した。
カフェがあるって事は、ここは知られてないだけで、観光としての需要と受け入れる用意がされてるん――プッククッ。
◇
「佳喬様、お体の調子はいかがですか?」
半分に畳まれ、卓上カレンダーのようにテーブルに立てられた〝二次元添乗員〟が、僕を心配する。
「もう、だいじょうぶです。何となくだけど、……大きなモーターとか重機の近くだと起こるみたいです」
「ふ-ん。気掛かりではありますが、原因の特定が難しいですねー。受理ちゃん、類似の疾患や症例候補は検索できませんか?」
「該当は2756件。胸部疾患による一時的な機能不全が大部分を占めており~、低周波振動による外的要因がぁ次点でぇ~すぅ。そのほかに関連性が高いのわぁ、〝巨大建造物との距離感の喪失により前後不覚に陥った〟なんていうのも有りまぁす~~♪」
「距離感の喪失……錯視的なモノかしら? でも佳喬様の場合は少なくとも〝錯視現象〟や〝生理的錯視〟では有りませんねー」
小刻みな振幅にたまらず脇腹を掻きむしり、最前列の〝気をつけ〟状態。
「――――ぷぐふふっ――また、始まった!? ――ぷっひゃっひゃっひゃひゃひゃひゃっ!」
脇腹から喉を通って耳から抜けていく、目に見えない何か。
コレが、無茶苦茶くすぐったい!
まるで、体の中でグラスハープでも奏でられてるみたいだ。
びりびりびりびりっ――――う゛ぁ~~~~~~!
僕の声まで振動して聞こえる――――――と思ったら止まった!
はぁはぁはぁ。肩で息をする僕を後目に、なにやら〝住居ローダー〟の中で探し物を始めた甲月添乗員。
「佳喬ちゃん、ほんと大丈夫? 病院行った方が良いんじゃ?」
「「「だいじょうぶ~?」」……かな?」
みんなに両手を振って、大丈夫さをアピールする。
これ以上、旅程を乱すわけにはいかない。
「ではコチラでしばし、ご休憩なさっていて下さいませ~。わたくし共は、近くの展望台を覗いてこようと思いますので~」
見つかったらしい探し物は、型番なんかが印刷された小さめの段ボール箱。
手書きで大きく書いてある『持ち出し厳禁! 社外秘!』の赤い文字は、どうしたって不穏だったけど、僕の目の前に有るわけじゃない。
爆発したとしても、僕に実害は無い。
もちろんラボラトローダーに搭乗中のリィーサにはそよ風一つ届くことはないし、零距離の甲月ですら制服を着てるから、かすり傷程度で済むだろう。
「はい、じゃ、そうします」
実際、他のツアー客でも居たら、迷惑になるしな。
「――ついでと言ってはなんですが、ひとつ佳喬様に、お仕事を頼みたいのですがよろしいでしょうか?」
「仕事? え、あ、はい。僕に出来る事なんて高がしれてるけど、何でもやりますよ――」
僕は、このツアーの統率者だもんな。なにかしら手伝えることもあるんだろう。
「では、わたくし共が出かけている間に、あちらのカウンターであるものを受け取っておいてください」
――――ジジジジッジジジッ♪
会田さんのシャツの胸ポケットから、レシートが出てきた。
印字されたばかりで暖かいソレを手渡される。
『物品預かり証
鶯観光合資会社:甲月緋雨様
応対地区:64m電波望遠鏡2号機敷地内カフェテリアカウンター
品物/鶯観光社外秘 極秘装置1-14α』
あれ? 社外秘? 極秘装置って――――ちょっと待って。
なんかヤな予感するんだけど?
ブクマしてもいいんだからねっ(ヨシタカ)!




