一日目(7)
ゴガアアアァーーッウウウウウゥン!
金糸雀號(登坂性能の塊)が、小高い丘の一角(よりによって断崖みたいになってる所)を一気に駆け上った。
当然、僕たちは、ロケットに搭乗中の宇宙飛行士のように、宇宙を向いてるわけで――
――ドッシャン!
ひっくり返らないのが不思議なほどの、豪快な着地。
それでも車体が軋む音や、サスペンションからの悲鳴は聞こえてこない。
それと、いくら上等な(四点式の)シートベルトをしてるからっていっても、コレだけの揺れの中で、何の訓練もしていない僕たちが、耐えられるわけがない。
その辺も、なにか――ひょっとしたら〝エネルギー減衰サポーター〟で、バスをまるごとラッピングしてたりみたいな仕組みがあるんだろう。
「よ、佳喬ひゃん、ほ、ほらね、やっぱり空飛んだでひょ~う?」
そう言ってシャツの右端を引っ張る、髪が全部前に掛かって幽霊みたいになってる美少女。
正式名称、莉乃さんは、首をとてもグラグラさせている。
「と、飛んだね。……大丈夫?」
「だ、大丈夫よぅ、ソレより小さい子達は、大丈夫~?」
年少組は――、
「「キャハハハハハハハハハハッ!」」
突然の双子の甲高い笑い声。
もう一回、もう一回今のやりたいと、言い出した。もうバスの揺れに馴れたらしい。
この双子達は、やっぱり少し手に負えない所がある。
見てて飽きないし楽しいし、もちろん嫌いじゃ無い。
けど、赤ん坊の頃、そのあまりのパワフルさに音をあげたご両親達が、双子を連れてウチに助けを求めに来たことがあったっけ。
あの時は、母さんの獅子奮迅の大活躍で、なんとか乗り切ったんだよな。
グイッ。シャツの左側を引っ張られた。
中学生は僕の裂けてしまったシャツの端をぎゅっと掴んで、口を半開きにさせている。
「えっと、鬼獏ちゃんてのも他人行儀だし、次葉ちゃんって呼んでイイかな? ……大丈夫? 次葉ちゃん」
「わ、私は、鬼獏家所属、鬼獏次葉、……じゅ、13歳でございます……か?」
次葉はフラフラしながら、搭乗時の挨拶を再び繰り返した。そしてやっぱり、疑問系だった。
「ははは、また疑問系? でも、とりあえず無事なら良かった。でも、さっきの石みたいな、危ないモノに触ったらダメだよ」
「わかった。じゃあ、危ないモノに触るのは、佳喬お兄さんに聞いてからにすれば良いです……か?」
「うん、そうしてくれると助か……いやいや、聞いてからでもダメ。危なそうなモノには、近づかないって、約束してくれる?」
コクリ。頷いてくれる、中学生のお嬢様(一応、大企業のご令嬢だし)。
でも、そのあと小首を傾げていたのが、視界の隅に入ってきたけど、無視することにした。
初日から説教ばかり聞かされたくないだろうし、僕も言いたくない。
◇
「外が大変なことになってるから、みんなに注意があります。僕はどちらかと言えば非力だし、守ってあげるにも限界があるから、みんな、出来るだけ危ないモノからは逃げてね」
アイドリング中のバスの中。みんなにお願いすると、何故だか甲月が返事をした。
「ソレほど、ご心配して頂けていたとは、……甲月感激です。はい、では、アトラクション遂行の際にも、極力近接戦闘は避ける事にいたしましょう」
頬に手を当て、恍惚の表情。
この後、どんな状況になったとしても、もうこんな危険なツアーは解散だ。
居なくなると思うと、このへんてこな添乗員も名残惜しく感じなくも無い。
「そうして下さ――ハッ! 違う違う! ちょっと待って下さい!」
危ない。進行役である、添乗員さんには、ついつい従ってしまう。
「え? はい」
素直に、操作パネルに伸ばしていた手を下ろす甲月。
「あんな大騒ぎ起こして置いて、こんなバスツアーもう終わりでしょう?」
僕は添乗員を睨み付けたまま、街の方を指差してやった。
「佳喬様。大騒ぎって何のことでしょうか?」
あ、また全然動じない涼しい顔に戻ってる。
「何のって、この、街の大惨事のことですよっ!」
僕は振り返って、坂の下に広がっているであろう、破壊と混沌とその中を逃げ惑う人々の……。
あれ? 喧噪も何も無い。っていうか、
「どーなってんのコレ、佳喬ちゃん! 街が消えちゃったじゃ無いっ!」
ゴツッ!
「痛ってっ! 蹴るなよ!」
でも、ケリ乃のおかげで、眼下に広がるこの景色が夢じゃ無いことがわかった。
さっき落ちてきた巨岩が並んでる以外は、全部が森だった。見渡す限りの一面の緑色。
すぐ下の方に沢山居たはずの人々の気配は、微塵も感じられなかった。
「だから、先ほど申し上げたじゃないですか、異世界化してるって。今頃は、そうですねー、北海道から四国あたりまで異世界化が完了したと思われますよ」
なんて説明を聞きながら、僕の家がある遠くの方を目を凝らして見てみたけど、地形の起伏がある程度で、森に違いは無かった。
「とにかく、元に戻して下さい! 今すぐ!」
スペクタクルCGみたいな魔法の種類が、どんなモノだったとしても、爆発して巨岩と入れ替わった建物とか、消えてしまった人々を即座に戻せるとは思えない。
思えないけど詰め寄らずにはいられなかった。
甲月は白手袋をこちらに突き出して、僕を制する。
「それは出来かねます。というより、私たちにその能力はございません」
「そ、ソレって、どういうことですか!?」
隣にケリ乃が並ぶ。
「そうよ。こんなにしといて、元に戻せないなんてっ!」
「戻ることは出来ますよ? アトラクション、……いえ、この攻城クエストをクリアすれば良いだけです」
は? なんか要領を得ない。でも――。
「クリア? それをすれば、この異世界とかが無くなって、元の無事な街に戻れるんですねっ!?」
「はい。理論上は……」
そう言ってから、僕の真剣さに、何か思うところがあったのか、胸元から真っ青な革製の手帳を取り出した。
留め具に付いたダイヤル錠を合わせ、開いた頁の最後の方をぺらぺらとめくっている。
「……そうなっておりますよ」
手帳には鍵だけじゃ無くて、鎖まで付いててとても大事な手引書みたいなモノらしい。
どうやら、本当の本当に、元の状態に戻れる?
へなへなへな。
僕は双子達の座席のそばで尻餅をついた。(佳喬にーちゃん大丈夫ー?)。双子の心配声も耳に入ってこない。
スペクタクルCGみたいな魔法の種類が、どんなモノだったとしても、元の平凡な町並みが戻るというのなら、
このぶっ飛んだ怪人物が真顔でそう言うのなら、
どういうわけか信用できると思った。まだまだ裏はありそうだから全然信頼は出来ないけど。
「佳喬ちゃん、しっかりしてよ、もう」
ケリ乃が僕の手を引いて立ち上がらせてくれる。シャツはヨレヨレで破けてるし、かっこいいところがまるで無い。
今度はケリ乃が、怪人物に詰め寄った。
「甲月さん、さっきの妖精みたいなのを全部倒せば良いって事なら、アナタ達に、その能力はあるんじゃないのかしら?」
「私たち鶯観光がお届けできるのは、
世界のほころびを目算し、
試金石となる敵性勢力斥候を目視確認ののち撃破し、
看破した連絡点を物理検索にかけ、
その存在確率強度を増大させる事で、世界を異世界化する所までです」
手帳に鍵をかけ大事そうに仕舞いながら、流れるように解説する、さすがはバスガイド。
言ってる意味はさっぱり分からなかったけど。
添乗員は、最後に余計な一言を付け加えた。
「〝異世界を元に戻す能力〟をお持ちなのは貴方方だと言っているのですが、説明が難しかったでしょうか?」
ケリ乃と顔を見合わせ、眼で会話した。
〝それって、僕たちに闘えって言ってるのか?〟
〝それって、私たちに闘えって言ってるのかしら?〟
黒髪も、長いまつげも、つやつやの唇も、今のこの状況では僕をドキドキさせるには至らない。
よし、ケリ乃の美貌に打ち勝ったぞ。まだまだ僕は冷静だ。
「佳喬おにーちゃん! 何か居るよっ!」
窓の外を眺めていた双美の言葉に、心臓が跳ね上がった。
全員が右側の窓に張り付く。
フゴフ、フゴッフ、フゴフゴッフ!
微かに聞こえてくる鳴き声というか鼻息というか。
防音されてるはずなのに、ソレはどんどん大きくなっていく。
なんかずんぐりとした体型の、生き物らしきモノが要塞砦の方から、やってきていた。
その数、どんどん増えてて――。
甲月が自分の、制服をやたらと押し上げ自己主張する胸の、ちょっと上辺りを叩いた。
その勲章の代わりみたいにくっついてた、小さい六角板の表面。
ポンと光る目つきの悪い小鳥のロゴマーク。そして回転する幾何学模様。
大きさが違うけど、あれも通信端末だ。
「受理ちゃん壱、現時刻をもって原隊復帰しまぁす❤」
飛び出す半透明。コスチュームは、地面と同じ軍服みたいなハーフコート型。
小さな帽子がとてもカワイイ十センチ程度が、制服の肩によじ登りピシリと敬礼した。
「受理ちゃん壱へ業務連絡。全方位索敵」
「全方位索敵開始――ぐ~るぐ~るぐ~――敵影を確認」
声のトーンを落とした、受理ちゃん(壱)が遠くを見るようなポーズで360度回転した。
「敵性兵力、二時方向より金糸雀號へ侵攻を開始。その数、……245、256、約10体/秒で増加中」
その報告を聞きながら、壁のパネルを操作する兵士甲月の顔が再び紅潮していく。
「物理検索に一件の該当有り。『ケフラットモール 戦闘力36、防御力28、火炎耐性10』、危険度Dの近接戦闘を主とする歩兵型モンスターです」
「うふうふっ――えっ?」
再び、昼間から見てはいけないような表情になっていた添乗員が、『火炎耐性10』のところで、何故か固まった。
彼女の手には、〝戦術級携帯兵器の決定版〟が握られている。
主人公の性格上、状況を把握できるまでは、積極的に参加してくれなさそうだったので、少し説明を増やしました。本格的な戦闘は次回からと言うことで。さすがに、目の前まで来てるので、一気に戦闘状態に突入すると思います。