四日目(1)
四日目始まりました。より深く世界に潜っていくことになります。よろしくお願いします。
温泉旅館、深夜。
三日目に引き続き、本日四日目も、事態がまるで片付いてない。
今僕達は、一昨日宿泊予定だった温泉旅館に滞在してる。
しかも費用は全部、監査部持ちで。
二日続けて、金糸雀號のカーゴルームで過ごさずに済んだことは、とても有りがたい。
けど、これほど豪華じゃ無くても、よかったんだけどなー。
僕は、大きな洋室の一角に設置された〝お座敷〟でくつろいでいる。
二日目に滞在した高級リゾートホテル/バックギャモンの四人部屋よりも大きくてドアもいっぱい有って、部屋付きの露天風呂やラウンジや寝室なんかに繋がってる。
色々あって、午後3時くらいに旅館に戻ったら、小さい子達はすぐに寝てしまった。
僕達もひとまず仮眠して、異世界攻略の疲れを取ることになった。
小さい子達が起きたら、温泉・ゲームコーナー・釣り堀なんかを満喫する手はずが整っている。
――はずだったんだけど、僕達も相当疲れてたみたいで――。
腕時計を見た。
『AM01:03 ░░░gal◉』
░░░っていう謎の表示は、未知の現象を指し示しているわけじゃ無くて、余りにも強い磁力を受けて壊れただけだ。
隣にある、欠けた輪っかみたいだった謎のゲージなんて、盤面いっぱいに広がる程の不気味な脈動を繰り返している。
「コレ、直りますか?」
「じゃ、ちょっと借りるよ。――えーっと。コレは、甲月か壱じゃ無いと再セッティング出来ないかも――受理ちゃん分かるかい?」
「はーぁい♪ フムフム、――現在、受理ちゃん壱が待機状態ですのでぇ、リモートによる再セッティングが可能ですーよぉう❤」
多分、旅館の浴衣の懐に通信機器を貼り付けてあるんだろう。
会田さんの胸元から受理ちゃん弐が答えた。姿は見えない。
「でわぁ~私めがぁ~♪」
僕の目の前に置かれた小振りのミカンの上で、あぐらをかいていた半透明10センチが挙手をした。
テーブルの上に置かれた僕の腕時計、〝甲月緋雨エディション〟に取り付く受理ちゃん参。僕の通信機器は坐卓の上に置いてある。
「がしゃり、ぱちんぱちん、くるくるくる、ことり――――ころころころ~♪」
なんていう、舌っ足らずな参の状況説明に合わせて分解されていく、僕の時計。
でも、本当に分解されてるわけじゃ無くて、――たとえば外されたネジなんかは、半透明なホログラフィー映像として、テーブルの上に転がっていたりする。
これは、……内蔵メモリにアクセスするための手順なんだと思う。
甲月が、〝社外秘の極秘チップ〟が使用されてるって言ってたから、ドア前に居るスーツ姿の監査部エージェントに怒られやしないかと焦ったけど、特に咎められることも無く――――。
腕時計周囲に表示された、〝分解され開かれた拡張現実〟。
その中から、光る正方形の板が取り出された。
「キャは♪」
ドヤ顔で見せてくるけど、見ても分からな――――分かる。
やっぱり、ソレが社外秘の極秘チップ(映像)なんだな。
「『社外秘』って印刷されてるけど、大丈夫なんですか? あの人達、スグそこに居るけど?」
今、僕達は監査部の管理下に置かれている。
ただ、彼らも拡張現実なので、威圧感とか気疲れとかは感じずに済んでいる。
「大丈夫、大丈夫。彼らはAIだけど、受理ちゃん達と比べたらソレ程の汎用性は無いし、万が一、戦闘になってもソレ程の脅威では無いからね」
なんていう同僚からの高評価に受理ちゃん参が、気をよくした。
「フッフフ~ン♪」
床に置いた極秘チップに手のひらを当てて、承認。
チップから生えてきた三角柱を押し戻したり引っ張ったりして、再セッティングを始めた。
◇
『じゃあ、一体全体どういうことなのか、もう一度詳しく、ご説明して頂きましょうか?』
僕の通信機器の隣に置かれた妙に長いダブレットの中。甲月緋雨と自走式自動装填型工作機械が仲良く正座している。
場所はどこだか分からないけど、病み上がりの甲月を気遣っては居るのか、ふかふかの座布団と小さいお膳の上にお銚子と小鉢が用意されている。大丈夫なのか酒なんか飲ませて。
そして、なぜか、自走式自動装填型工作機械の前にも同じお膳が用意されていて、ソッチの上にはコップとオレンジジュース瓶と見覚えが有るチョコケーキが乗せられていた。
二人(?)の正面、拡声器を手にした大柄な人物、……いや、あれは何だ?
丸い頭からピンと飛び出た耳。
全身を覆う短い毛。
水平に波打つ尻尾には縞模様があしらわれていて、――――総合的にみてソレは〝猫の着ぐるみ〟だった。
「小さい子達が、まだ寝てて良かったですね、……あんな面白いの見つけたら、多分大騒ぎだった。顔も付いてるし」
そう、全体のフォルムは着ぐるみの猫。
そう、例のあの、あんまりかわいげの無い絵柄の猫だ。
でも、立体化されて動いているのを目の当たりにしたら、殊の外、かわいらしさというか、面白さというか。
そうか、コレは中の人の動きが、面白いのか。
あと、横から見ると顔の部分に凹凸は無くて、書き割りみたいな猫の顔が貼り付けられているのが分かる。
『係員、昨日早朝5時3分の映像を、リプレイしてくれたまえ!』
拡声器を通さなくても、例の厳ついおじさん声が聞こえてくる。
その地声(?)にあわせて、猫の顔の書き割りがリアルタイムにアニメーションしている。
「なんかちょっと前の、ポリゴンゲーみたいだな」
コココンッ♪
お座敷近くのドアがノックされた。
僕は、鍵を開けてドアを開く。
「おはよう、佳喬ちゃん。……会田さんも、おはようございます」
納戸みたいな小部屋から顔を出したのは、岸染莉乃さん16歳。
会田さんも居ると分かると、紫色の羽織の襟元をキュッと整えたりしてる。
「おはよう……って言っても、もう夜中だけどね」
会田さんは暗い窓の外を眺めて答えた。
僕は旅館の浴衣の帯の上から、例のウェストバッグを巻いているだけで、何も羽織ってない。
座敷の壁に掛けられているのは、青・紫・緑の三色の羽織。
ひょっとしてコレ、サイズで色が分けられてるのか?
会田さんが一番大判の青。ケリ乃が紫……コレは赤かも。
「――おはよう、佳喬ちゃん!」
考え事をしてたら、ケリ乃に袖を引っ張られた。
そのちょっと眉根が寄った表情は、〝挨拶をちゃんとしなさい〟って事だろう。
「お、おはよう、ケリ……莉乃さん」
「「莉乃様~、おはよう御座いまぁす~♪」」
テーブルの上の時計職人と、会田さんの胸元からも挨拶が返された。
普段は、お互いの受理ちゃん同士で挨拶は無くて、なんとなくその辺の兼ね合いで、受理ちゃん達の挨拶は時間コスト的観点から相殺というか省略されてるけど、状況が許せば、こうして挨拶もしてくれる。
僕はドア前の監査部エージェントを盗み見た。
黒づくめでは無くて、濃い灰色にうっすらストライプ。
ネクタイは波打つ幾何学模様。
彼は微動だにせず、ずっと窓の外の暗がりを注視している。
確かに感情が豊かなようには見えない。
「コレ、佳喬ちゃんの時計? どしたの?」
「はぁい♪ ただいま、不具合解消のため、再セッティング中でぇす~❤」
質問に答えたのは、肆ちゃん。実に感情豊かだ。
そういえば前に解説合戦したときに、ウチの受理ちゃん参と険悪になってたけど、……別にわだかまりとかは無いみたいだ。
うまいこと調整されてんのかな? なら、参の解説魂にも下方修正がほしいな。
◇
『……入ッテマス』
微かに聞こえるカタコトの機械音声。
――ゴゴン?
搭乗者登録認証が通らなかった事に苛立ちをおぼえたのか、自走式自動装填型工作機械の頭の辺りを強めに叩く甲月。
『……入ッテマス』
――ゴゴゴンゴゴゴンゴッゴゴゴゴゴゴンッ♪
『ヤッカマシーワーッ!』
ギュッキュキュッン――――。
金糸雀號との連結を切り離し、急旋回!
その遠心力を分散させるような、体を開く姿勢。
カッキィィンッ♪
右拳に装填された無骨なナックルガード。
突き上げられたのは鋼鉄製の拳。
だけど、この動きには見覚えが有った。
――――ドゴッガァァァンッ!
坑道の上壁まで吹っ飛ばされる甲月。
「――ぎゃっふんっ!」
監査部側のドローンが捉えた映像の中、ワイプで抜かれる甲月の口から再びの鮮血。
「これで、よく生きてたわよね」
「甲月添乗員が服用した胃カメラにわぁ、簡易的な自律型健康診断機能が搭載されておりましてぇー、――――計3箇所の断裂をレーザー縫合済でぇーしたぁのぉーでぇー♪」
答えるのは肆ちゃん。
「うん、まあ。一旦は血も吐かなくなってたし、……今も、監査部の目を盗んで、チビチビ酒飲めるくらいには回復してるし、胃カメラ呑んでた……にしてもタフだな」
会田さんの、言ったとおりに、じっと見てると時折、明後日の方向を向きながら、一瞬でおちょこに口を付けている。
「なによ、あの早業。心配して損した」
「だよな。むしろ、いろんな意味で心配なのは、リィーサの方……だよな」
僕達は坐卓の上の細長いタブレット端末で、『リィーサ・メヴェルム首席研究員並びに甲月緋雨二等研究員の事情聴取中継』を視聴している。
◇
『ごっふ、ごっぱっ!』
断続的に、昨日の映像が再生されている。
『その声! 何で首席が入ってんのっ!? ――と(以下略)♪』
受理ちゃん壱の小さい声も拡声され、ちゃんと聞き取れるようになっている。
受理ちゃんと言えば、テーブルの上では、両手と片足まで使っても三角柱をコントロールしきれないらしく、……とても面白い態勢。
それを見かねた肆ちゃんが、テーブルに降り立った。
僕は肆ちゃんに「悪いね」とお礼を言う。
受理ちゃんズは時計職人と言うよりは、立体パズルで遊ぶオモシロ芸みたいになってて眼が離せない。
――所なんだけど、『事情聴取中継』も佳境ぽいので、どっちも眼を離す訳にいかない状況だ。
「あ、ケリ……莉乃さんも映ってるよ」
「佳喬ちゃんだって、マヌケ顔して映ってるじゃない」
角度的に映像の中心から見切れてるけど、金糸雀號の後部がわずかに映り込んでいる。
僕とケリ乃は、急に反旗をひるがえした自走式自動装填型工作機械に驚いて右往左往していた。
◇
「……でもまさか、あの、新兵器の中に隠れてたとは思わなかったわよね」
「早朝の段階では、自走式自動装填型工作機械の開いた座席に誰も乗ってなかったんだから、金糸雀號のどこかに隠れてたんだと思うよ」
「まさに、計画的犯行ですよね」
会田さんの考察に、やむを得ず同意する。
「でも、なんでリィーサさんは、いつまでも新兵器に乗ってるの? 息苦しくないのかしら?」
◇
ケリ乃にはまだ異世界化の真実を、全部は伝えてない。
僕達が異世界に行くたびに全世界丸ごとジェノサイドで。
出てきた敵を全部倒すと、また今度は異世界丸ごとジェノサイドで。
そして帰還した現実世界は寸分違わないけど、元のソレとは全く別の代物かもしれない。
そんな、ハードすぎる話を年下の女の子にどうやって伝えれば良いのかなんて、わかるわけがない。
「異世界化したときに、異世界に無理矢理付いてきちゃった弊害があって、首席の安全が確認出来るまでは、入っていてもらうしか無いんだよね。有り難う根心配してくれて」
なんて言って会田さんは笑ってるけど内心じゃ、叫びだしたい程心配してるんじゃなかろうか。
〝リィーサの安全〟。
今の僕では事態の一割も理解出来てないから、どう心配したら良いのかわからない。
こんな事なら、もう少し受理ちゃんの解説を頑張って聞いておけば良かったかな。
「佳喬君も、心配しないでね。首席は異世界化に関する第一人者だ。どんなに異世界に行きたいからって、安全を確保してからじゃないと、こんな行動にはでない……ハズだから」
僕が返答に困っていると、会田さんは言葉を続けた。
「君たち全員の特性を算出して、この異世界ツアーを発案したのは彼女だ。〝異世界から無事、戻ってくる事〟に関しては、何十もの安全策を講じてる……ハズだから」
◇
「エエイ、ラチガアカン! トニカク、スベテノ解析結果ハソチラニモ転送済ダ! 文句ハ有ルマイ!」
そう言って立ち上がる自走式自動装填型工作機械。
「首席待って!」
「甲月! 貴様、――裏切り者3弾頭ノ設計ハ中々良カッタゾ?」
そう言ってから、乗降態勢を取っていく新兵器。
「――まってっ!」
半狂乱になって、新兵器に駆け上がる浴衣美人。
「(また、甲月さん浴衣がはだけちゃってる!)」
なんて言うケリ乃の声はどこか遠くから聞こえてくる。
たぶん、今甲月が感じている、――底冷えがする冷たく薄暗い感情を、僕も同じく感じている。
プシュッ――ゴッバァァァァァッ!
暴露される操縦席。
ソコには誰も乗っていなかった。
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◆
「なによっ、中継終わっちゃったじゃ無い! お金返してよっ、……払ってないけど」
ケリ乃のふざけた声に反応する余裕は僕には無い。
「ちょっ、と、飲み、物で、……も」
そう言って立ち上がる会田さんにだって無い。お座敷の一角に備え付けられている小さい冷蔵庫に掛けた手が――止まる。
「どーしたの二人とも、怖い顔して?」
僕達の様子にうろたえるケリ乃。
「――――事情聴取は終了しました。コチラに甲月研究員並びに――」
そんな部屋の空気を意に介さず、用件を告げる監査部エージェント(半透明)。
ジジジジッ――――その半透明だった姿が色濃くなり、やがて実体を持った。
さっきまで映像でしか無かったスーツ姿が、ドアノブを掴んでドアを開ける。
ここは鶯勘校研究所とは関係の無い、普通の温泉旅館だ。
いろんな事が出来る〝インテリジェント・ドア〟なんて配備されていない。
つまり――〝受理ちゃんの物理解像度化〟、のさらに先を行く実体化。
凄い未来技術だけど、どうでも良い。
いまは何も考える余裕は無い。
「リ――――ドゴガンッ!
ドアを開けていた、エージェントが弾き飛ばされた。
ばーんと開かれたドア。
ソコにたっていたのは甲月緋雨二等研究員。
「皆様ー! 甲月緋雨、ただいま帰還致しまし――――浴衣の前がはだけて、いろいろあられもない感じではあるけど、泥酔もしていなければヤケになった様子も無い。
ちょっと眼の周りが赤い気もするけど――――ふっぎゃん!?」
セクシー過剰の美人添乗員が、室内に飛び込んできた。
その軌道はさっきのエージェントと同じ――ドゴンッ!
ソファーに突っ伏すエージェントに激突した美人添乗員は、その奥の別のソファーに頭から突っ込んだ。
やっぱり、実像化したエージェント達には実体がある。
「貴っ様ー! 邪魔だ馬鹿者!」
甲月を室内に蹴り飛ばし進入してきたのは、例の猫の着ぐるみだった。
そして、背後に控える監査部エージェント数名と――。
「あ、首席補佐もご一緒だったんですか? へへっ」
あれ? 会田さん、何その軽い調子。
「ポポポォオーーーーン♪ 乙種物理検索終了。異常値は検出されませんでした。論理封鎖態勢は解除。繰り返します、乙種物理検索終了。異常値は検――ブツッ」
細長いタブレットから聞こえていたアナウンス――が同じ言葉を繰り返したところでブツリと途切れた。
首席補佐、あの整備基地で会った優しそうな女性研究員が、着ぐるみの背後に手を伸ばした。
ピピピピッ、チィーーーーピピッ♪
書き割りみたいな猫の顔が消える。
シュッゴ――バッフォムゥゥンッ!
冷気の噴出が止まると、ソコには崩れ落ちた着ぐるみ。
「貴っ様らぁ~! 研究所に入社して何年になるっ?」
舌っ足らずで愛らしい怒声に合わせて、白銀髪で長いツインテールが揺れる。
ピンク色の白衣がひるがえり、あらわになる――――顔。
その額には、赤文字で『2』と書かれていた。
さて、シリアスとライトの狭間を反復横跳びのように進んでいくのか。それともどっちか片方に振り切れっぱなしになるのか、ソレはこれからの週間単位の世相が反映されていくことになります。機械が有れば作中で解説する用意もありますし。まあ、SFとして及第点を目指して続きます。ブクマ宜しく~♪




