一日目(6)
緑がかった石が光を失う強烈な音。空気を振るわせた衝撃もかなりのモノだった。
けど、ソレを手にしていた甲月は全然平気そう。
あの白手袋にも、チート裏地が付いてるのかも知れない。
うるさかった石が壊れて、バスの中は空調の排気音と静かなエンジン音だけになる。
年少組がノソノソと体を起こす。
「えっと、なんでしたっけ? さっきの固有名……まあいいです、めんどくさいし」
〝バスガイドが、正式名称を軽くみてイイのかしら〟と、小声で文句を言いながら、さっき自分が書いたメモを眺めるケリ乃。
「それでは本日の目的地、『要塞砦』さん張り切ってどうぞーー♪」
そのまるで、芸人さんを呼びこむ司会者のようなかけ声。
華やかで楽しげなBGMまで流れだした。
「「「わぁー♪」」」
年少組は元気を取り戻し、これから始まる更なる出し物に刮目している。
「……はあっ?」「……え、何?」
最年長の頼りない僕と、足癖の悪い美少女は、もうだいぶ前から、めまぐるしい事態について行けずに、少し疲れてきている。
甲月のかけ声を合図にして、運転席側と座席を隔てていた、正面モニタが地面に潜っていく。
昇降式の部屋みたいな構造をしていたらしい。
ヒビが入って折れ曲がってるからか、ガシャガシャパキパキンと、はみ出た部分が粉砕され、小さな破片をまき散らしていく。
ゴゴゴゴゴッゴゴゴウン。
静かに停止する正面モニタが取り付けられてた壁。
立っている成人女性の、胸の下くらいから天井までが突き抜けた。
初めて見えた運転席は、コッチの座席が普通に思えるくらいに、凄まじい計器類と操作スイッチに取り囲まれている。
その中央から軽く頭を出して振り返る運転手。いや、会釈とかイイから、前を向いて運転してください。
「なにあれ? 空飛びそうなんだけど……」
たしかに、あの計器類の数と種類は、余裕でジェット戦闘機と五分を張れると思う。
ケリ乃が『カナリア号、空飛びそう』というメモ書きに下線を引いている。
それにしても、〝目的地〟に何を張り切れと言うのだろう?
進行方向には小高い丘があるだけで、まばらな建物にも目立った特徴は無い。
ボン、ボゴン、ボゴゴン。急に跳ねる座席。
なんか、路面の状態が悪いのか、ガタガタと振動してる。
ケリ乃と中学生に、すがりつかれた。両手に花とか一瞬頭をよぎったけど、単に捕まりやすいのが僕で……止めろ、離せっシャツが伸びちゃうだろっ!
『戦闘開始につき、シートベルトをお締め下さい。』
座席のモニタが又付いた。
あわててシートベルトを締める僕たちの口が、開いたまま閉じなくなるのは、仕方が無いだろう。
◎
ドンッ!
直下からの、突き上げるような凄まじい衝撃。
バスは接地面という制動力を失って、瞬間的に蛇行する。
丘の周囲には大きな針葉樹が林立していて、その反対に建物が少なくなっている。
ドガーンッ!
右側の窓から見えていた、洋風のビルが爆発した。
「ひっ!」
息を呑むケリ乃、座席に固定されているので、もう、僕にすがりつくことは出来ない。
というか、僕がすがりつきたいくらいだけど、コッチも固定されてる。
木々の中に点在してた建物が、次々と爆発していく。
一体全体どうなってるんだ!?
首だけを回して周囲を見渡す。
道路の両側に立ち上る幾重ものカラフルな噴煙。
そのウソみたいな色の煙を見てると、いよいよ現実感が無くなってくる。
丘の上から流れる風に吹かれ、噴煙が一斉に晴れていく。
ソコには更地があるだけで、瓦礫一つ残ってなかった。
「――――――!」
声にならない声を上げる僕たち。さすがに年少組の笑い声も聞こえてこない。
◇
ヒュルルルルルルッツ――!
なんかが落ちてくるみたいな、ユーモラスな空気音。
……上空から降ってきた巨岩が、地響きと共に更地に突き刺さった!
――ドズズズズズズムンッツ!
ヒュルルルッ――、ヒュルルルッ――、ヒュルルルルッ――!
――ドズズズンッ、――ドズズズンッ、――ドズズズズムンッツ!
丘の周囲の景観が塗り替えられていく。
そのCGみたいな一大スペクタクル。
◇
ムーッ、ムーッ、ムーッ。
不意に伝わる、胸ポケットからの通達。
「ああ、そうかっ!」
僕は胸ポケットを押さえた。
金糸雀號の、受理ちゃんみたいな映像技術。
ソレを駆使した一連のアトラクションがウリで、その映像技術や〝エネルギー減衰サポーター〟みたいな装備一式を開発したのが鶯観光研究所っていうところで――。
……よし、何となく、事態が掴めてきた。
ほっと胸を撫で下ろした僕の眼に、不自然なモノが飛び込んできた。
歩道を逃げ惑う人々が、慌てた様子で、どこかへ携帯をかけている。
あれ? バスの外は平穏無事じゃ無くちゃ。おかしいじゃん。
あんな安っぽいスペクタクルでCGみたいなのが、現実に起こるわけが無いじゃん。
あれ? 確かに、妖精(の映像)とか、ヒュペリオン2がやり過ぎて、窓とか河川敷とか吹っ飛ばしちゃってたけど、あれあれ?
甲月は補助席に座ってるけど、その表情は目深にかぶった帽子で見えない。
全ての車両が路肩へ避難する中、金糸雀號だけが小高い丘に向かって進んでいく。
僕の視線を感じたのか、添乗員甲月が、優しい大声を張り上げた。
「正真正銘ー、バスの外は異世界化してますよー? うふふっ❤」
「うーわーっ!」
僕は恐ろしさの余り目を閉じたら、両サイドから頭をはたかれた。
見開いた眼に飛び込んできた光景を、僕は一生忘れない。
だって――丘の上にあった小さな展望台が、地を突き破り突き出てきた巨大な機械みたいな腕に組み変えられて、大きな石垣作りの建物に変貌したりしたからだ。
ソノ時間せいぜい5秒程度。
周りに生えている木の大きさから、その建物……たぶん、受理ちゃんが言っていた、『なんとかかんとか要塞砦ケフラット?』が、とんでもなく大きなモノだとわかる。
巨大な機械腕が、金糸雀號に狙いを付けるように、鎌首をもたげた。
何故か加速する金糸雀號。え? 何してんの!? バカなの?
あの運転手さん、添乗員よりはマトモそうに見えたけど、そうでもなかった。
双子達は、手を伸ばして握りあってる。無事に今日の宿泊先に辿り着いたら、(僕のゲーム機が無事だったら)格ゲーやろうな。
ケリ乃を見た。もう、ずっと涙目で、眼が腫れて赤くなってきてる。美少女が台無しだ。もし、無事に生きてたら、もう少し優しくしてやろう。
次に中学生を見た。半開きの口の端に奇妙な表情が張り付いている。けど、両手を組んで祈りを捧げてるような仕草は年相応で、守ってやらなきゃと思った。無事、このアトラクションを終えることが出来たら、何だろう……とりあえず何でもイイから話を聞いてやろうかな。
いや、ソレより先に、こんな危険なバスツアー自体、即刻中止になるに決まってるんだけど、このときの僕たちは暴力的な周囲の状況に、耐えることしか出来なくて……。
僕は手のひらを左右に差し出した。
自分が怖いってのもあるし、喉の奥ではずーっと叫び声が漏れっぱなしだし、最年長としての意地もあるけど、あまりにブッとんだ出来事に、色々と余裕が無くなって、逆に素直になれたというか――ペチン! パシン!
僕の素直な気持ちは、二つとも迎撃された。
「痛ってっ!」
僕が手を引っ込めると、シャツを左右からひっつかまれた。
シャツ一枚で、最年長としてのちっさな威厳が保てるなら、安いモノだ――ビリリッ!
……本当に無事、この状況を切り抜けられたら、おじさんや父さんから貰った小遣いで、シャツを買おう。
◇
金糸雀號は、元展望台に続くらせん状のカーブを、曲がらずに直進する。
ゴンッ、バリンッ、グシャン!
路肩の植え込みと、ベンチを粉砕!
なぜか、カラフルに爆発する植え込みとベンチ。
「「「「「――――、――!」」」」」
金糸雀號の速度は全く落ちず、僕たちは上下に振り回されるのを、歯を食いしばって耐えた。
急勾配で舗装されていない草地を、苦もなく登っていく変な形の面白バス。
金糸雀號は見た目に反して、車両としての性能も飛び抜けていた。
コレも――〝まだ世の中に出回ってない技術〟っぽい。
次回は、ようやく異世界戦闘開始です。