三日目(16)
別なことしてて、時間が。すみません。
「うわわっ!?」
受理ちゃんが甲月に渡した、『自己相関リアルタイム磁気偏角図』とかいうやつで、金糸雀號の視界が更新された。
映像の色味に変化は無いけど全てのモノの輪郭が、煌びやかな虹色の線で縁取られていく。
初日にケフラットモールの大群を個別に迎撃した、全方位接地パラライズに似て無くも無い。
けど、アレと違って僕達の毛先の一本一本までが、ワサワサしてて――ものすごく見づらくなってきた。
「しばらく、お待ち頂ければ、各自の認識に沿うように自動調節されますので――」
そう言って近寄ってきた添乗員も、全身がほとんど縁取りだらけで、一体ドコの新手の怪人かと思った。
それでもまっすぐに歩いてこられる所を見ると、その視界はすでに自動調節済みなんだろう。
小さい子達は自分達の姿が、正面モニタに映し出されている金糸雀號の見取り図みたいになってる事に興奮している。
「へくちっ」
問題はケリ乃さんだ。
視神経か涙腺か視床下部だか分からないけど、全天の虹色の縁取りに刺激されている。
何かが書かれたプラカードを掲げアピールしてくる専属AIは放置するに限――『光りくしゃみ反射』。
な、何その面白いの。つい視界に入れてしまった。
まるで、『アイスクリーム頭痛』みたいなヒネリの無さ!
クッ、男子高校生にそんな魅惑の面白ワードをスルーすることなんて出来るわけも無く。
「わかったよ、それ後で見るから」
そう返事をしたら、いつの間に持ち替えたのか、『鼻毛様体神経』と『蝶形口蓋神経節』という又別の違う文字が眼に飛び込んでくる。
二刀流の受理ちゃん参が、ニタリと不適に笑う。
何だよ、その悪っるい顔、ウケるんだけど。ついつい話を聞きたくなる。
この参は、僕に最適化されてきてるから、コチラの動きを読むことなど造作も無い。
けど――。
「それは要らない」
〝NOと言う〟ことで受理ちゃんは〝痒い所に手が届く存在になっていく〟はずなので、言えるときにはキッパリと言っておく。
でも、受理ちゃん参の勉強させたがる感は他の受理ちゃん達と比べて強い気がする。
期待されているのか、ひょっとしたら標準以下の知識を補おうとしてくれているのか、あとで聞いてみたい。
車内を縁取ってたCGみたいな細線が、シュルシュルと短くなって消えていく。
それでもまだ僕達を包む縁取りは過剰なままだったから、僕は車内の(視覚的な)喧騒を避けて外を眺めた。
◇
9時方向には、甲月頭(魚礁)くらいの大きさの、得体の知れない縁取りが浮かんでいた。
その線の中には何も無く、向こう側が見えている。
輪郭は、とんでもなく丸っこい形をしてて、小さい羽や尻尾が付いていた。
さっき〝空間の穴〟に隠れたヤツっぽい。
かなりのデカさだったけど、昨日の移動拠点(たこつぼ)のほうが十倍は大きかったし、線条鉄杭でさえその全長は何倍もの長さだった。
「だ、大丈夫、大丈夫! あんなに無茶苦茶強かった線条鉄杭だって倒し――――!」
皆を怖がらせないように、やさしく声を掛けようとしたけど、誰がどれやら良く分からない。
僕がそう思ったからなのか、急激に余計な線が整頓されだした。
シュルシュルルルッ!
よし、これで大分見やすくなった。
けど、その中でも異彩を放っているのが約一名。
皆の視線がケリ乃に注目する。
「ねえ、ちょっと肆ちゃん?」
なんて言ってるケリ乃が、4重くらいの縁取り線に取り囲まれていた。
「ちょっと、ケリ乃さん!? その縁取りどうしたの!?」
僕達や座席なんかを包む描線は整理され、ケリ乃さん以外の物体は一筆書きの輪っかみたいになってる。
FPSゲームなんかで、壁向こうの敵を見るスキルアイテムを取ったときによく見る景観。
「ケリ乃って言うのは止めて! 縁取りなら佳喬ちゃんだって、されてるじゃないの! ――皆だって」
そこでケリ乃さんは気づいた。自分だけ、〝多重に縁取られている〟ことに。
「わっ!? 何コレ?」
自分の手をワサワサ動かして、所々トゲトゲと激しく蠢く縁取り線を振り払おうとしている。
「なぁんでぇーございますかぁー♪」
遅れて会話に混じる肆ちゃん。
「コレ何!? 気持ち悪い! 取って取って取ってぇっ!」
さっき何か肆ちゃんに聞こうとしてたけど、そんなのはすっ飛んでしまったらしい。
「ソチラは、『磁気モーメント』を視覚化したモノで、害はありませんよぉーー♪」
「アファファファファフファッ! ――こ、コレは失礼! ブッフフッ!」
おい、甲月何笑ってんだ!
トゲトゲで縁取られてる女子高校生は、名を体で表してる感満載で確かに面白いけど。
無礼な添乗員が片眼鏡を操作してケリ乃をジロジロ見ている。
「フムフム――莉乃様の電子スピンの向きが天文学的な確率で揃っていますね。それで発生した静磁場に、内耳内の耳石が影響を受けていると思われます。この帯磁状態は本作戦終了後、数時間で平常に戻ると推察されますので、ご心配なさらずとも平気です、――ブッフフ、かっカワイイ……❤」
トゲトゲしく縁取られるケリ乃が〝面白い〟のは分かるけど、〝トゲトゲでカワイイ〟ってのはよく分からない。
トゲトゲが有っても無くてもケリ乃さんはカワイイだろ?
「えっ!? 『静磁場』って……磁力!? スマホとIC定期券!」
座席モニタの注釈を見るなり、制服の懐に手を入れるケリ乃。ソレを制す添乗員。
添乗員の左目に装着された片眼鏡の作動ランプが高速で点滅している。
「制服のポケットは『防磁』されてるから大丈夫です。むしろ外に出すと磁場に晒されますのでお気を付け下さいませ」
ケリ乃が慌てて手を引っ込めた。
帯磁つまり磁(石と)化した状態である女子高校生様が、苦渋の表情で9時方向のまん丸いシルエットを睨み付ける。
つまり、3時方向に位置する彼女の鋭い眼光に、僕だけが晒されることになる。
ギリギリギリギリリリリリーーッ!
聞こえないはずの歯ぎしりまで聞こえてくるし、少し斜めってる感じと相まって底知れぬ迫力があった。
僕は視線を逸らして、もう一回9時方向を見た。
デップリとした丸い巨体には釣り合わない、小さな羽根(の輪郭)がパタパタと動いている。
「や、やっぱり、三日目の連中って、コッチの内情を推し量りすぎじゃないですか?」
実際に敵はピンポイントでケリ乃さんを標的にして攻撃を仕掛けてきている。
「そうですねー。我々の動きが丸見えなのは間違いないと思われます。そして、奴らは金糸雀號内蔵である我々の挙動と金糸雀號の外的行動を的確に関連づけています」
……ケリ乃に関しては金糸雀號の運転や作戦上重要な事をしてたわけじゃ無いから、単純に順番で狙ってきただけだろうけど。
でも、そうなると、あのデブなトカゲみたいなボス敵は、線条鉄杭と密な情報交換をしていた事になる。
「それって、眼も耳も頭も良いって事ですよね?」
僕の更なる質問に、次葉や双子達が首を傾けた。
お嬢様の手には首から下げた皮箱が握られている。
箱には裏切り者1が収納されていて、受理ちゃん伍は座席トレーでお遊戯中。
双子達はまだ防衛任務継続中だから、双一が首から下げてる箱の中身は空っぽだ。
そして、受理ちゃん陸がお遊戯を止めると同時に、受理ちゃん漆が両手片足を持ち上げる。
「そうです。車内の様子は精々似たような〝縁取り線〟でしか見えていないはずですが、線条鉄杭も次葉様を識別して、的確に攻撃してきましたからねー」
名前を呼ばれた次葉の肩がピクリと震え、その手元を添乗員が盗み見るようにして警戒している。
◇
〝空間の破れ〟が閉じられてから、敵は動きを見せない。
ただその場に滞空し、ケリ乃さんを磁化させただけだ。
いや、十分攻撃になってるか、甲月だって制服着てなかったら、座席に轢かれて怪我くらいしてただろうし。
おや?
うっすらと聞こえてきてた、測量データを解析する会田さんの音声入力がパタリと止んでる。
「会田さん、結局さっきの破いた空中に敵が隠れた仕組みって分かったんですか?」
「うん。ざっと分光分析してみたけど、何も分からなかったよ。〝光学的な影響力〟で周囲の景色に溶け込んでるけど、奴の実体はソコに有るっていうか……『スピントロニクス』は首席が専門なんだよなーー」
首席の専門? スピントロニクス?
いや、もう受理ちゃんの方は見ない。
甲月達の方に目を向ける。
すると3時方向をゆっくりと飛んでいたプローブが一基、急停止した。
短い円筒は、落ちること無くその高さを維持している。
僕は片眼鏡でプローブをじっと見つめた。
プローブからの信号は正常に作動していることを示している。
――ヴォヴォン!
寸詰りのミサイルを縁取っていた輪郭が急激に膨れあがった。
形は真円だけどケリ乃と同じくトゲトゲしてた。それは直径数メートルの磁場の塊が出現したことを表している。
床の下に隠れてる別のミサイルを縁取るトゲトゲも見え隠れしている。
「添乗員甲月より業務連絡! 金糸雀號の床面を透過して下さい」
「「「「「わっ!」」」」……!?」
僕達が座る座席だけが空中に浮いている。
足下には、既に三段になった足場。
ズズズズズズズズズズ――ワワワワワワワワワワッ!
焼けた水面が盛り上がり、金糸雀號の足場に這い上がってくる。
新開発の超高耐熱合金を伝って、絶え間なく流れ込む白金。
「うぇっ!? 何あれ気持ち悪いんだけど! 佳喬ちゃんなんとかしてっ!」
確かに出来が悪いCGみたいだ。そして、僕にどうこう出来る訳もない。
探査プローブは全部空中に縫い付けられたみたいで、あちこちにトゲトゲ線が出現している。
「三段目アウトリガーロック解除。四段目アウトリガーを作動!」
ピピピッ♪ ゴッガンッ!
ガチンッ!
ゴガガガガガガガッ――――ドッシャンッ、――――ジジジジッ♪
ウィィィィィィィィィィゥウウウゥゥンッ!
油圧で持ち上げられ、揺れる金糸雀號。
一段目の足場もまだ半分くらい残ってるから、大分、灼熱の水面から距離が出来ている。
ユラユラッ――――――カカッ!
金糸雀號の振動で、水面から発せられる強烈な光線。
「はくちゅっ! はくちゅっ!」
何回かくしゃみすると収まるけど、やっぱり心配になる。心配したところで何か出来るわけではないんだけど。
――カカカカッ!
水面からの強力な光を浴びると、凝固した白金の先端部分が、磨き上げられた貴金属のようにピカピカになった。
「水面からの光線は紫外線! 光電効果で起電してる!」
足場の表面で発生した小さな放電が昇ってきた。
やがてソレは大きなアーク放電となって金糸雀號へ接触する。
今も金糸雀號にぶら下がり、周囲の熱を奪うことで発電中の自走式自動装填型工作機械が唸りを上げた。
正面モニタの発電量が増えていく。
フワッ――――!
あれ? 急に視界を横切ったのは虹色の光線。
光線の発振元はケリ乃だ。
彼女を包むトゲトゲした一番外側の縁取りが爆発的に膨張していく!
――――ヴォヴォヴォヴォッ――――――――グワワワッ――――ヴォンッ!!
美少女を包む磁場はドコまでも拡大していき、金糸雀號は強力な磁力に呑み込まれた。
視点に対してアウトラインが描画されるので、包み込まれてしまうと輪郭は描画されない。
なんか、周囲を見回してたら、上下の感覚が分からなくなった。
……これか? ケリ乃さんが〝距離感が掴めない〟って言ってたのは!
正面モニタを凝視していた甲月添乗員が、盛大に壁に激突した!
戦術級携帯防衛システムの廉価版が僕の足下まで転がってきた。
わわわわっ!
〝電子スピンの向きを揃えられる〟ってのは、思ってたよりヤヴァイ攻撃だったみたいだ。
「会田ぁぁぁぁっ!! 緊急回避っ――――――飛べっっ!!!」
「四段目アウトリガーロック解除! ナイトラス・オキサイド・システム作動! 緊急発進――――――!!」
ドンッ! ピピピッ♪ ゴッガンッ!
ドッシュゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴーーーーッ!
4段目の足場を蹴飛ばすようにして、空中に躍り出た金糸雀號。
――――――ヒュィィィィィィィィィィィィィィィンッ!
なんか背中の方で盛大に何かが燃えてる気がする。
――――――ゴッヴァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!
『NOS』という赤色の警告表示が、『AUGMENTOR』へと切り替わる!
警告表示が物凄い高速で点滅しだしたから相当緊急なんだろな。
でもジャッキ機構で形作られた緊急時用の車輪が、地面を踏むことは無かった。
――――――ピタリ!
金糸雀號が空中に静止する。
探査プローブを縫い付けたのと同じ力によるモノだ。
僕は座席を回して、背後を振り返った。
金糸雀號を包む磁場は縁取りされないけど、その影響力は時々表示されるみたいで。
背後の足場に接触している。
足場を這い上がる焼けた『時価約二百万円/キログラムの稀少金属』。
金糸雀號を追う様に空中に躍り出た〝流れ〟が急速に凝固していく。
その表面は滑らかな凹状。
ゴボボボボッ――――ピキピキパキパキッ!
やがてそれは金糸雀號の全天を覆った。
プラチナ製の全天球が閉じられる寸前。
その向こう側。
何も無い空間がバリバリと破られた。
クシャクシャになって崩れ落ちていく割れた鏡。
そうか、奴はプラチナを纏って周囲の景色に溶け込んでいたのか。
「くふふふっ……奴は『電磁メタマテリアル』を利用した『生体認識遮蔽機能』を有しているようですねぇ~~♪」
逆転再生した転んだ人みたいな、不自然な跳ね起き方。
復活した美人添乗員が不適に不敵に昼間から見てはいけない表情を静かに湛えていく――――。
「現在時刻04:07。添乗員甲月緋雨二等研究職員が『特別報償金対象』を目視確認しましたぁぁ~~❤」
出来てる分が結構有るので、出来るだけ磁界いや次回は早めに出来る……と良いな。磁界いや次回は奴が再びステップを踏む予定ですし、必見です!




