三日目(11)
暫定です。
2020/04/05 21:37整えました
「双一様! 怪魚も大当たりでぇすよー!!」
〝も〟ってのは、〝土熊〟も大当たりだったことを示している。
裏切り者は本来、異世界での使役を目的とした〝敵性生物捕獲ツール〟だ。
アニメ作品『ヴァケット・モンスターズ』でお馴染み、モンスターテイマー御用達な感じの。
でも、その正体は、対象個体の脳幹を取り込んだ〝生体HDD〟。
構造的に少しグロテスクなんだけど、皆納得済みだ。
次葉お嬢様に至っては、本当に大事にして肌身離さず持ち歩いてるくらいだし。
アニメ設定の〝ヴァケ球〟は、猫耳付きの球状で直径10センチ。
対する〝生体HDD〟の形状は7センチ四方の立方体。
アニメ作品とは一切関係なく、甲月研究員渾身のオリジナル発明品だ。
でも、カラオケで『ヴァケモン』のOP曲を熱唱したりしてたから、〝ヴァケ球〟の設定は全然知らないわけじゃなかったみたいだけど。
まあそんな訳で〝生体HDD〟をマグマ溜まり潜行作戦のための〝補助プログラム〟として作動させるくらいは朝飯前だったりする。
なんせ発明者本人だし、生命情報科学とか言うヤツの権威らしいからな。
高温に晒される今回の作戦区域では直接使えそうもない裏切り者を「ダメ元でも良いので有効活用致しましょう」と目論んでから、移動ラボ内蔵の自動工作機械で出力するまでが約10分。余りにも簡単に開発するので本当にダメ元なんだなと思ってたけど、そんな事は無かった。
稼働させてみたらバカみたいに効率化が図れて、旅程三日目のために計画された多種多様な新装備と同様、立派に作戦に貢献している。
〝土熊〟に続いて〝怪魚〟も、別なことにコレだけ使えているとなると、……まだ見ぬ〝裏切り者3〟もなにか別なことに使えることになりそうだな。
むっぎゅぎゅーーっ❤
横から抱きしめられる山沢兄。
ソレを見た山沢妹が座席を飛び降りた。
4点式じゃない腰だけのシートベルトをしてただけだったので、それは一瞬で外れた。
アームレストが独りでに跳ね上がる。コレは恐らく受理ちゃん漆が気を利かせたんだろう。
倍は有りそうな体格差をモノともせず、果敢に兄双一を救出に駆け出し――た訳ではなく。
「緋雨ー! 私は私はっ!? 最初にやっつけたのは私でしょー?」
むっぎゅーっ!
その豊満な腰に飛びつく幼女。
なんだその団子状態。
そういえば僕は、添乗員からの熱い抱擁を全力で避けるよう命じられている――恋愛監督官様から。
違反するとウチの父に通報される手はずだから、なんか手柄を立てたとしても多分ドヤ顔してる余裕はない。
「あららら、私、モテてますか今? モテ期再来?」
再来? え!? ちょっと待って下さいよ!
アナタ過去に一度でもオモテになったことが、お有りになるんですかっ?
「あんなこと言ってるけど?」
ケリ乃に聞いてみると、彼女は首を振って大して面白くもなさげに「フン」と鼻を鳴らした。
ふむ、モテ期……無いな。
生命情報科学専攻の研究員は、ああ見えてもって言うか見てくれだけはスッゲー綺麗でスタイル抜群だから、一瞬、信じちゃったじゃないか。
僕は久々に再会してからまだ三日目だけど、ケリ乃の〝見立て〟を結構信頼している。
それは、レストランでのメニュー選びでも、洋服のコーディネートでも、異性に対する受け具合でも同じだ。
僕も「フンス」と鼻を鳴らして、添乗員の戯言を無視することにした。
◇
面白バスの周囲は360°ブラインドの岩盤。
線条鉄杭はどこからでも顔を出す。
「車手会田へ業務連絡。『磁気探査装置』の検出結果をベトレイヤー2へ開示、入れ籠を許可されたし」
『磁気探査装置/磁場の乱れから地表を探る装置』。
鶯勘校研究所はその前身が〝風致地区測量部〟という各種の科学的測量を職務としていた地形や地中観測のプロだ。
そんな鶯勘校仕様の『磁気探査装置』は、地中をかなり深くまで探れるらしい。
幼殻類達に付かず離れず追従されてる今の状態では、その性能をほとんど引き出せては居ないらしいけど、それでも線条鉄杭や幼殻類が無計画に掘り空けた通路みたいなのが、金糸雀號の周囲を取り囲んでいるのが正面モニタに表示されている。
――ヴュワァン。
連結され、真ん中に景品ゲーム機の筐体みたいなのが取り付けられた双子達の座席。
その透明なケージ(金糸雀號模型)の周囲の空間に、うっすらと点滅する模様みたいなのが現れた。
「「アリの巣みたい! 夏休みに自由研究でやったよっ!」」
甲月に捕らえられ、定位置に戻された双子達が、やっぱり左右対称にハモる。
ギュウゥゥゥウワワ――。
遠くの方で線条鉄杭が徘徊している音が聞こえる気がする。
正面モニタや景品ゲーム機の表示に、三角錐は出ていない。
後方や岩盤の向こうに無数の小さな反応が有るけど、これは僕達の後を付けてくる幼殻類達だ。
金糸雀號の格闘レンジに敵は居ない。
「双一様達に、金糸雀號の防衛準備をしてもらっていたのは僥倖でしたねぇー」
「あの鉄杭……おそらくわぁ溶接棒をぉー、あの速度で何本も打ち込まれたらぁ――♪」
「――鉄壁の装甲板もぉー傷が付く程度でわぁ済まなかったかもしれませんからねぇえぇー♪」
甲月の科白を引き継ぐ受理ちゃん陸&漆。
受理ちゃん壱はプライズゲーム機に立てかけられた、戦術級携帯防衛システムの廉価版に装填されたままだ。
〝管理者権限で射撃諸元算定プログラムを実行中〟だから、多分だけど射撃管制に関する事以外は出来ない。
掘削潜行を再開するべく次葉が座席を進行方向へ回頭させる――途中(一時半位)でピタリと、停止した。
「〝ぎょーこぉー〟って……何かな? ……ヒソヒソ」
座席トレー上の〝巨大七輪〟の具合を見ている伍に顔を寄せて質問してる。
イヤホンはハッキリと音声を拾っている。
再構成された丸聞こえの質問に、答える七輪奉行。
「そうですねぇー、中学生は『僥』も『倖』も習いませんからねぇぇー♪」
お嬢様が初日に着てた学校の制服は、垢抜けた感じのセーラー服だったから、随分と良いとこの私立中学なんだと思ってたけど、授業内容は普通なんだな。
それにしても、みんな良く、こんな最新……どころじゃない〝未知の科学技術〟とか〝異世界〟とか〝軍事関連用語〟なんかについてこれてるなと関心してたけど、その理由が分かった。
それは個別に受理ちゃん達がその都度、旨いこと解説してくれてたんだな。
「あら、コレはいけません。皆様、本当に賢いのでついつい同僚や年輩の研究者達と同じように接してしまってましたぁねぇー」
甲月が魔杖を手に取り、登山杖のように体重を掛けて楽な姿勢を取った。
甲月のパワー進行と個別解説は、僕的には中々旨い方法じゃないかと思ってる。
ただ、後回しにした個別解説が、とんでもない数の宿題となって帰ってこなければだけどさ。
「『僥倖』というのは、――〝マグレでスッゴく良いことがあった〟って事ですぅーよぉぉー♪」
なるほど、受理ちゃん音声による質疑応答はわかりやすい。
座席モニタに表示される大きな『僥倖』の文字と、国語辞書からの説明文。
あ、コレは学年レベルにあったモノが表示されてるんじゃないか?
へー。でもその隣の『三頭身の甲月みたいなキャラクタが宝くじに当選した下手くそなイラスト』は、全員共通だと思う。
それと……この絵柄、あの〝あんまり可愛くない猫エプロン〟のだ。
どうでも良いことを思い出した。この一連の絵柄が、〝目つきが悪い鶯観光のロゴマーク〟と同じだって言うアレ。
ケリ乃に教えてやろうと思って、忘れてたヤツ……ホントにどうでも良いな。
とにかく今は、仮にも異世界潜行作戦中だ。
名ばかりの統率者でも乗客全員の安全と、可能なら鶯観光勢2名の安全にだって配慮するつもりではいる。
……甲月に関しては、もう心配はしてやらないけどさ。
集中しろ。集中して、……座席モニタの解説に目を通そう。それしかやる事が無いしな。
ウィィィンッ、ウィィィィンッ、――ガシャガッシャンッ!
僕とケリ乃は皆の邪魔にならないように、座席の位置を後部定位置に戻した。
「じゃぁ、双一様、双美様。さっきと同じに、〝三角形のトゲ〟が飛んで来たら、ソコの〝装甲鱗〟を起動して下さいませー」
ちょっとだけ言い回しが柔らかくなった、添乗員甲月の流れるような口上。
「……バリア?」
「……リズムュードロップみたいっ!」
操作自体の簡単な説明は受理ちゃん達から聞いてただろうけど、再び正式な機能説明を受けた双子の左右対称性が破れた。
飛来する敵機に対する心理的性差。
「だよな、〝敵機襲来したらバリア〟だよな」
「あら、〝リズムュードロップならウチの学食に置いてある〟わよ?」
取り出されるスマホ。
突き出された画像は、カチューシャを頭に乗せた余所行き顔のケリ乃さんと、ド派手な小さいアーケードゲーム機筐体。
すまし顔でピースしてる所を見ると、ケリ乃さんがハイスコアを叩きだした所らしい。
同じ大きさのボタンが5個並んでる。音ゲーぽいな。
ウチの学校でさえゲーム機関係一切持ち込み禁止なのに、……お嬢様学校侮れねー。校風がすっげー自由だなーとか思ってたら――。
「――――ただ、大変申し訳ありませんがが、同時に使える〝可動式装甲鱗〟は最大で4つまででですのでお気を付け下さいませせー」
流れるように続いていた口上に翳りが。
また甲月添乗員の乙女心にトゲでも刺さったか?
「車首会田より補足させていただきーます。金糸雀號の極超高電圧発生装置が必要とする入力電流は、『電磁装甲』へ送電するためのソケット定格の40%……コンセント1個に対して2回が限界です。そのコンセントを地下潜行開始時に3つも壊したのは、甲月添乗員の落ち度なので、各員、個別に咎められたし」
む、ムズい。学校で電気回路なんかについても、少しだけ習ってる程度の僕じゃとても太刀打ち出来ない。
念のため肩の上の受理ちゃん参を掴んで見てみた。
いくらそんなキラキラした眼で見つめても、高校生の理解力には限界ってモノが有ります。
僕は首を横に小さく振る。ショックを受けた参が、図解を座席モニタへマジシャンのように投げ込んだ。
シュルルルッ――すぽん!
ぐ、なんかどんどん増えてくじゃんか待機タスク。
参ちゃんは、僕をどうしたいの?
今世紀最高の物理学者か大道芸人のどっちにするつもりなのか、今のうちに問い詰めておいた方が良さそうな気がしてきた。
僕と参が静かな戦いを繰り広げている中、イヤホンの中で戦争が勃発した。
「――な、なんだとぉう! やんのかゴラァ!?」
「――やらいでかア゛アァン!?」
だから、このイヤホン凄く良く音を拾うよ?
音量を調節されているけど、その怒声に小さい子達もきっとビックリ――――してないな。
「「「とがめる?」」」
年少組たちは、それぞれ首を傾げてる。
対応する受理ちゃん達が「責め立てて反省を促す事……簡単に言うとヘマをしたから叱って下さいって事です」って解説してる。
ビックリしてないなら、良いか。
「オマエ! そんな事言うなら、補佐ちゃん達との研究会議反故にするからねっ!」
ホントは異世界戦闘中に全然良くはないんだけど、…………地が出てるよ、二人とも。
「んだと! それは、困るな。撤回しろっ! 俺が〝独身研究者の集い〟構成員から咎められるじゃねーか!」
ホントこの人、今だって一線級の格ゲープレイヤーで、僕的には掛け値無しにレジェンドなのに。
でも、声を荒げる甲月の目尻に――涙がにじんでた。
……僕は座席モニタを操作して、初日から今までに計上された経費を高額順に表示してみた。
ダントツ一位の――『自走式自動装填型工作機械開発諸経費』。
そして二位に着けているのは――――『多目的科学測量用戦闘車両搭載蓄電装置修繕費』。
――――これだ。新装備関連を除けばコレだけゼロが飛び抜けて多い。
『多目的科学測量用戦闘車両』てのが金糸雀號の開発コードみたいなので、『車両搭載蓄電装置』てのが〝ソケット〟の正式名称だろ。
「うわっ! 高っっかっ! なにこの値段っ!?」
横からのぞき見してたケリ乃の声に、飛び上がる甲月添乗員。
恨めしそうな顔を向け、ジト眼で僕とケリ乃を見つめてくる。
あーぁ。鼻水まで垂らしちゃって。確信した。モテ期無いな。
――――ィィィィィィィィィィィィンッ!
不意に車内に飛び込んできたのは、三角錐の先端。
移動ラボへ直上直下から突き刺さる攻撃予測×2。
あまりにも急な攻撃に、僕もケリ乃も反応出来なかった。
気づけば面白バス模型が、ぎゅるんっと回転してる。
双子の手が両サイドから突き出され――――ビビッ♪
『㉓』と『㉘』のボタンが同時に押され作動したことを、回転が止まったプライズゲーム機の赤丸表示が伝えてくる。
ヴァヴァリッ、ヴァリヴァリヴァ――――ガガッギュッ、ギィギィィィィィンッ!!!
線条鉄杭が可動式装甲鱗に寸断された。
僕は頭上を見上げ、ケリ乃は床下を見つめる。
断ち切られた捻れ棒が、慌てたように引っ込んでいく。
虚を突いた、線条鉄杭の進攻を難なく防いだ双一&双美。
迎撃要員達は首をひねりながら、ボタンから手を放す。
「おかしいな。いま、――小さい矢印出なかったよ?」
迎撃要員1が変なことを言い出した。
「小さい矢印……予告表示が出ない? そんなはずは……」
〝作戦立案から実行まで〟がすこし慌ててる。
そして、迎撃要員2も、輪を掛けて変なことを言い出した。
「ホントだよ、出なかったよ。でも、――ボタン押す前に、鱗が出てたよね~?」
「うん。だから間に合ったんだよ、――バリアッ!」
迎撃要員1が両手を小さく広げて、不可視の盾を目の前に展開してみせた……子供か。
いや、子供だけどさ。
「んんんん~~~~~~?」
魔杖にしなだれかかる魔女の首が水平に曲がっていく。
「「んんんん~~~~~~?」」
いや、だからそれマネしなくて良いから。
「双子達はバス防衛の要なんだからさ、あんまりふざけてるとさ――――異世界ならではの落とし穴なんかにさ、ハマったりしそうだからさ。ちゃんとしよ?」
わー
2020/04/05 21:37わー




