三日目(7)
丁度一週間かかってしまいました。登場人物達が頑張ってるので作者も頑張ります(当社比)。ブクマよろしくお願いします。
「異世界勢力斥候で有る以上、あの中に本体と言うべき試金石を内包する個体が存在している――ぺらり――はずですよ。恐らくは――ぺらり――あの群れ全てで一つの生命体と思われますね」
この忙しい最中に添乗員ソルジャー甲月は、又あの謎の青い手帳を取り出して頁をめくっている。
「一般的にわぁ、〝超個体〟とぉ呼ばれぇるぅーある種のぉ社会性を持つぅ――ガチッガチャッ――昆虫に似た――――ガチッガチッガチャッ!
受理ちゃん壱の解説口調を……塗りつぶしていく、ペンチをガチガチ鳴らしてるみたいな金属音。
『※臨場感を感じていただく為に外部音声は受理ちゃん零によって適宜、再構成されます』とか何とか受理ちゃん参が解説してくれてるけど、……その声も聞き取りづらくなってきた。
作戦中に僕達や受理ちゃんの声が聞こえないのはまずい。
――――――ガチッガチャッガチッガチャッガチッガチャッガチッガチャッ!
迫力のあるサラウンド音声が、背後から金糸雀號を取り囲んでいく。
「(うるさーいっ! 佳喬ちゃん、何とかしてっ!)」
「(僕にどうこう出来るわけ無いだろっ! 小蟹か肆ちゃんに言ってくれ! あと、僕のベルト掴むの止めよ?)」
さっきの甲月の行動開始宣言以降、車内の照明は絞られていて薄暗い。
湧き出す高熱源体の群れが小さな炎となって、金糸雀號を背後から照らしている。
小蟹と小海老は寄せ集まり、より強く白く発光していく。
片眼鏡に表示されてる小蟹の『放射温度』とやら(?)は『805 K』でさらに上昇中。
前に授業で習ったことがある。Kってのは、たしか絶対温度のことで、えーっと……視線を止めてたら――チッ♪
表示が勝手に切り替わって――『536℃』になった。
とんでもない高温だけど、今の金糸雀號と僕達ならたぶん平気だ。
僕は脇腹に食い込むケリ乃さんの手を、丁寧にひっぺがす。
パシュルルルゥーーッ!
突然の鼠花火みたいな音――――。
ガシリ――怯えたケリ乃に、今度は座席のアームレストを掴まれた。
座席同士の衝突を防ぐための安全装置が働いて座席がロックされる。
自由に動けないと、なんか怖い。放して。
電光石火。地を走る白煙。
「爆発物検知! 総員、耐ショック防御、姿勢を低くし――――」
運転手会田さんの号令に、全員が身を竦めた瞬間。
――――ヒュボッッガァァァァン!
面白バスが被弾した。
「う――わっ!」「きゃ――ひっ!」
「わぁ――あ!?」「「あは――ははっ!」」
揺さぶられる金糸雀號。
ギュギギギギッ!
四輪操舵による車体を軸にしたブレーキング。
お、大丈夫だ。車体外装と後部に連結された〝自走式自動装填型工作機械〟には傷一つ付いてない。
リィーサが首席研究員としての全ての裁量をつぎ込んだ新装備は、メールの文面通りの性能を発揮している。
軽い衝撃はあったけど、これなら全然耐えられるぞ。
鶯観光の制服によって僕達の体は完全にホールドされている。
それでいて、ケリ乃の手がエチケット袋に伸びることもない。
「作戦行動様式に異常発生! 敵勢力斥候、〝幼殻類タイプ〟から〝利他的行動〟を関知。敵行動予測に〝群選択〟による制限が付きます。注意されたし!」
兵士甲月からの、今までに無い、ひどく真剣な警告。
運転手会田さんに対するモノだろうけど、何言ってるのかまるで判らない。
利他的行動ってのは……自分勝手じゃないって事かな?
でもそれなら、今までの異世界生物達だって危険を顧みずに、甲月みたいな危険なヤツ相手に、一歩も引いてなかった気がするけど。
ガチッガチャッガチッガチャガチャッ!
波のように押し寄せる小蟹たちの中から――突出する一本の鎖。
ソレは連結された小蟹や小海老で出来ていた。
パシュルルルゥーーッ!
また鼠花火みたいな音――――。
「再び、爆発物検知! 総員、耐ショック防御――――」
運転手会田さんの再号令に、全員が一応身を竦め――――ヒュボッッガァァァァン!
「わっ」「きゃ」
「わぁあ?」「「あははっ」」
ギュギギギギッ!
ブレーキングで不規則に揺れるけど、これなら全く問題ない。
小さい子達なんてリアクションもソコソコに、自分達の作業を再開する余裕が有る。
実に頼もしい。
◇
ゴロゴロロッ!
双子達への指示を受理ちゃん陸・漆に任せた添乗員兵士が、再び勢いよく転がってきた。
「佳喬様、莉乃様、お怪我は御座いま……せんね。アトラクションを続行するにあたり試金石を強敵と判断し、以降『幼殻類』と正式に呼称致しますが、――ぐりん――宜しいでしょうか?」
添乗員兵士が小首を傾げながら僕を見た。
「ぼ、僕に確認してるんですか?」
美人兵士甲月のまっすぐで傾いた視線に怯む。
「当然です。鶯観光の服務規程にも『作戦立案や呼称名選定の際には可能な限り統率者の了承を得ること』と記されておりますので」
「毎回、聞かれるのは面倒なんで止めて欲しいけど、……りょ、了解しましたよ」
座席モニタに『ゾエア』の検索結果が表示される。
『ノープリウス期を経て変態した十脚類の幼生。付属肢が出来、プランクトンとして生活を始める』
ってコレは、異世界じゃない方の普通の検索結果だ。勉強にはなるけど、今は必要ない。
「受理ちゃんへ業務連絡。幼殻類爆発時の実測データを 乙種物理検索されたし」
「はぁい、検索終了ぉーしぃまぁしぃたぁー♪ 該当わぁ一件、幼殻類の爆発特徴に〝指向性〟を検出しましたぁー❤」
甲月の肩の上、民芸品みたいなポージングで応答する受理ちゃん壱。
一瞬で検索終了したから、プログレスダンスの出番も一瞬で終わっちゃったっぽい。
「「指向性?」」
「はい。金糸雀號のシャベル代わりの〝試錐用炸薬式レーザービット〟と同じように、一方向に対して強化されているということです」
「〝指向性爆発〟わぁ直線的に繋がれた〝幼殻類〟がぁー獲得する性質のぉ様ですぅー❤」
繋がった小蟹の最先端付近は性質が変わるからか、発する光が弱く暗くなっている。
「なるほど! 敵も然る者ですね! うふふふふっ、うっふふふふぅーー♪」
不敵に不適な件の〝ヒュペリオンスマイル〟を横顔に貼り付ける甲月緋雨。
熱視線は金糸雀號を照らし出す、眩い程の青白い〝超高温熱源〟へ注がれている。
「あのー、もうヒュペリオン2は無いんだし、あんまり調子に乗らない方が良いんじゃないですか?」
小さく手を上げたケリ乃の、内角をえぐるような鋭い指摘。
「ばかっ……ひそひそ……ソレは言ってやるなよ」
「バカとはなによっ」と歯をむき出しにしてアームレストを揺さぶってくる、元美少女。
ゴリラか……いや、ゴリラは甲月の専売特許だから差し詰め……チンパンジーか。
ああもう。〝初日のちょっと気が強そうだけど可憐な美少女オーラ〟なんて微塵も無くなってる。
ディベート大会とかカラオケの時みたくグイグイ前に出るのが地なんだな。
コレはコレでカワイイ気もするけど、……今は止めろ。
「いいから……ひそひそ……良く考えてみてくれ。こんな異世界側有利の地形効果360°のど真ん中で、ポイントゲッターの甲月……さんに又落ち込まれでもしたらさ……ひそひそ……僕達全員無事に地上に戻れると思う?」
目を丸くした小猿が淑やかな手つきで、口元を押さえた。
小猿が僕を見つめる眼に力を込める。
よし、傷心の甲月に奮い立って貰う為には僕達が結束しないと。
うなだれる甲月に声を掛けようとしたら――。
パシュルルルゥーーッ!
パシュルルルゥーーッ!
パシュルルルゥーーッ!
三連続の鼠花火――――。
小さな爆発とソレに伴う白煙がトンネルの壁面を走ってくる――まるでミサイルだ。
掘削潜行は次葉と会田さんが再開してるけど、その速度は変わらず時速7㎞前後。
数珠つなぎになり、その腕力も機動力に変えて追ってくる小蟹達の方がわずかに早い。
「再び、可燃物検知! 総員、耐ショック防御――――」
再びの号令に、全員が身を竦め――。
――――ヒュボッッ――ヒュボッッ――ヒュボッッ……。
金糸雀號外装に到達する〝幼殻類〟ミサイル。
――ガァァァァン! ――ガァァァァン!
――――ヒュボッッガァァァァン!
「「「「「わぁーーーーーーーーっ」」」」……?」
流石に指向性炸薬×三本分を一度に喰らうと、ハッキリとした衝撃が車内にも届いた。
今日は最初から制服と座席がガッチリとホールドしてくれてたから麻痺してたけど、今更ながら異世界戦闘中の実感が沸々と湧いてくる。
まだまだ直接の脅威って訳じゃないけど、この先は〝火力のお化けみたいなの〟が、どれだけ出てくるか見当も付かない状況なのは間違いない訳だし。
甲月の最大の得物を失ったのは結構痛いかも。
〝火力(と恐らくは火炎耐性)のお化け〟相手に、火力の化け物がどこまで効いたかは怪しいけど、兵士甲月の心の火力を失った影響は小さくないと思う――。
「――攻撃兵装ではありませんが、直接当機を狙われた場合の用意は出来ていますよ。ソレを使えば〝幼殻類〟達の強力な〝指向性爆発〟も無効化出来ます」
あれ? いつもの涼しい声に戻ってる。昼間……早朝から見たらいけないニヤケ顔も引っ込んでた。
落ち込んでもいないみたいだし――僕とケリ乃は眼を合わせて、安堵の息を吐く。
要らない心配して損した。もう、甲月の心配は二度としてやらないことにする。
「「「フ・フ・フッ、その為のぉー双一様達のぉー新装備でぇーす♪」」」
受理ちゃん壱・陸・漆がハモる。
たらーん♪
小さなファンファーレみたいな効果音。
よし、受理ちゃん達がふざけてる。ならまだまだ余裕余裕。
「「緋雨、出来たよっ!」」
双子達の座席が向かい合わせに連結されてて、何だかゲーセンの新しいプライズゲーム機みたいになってる。
座席の間には金糸雀號の見取り図みたいな立体映像が煌めいている。
立体映像には受理ちゃん達の半透明さが無くて、リアルな物体とほとんど区別が付かない。
時々周囲の動きに干渉してブロックノイズが出てなかったら、金糸雀號の精巧な模型にしか見えなかった。
そして逆に、ソレを取り囲む筐体が全て透明だった。
透明な箱形の表面には、沢山の透明なボタンみたいなモノが取り付けられていて、ソコには『⑧』とかの番号か描かれている。
「コレが金糸雀號新装備の『可動式装甲鱗』です」
添乗員研究者は手にしていた細身のケーブルで、プライズゲーム機と双一の座席を接続した。
ソレは機能性生地のデモンストレーションの時に、甲月のあんまり可愛くない猫のデザインのポケットに繋がっていたのと同じケーブルだった。
さっきヤツがうなだれてたのは、ケーブルを準備してたからかー。
横でケリ乃がフンと小さく、鼻を鳴らした。
◇
スポンッ♪
――カシッ、ガッチャン、ピピピピピピッ!
双一が、嬉々として金属質の小箱を自分の座席にセットした。
金糸雀號の模型の表面が波打った。
前方から後方へ、真っ黒い板状のモノで覆われていく。
「「「「モグラ……?」」」」
僕とケリ乃と双子達。発した言葉に違和を覚え小首をかしげる。
モグラと言うには丸々と太っていたし、体毛も角張った鱗みたいで、どうもシックリとこない。
現在の金糸雀號の状況と連動しているらしい模型がオデコから〝レーザービット〟を射出した。
それは、蜘蛛の糸のようにまっすぐに伸びていき――――引き締まった甲月のウエストに突き刺さる。
黙々と掘削潜行作業に没頭していた、次葉が双子達の座席(可動式装甲鱗)を振り返った。
「………………蓑虫?」
言い得て妙にも程がある。
金糸雀號を取り囲む実際の全天映像は、ほんの少し輝度が押さえられたくらいで、ほとんど変化がなかった。
「本当は爆発反応装甲、……俗に言うリアクティブアーマーを搭載したかったのですが、シミュレートした常時数百度の高深度環境下では信頼性の高い〝プラスチック爆弾〟を使っても安定性が確保出来なかったのと――――」
言いよどむ美人添乗員兵士研究員甲月お姉さんの表情が曇る。
その両手は向かい合わせに座る双子達の頭を、やさしく撫でている。
一瞬、又何か鶯観光由来の悲しい出来事でもあったのかと、気づかいそうになったけど、僕はついさっき『もう、甲月の心配は二度としてやらない』と決めたばかりだ。
「――――何より『軍用プラスチック爆弾』の使用がどうしても認められず、公認車検がパス出来ませんでしたので」
「「ブフォッ!」」
ケリ乃も一緒に噴いた。盛大に咽せている。
ホラみろっ! 危ない危ない、また馬鹿を見る所だった。
ドコの世界の観光バスに、『高速徹甲弾』に耐えるハイテク装甲が公的に必要だって言うんだよ!
いや、今、正にそう言うのを必要としてるし、紛争地帯なんかを走る車両には搭載されてたりするのかもしれないけど。
くそう、座席モニタの図解なんかをずっと見続けてきた結果、僕までハイテク装置だけじゃなくて最新兵器とかにまで詳しくなってきちゃってるじゃんかー。
でも、なるほどな。
今朝、工事途中のトンネルを掘り進む前、再び立ち寄ったガソリンスタンドで、何回も何回も洗車してたのは……そういうのをやってたからかー。
各種の新装備を盛大に盛った金糸雀號に付いた、改造時の金属片とか汚れを念入りに落としてるのかと思ってたけど、違ったみたいだ。
見た目は新品同様のままだったし、変だなとは思ったんだよ。
大型バス(金糸雀號は寸足らずだけど前頭部がバカみたいにデカイ)はとても対応出来ない普通の全自動洗車機。アレ自体がもう、普通じゃなかったじゃんか。
添乗員甲月が操作パネルに話しかけたら、鶯勘校研究所のロゴマークが表示されてさ。
ソコまではいつもの事としても、添乗員と運転手両名の手の平と両眼の生体認証が必要な全自動洗車機って…………何をどれだけ綺麗にするんだよ。
甲月の声を拾った座席モニタに表示されていく『プラスチック爆弾』の組成表。
一介の高校生にはまるで必要の無い知識が次から次へと実にわかりやすく……。
僕は右上の『×』を即座に押した。
『待機タスク398:可塑性爆薬の運用と火薬類取締法についてのご理解』
受理ちゃんからの宿題が画面隅に表示されてスグ消える。
コレには僕がフンスと、鼻を鳴らした。
ボスを早く出したいのだけど、そういうときに限って余計なことを登場人物全員がしてくれるので――――美人添乗員に武器を与えることが出来れば、なんとか。そのためにもぜひともポイント評価お願いいたします。




