三日目(3)
また、少し間が開いてしまいました。よろしくお願いします。
2020/02/05 15:14 ざっと整えました。
「やっぱり、――そうなりますよぉねぇぇぇぇえぇぇー。――ぐぬぬぬぬ」
美人添乗員甲月が腕組みをして、首を水平になりそうなくらいに傾けた。
おい曲げすぎだ。小さい子達が真似するから止めろ。
「ちょっとみんな、首痛くするからやめてー」
案の定、大流行した首傾けすぎ問題に、ケリ乃が慌てている。
甲月を囲んで――――キャッキャッ♪
普段起きてない時間帯。年少組のテンションはうなぎ登りだ。
楽しそうだけど止めさせよう。
甲月の頭を手で押さえようとしたら、ケリ乃に肘で押しのけられた。
「佳喬ちゃんは、ほんと見かけによらず……男の子って言うかなんて言うかもう」
なんかブツブツ言いながら、猫エプロン美女の頭を掴んだ兎エプロン美少女。
ぐぐぐぐっ――甲月の美しかった顔が、ケリ乃に押し戻される力に対抗して、すっごい歪んだ。
「ぐぎぎぎっ――この先の山岳地帯に点在する〝マグマ溜まり〟……その直上で異世界化に巻き込まれたら……〝敵〟の戦力が増大する可能性が高いですからねぇぇぇぇえぇぇ――ぐぎぎぎっ」
甲月は何と闘ってるんだ?
……こんな美人の、ここまで歪んだ変顔を見ることは、もう、この先一生無いだろな――プッ!
年少組と僕と会田さんが、遠慮無く爆笑する。
けど僕達が置かれている状況は、笑っていられる様な生やさしいモノでは無い。たぶん。
変顔添乗員のセリフは、僕のさっきの意見を裏付けるものだ。
この先のミステリースポットは〝リィーサの見立てによると超絶厳しいらしい〟っていうやつ。
彼女も変顔もそう言ってるんだから、掛け値無しに危険なんだろう。
ケリ乃も僕達に釣られて笑い出した。拮抗していたケリ乃の押し戻す力が弱まる。
「――痛った!」
勢い余った変顔添乗員が首を押さえて屈み込んだ。
涙目になりながらも、元の美しい顔を取り戻した美人添乗員。
昨日撃破したミステリースポット②である甲月マグカップみたいな〝整った顔〟――ぐりん。
それが今度は反対側に倒された。
受理ちゃんじゃ無いんだから、そんな変なポーズしなくたって考えられるだろ……それとも難問を解くときは、ソレしないと答えが出ないのか? ……でも、今までそんなのやってなかったよな。
「ちょっと、ソレ、ヤメテ下さい! なんか心配になるからっ!」
ケリ乃が反対側に回り込んで、甲月の頭を手で押し返す。
もう小さい子達は、甲月のマネを止めている。
ケリ乃の慌てる様が面白かったのか、年少組は二人の周りを駆け回り始めた。
「待ち受けにすっかな? いやソレより……首席に送っておこう♪」
さも、素晴らしい事を思いついたみたいな顔の会田さんが、スマホを操作してる。
今すぐは届かなくても、あとで通信環境の全てが復旧したらたぶん届くんだろう……リィーサに。
まあいいか、甲月の首は皆に任せとくとして――やっぱり、マグマ溜まりの近くで異世界化したら、相当ヤバいのが出てきそうなのは確定みたいだ。
炎系のモンスターなんて、火力が存在意義みたいなもんだろうし。
でも、今考えなきゃいけないことは、敵の火力じゃ無い。
昨日、金糸雀號が水中戦(一部、空中戦だったけど)を余儀なくされたのは、水の中に居る時に異世界化したからだ。
そして、昨日、蛇椅湖に僕達が潜っていったのは、ソコが目標地点とやらだった経緯がある――。
――ぐりん。
急に首を元に戻した甲月。
今度はケリ乃が、余った勢いでよろけている。
ケリ乃を優しく支える、猫エプロン姿の添乗員。
「今後の方針が固まりました~♪」
晴れやかな笑顔で、壁に向けられる手のひら。
ヒュッパッ。
この辺の地図みたいなのが表示された。
ポン、ポン、ポポポポ――ポコン。その地図に大小様々なオレンジ色の丸が描かれていく。
「では、全受理ちゃんへ業務連絡。本日の目標ポイント、ミステリースポット③の正確な位置を算出しますよ~」
甲月のお願いを聞き、テーブルの上のゴミをひとまとめにしてゴミ箱へ放り込む会田さん。
「「え? それ見てても良いんですか?」」
僕とケリ乃が硬直する。てっきり社外秘のトップシークレットだと思っていたからビックリしたのだ。
「はい。深夜の時間帯に自動的に行われる処理ですので、普段はご覧いただくことは難しいのですが、本日はこうして皆様起きていらっしゃいますのでぇ~」
そう言って、壁の地図に指先を突き立てる甲月。
――ブヨン♪
その指先に〝マグマ溜まり地図〟がくっ付いた。
受理ちゃん壱が片手を上げると、カーゴルームの照明が薄暗くなっていく。
「……ちょっと、情報レベルってのが有るんじゃ無かった? ……ひそひそ」
ケリ乃がスマホ片手に聞いてくる。
「……だよな? こんな事なら、もっと前に聞いときゃ良かったかも……ひそひそ」
まだ三日目だけど、今の時点でケリ乃メモがどれだけの分量になっているか判らない。
それでも、チラッと見えた簡易メモアプリのページ数は、……三桁だったと思う。
「ただ、お一つだけ確認事項が御座います。佳喬様が統率者と言うことにしていただく必要が御座います」
残念美人の眼を怪しく煌めかせる、指先の地図の光。
「「「「リーダー?」」」」
……鶯観光の連中とか、受理ちゃん達の難しい言い回しとかに良く付いてこられるな、小さい子達は。
同じ年の僕に聞かせても絶対、皆の半分も理解出来なかったと思う。
「……柄じゃ無いけど、別に良いですよ。皆のことは頼まれてるし」
「はぁい❤ 佳喬様の当ツアー統率者就任が受理されましたぁー♪ これで便宜的に〝情報レベル1〟準拠と見なすせますぅーのぉでぇー、当ツアー参加者の全員へ〝ミステリースポット算出〟に関する情報を開示可能になりますぅー♪ ――――すぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ」
込み入った状況を軽く解説してくれた受理ちゃん参が、大きく息を吸い込む。
「「「「「「「受理ちゃんから、高負荷演算申請ぇ~❤」」」」」」」
――――ズザム!
全ての受理ちゃんが甲月へ敬礼した。
「はい、受理されました。添乗員甲月から全ての受理ちゃんへ、管理者権限が譲渡されます」
そう前置きをした甲月が背伸びをする。
高い位置から真下へ向かって指を弾く。
指先にくっ付いて、ずっとうねるように明滅していた地図のサムネイルが、元の大きさに戻る。
魔法の絨毯のようにゆっくりと降りていく地図。
木目みたいな等高線を元にして立体形状を形成していく〝マグマ溜まり地図〟。
ソレに書かれていた橙色の丸が立体的な丸みを帯びながら、立体形状よりも下へ落ちていく。
ジジジッ――ポコォーン♪
テーブルの上。出来上がった立派な山岳模型の上に瞬間移動する全受理ちゃん。
計7体の半透明10センチが、立体地図上の温泉旅館に小走りで集合した。
すぱん。
小気味よい音を立てて、会田さんが制服の帽子をポケットから取り出した。
ジーンズのポケットに入るような入るような大きさでは無いけど、既にそんなことを気にする人間は居ない。
「――よし。ソレでは全受理ちゃんへ業務連絡。目的地を設定して下ーさい」
金糸雀號運転手が帽子を頭に乗せ、突きだした手刀で小さなホログラフィー達に命令した。
「出発進行~~~~♪」
楽しそうな受理ちゃん壱の号令。
……よちよちよち。
受理ちゃん壱の肩に両腕を乗せ、追従する受理ちゃん弐。
……よちよちよち。
数珠つなぎになって受理ちゃん達が動き出す。
……よちよちよち。
……よちよちよち。
……よちよちよち。
一歩ずつ一歩ずつ小刻みな舞踏を挟みながら、山間部の谷間を進んでいく。
……よちよちよち。
……よちよちよち――カクン。
お遊戯みたいな足取りで国道を進んでいた、先頭の受理ちゃん壱が突如、方向転換した。
――――ボッゴォッ!
立体地図の裾野を受理ちゃん壱の強烈な歩行が突き破る!
トウモロコシがごとき軽快さで弾ける空間。
――ボゴォボッゴォボゴボゴボゴゴゴォォォォォン♪
受理ちゃん百足は一直線に地中を突き進む。
楽しげに。
――――――ボッゴボッゴゴォォォンッ! チャリラリーン♪
やがて受理ちゃん達の百足列車が、効果音と共に円形に停車した。
お子様ランチみたいな小さな旗を、マグマ溜まりに突き刺す受理ちゃん漆。
パパァーーン♪
金糸雀號が温泉旅館駐車場から発車する。立体的な矢印がどこまでも追従していく。
引き延ばされるようなグィィィィーーンという効果音が、目つきの悪い小鳥の旗の前で停止する。
――――ドガァァァァァァァァァァァァァン!
七色の煙を立ち上らせ爆発する〝受理ちゃん達〟。
「目的地が、設定されましたぁー♪」
天井から少し大人びた受理ちゃん零(想定年齢30歳)の声が聞こえてきた。
なるほど。こうやってミステリースポット①、②は設定されたんだな。
爆煙から飛び出す受理ちゃん×7。
「「「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ♪」」」」」」」
放物線を描き、それぞれの通信端末へと戻っていく。
足りない距離を、スキップしてくるのも居れば、凄い勢いでクロールしてるのも居る。
彼女たちには個性が有り、それは日々大きくなっている様に思う。
僕の……受理ちゃん参は後転してゆっくり戻ってきてる。
前転だと曲がっちゃうから、後転に切り替える様子が微笑ましかった。
パパァーーン♪ ――ブロロロロッ。
金糸雀號が何度も出発して、何度も目標地点に到達している。
小さな旗がはためくのは、地中かなり奥深く。
一番大きなマグマ溜まりのど真ん中だった。
ソコは国道から山頂までの標高差の、三倍くらい有りそうで。
いくら面白バスがとんでもない性能を持っていたところで、到底たどり着けるような場所では無かった。
僕は振り返り、床に半分埋まったバイクみたいなのを見た。
強そうに見えなくも無いけど、とてもこんな一人乗りの装備で地中を進んでいけるとは思えない。
甲月がエプロンのポケットから大きめなスマホを取り出した。
それは、僕達が持ってる受理ちゃん入りの通信端末みたいなデザインだったけど、大きさは倍くらい有って細長いタブレットみたいに見える。
「それなぁにー?」
すかさず双一が、猫エプロンお姉さんの背後から抱きつく。
まあ子供だし、相手も甲月だから1ミリも羨ましくは無いけど、何となく目をそらしたら――ジトリ。ケリ乃さんの据わった眼と、眼が合った。
いや、コレは双一のいたい気なスキンシップであって、僕の不始末では無いだろう。
「佳喬様、私たちがどうやってこの地中深くの目的地まで潜っていくか、想像が付きますでしょうか?」
ケリ乃の視線に射すくめられてたら、甲月が真面目な声のトーンで、難しい質問を投げつけてきた。
え、それ僕が答えないとイケないのか?
ケリ乃に助けを求め――サッ!
あれ? ケリ乃さん? どうして眼を逸らすのでしょうか?
僕は、視界の隅でチラチラと大きく身振り手振りをしてた、受理ちゃん参を捕まえた。
いきなりの難問に対して、ヒントくらいくれてもイイだろうと思ったのだ。
受理ちゃん参が何も無い空中から角張った帽子を取り出す。
「私めにお任せあ――――」
「添乗員甲月が管理者権限を行使。アクセプタン・スリー、外部音声出力をカット――」
学芸モードに移行した受理ちゃんのリィーサ声が消音された。
「さあ、佳喬様。私はアナタのご意見が――(にっこり)――聞きたいのですよ」
なにその、甲月にあるまじき、素敵な笑顔。
思春期真っ盛りの男子高校生に向けて良い表情じゃ無いぞ。
あぶないあぶない(恋愛的な意味で)。
美人添乗員のメッキが剥げる前だったらイチコロだった。
学芸モードになった参(指し棒所持)が、身振り手振りで何かを訴えている。
けど、これでは壁に映し出してくれてる図解や数式なんて、判るわけも無く。
図解の一つには、〝マグマに突入していく金糸雀號のイラスト〟が描かれている。
その横には……『1200℃』という文字。
凄い温度だけど、ソレ程インパクトが無いというか。
地図に書かれた橙色の丸から連想したのは、6000℃とか一万度とかだったから、ソレと比べたら、まだ何とかなりそうな気がしたのだ。
6000℃ってのは何の温度だったっけ? 金属が融解する温度? 太陽の表面温度?
「――痛った!」
静寂を突き破る美人添乗員の声。
見たら、次葉に箱攻撃を食らってた。
僕と、急にシリアスになった甲月が、仲違いをしているとでも思ったのかもしれない。
『Boot sequence failed.』
壁に表示された小さくて真っ赤なダイアログ。
怪箱はすでに皮製の箱から取り出されていて、小さなLEDランプが赤く点滅してる。
次葉が手にする裏切り者1。その正体は異世界生物の情報をインストールされた謎の怪しい箱だ。
ヒュペリオン2の超高温に耐えたケフラットモール達。
そしてソレを一瞬で蹴散らしたモグラみたいな性質の土熊。
「ちょっと、次葉ちゃん! 危ないから、ソレ仕舞って!」
「大丈夫だよ、ココで起動したところで、生体ハードディスク……ただの箱だから」
会田さんが、ケリ乃をなだめてる。
ほっ、危なくないのか。助かった。
次葉はもう、とにかく裏切り者1を投げたくて仕方が無いみたいだ。
一日目に確保したっきりで、ずっと出せてないから、気持ちはわかる。
ソレを言ったら、双一も裏切り者2を使いたくなりそうなもんだけど。
次葉とヴァケモンごっこが出来てればソレで、気が済んでるみたいだった。
「ん? ……生体ハードディスク? ……生体?」
〝ズングリ〟達にはあの凄まじいヒュペリオン2の高火力をしのぐだけの鎧みたいなモノが有ったって事だよな?
生身なのに?
ケフラットモールに関する事を何でもイイから、思い出せ思い出せ。
……甲羅とかは無くて、黒い体毛。
黒くて耐熱性能があるって事は……炭素繊維?
ヤマアラシみたいに、体毛がワサワサ動いてた気がする。
体毛が動くって事は、毛根付近にある筋肉に十分な血流を確保出来ていないとイケなくて――。
「ちょっとまて……って事は、……体毛自体が耐熱構造……?」
いや、アイツら焦げてもワサワサしてたから――場合によったら冷却放熱器みたいになってたんじゃ無いか?
「わかった! 土熊だ! 裏切り者1を使って地中を進めば、……いや違う。ソレで済むならリィーサはこんな〝研究所がストップする程の予算を掛けてまで新装備を作らない〟。えっと、だから、金糸雀號を――――」
――――ギキキキキーー!
突然、脳裏に金糸雀號が停車した。
その表面には、蠢く体毛がびっしりと生えていた。
「――――土熊化……なんて出来るわけ無――――ぶわっぷ、く、くるしっ!」
フワフワした柔らかいモノに、正面から抱きしめられた。
「ほんっとに、佳喬様は~面っ白い子でぇすーねぇーっ!」
この反応は謎箱の時と同じだ。
どうやら、僕の答えは彼女の想定したモノかそれ以上のモノであったらしい。
「ちょっと! 甲月さんっ! な、何してるんですか! 佳喬ちゃんも離れて! だめーっ!」
痛い痛い! まてまて蹴るな!
だからコレは甲月の失態であって、僕の落ち度じゃ無いだろう!?
次回、受理ちゃん達による工作風景などをお届けする予定です。




