一日目(4)
面白くなってきました(書いてる人が)。読んでくれている人も楽しめるモノになっていると良いのですが(努力します)。よろしくお願いします。
「(ギィィィィッ!)」
その金切り声は、確かに窓の外から聞こえてくる。バスの防音が完璧だからうるさくは無いけど、
「ガリガリガリッ!」
車体を直接傷つける音は、それなりに車内に聞こえてくる。
「佳喬ちゃん! 何アレ何アレ!? 窓ひっかいてるわよっ!」
僕のシャツの袖をギュっと掴むケリ乃。僕はその手をひきはがす。
「ま、ま、まて。落ち着こう。こういうアトラクションの可能性も……」
僕たちは願うように添乗員を見た。次葉搭乗の時みたいに、きっと、涼しい顔をして居るであろう添乗員を――。
「うふふふふっ! うふふふふっ! うーふっふっふっふっふーーっ♪」
壁のパネルを嬉々として操作するその顔は、ボールを見せられた子犬みたいで。薄ら笑いも止まらないらしく、かなり気持ち悪い。
乗客は兎も角、添乗員甲月が楽しめるアトラクションでは有るらしい。
添乗員の様子から、この状況をアトラクションと判断したのか、年少組が窓際に掛けよって、窓を叩きはじめた。
「こらっあんた達! 危ないでしょっ!? 窓から離れなさい!」
一切、物怖じしない年少組の襟を引っ張って、窓から引きはがすケリ乃。
「甲月さんっ!? コレってどういうことですか!」
僕は、添乗員へ詰め寄った。
「申し訳ありませんが、受理ちゃんに聞いて頂けますか~? 私、ただいま手が離せませ~ん! うふうふッ♪」
天井から降りてきた円筒状のケージみたいなモノに、両手を突っ込む甲月。
左右にあるパドルみたいなモノを操作すると中身が回転して次の中身が出てくるようだ。
何かを探してるみたいだけど、その顔は紅潮していて、なんか昼間から見てはいけないモノを見せられてるみたいで。
「「「「情報開示の為のアクセス権限の譲渡を申請しまぁーす!」」」」
稼働中の金糸雀號専属AI〝受理ちゃん〟達が一斉に、甲月に向かって敬礼をした。
双子達は真似をして、敬礼したりしてるし、中学生は再び窓際へ駆け寄ろうとして、ケリ乃に捕まえられたりしてる。
まずい! 僕がちゃんとしないと。父さんにも皆を頼むって念を押されたし……。
右往左往しようにも、今どんな事になっているのかが、さっぱりわからない。
僕は、とりあえず――開けっ放しの引き出しの縁に乗せてあった、格闘ゲーム用のアーケードコントローラー、通称アケコン(しかもコレ、最近出たばっかりの、すっげー性能良い奴)を中に戻した。
引き出しの中にはカラオケ用のマイクや、柔らかい材質のラケットやフリスビーなんかが、ぎっしりと詰め込まれてて、僕たち乗客を楽しませてくれる準備が万端だったと判る。
「受理ちゃんに業務連絡! 情報レベル2のアクセス権限を乗客全員へ譲渡されたしっ♪」
そう言って、昼間から見てはいけない表情のままの添乗員がケージの中から取りだしたのは、なんかずいぶん前に映画とかで流行った樹脂製の外観を持つピストル――の銃身がすっごい長いヤツ。色はくすんだピンク。
グリップの下に付いてた、折れた棒みたいのを後ろに引き延ばしている。
スコープとかは付いてないけど、イメージとしてはスナイパーライフルが近いかも知れない。
「そ、それって武器なんですか!?」
「コレは〝ヒュペリオン2〟。我が鶯勘校研究所が誇る最新の復元開発による、戦術級携帯兵器の決定版よっ!」
そのピンク色のオモチャみたいな長い拳銃に、自分の軍服の背中から引き出した太めのコードを繋いでいる。
「鶯観光研究所!? 何ですか研究所ってっ!?」
「添乗員甲月へ業務連絡! 情報レベル3の漏洩に関する服務規程違反により、3時間の減俸を命ず!」
運転手さんのアナウンスを聞いた、添乗員甲月が、小さく飛び上がった。
「こほん! 乗客の皆様~、た、大変失礼いたしましたー!」
運転手さんの業務連絡で正気に戻ったらしい添乗員甲月は、空いた手で僕の腕を抱えて後部座席の方へ引っ張った。
同時にかかとで引き出しをしめる。両手はふさがっているし、仕方が無いんだろうけど、足癖良くないな。ケリ乃みたいだ。
「当アトラクションは最大10分程度の演目となっております。席へお戻りになって、続きをお楽しみ下さいませ。あ、危険はございませんのでご安心下さいね~❤」
添乗員は優しげな声色で、一息に現在の混乱全てを払拭した。
オモチャみたいだけど、それなりに物騒な形状のヒュペリオン2を持ったままなので、100パーセント安心って感じでは無いけど、優しく背中を押され、僕は後部座席へ戻った。
そ、それにしても一体なんなんだ? 研究所とか、情報レベル3とか、減俸3時間って?
右隣の定位置に戻ったケリ乃に同意を求め目配せすると、ケリ乃は小さなメモ帳に『凶暴な妖精/アトラクション?』『うぐいす観光研究所』『ヒュペリオン2』『情報レベル4』といった単語を書き込んでいく。
「このツアー、何から何まで変でしょう? 面白いから旅行の間、日記を付けておこうと思って。今はスマホが無いから、気になる言葉だけでもメモしておくわ」
「あ、じゃ『減俸3時間』ってのも書いて置いてよ。何か気になる」
「そうね、げんぽう……3……じかんっと」
その手元を受理ちゃん(肆)がじっと見てるけど、特に止めさせようとする気配は無い。
落ち着いて窓の外を見れば、通りを歩いてたジャージ姿の大群(たぶん、部活中の高校生だろう)が金糸雀號の奇抜なデザインに、指を指して笑ったりしてる。
もし本当にバスの窓をひっかいてる凶暴な妖精みたいなのが居るなら、驚いて逃げ出すか青ざめた顔て通報でもしてるだろう。
〝添乗員〟と〝窓の外をいまだに飛んでいる小さな凶暴そうなヤツ〟との一騎打ちを見逃すまいとしてるのか、年少組も座席に着いてからはおとなしい。
ヒュペリオン2を上に掲げたり横にしたり、出しっ放しの片眼鏡を調整したりして、攻撃準備らしきモノを整えていく甲月に視線が集まる中、
「「「「アクセス権限譲渡申請中……アクセス権限譲渡申請中……ポーン♪」」」」
受理ちゃん×4(僕のは休日モードのままだ)から発信音が。
「「「「はあい♪ 受理されましたぁー! 乗客の皆様全員にレベル2の情報が開示されまぁすぅー♪」」」」
胸ポケットから、振動が伝わる。たぶん、同じ通知をしたいんだろう。
面倒だから、そのまま切っておく。
「では、受理ちゃんへ業務連絡。当ツアー構成と現在進行中の作戦内容説明をお願いします」
そう言って添乗員は、いまだ窓の外に張り付いてる、邪悪な妖精みたいなモノに、銃口を向けた。
「でわ、僭越ながら私、受理ちゃんが、当ツアーの概略説明をさせていただきまぁす♪」
その声に合わせて、バスのスピーカーからクイズ番組の解答受付中に流れるみたいな、少しだけ急かされる印象のBGMが流れ出した。
「私たちは、コレよりミステリースポットその①~⑩まで――」
なんか今更ながらツアー説明が始まった。スケジュールの都合も有るんだろう。
けど、そうなると妖精の出現は少し想定外だったのかも知れない。
現在、一日目のAM10:32。腕時計を確認してたら、座席付きの小さいモニタが勝手についた。
『戦闘開始につき、シートベルトをお締め下さい。』
ケリ乃を見ると、座席の後ろからレースドライバーみたいな立派なヤツを引っ張り出してる。
中学生と双子は既に装着済み。座席を窓の外に向けて観戦準備万端だった。
「え? コレしないといけないの?」
ケリ乃に習って、シートベルトを手探りで掴む。
窓の外の妖精がバスをひっかくのを止めて、手元でなにか始めたのが眼に入った。
通信端末の幾何学模様みたいな光が、妖精の前の空中に回転しながら現れ――。
直後――バリィィィィン!
窓ガラスが割れ、車内に突風が吹き込む。
魔方陣を盾のように構え、凄いスピードで進入してきた、「ギィィィィッ! ギィィィィッ! ギィィィィッ!」。
窓越しじゃ無くて間近に見たら、その小ささの中にあふれる暴力に身がすくんだ。
ガララ、バシャン! 割れた窓の上下からシャッターが飛び出し、隔壁みたいに塞がれる。
プゥーーーーーーン!
全長30センチ程度の〝暴力〟が、一直線に甲月へ突進する。昆虫の羽根の音がかなりうるさい。
「(あぶな――)!」
僕が声を発するよりも早く、――――ピピッ♪
ヒュペリオン2、確か〝戦術級携帯兵器の決定版〟と言う触れ込みの、くすんだピンク色のオモチャが、
――――チュィィィィィン、その性能を発揮した。
ヒュッボッ!
やたらと長い銃身の先に、現れた火。
火炎放射器みたいな物かと思って慌てる。
けど小さな火は、即座に発射された。
「ギィ――!?」
目前に迫る飛翔体が、小さな火に向かって吠える。
甲月は、銃口を妖精から離さない。
ボボボボボボボボボウッ!
火は急激に加速し、火球って言うか一抱えはあるほどの熱源に成長した。