二日目(17)
鶯勘校研究所の描写が続いています。まあ、最長でも(20)で終わるので、おつきあい頂ければと思います。
甲月が重機のロボットアームで、カーゴルーム側面に付いてるネジを締め始めた。
ネジの直径はマンホールの蓋くらいあって、当然ソレを締め付ける腕も、さっきまで使ってた無数の細長いアームじゃなくて、超特大だった。
巨大なアーム先端には巨大ねじ回しが装着されていて、反時計回りにクルクルと回っていく。
ギリギリギリィ――――キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ。
それは――目の錯覚じゃ無い。
巨大ロボットアームが巨大ネジを締める度に、カーゴルームの横幅が半減していく。
ボクセルタイプのサンドボックス系RPGなんかで良くある、箱状の選択部分を引き延ばしたり縮めたりする操作系。
僕たちは、アレと同じモノを見せられていた。
もちろん、受理ちゃん零が見せてくれるガイド映像では無く、〝現実に〟。
甲月達の業界用語(?)で言うなら――〝目視確認〟でだ。
「「うわぁ……」」「わぁー……ぁ?」「あれ? 見間違えかしら」
みんな驚いてはいる。僕の口を突いて出た声も、「へぇー」だ。
でも、なんだろう、この期待はずれ感。
〝CGみたいな現実〟なら昨日今日と、派手な〝異世界化プロセス〟を既に見ている。
アレと比べたらコレは安っぽいCGみたいで、正直それほどのインパクトが無かった。
パタン、パタタン。カチンッピピッ♪
巨大ネジにカバーが掛けられ電子的にロックされる。
「……どうかね? 驚いて、声も出せないようだが」
っていうリィーサの自慢げな声に、僕は「あ、うん。そーですね」と気のない返事をした。
次に巨大ロボットアームは、上面のネジに取り付いた。
ギリギリギリ――キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ。
やはり同じ様に、ネジを締める度に縦幅が半減していく。
パタン、パタタン。カチンッピピッ♪
ウゥーン、キュィッ。その巨大さに似合わないアームの機敏な動き。
これも、受理ちゃん零が指示を出してるんだろうけど、操縦自体は甲月が重機の操縦席から行っている。それにしても、甲月は、何でも出来るな……借金と恋愛以外なら。
ギリギリギリ。バタン、バタン。
最後に残った外壁のネジを――苦もなく締めていく。
パタン、パタタン。カチンッピピッ♪
金糸雀號の三倍有ったその大きさが、ちょうど、金糸雀號の横幅に収まるくらいに小さくなってしまった。
そう考えると、これは今まで見てきた〝まだ世の中に出回ってない悪魔的な技術〟の中では一番、その凄さを実感出来た気もする。実際、この技術で僕の部屋が三倍広くなるんだとしたら、それは、とっても楽しくて便利なことだと思ったし。
ゴコン。ウゥーーーーン、ゴドゴドゴドン。
パチンパチンパチン、カチン。
ジャッキアップされたカーゴルームが金糸雀號に格納され、群がる研究員達の手によって各種の配線・配管が取り付けられた。
最後に後部ハッチが閉じられ、研究員達が列を作って艦橋の入り口へなだれ込んできた。
「ワイワイワイ」「ガヤガヤガヤ」
ドカドカドカッ!
艦橋奥のエスカレータ付近から、騒がしい足音が聞こえてくる。
「わ、ここに来るのか?」
「全員は入れないでしょう?」
僕とケリ乃は、窓際まで後ずさりした。
下を見れば、作業を終えたらしい白衣やツナギの大群がまだまだ押し寄せてきている。
重機のアームが格納されていく。チョット面白そうだったけど、今は、研究員の群れの方が気になる。
ここは、この製造工場全体を一望出来る、艦橋みたいな場所だ。
昨日泊まったリゾートホテルの四人部屋よりは広いけど、あの大連隊全てが入れるような大きさでは無い。
それに、僕たちの周囲には溶接用のボンベや、工作用の旋盤機械みたいのとか、測定用の機械……金糸雀號の正面モニタ周りにある機械みたいなのが、所狭しと乱雑に積み重ねられている。
僕とケリ乃は近づいてくる喧騒に、年少組達は金糸雀號に注目している。
カシャーン!
エスカレータ終わり、つまりこの部屋の入り口にある、小さな柵が少し乱暴に開けられた。
なだれ込んでくる研究員。
「お? 居る居る」
「聞いてたとおり、面白そうな子達だね~」
「え? 俺にも見せろ」
「きゃーーっ! なにあの美少女、首席より可愛くない?」
「俺にも、見せろ」「私にも、見せなさいよ」
どやどやがやがや、どたばたどたばた。
意外にも、男女比率は半々くらいだった。
――コワァン――ガピーーッ♪
「静まれーー! ヴァカどもがぁーー!」
――――キィィィィィィィン!
「「「「「「「「「「「「「「「「――――――!!」」」」」」」」」」」」」」」」
その場に居た全員が怯んだ。
「彼らは、我々異世界研究従事者からすれば、まさに救世主だ! 万が一にも粗相があれば、ソレ相応の科料を出してもらうことになるぞっ!? 具体的には、減俸8時間だっ!」
ズサササッ。
蜘蛛の子を散らす様に両サイドに二分していく、研究員達。
周囲に居た人たちは、僕たちに軽く声を掛けてから、離れていく。
中には小走りで近寄ってきて、小さい子達にオヤツをくれた後、
僕の手を握って「異世界道中気を付けてね」と心配の言葉を掛けてくれたりする人(美人)も居た。
けど、素直に喜べない。ケリ乃も、ほぼ無反応だし。
なぜなら、その白衣の研究員は、甲月並みにスタイルが良くて、甲月ばりに目鼻立ちがとても整っていて、おおよそ全体的に甲月だったからだ。
「甲月……さんまで何してるんですか?」
「いやあ、私も見物に来ましたぁー。えへー」
「見物? 金糸雀號の点検整備は、ほっといて良いんですか?」
「僕たちの仕事は、ここまでなんだ。最後の仕上げは、受理ちゃん零任せになるんで」
会田さんも、手におやつを抱えている。
見れば研究員達は、皆飲み物やスナック菓子を持参していた。
「チョット持っててくれる? あ、食べて良いからね」
僕は、会田さんから大きな紙袋を受け取り、金糸雀號を見た。
金糸雀號は、今、まさに巨大重機に呑み込まれようとしていた。
レーザーサイトで位置を合わせる、金糸雀號の鋳型みたいだった巨大重機が、たぶん自動操縦され連結シーケンスに入っている。
ゴンゴンゴンゴン。
鋳型の高さに合わせ、車体を少しリフトアップされてる金糸雀號。
なんか、オーブンに入れられる七面鳥みたいにも見える。……バスの名前も鳥だし、
どやどや、がやがや、どたどた。
艦橋内の喧騒は最高潮に達し、かなり混雑してきた。
「いけね、甲月! とっとと見学室組み立てるぞ!」
組み立てる? 何を?
「了解。ほらっ、アンタの分!」
放り投げられる、コードが付いた、アタッシュケースみたいなモノ。
そのデザインも,甲月の旅行ケースとか、周囲の工具入れと同じだった。
ガシリ――ガシャッ!
会田さんは、受け取るなり、グリップを握り、持ち手を引っ張って、アタッシュケースを変形させた。
ソレは、銃器にも見える工作機械だった。
先端に、ロールケーキまるごと一本サイズのねじ回しが飛び出した。
左右に分かれた研究員達をそれぞれ掻き分け、側面の窓際まで突進していく。
「……大活躍だな、あの二人――――確かに借金と恋愛以外なら何でもこなすけど」
「――ぶっ!」
僕のセリフを聞いたケリ乃が、噴いた。今度は飴が入ってなくて良かった。
「フム。空間改訂作業は相応の危険が伴うので、優秀で呼吸の合った人材に任せる事にしているぞ」
リィーサがそんなことを言う。『甲月管理者』である事と、監督対象への評価は何の関係も無いみたいだった。
甲月達は、いろいろ破天荒気味だけど、ソレも、この首席研究員の正確で正当な評価があってこそかも知れない。
ここに居る研究員達の顔は、とても生き生きとしていて、僕も将来はこんな働きがいがある職場で働けたら良いなと思った。
「あ、その箱、たぶん、私たちが食べたチョコケーキよ」
ケリ乃が、僕が抱えている紙袋から飛び出してる細長い箱を、指で突いた。
「あ、じゃ俺貰おう。っていうか、このオヤツは何なんだ?」
◇
ビビビーーーーッ!
リィーサの背後、エスカレーター横の見たことも無いような奇っ怪な形の装置からサイレンが鳴り響いた。
その造形は、右半分が銅線が巻かれたコイル状の大きな突起が三つ縦に並んで生えてて、左半分は上からウォーターサーバのタンク? 、瓶詰めの盆栽? 、電子レンジ? と言うモノ。
つまり、謎箱なんかよりよっぽど用途不明だった。
エスカレーターに寿司詰めになった研究員達が慌てて、駆け下りていく。
何か、危険なことをしようとしてるのか?
リィーサが〝空間何とか〟は、相応の危険が伴うって言ってたっけ。
僕たちはここに居て大丈夫なのか?
甲月達の、ゴリラ相手にケンカで勝てる制服とか着てるわけじゃ無いからな。
周りの研究員が着てる白衣も少なくとも何かの機能は持ってそうだし、甲月達も着てるツナギの裏地は間違いなく〝エネルギー減衰サポーター〟だろうしな。
ピュポポポポポン――ピロピロピロローッ♪
ゲームみたいな音をさせる謎の装置の後ろから、天井へ伸びる何本もの配線。
その途中にある横長の表示パネルには、『拡張準備完了』って文字が点滅している。
何を拡張するんだろう?
そこから伸びた赤と青の太いケーブルが、蠢いている。
その先を眼で辿ると、赤い方は甲月の手に。青い方は会田さんの手に繋がっていた。
装置が起動すると、甲月と会田さんの周りから研究員が飛び退く。
見えたのは窓枠下の、直径20センチくらいの◯。
カーゴルームに付いていたのはマイナスネジ。
コッチに付いているのはプラスネジだった。
ウィィィィン――――キリキリキリッ――――キュゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ。
甲月が腰を入れて、反時計回りにネジを回転させていく。
グググ、グィーーンと広がっていく艦橋の窓。
「わっ! 何だコレ?」「「面白ーーいっ!」」……ですね?」「……コレ、アタシの部屋に欲しいんだけど……貰えないかしら?」
ケリ乃が、僕と同じような事を言ってる。
そして、僕たちだけでは無くて、研究員達も広がる空間を面白がっていた。
そうそう、有ることでは無いのかな。金糸雀號の点検整備の時だけ起こすなら、まだコレで2回目だろうし。
人や工具だらけで手狭だった艦橋の床も、少しずつ見えてきた。
足の裏には何の感触も無くて、ただただ、人や物がゆっくりと遠ざかっていく。
カチンカキン、パタパタパタタン!
コレはカーゴルームの反対だ。
全体的に部屋のサイズが拡大されていく。
でも、その比率は、横と奥行き方向に大きく広げられている。
縦のY軸に関しては、その伸び方が緩やかだった。
「(この辺でいーかしらねー?)」
「(おーう。大丈夫じゃないかー?)」
二人の声が遠くなるくらい。艦橋は元のサイズのやっぱり三倍くらいの大きさになった。
高さは横幅と比べるとソレ程では無いけど、それでも1・5倍くらいになって開放感がある。
どやどや、がやがや、どたどた、ずどどどどど――――。
さっき、逃げていった研究員達が、一斉になだれ込んできた。
艦橋が広くなって、全然混雑はしてないけど、窓際は結構ぎゅうぎゅう詰めだった。
((カチンッピピッ♪))
ネジが電子的にロックされ、甲月達が僕たちの所に戻ってくる。
ザザッ。
「大変長らく、お待たせいたしましたぁー。ソレではこれから、最終工程に入りまぁーす!」
付けっぱなしのヘッドセットから、受理ちゃん零の声が聞こえてきた。
「よっ、待ってましたっ!」
なんて、合いの手が遠くで上がったりしてる。
「諸君、お菓子と飲み物は行き渡ったかねっ!?」
リィーサが、座席を操作して、僕たちの近くまでやってくる。
この座席も、金糸雀號のと同じ仕様みたいで、ロボットアームで自在に動いている。
最終工程っていうのは受理ちゃん零が一人でやって、それを作業終わりのみんなで見るのが恒例と言うことのようだ。恒例って言っても、まだせいぜい2回目だろうけど。
受理ちゃん零のオススメの見所は、さっき、ソレ程でも無かったからあんまり期待はしないでおこう。
とはいえ、コノ艦橋の組み立て(?)が面白かったくらいだし、やってることはソレ程違わない気もするけどな。
気づけば、甲月やケリ乃達が、窓枠にくっ付いたテーブルに、ジュースやお菓子を広げている。
僕は見よう見まねで、窓枠から小さなテーブルを引き出し、オレンジジュースと件のチョコケーキを並べた。
あ、新型武器は次回に持ち越しました。すみません。よろしければブクマかポイント評価をお願いします。




