二日目(15)
又時間が空いてしまいました。すみません。本年もよろしくお願いいたします。ポイント評価、又はブクマをよろしくお願いいたします。
「あのー、莉乃さん? そろそろ心配だし、小さい子達の所に戻らない?」
「それは、ホントに大丈夫よ。王様待遇で、猫っ可愛がりされてたから――チェック」
――コトリ。ウィーン、コトリ。
「じゃ、次葉ちゃんにでも、電話掛けてみるよ、番号教えて?」
そう言ったら、ケリ乃さんがものすごい三角の眼で睨み付けてきた。
「たとえ、小さい子とはいえ、女の子の電話番号を又聞きしようだなんて。佳喬ちゃんは、見た目通りの朴念仁なのね」
「え? なんか、まずった? じゃあ、気をつける。双一に掛けるよ」
「そうして、ちょうだい――――チェック」
――――コトリ。ウィーン、コトリ。
ぴ♪
「はーい。双一だよー。佳兄ー?」
「うん。そっちはどう? 皆、大丈夫? 仲良くやれてる?」
「うん、平気だよー! 今、双美が、株で当てて、金山買ったー。はいはい、次、僕の番だよぉー――ブツリ!」
「あれ? 切れちゃった。……まあ、仲良くやってるなら良いか」
「大丈夫だったでしょう?」
「うん、――双美ちゃんが、金山買ったってさ」
「さっき出てくるときに、〝次は駒が自分で動く双六をやる〟って言ってたからたぶんソレだと思う――――――チェック」
――――――コトリ。ウィーン、コトリ。
僕は盤面を見た。
チェスの優劣は判らないけど、ケリ乃が押してるように思える。
『――STALEMATE』
その小気味よい電子音声がロボットアームの土台から聞こえるのは三度目だ。
「えっ!? またっ!? ああっもうっ、今度こそいけると思って、焦りすぎたわっ!」
『PRESS THE RESET BUTTON ON――――ピッ♪
体を伸ばしたケリ乃が、食い気味にボタンを押した。
ウィィン、キュッ、コトン、ウィン、コトン、ウィン、キュッ、コトン――。
そろそろ見飽きてきた、ロボットアームの駒並べが滞りなく進められていく。
コトン、コトン。
ケリ乃も一緒になって、駒を並べている。ホントに打ち解けたもんだなあ。
僕は腕時計を見た。
『PM12:33 980gal◒』
そろそろ、お昼時。重力計の数値は変化なし。
横の欠けた輪っかは相変わらず暴れまくってるけど。
「莉乃さんは、お腹空かない?」
「さっきの部屋で、チョコケーキごちそうになったから、そんなに空いてないわよ」
「いいな、僕も食べたかったなー」
「じゃ、行ってきたら? あのドア通った突き当たりのエスカレーターを、登って降りて一回転したところに〝休憩室〟ってのが有るから。みんなそこにいるし」
登って降りては判るけど、一回転って何だろ?
「でもなー。こんな何も無いとこに莉乃さん一人で置いとくわけにはいかないだろ?」
僕は、周囲を見渡した。天井から眩しい位に照らされて視界は良いけど、周りには誰も居ない。
金糸雀號も居なくなったし、リィーサも言ってたけど、殺風景な事この上極まりない。
「そう? 別に気にしないで良いのに。……じゃ、飴あげる。朝、リゾートホテルで買った奴」
ケリ乃はちゃぶ台下に置いたバッグから、未開封の飴を取り出した。
がさっ! 結構ズッシリとしてる。
『サイコロ飴/ミルク味』
リゾートホテルバックギャモン(洋風双六)で、売られているなら、正にお土産品なのだろう。
『白地の立方体に、2~6までの黒いチョコ味と、1のイチゴ味のハーモニー。』
袋の裏に描かれた図解によると、とても凝った作りだった。味の想像は付かないけど。
「じゃ、貰う。開けるよ?」
「どーぞー♪」
引き分けが続き硬くなっていた表情が、なんでか柔らかくなった気がする。
まあ、イライラされてるよりはずっと良い。
ちゃぶ台に開けた袋を置いて、中から一つ小袋を取り出した。
□
その後、さらに2連続で引き分けて、またケリ乃の表情が堅くなってきた頃。
ソレは突然やってきた。
……キリキリキリキリキリキリキリキリ――ガコーン!
「やあ、可憐な少女よ。先ほどは高圧的な態度で、大変失敬したね」
「なるほどな……そうきたか」
僕の向かい側に、ピンク色の白衣をひるがえし颯爽と現れた首席研究員、リィーサ・メヴェルム。
但し、僕とケリ乃は3メートル上空を見上げている。
それは、結婚式場にぶら下がってる感じのゴンドラだった。
「だれ? アナタの方がよっぽど――お人形さんみたいで、可憐なんですけど? 佳喬ちゃん、知ってる子?」
「さっき話しただろ。首席研究員、甲月……さん達のボスだよ」
「えっ!? ボスって最初に居た、厳つい声のおじさんじゃ無いの?」
――コワァン――ガピーーッ♪
隣にいる新郎……じゃなくて、白衣の女性から、再び拡声器を手渡されるピンク色の白衣。
「アレも私だ! 検疫の際には多少の威厳も必要なのでな――ガピーッ、ブッツン♪――拡声器に変声機が仕込まれているのだよ」
拡声器を切ると、途端に元の、舌っ足らずな声に戻る。
「うるさっ! ……でもこのカワイイ地声……どっかで聞いたことなかったかしら?」
耳を塞いだケリ乃が、首を捻る。
「たぶん受理ちゃん達の声の主だと思う。そーですよね?」
霞んで見えないくらいの高さの天井を所々支えている柱。
そこから横に突き出たクレーンから、ゴンドラは吊り下げられている。
そのデザインは、昨日見た、甲月が持ってた巨大なトランクに似てる気がした。
「受理ちゃん? ああ、アクセプタンシリーズの事か。そうだ、あれらの声は、私の声帯をシミュレートし、口内形状モデルと共にライブラリ化したものを使用しているが、あくまで設計中のテストバージョンの仕様を引き継いでいるに過ぎん。いずれ正式な製品として世に出ることが有るならば、当然、もっと最適なプロの声を搭載することになるだろう――フン」
あれ? なんか、素っ気ないというか、拒否のニュアンスが混じってる。
「ほんと、説明口調までソックリ――どうしよう、佳喬ちゃん。この子、すっごくカワイイんだけど!?」
ケリ乃さんが興奮しだした。気持ちは分かる。確かに此所の首席は超かわいい。
「私の声などどうでも良い。そんなことよりも――」
リィーサが、ヘッドセットのガラス板を指で引き出した。
「……少年は、初心者だから仕方がないとして、貴女は結構指せるようだね」
彼女はちゃぶ台上の盤面では無く、何も無い空中を見ている。ロボットアームの小さいランプが明滅してるから、たぶん、今までの棋譜みたいなのを参照してるんだろう。
ゴンドラをよく見たら支えているのは、なんか白くてキラキラ光る、糸みたいな細いワイヤー四本だけ。
甲月も同じ蜘蛛の糸みたいなのに、ぶら下がってたし、結構な強度がありそうだ。
これも、〝まだ世の中に出回ってない悪魔的な技術〟だって断言出来る。
現に僕は、こんな凄い強度の糸みたいなワイヤーを見たことも聞いたことも無い。
カーボンナノワイヤーの理論程度は学校で習ったけど、実用化されたという話はまだ聞いたことが無い。
毎度毎度思うことだけど、こう言う普通に凄い技術力自体で商売をする気が、コレっぽっちも無いのは、どういうわけなんだろう。
異世界化の研究を最大の目標にするとしても、同時にこう言う凄い技術力でその資金を得ることは、悪いことでは無いだろうに。……あ、甲月顔の魚礁とかは、やってるのか。あと一応、観光事業も。
この辺も、あとで受理ちゃんに聞いてみたいな。
「いや、ヨシタカ少年といい、貴女といい実に聡明な訪問者ばかりで、私はとても嬉しいぞ♪」
「……ヨシタカ少年?」
この時の、ケリ乃の表情を見落としていたことが、少し悔やまれる。
「うん、そう。リィーサさんは僕をそう呼ぶことにしたんだよ――カロン」
お、サイコロ飴、ミルクチョコ味で結構旨い。
「……リィーサさん? ……ふうん。随分と仲良くなったのね」
あれ? 急にどうした? なんか、口調が堅くなったぞ。
「そんなに緊張しなくても、大丈夫だぞ――コロン」
「(もう、この朴念仁はぁ~。別に、佳喬ちゃんのことなんか、好きでも何でも無いんだけど。もちろん嫌いじゃ無いけど、――けど、なんか)」
何か、ぶつぶつ言ってたけど、飴をなめてるせいか、良く聞き取れなかった。
「えっと……じゃあ、私もリィーサさんとお呼びして良いのかしら?」
「うむ。申し遅れたが私は、此所の指揮を執る、リィーサ・メヴェルムだ。好きに呼んでくれて構わん」
「これは、ご丁寧に。私は、莉乃です。岸染莉乃、最初に名前呼んでたから、おわかりとは思いますけど」
「呼び捨てで構わないぞ。では貴女のことは、〝莉乃〟と呼ばせて頂いてもよろしいかな?」
「はい。どうぞ、ご自由に。ウフフ」
あれ? ケリ乃の目が笑ってないぞ?
妙な、温度差を感じなくもない。
どうした? さっきまで、リィーサのかわいさに舞い上がってたのに。
やっぱり緊張してるのか?
「それで、アナタたちは、どうして、そんな所に登ってるのですか?」
ケリ乃は、周囲を見渡してから、もう一度ゴンドラを見上げた。
もっともな質問だった。
「うぐっ! そ、それはだな、非常にセンシティブでクリティカルな命題で~」
途端に言いよどむ、管理責任者にしてゴンドラ操縦者。
……キリキリキリ――ココン!
なぜか、十センチ程度上昇するゴンドラ。
リィーサと横に控えた女性研究員の眼が、ある一点から反らされた。
「えっとな、此所の研究員さん達は、苦手なんだよ、その、コイツのことが――カロン」
僕はケリ乃の正面で微動だにせず、対戦相手を見つめているレトロな箱を、ペチペチと叩いた。
「――っひ!」
……キュリキュリキュリッ――ゴコン!
再び逃げるゴンドラ。今度は三十センチ程度上昇した。まるで横揺れしないのが気持ち悪い。
「え? なんで?」
ケリ乃の放った語気は荒々しく、美少女な分、迫力があった。
「あれ? 何で怒ってんの? ――コロン」
「怒ってないわよっ! 何でか聞いてるだけよっ!」
明らかにご立腹なんだけど、上手い感じに説明はしておこう。
「わかったよ。僕から説明する。よいしょ――カロン」
僕は、靴を履いてお座敷を降り、数歩遠ざかった。
謎箱の謎の動力を、一度見て貰おうと考えたからだ。
たぶんコイツは、僕の後をついてくると思う。
四歩歩いて振り向いたけど――レトロな箱は微動だにしていなかった。
ブラウン管はチェス盤に釘付けのままだ。
たぶんケリ乃の次の手を待っているのだろう。
「なによ、どうしたのよ?」
ケリ乃が、飴を鞄に詰めて、駆け寄ってきた。
「えっと、後ろ向いてみてくれる?」
「え?」 くるり。
振り向いたケリ乃の眼前に、謎箱が鎮座している。
「うきゃっ!?」
よし。小猿みたいな悲鳴が上がった。
どうやら謎箱は、好敵手と認識したケリ乃の後をついて回ることに決めたみたいだ、
ケリ乃が僕に向き直ると、僕の視界から謎箱が姿を消した。
恐らく、僕の後ろに居るんだと思う。
◇
「じゃ、アナタは、今日、佳喬ちゃんが気づくまでずっと、ひとりぼっちだったってぇーーワケぇーっ?」
ケリ乃さんが、謎箱を撫でながらヒートアップしてる。
「瞬間移動なんて、甲月さん達だって、しょっちゅうしてるじゃないの! 大の大人が揃いも揃って、なっさけないわねぇ!」
たしかに、そう言われりゃそうだ。現に、リィーサだって甲月に神速パンチを二回も決めてるし。
でも、あの-、岸染莉乃さん、どうか穏便に。
まだまだ、旅行の日程残ってるでしょ? その間、お世話になるわけだしさ。
「いや、ご高説は、もっともなのだが、我々、科学畑の人間というモノは、どうにも、原因不明の対象には、根源的な拒絶反応が――――」
「だから、コイツには、モーターが一個も付いてな――」
弁解するリィーサを擁護すべく、口を挟んでみたけど。
――――ドガンッ!
小上り(謎のお座敷はそう言う名前だってケリ乃に教えて貰った)を思い切り蹴飛ばすケリ乃。
しっかりと固定されてるから、レトロな箱がひっくり返ったりはしなかったけど、念のため横から支えてやる。
「佳喬ちゃんは黙ってて!」
はい。一蹴された僕はレトロな箱の後ろに隠れた。
「まず言うことがあるでしょう? 〝判ってあげられずに、ごめんなさい!〟でしょう!?」
仁王立ちのケリ乃さんの剣幕に気圧された、首席研究員が口を開く。
「わ、判ってやれずに、大変申し訳なかった……ぞ?」
「「「「「「「「「「「「「「「(判ってあげられずに、ごめんなさい)」」」」」」」」」」」」」」」
うわっ! リィーサに続く、背後からの謝罪の声。
僕は飛び上がって振り返った。
少し遠くの柱の陰に、いつの間にか白衣の人の群れが出来てて、こっちへ向かってお辞儀をしてる。
――――ゴッン!
小上りを再び蹴飛ばす、岸染ケリ乃さん。
「もっと、大声でぇー! 〝これからは、仲良くチェスをしよう!〟」
後から聞いたら、ケリ乃さんのこの統率力には、理由もあったんだけど、知るかそんなの。
「「「「「「「「「「「「「「「「「これからはー、仲良くーチェスをーしようー」」」」」」」」」」」」」」」」」
♪
ダダダダダダダダッギュワウィィィィィィィィン――♪
頭を抱える僕の耳に、まるで、推し測ったようなタイミングで、軽快なサウンドが聞こえてきた。
「こ、この音楽、聞いたことあるんだけど――」
「き、奇遇ね、私も聞いたことあるわよ――」
バッ――――――!
リィーサ、お付きの人、遠くに居た科学者の群れが、一斉に同じ方向を見た。
それは、謎箱が出現した方向。
そっち側にある柱に付いたドアが開き、颯爽と登場した、甲月と会田さん。
でも、様子がおかしい。いつも変と言えば変なので、平常運転と言えなくもないけど。
一糸乱れぬ、ダンスみたいな、歩き方。
ザッザッザッザッザッ――ピタリ。
BGMが変調する。
ヴゥウーーーーーーン、ヴァヴァヴァヴァヴァッヴァーーーー!
その、巻き戻るような不思議な音色。
ソレに合わせて、コマ送りや、スロー再生。
巻き戻しや、早送りされる甲月と会田さん。
まるでロボットみたいな停止からの、風になびく洗濯物のような揺らめき。
ようやく一歩踏み出したと思ったら、風に押し戻されるがごとく、数歩分一気に巻き戻る。
それ、何だっけ? 最近、なんかの動画で見たことあるような。
僕はスマホの履歴から、一つの映像を再生した。
「これだ! 〝ダブステップ〟っていう音楽に合わせたロボットダンス?」
ケリ乃と謎箱が僕に寄り添って、いっしょに映像を見る。
「――いやあ」 ヴァヴァヴァッーー!
「――受理ちゃん達が居ないから」 ヴァヴァヴァッーー!
「――中々骨でしたよ」 ヴァヴァヴァッーー!
「――コツとか覚えるの」 ヴァヴァヴァッーー!
見比べると、出来の優劣はあるけど、確かに、映像の中のダンスと同じ動き。
「――科学畑の人間としては、――理解出来ないからと言って、――拒絶反応を示してばかりでは、――いけないと思いましてぇー」
リィーサみたいな事を言う甲月。
「――外側、――見た目だけーでも、――模倣してみるといーうか、――類似映像検索に掛けーたら、――偶然このロボットダンスを見つけまーして」
甲月の背後を追従する、会田さん。
「「――同僚達の、――恐怖の克服の、――一助になればと~♪」」
二人揃って、歌ってる。
まさかこの人ら、野暮用ってコレ覚えてたのか?
ホントに芸達者だな、オイ。
やっぱりアンタら、大道芸で、名を上げた方がよっぽど成功するんじゃないか。
でも、映像の中のダンス程出来は良くない。
けど、甲月達のダンスには、映像の中のダンスには無いキレがあった。
一歩毎に数メートル移動する、まるで瞬間移動みたいな動き。
これは、確かに、謎箱そっくりだ。
「あー、そういうことか」
僕は、寄り添ってスマホを見つめている(様に見える)謎箱の側面を、ペチペチと軽く叩いてやった。
「どういうことよ?」
甲月が言ってることは判った。
いまだ恐ろしい対象では有るが、そのイメージを上書きしようって事だろう。
現に、近寄ってきた研究員達の間で、僕のスマホの映像と、まだダンスを続けている二人を見比べて、熱い議論が交わされ始めている。
リィーサが、ゴンドラから飛び下りて来て、私にも見せろと、僕のスマホに飛びついてきた。
部分的に込み入ってて、難しい内容過ぎるかなと考えたりもするのですが、もっともっととんがってて、難解なコンテンツはいくらでもあるなと気づき、気が楽になりました。それと一見、今回分は、蛇足に見えますが、件の針の穴を通すパーツとしては必要というか、非常に小賢しい未来の構成の一部分です。なにとぞ長い目で見て下さると助かります。次回に、少し映像的なネタが入る予定です。/以下個人的なテスト『kljskhsrgkljwrhgwr』




