二日目(14)
KDP出版作品の校正をしてたら、凄まじく間が開いてしまいました。すみません。よろしくお願いします。※今、既刊が無料プレゼント中なのでよければツイッターを見て下さい。
「ちょっとっ! 佳喬ちゃん! すっごい心配したんだからねっ! いつまでもこんなところで……何やってるのよ?」
涙目になりながら、凄い剣幕で飛びついてきたケリ乃さんが……困惑の表情を浮かべている。
そりゃそうだろう。わかるぞ、ケリ乃の気持ちは理解出来る。
謎のツアー中、謎の秘密基地みたいなところで、(頼りないとは言え)最年長の男子と引き離され、心配になって一人で様子を見に来れば、かの最年長男子は、謎のお座敷で、謎の箱相手に謎のゲームに興じていたのだから。
僕の手には『6歳児でもわかるチェス入門』。
そう、謎のゲームとは、実は普通のチェスだ。
そして僕は、一手ごとに初心者向けの本を、パラパラめくっている。
ああ、そうさ。ずぶの素人であることが丸わかりだろうさ。
でも、相手側の箱の方も様子がおかしい事に、ケリ乃は気づいたようだった。
電源コード(抜けてるけど)が付いているところを見れば、コンピュータの類いだというのは判るだろう。
けど、筐体の一部は木製で昔のSF映画でしかお目にかかれないような、レトロ過ぎる佇まい。
構成パーツのどれもが、昭和の時代を感じさせるモノで、金糸雀號みたいなロボットアームも付いていない。
一言で言えば、「ポンコツ」。それも、圧倒的なまでに。
この一日半で目にしてきた鶯観光の装備群とは一線を画している。
◇
ここは、さっき金糸雀號が止められていたトコよりも更に100メートル程奥。
舗装された地面の上に、五十センチ程度の高さのタイヤ付きの〝お座敷〟が設置されている。
広さは畳を数えたら四畳半。中央に置かれたちゃぶ台に座った人が後ろに寝転がったら頭が飛び出しそうなくらいの広さ。
ケリ乃さんは靴を脱いでお座敷に上がってきた。
その訝しむ顔は、迷勝負を繰り広げる二人のプレイヤーに向けられた。
僕とレトロ箱の間には、ちゃぶ台に乗せられた樹脂製のチェス盤が有る。
箱がわずかに身をよじると、ブラウン管に流れていた波形が如実に変化した。
ピ♪ ウィィン、キュッ、ウィィィィィィン、――コトン。
箱サイドのチェス盤前に設置された、別のロボット(アーム)によって城の駒が大きく動かされた。
コッチの王様の退路が断たれてしまった。
「ちょっと待っててくれ。僕はどうしてもコイツと決着をつけないといけなくてさ……ぐぬぬ。どーすりゃ良いんだこりゃ?」
隅に追いやられた紙式軍は、風前の灯火だった。
「何、言ってるのよ? こんなの、チェックするしかないじゃない」
ケリ乃はあろう事か、僕の最後の兵隊である僧侶の駒で王手を掛けた。
だが、いくら王手を掛けたところで、コッチは王様と僧侶以外は全部取られた状態だ。
それをケリ乃は〝どうぞ取って下さい〟と言わんばかりに、相手に差し出した事になる。
敵の駒は全部で四つ。かなりリードされてたけど、勝負を投げるのは、また全然別の話だ。
ウィィィィィィン、キュキュッ、――コトン。
一本腕のロボットアームが、器用に駒を取り替える。
僕の最後の兵隊が取られて、僕の陣営は王様一人になってしまった。
「なんてことすんだよ!」
ケリ乃の捨て鉢な行動を糾弾する僕に、箱……タイムビューアが助け船を出してくれた。
『STALEMATE』
その小気味よい電子音声はロボットアームの土台から聞こえた。
「わっきゃっ! ア、アナタ、しゃべれるのね!? お、脅かさないでちょうだい!」
トロフィーの土台みたいな形をしたソレには、スピーカーの穴と作動中を示すランプと小さなカメラが取り付けられている。
「スティールメイト……何だっけソレ?」
「……佳喬ちゃんは本当にチェスやったこと無いのね」
慌てて目次をめくっている僕に、ケリ乃があきれた様な声をかけてくる。
「……将棋なら人並みには指せるから、いけると思ったんだよ」
僕はそっぽを向いた。
視線の先、遠くの方に白衣の集団が集まってて、なにやら作業をしている。
今、僕たちの周りには首席研究員も甲月達も居ない。
「ハァーー。チェスは、自分の番に動かせる駒が無くなったら、引き分けに出来るのよ」
「えっ!? そんなの、死力を尽くして闘って無いじゃんか!? ズルイッ!」
この場合ズルイのは僕の方になるけど。
「そう言われても、そう言うルールなんだから仕方が無いじゃないの。そんなことよりっ! 私たちを放って置いて、こんなところでなんでチェスなんかして遊んでるのっ!? 説明してっ!!」
「は、話すと長くなるんだよ……小さい子達は?」
詰め寄るケリ乃が「皆は大丈夫。安心して良いわ。何かあれば連絡くれることになってるし」と手にしていたスマホを軽く持ち上げた。
僕のスマホ同様、使えるようにして貰ったみたいだ。
ケリ乃が大丈夫というなら、ひとまず皆のことは心配しなくてよさそうだけど……どこから説明したら良いんだ?
ケリ乃達には、全世界ジェノサイドのくだり抜きで、僕から説明しても良いことになってる。
といっても、タイムビューア周りの説明は難しすぎて、僕にはとてもムリだけど。
結局の所、甲月と会田さんは、〝金糸雀號搭乗者選抜〟不正の責任を取って、減俸三ヶ月を言い渡されて、話が付いた。
そして、話が付くなり、甲月は「ちょっと、野暮用がありましてぇ~、しばらくの間席を外しまーすっ! ほらっ! アンタも来なさいっ!」って会田さんを引きずってどっか行ったっきりだ。
リィーサも研究員達に、このチェスセットの手配を指示したら、逃げるみたいに居なくなっちゃったし。
さっき遠くに居た研究員達も、天井を支えている柱に付いたドアを開けて、逃げるように――パタン。
全員が今、引っ込んでしまった。だから、周囲には誰も居ない。
謎の箱を見る。おまえ、本当に嫌われたもんだなー。
まあ、でも、前よりは扱いが数段マシになったと思うけど……思いたい。
ブラウン管の波形が乱れた。
『HOW ABOUT A NICE GAME OF CHESS?』
波形を読み取ったロボットアームが、タイムビューアの発言を代弁してくれる。
「……なんだか判んないけど、……この機械に勝てば良いのね?」
「……うん、……まあ、……そうなる」
「じゃ、アタシが指してあげるわよ。その代わり、佳喬ちゃんは、ちゃんと説明してよ!」
ケリ乃さんはワンピースの袖をまくり上げ、僕と謎箱の間に座り込んだ。
「じゃ、コッチ座ってくれ。僕が退ける」
なんか、おかしな事になってきたけど、ド素人の僕が指すよりは良い勝負が出来て、謎箱は嬉しいだろう。
『PRESS THE RESET BUTTON ON THE ROBOT ARM.』
「え? リセットボタン? どこにあるのよソレ。チョット佳喬ちゃん、押してあげて」
ケリ乃は早くも謎箱と打ち解けている。
やっぱり、たとえ相手が〝新設された物理法則〟でも、出会い方が違うとこうも変わるのか。
僕はロボットアームの横に付いてるボタンを押してやる。
するとロボットアームが凄い勢いで、チェスの駒を並べ始めた。
ウィィン、キュッ、コトン、ウィン、コトン、ウィン、キュッ、コトン――。
謎箱とロボットアームをリンクしているのは、オシロスコープの波形だけで、直接接続されているわけでは無い。
これは、もともとチェス用(?)のロボットアームに付いてる機能だろうけど、ちょっと面白かった。
ウィィィィン、キュイッ。
正面のケリ乃に向かって、ロボットアームの拳が突き出される。
これから闘うって意味のファイト表明かと思ったけど違った。
二人はじゃんけんをして、ロボットアームが勝った。
「じゃ、アナタが白番? よろしくお願いします」
ケリ乃の真似をして頭を動かした謎箱を、念のため支えてやる。
「さっきも言ったけど、気を付けろよ。オマエ重心悪いんだから」
コトリ、ウィーン、コトリ。コトリ、ウィーン、コトリ。
おー、流石に経験者は違うな、流れるようにゲームが進んでいく。
駒を動かしながら、「さあ、話せ」とケリ乃が、横目で僕を睨みつけてきた。
「じゃあ、まず、この写真を見てくれ」
古びたインスタント写真を取り出す。
リィーサに返しそびれたソレを、ケリ乃に引ったくられる。
「何この写真? あら、アナタが写ってるわよ。ほら」
ケリ乃は何の躊躇も無く、インスタント写真を謎箱のブラウン管に向けてやる。
すげえな、ケリ乃の適応力。それ、カメラじゃ無いぞ?
機能的には単なるブラウン管で、電子回路を見えるようにするための、出力装置でしか無い。
もっとも、謎箱と当然のように意思疎通が出来てるのは、受理ちゃん達とのコミュニケーションで馴れてたってのも有るだろうけど。
『I REMEMBER.IT IS A PICTURE OF A CHESS TOURNAMENT.』
「You are right.……チェス盤が写ってる」
写真をもう一度確認してから、僕に突っ返してくる成績優秀ぽい美少女。
「莉乃さんは、チェスだけじゃ無くて英語も出来るの?」
「ウチの学校、英会話にも力を入れてるからね」
やっぱり、頭が良い学校なんだな。名門女子校だってのは聞いてたけど。
くそう。ソレをまるで鼻に掛けてないところが、ちょっと鼻につくぞ。
「詳しい説明は、あとで受理ちゃんに聞いて貰うとして――」
「あ、うん。〝ココは受理ちゃん達が使えないから、ご不便をおかけして申し訳ありません〟ってさっきの人に言われたわ」
その原因が、謎箱だって事は、今は言わない方が良いかな。楽しくチェスしてるし、ケリ乃は受理ちゃん肆と凄く仲が良いからな~。
「うん。じゃ、僕でも判るところを簡単に説明してくよ。まず、ココは鶯勘校研究所の整備基地みたいなトコで、いろんな装備の運用とか設計開発を行ってる部署――だそうだ」
「ふーん。それで、さっきの人たちは、どこ行ったの?」
◇
僕は、必死に覚えてる限りの精一杯で、ケリ乃に説明した。
まず、首席研究員であるリィーサに甲月達が大目玉を食らった事を説明した。
「それは、甲月さん達が悪いわね」
――コトリ。ウィーン、コトリ。
ゲームが終盤近くなってきたからか、ケリ乃の手が時間が掛かるようになってきている。
「うん。でも昨日、〝僕たちが集まるところに偶然居合わせるために、いろんな手を使った〟とか言ってただろ? だからひょっとしたら、僕たちを助けるためだったかも知れない」
「もしそうなら、一方的に責められないわね。話を聞いてみないと」
「うん。ただ、あの人ら、用事があるって言って、どっか行ったまんまなんだよ。今、金糸雀號がバッテリーの充電とか点検整備とか受けてるらしいから、そっちに行ってるのかも知れないけど」
――コトリ。ウィーン、コトリ。
謎箱は、一定の速度で手番を終えている。
まあ、リィーサが言ってた〝無限の時間〟ってのがどんな物か判らないけど、コイツも受理ちゃん達みたいな自分で自分を強化出来るタイプなのだとしたら、たぶん凄く強いか、急激にものすごく強くなったりするんだろうな。
さっきは僕のレベルに合わせてくれていたのかも知れない。
◇
僕は次に、この古いタイプのコンピュータである〝タイムビューア〟が僕たちを無事に異世界から緊急避難させるためのシステムの要であることなんかを話した。
………………コトリ。ウィーン、コトリ。
盤上には、タイムビューア側が5駒。ケリ乃側が4駒を残して混戦状態だ。
いや、チェスの勝負の優劣なんて、僕にはサッパリ判らないけど、なんか、ケリ乃の差し手が行ったり来たりを繰り返すようになってきてる。
「……あら、じゃあ、私たちはアナタに感謝しないといけないのね。
えっと……、Thank you for the rescue.
Thanks to that, I can play chess with you.」
ブラウン管に向かって、満面の笑みを湛えるケリ乃。
「うん。それは、そうだな。まだお礼を言ってなかった。……さ、サンキュー」
ケリ乃に倣って、英語で礼を言ってみたけど、なんかむちゃくちゃ恥ずかしい。
――――ウィィィ、ウィィィ、ウィィィン、キュッ、コトン。
僕たちの感謝の言葉に対するリアクションは無かったけど、ロボットアームの軌道が心なしか遠回りをしたような気がする。
「まあ、緊急避難の指示を出してくれたのは、受理ちゃん達だから、あとで、受理ちゃん達にもお礼を言わないといけないんだけどさ~」
僕は長考に入ったケリ乃の横にゴロンと横になった。
気づけば(1)でボス戦に入るはずが、もう(14)。どうすれば良いのか。真面目に書いたら水中戦だけで10話は必要な計算。どーなるのか。




