二日目(13)
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僕の指先が水平になる頃には、いつの間にか会田さんも居なくなってた。
その点、甲月は、えらい。
どっしりと構えて、座ったままだった。
と思ったけど、制帽の重みで制服がぺたんこに崩れ落ちた。
おいっ、中身どこ行った!?
振り返ると金糸雀號の開いたドアから甲月と会田さんが顔を覗かせている。
身命に変えても僕たちのことを、お守りするんじゃなかったのかよ。
リィーサは金糸雀號の屋根にへばりついてるし。
他の研究員達も金糸雀號の背後からコッチを伺っている。
何この状況。
僕一人、ひっくり返ったちゃぶ台の前に座りこけている。
広い屋内に居るのは、まるで、僕とタイムビューアの二人(?)だけみたいになった。
目を凝らさないと見えないくらいに、かなり遠くの方。小さい箱形のシルエット。
その頼りない台座に乗った箱は、滑走路みたいな白線が横切ってる上の辺りに置かれていた。
ひらり。
僕の膝の上に落ちたインスタント写真を拾い上げる。
その刹那の間に、それはほんの少し横にずれた。
背後から息を呑む、声にならない声が聞こえてくる。
え? 台座にタイヤでも付いてんのか?
落ち着け。リィーサの説明は難しくてサッパリ判らなかったけど、その機能だけは理解出来たはずだ。
〝せいぜい六歳程度の知能を持つだけの、時間を計るための機械〟。
そう考えると不気味だけど、大の大人が全員揃って逃げ出す事は無いだろ。
落ち着いて、よく見ればいいんだ。
まず台座の上に丸っこいモニタ(たぶん、ブラウン管)が据え付けられてて、その上に大きな冷蔵庫みたいな本体が取り付けられている。
でも、そのCRTモニタは、木製のキャビネットに収められた凄く古いオシロスコープで代用されているみたいだった。
オシロスコープってのは、学校でも扱ってるから、少しは判る。測定する回路の電位差を見えるようにする機械だ。
遠くてはっきりしないけど、たぶん写真の中と瓜二つのデザイン。違っているところがあるならソレは、周りで笑っている科学者達の存在だ。
今、タイムビューアの周囲には誰も居ない。
✦
ギッ。
それは僕が瞬きした瞬間に、さらに少し横にずれた。
ギッギュッ。
それは僕が瞬きする度に近づいてくる。
ギッギュギッギュッ。
それは次第に大胆な距離を詰めてくるようになった。
よく見れば台座に見えた足は折りたたみ式の脚立みたいな構造で、動く度に形を変えている。
ギッギュギッギュギッギュギッギュギッギュ。
瞬きと瞬きの間をつないで、ソレはとうとう僕の目の前までやってきた。
よく見れば、ソレはかなり立派な電源コードを引きずっている。
周囲にコンセントなんて無いし、プラグも抜けたままだ。
「お、おおおお、落ち着いて聞いて欲しい。か、彼もしくは、かか、彼女には、動力……モーターの類いは、と、搭載されていない!」
受理ちゃんみたいなリィーサの声が、震えている。
「へ? でも動いてるじゃ無いですか?」
「「「「「「「「「「「「「「「だから恐ろしいんじゃないかっ!」」」」」」」」」」」」」」」
その場の全員が金糸雀號の影から大合唱。
「ち、ちなみに、ソイツは密閉しても破壊しても、目を離すと背後にその姿で現れる。こ、今回、部品にまで解体しても、こ、拘束すら不可能なことが判明したっ!」
そんなこと今更、判明されてもな。
もうコイツは手が届く所にいる。
「――呪われぇるぅからぁ、眼ぇを合わせちゃダメですぅよぉお~ぅ!」
だからオマエ、……生命情報科学とか言うヤツの権威じゃなかったのかよ。
プシューーッ、ガチャン。
「(魂取られないよぉうに~っ、眼ぇ~っ! 反らしぃてぇ~っ!)」
叫ぶ甲月の声が遠くなった。金糸雀號のドア閉めやがったな。
◇
周囲には誰も居ない。僕と〝タイムビューア〟の二人(?)っきり。
そして、甲月達が警戒してたのはコイツだ。
ご丁寧に台座を精一杯伸ばして、コッチの顔をのぞき込んでくる。
う、コレは少し怖い。
でもあんまり頭動かすなよオマエ、重心悪いんだからひっくり返るぞ?
ウュンウュュュンウュウュウュユン。
オシロスコープに映し出される波形は、別段、特別なモノでは無かった。
「ふーーっ。オマエは何がしたいんだよ」
僕は話しかけてみた。
コイツがどういうつもりで僕に寄ってきたにしろ、何か目的があるはずだと思ったのだ。
どうせ今更逃げたところで、甲月を当てに出来ない以上、最後尾は僕になる。
ウュンウュウュウュユンウュュュン。
何かを訴えかけている気がしないでもない。
だけど、蠢くみたいな、オシロスコープの波形は変わらず、同じような――――ちょっとまて、波形が、ほんの少し変化した。
僕は何となく掃引時間のツマミを回してみた。
背後から叫び声が聞こえてくるが、知ったこっちゃない。
ウュンウュュンウュウュウュユン。
ウンウュンウュウウユン。
ウウンウウウユン。
ウウウュン。
波形が停止した。
僕は、オシロスコープから目が離せなくなった。
それは定期的に違う波形を繰り返していたからだ。
その種類は10個かそれ以上有って、そのうち一個がフラット。
僕はスマホのスイッチを入れて、大分前に買ったまま全然使ってなかったシンセアプリを起動した。
とにかくどんな形でも良いから、コイツが繰り返してる波形を僕が判るようにしないと、話が始まらない。
ええい、こんなときに受理ちゃんが居てくれたら、一発で翻訳でも何でもしてくれただろうに。
せめて、シンセ関係にくわしい甲月が手を貸してくれたらこんな苦労しないでも良かったんだけど。
コイツの波形をカメラで撮影。
ソレを確認しながら、シンセアプリに入力してみた。
何個かの音源を試した結果、古いゲームの自機が爆発する音みたいなのを使ったときに、何となく人の声みたいに聞こえるのを発見した。
あれ? コレいけるんじゃね?
そう思ってから20分くらい、一人で格闘した。
その結果、スマホのメモアプリに何となく聞き取れた気がする、アルファベットを並べることができた。
「(よ、佳喬様ぁ~! 今すぐ、私、甲月がぁ~お助けに参りますかぁるぁあぁ~」
なんかジワジワと、情けない屁っぴり声が近づいてくる。
振り返れば、盾みたいなのを構えた会田さんの背後に甲月がしがみ付いていた。
僕は立ち上がり、タイムビューアに「オマエは、じっとしてろよ」と言い聞かせてから、甲月達の所まで歩いて行く。
「よ、よじだがざう゛ぁ~よぐぞごぶじで~」
おまえ、折角の凄い美人なんだから、鼻垂らすなよな。
会田さんに至っては声も出ないらしい。
この人、ちゃんとしてない時と、格ゲーやってないときは、すっげーポンコツだよな。
さすが、レジェンドと言わざるを得ない。
らしいと言えばらしいけど、もう少し……ハァー。
僕は台無し美人にハンカチを渡して、タイムビューアが何かを訴えていることを説明した。
「これって、なんて言ってるか判りますか?」
『L・Y・A・G・M・S・H・W・P』
「おい少年! それは何の冗談だ!?」
金糸雀號の屋根から、舌っ足らずな声が投げ投げかけられる。
「これって、なんて言ってるか判りますか?」
僕は金糸雀號の屋根に向かって、スマホを掲げた。
すると、リィーサが飛び降りて無造作に近寄ってきた。
「恐らく、全部で11種類。17文字の英語だ」
その片眼はヘッドセットにくっついた四角いガラスみたいなのに覆われていた。
甲月の片眼鏡みたいなソレで、僕のスマホを遠くから拡大して見ていたんだろう。
「17文字……、あ、判りましたっ! よ、佳喬様わぁ、本当に面白い子ですねぇ~!」
甲月が薄着のまま横から抱きついてきた。
おい、いきなりどうした? ワケ判らん。
むぎゅぎゅーー❤
だから、止めろ、こう言う事やってるとケリ乃が来るから。
あと、早く鼻を拭け。
青い顔をしていた会田さんが、急に立ち上がった。
「ああああっ! 『ゲームをしませんか?』だっ!」
あっけにとられている僕から、スマホを奪ったリィーサが、片手で文字を入力した。
『SHALL WE PLAY A GAME?』
「へ、そしたらコイツが人にすり寄ってくるのってゲーム……たぶんチェスでもしたいだけなんじゃ?」
インスタント写真にはチェス盤が映り込んでたし。
「そう言う事だ、ヨシタカ少年。大手柄だ!」
そう見得を切ったリィーナは、甲月を後ろ手に拘束して盾代わりにしている。
会田さんも警戒を解いたものの、近寄ろうとはしない。
僕がタイムビューアに近寄ろうとすると、甲月の長い足が横から伸びてきた。
何とかして、僕を先に行かせまいとしてるみたいだ。
「ま、まだ、予断を許さない状況に変わりはありません。なにとぞご自重くださいまぁせぇ~~っ!」
声が裏返っている。
頭で理解出来ても、感情が付いてこないってやつだなー。
いいから、色々見えてるから、早く、足を下ろせ。
僕はホントにケリ乃が来てないか背後を確認した。
ケリ乃は来てなかったけど、タイムビューアが目の前に居た。
また僕が見てない間に瞬間移動したな。
正直、このホラー映画みたいな動きは、不気味だと思う。
再び逃げていく甲月達の気持ちも判る。
それでも僕は、座布団を拾って箱みたいな奴の前に座り込んだ。
「ゲームがしたい」って言うタイムビューアの気持ちが、僕には判る気がしたのだ。
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