二日目(12)
少し長くなってしまいまして、前回分の末尾に少し分割しました。
お手数おかけしますが、念のため、前回分の終わりの方をザッと読んで頂けると助かります。
2019/12/11 17:31 金糸雀號に関係する部分の説明を補足し、ソレに纏わる描写を追加しました。
「そうだ少年。さっきスマホを見てただろう。チョット出してみろ」
言われるままに、ちゃぶ台の上に廉価版の低価格スマホを置く。
すると、首席ちゃんが、さっき甲月を吹っ飛ばした鉄塊みたいなナックルガードを取り出した。
「ちょっ、まっ――!」
僕はちゃぶ台に覆い被さった。僕のスマホは廉価版で値段も安いモノだけど、さすがに壊されたら生活が成り立たなくなる。
「何を慌てている? コイツはただの三次元ベクトルマウスだ」
ウソだ! さっき、そのゴツイ奴で、そこのゴツイ奴を空の彼方まで吹っ飛ばしてたじゃ無いかっ!
スマホを抱えて、抵抗する。
「ふーっ。本当に、少年のスマホを使えるようにしてやるだけだ。もっとも、SMSとSNSとGPSだけは機能封鎖させてもらうがな」
ククククッ――カキッ。
首席ちゃんは、遠くから鉄……、鉄塊のグリップに付いてる小さなコントローラーを親指で操作した。
ピピッ♪――カシンッ!
そして、すぐに腰のホルスターに仕舞ってくれた。
僕はスマホの無事を喜び、スイッチをオンにした。
「ホントだ。アンテナが立ってる。えへへっ」
僕は、ついでと思って、胸ポケットの通信端末も取り出した。
「そういえば受理ちゃんが、出てこなくなっちゃったんですけど、大丈夫ですかね? 他のみんなのも同じだったから、壊れたわけじゃないと思うんですけど……」
「ふむ。ソレもこの先の説明に関わる事でな。ひとまず此処にいる間は、金糸雀號専属AIアクセプタンシリーズは使えない事を了承して欲しい」
あくせぷたんとしりーず? ってのは、受理ちゃん達の正式な呼び名なんだろうな。
ひとまず壊れてないなら良かった。後で、色々と補足説明して貰わないといけないし、受理ちゃん達の成り立ちみたいなのを聞くって約束しちゃったしな。
「では少年、早速スマホで物理法則――」
「あのー、首席研究員殿~」
首席ちゃんの言葉を遮る、三等研究員甲月。
「どうした、甲月?」
「何時までも、少年呼ばわりなのは、なんか他人行儀すぎやしませんかぁ~? もうどうせ、佳喬君と鶯勘校は一蓮托生なんですし、ココは、もう少しフレンドリーに行きませんかぁ~?」
おい、不吉な事を言うな、それとなんで僕だけピンポイントなんだよ、一蓮托生ってんなら、ケリ乃達もだろうが。
堅かった表情がだいぶやわらいで、いつもの調子に戻ってきてる。何かに警戒するのに飽きたなオマエ。
「む? そうか。貴様、甲月のくせに良い事を言うな。よし、では少年、これ以降、貴君を〝佳喬ちゃん〟と呼称するぞ」
「――佳喬ちゃんっ!?」
僕は焦った。顔から火が出そうになった。
「どうした? 佳喬ちゃん。先ほど、あの可憐な少女、岸染莉乃も、佳喬ちゃんの事を佳喬ちゃんと呼称していたでは無いか」
「それは、そうですけどっ! なんかヤメテッ! こそばゆいって言うか――――」
甲月と会田さんが、顔を伏せてプルプルしてる。
振り返れば、金糸雀號の横に控えてる白衣の人たちまでもが、プルプルしながら例の生暖かい視線を向けてくる。
「じゃあ、ヨシタカでお願いします」
とりあえず、僕のことは、〝佳喬〟と、呼び捨てで呼んで貰う事で落ちついた。
紙式という代案が、即座に出てこなかった事が悔やまれる。
既にスタートしてる状況を変化させるのは意外と難しい。
呼び捨てでも、照れるかと思ったけど、意外と平気だった。
「そこのビーカーを取ってくれ」みたいな、感情のこもらないイントネーションで、
「(そこの)ヨシタカ(を取ってくれ)」って言ってくるから、全く問題なかったのだ。
「いいだろう、私の事は、〝リィーサ〟と呼びたまえ。リィーサ・メヴェルムが私の名だ」
◇
「では、ヨシタカ。スマホで『物理法則、総数』と検索してみてくれ」
まだ、この難しい話は続くのか。
思い出したように、急に周囲を索敵しだした甲月を横目で見た。
詳細省いてどんどん話を進めていく奴のパワフルなガイドは、鶯勘校の水準に則っているらしいことがわかった。
意外と効率的なのかもしれないと思う反面、受理ちゃんの個別解説がないと、とてもついていけないとも思った。
「リィーサさん……この、〝物理法則一覧〟っていうページしか、出てきませんけど」
「じゃあソレでイイ。数えてみてくれないか? あと、〝さん〟は要らん」
「……87、……全部で87個です。……リ、リィーサ」
初対面の、お人形みたいに綺麗な子を呼び捨てにするのは、流石に照れる。
そして、照れは、まるで欠伸のように伝播した。
「あれれれ? 首席ぃ~、なんか顔が赤いですよぉ~? どうかされましたかぁ~?」
◇
金糸雀號を飛び越え、弾道で飛び去っていく甲月――――――ピピッ♪――カシンッ!
やっぱり、それ、普通のマウスじゃ無いですよね。
今、明らかに「吹き飛べ!」って言ってたし。
……ゴキャッ!
遠くで鉄骨がひしゃげたみたいな音がした。
◇
「実際には、研究が進み細分化されたものなどもあるから、一概には言えんところもあるが、現時点で物理法則の総数は87個と定義するがソコまでは良いか? ――ヨシタカ少年」
「はい。87個ですね。判りました。――リィーサさん」
お互いの呼び方は、こんな感じで落ち着いた。
そして、ココまでは何とか話について来れたんだけど、この先が酷かった。
急に、鶯勘校研究所の〝悪魔的な科学技術〟が全開になったからだ。
✦
ちゃぶ台の上に置かれたままの、インスタント写真。
その中央。重心が悪そうなソレを、リィーサは再び指差した。
「コイツは――言ってみれば88個目の物理法則(※¹)に該当する」
コツ。
細やかな指先が、写真の中の『88個目の物理法則(※¹)』……を避け、ちゃぶ台を叩く。
「当社の先達たちが見よう見まねで作成した、格子時計第一号。コレだけならば、科学的な見地からみてブレイクスルーとなる代物……というだけだっただろう」
コツコツ。
「分類としては電気的法則の新設による構造体発電。論理回路のみを触媒とする、儼然たる新たな〝物理法則〟そのものだ」
コツコツコツ。
「厳密に言うなら時空間の間断を連続するモノとして認識する過程で生じた情報的な優位性を、電気的エネルギーのカタチで前借りする事で循環させているのだが、その論理回路が形成された途端にどういうわけか、物理的な電子回路の、……電気抵抗値がゼロになってしまうのだ」
コツコツコツコツ。
「電気抵抗? それって超伝導……」
知ってる単語に反応するのが関の山だったんだけど、応答した僕に気をよくしたのか、リィーサ首席研究員の眼が光る。
「そうだ! 常温超伝導も誘発した結果、理論上、俗に言う第一種永久機関が……成立して……しまったのだよ。ふぅ……どうだ、す、すごいだろう?」
ヒートアップしたのは一瞬。またすぐに萎れて肩が落ちた。
衝撃の機能に感嘆の声を上げ……られる雰囲気では無くなってしまった。
だから、なんでそこまで腫れ物を触るみたいになるんだろう。
彼女が、仮にも「永久機関だ」なんて口に出したならば、それは、科学技術上の世紀の大発見であるはずだ。
まだ名前くらいしか知らないけど人となりの一端くらいは判ったし、何より『甲月管理者』である彼女が〝いい加減な人間で有るはずが無い〟。
「まあとにかく、コレが稼働している限りにおいては、異世界と現実世界の相転移を人の手でコントロールする事が出来る。コントロールすると言っても、決して、我々が異世界化を引き起こしているわけでは無いぞ?」
「その辺は甲月……さんから少しだけ聞きました」
「そうか。異世界化は確率的には限りなくゼロに近いが、自然発生するものだ。我々は、その痕跡を記録し後世に伝え、更なる研究を続けていく事を目的としているに過ぎん」
日本国内で黙殺され続ける、異世界関連の科学的事実や大発見。ソレを連綿と受け継いでる……最中なんだな。
そう考えると研究者甲月が、ものすごく落ち込んだ様子を見せてたのも、判る気がしてきた。
そういやアイツ戻ってこないな。打ち所でも悪かったか?
「あと特別な機能として、アクセプタンシリーズが管理者権限で稼働している限りにおいては、強制割り込みを掛けられる。それは君らが身をもって体験したから、これ以上の解説は要るまい」
「あ、受理ちゃん達がココでは使えないって言うのは、どうしてなんですか?」
「そうか。そこから説明しておかなければならないな。……コレが機能を維持するために、論理ゲートを増やしているって事はさっき言っただろう?」
「はい。論理ゲートって言うのは計算するための仕組みで、沢山有れば計算が速くなるん……ですよね?」
「そうだ。コイツが自身を記述する構成言語を並列的に存在させる過程で、コイツ自体が大きな意味でのサブシステム扱いとなる」
「はあ」
受理ちゃん周りの話なら判るかと思ったけど、そんな事は無かった。
ひとまず、判る言葉だけでも拾っていこう。
「――すると弊社のAI群は、ほぼ並列作動出来なくなる。なぜかというと、コイツが絶えず……それこそ、紙一枚も入らないほどのプランク時間ごとに、最優先で割り込みを掛けてくれるからっだ!」
コツ。
再び写真(の横)が叩かれ、リィーサの鼻息が、荒くなる。
「だから、ココからウチの総務部監査AIへは直接通信出来ん。未だに、紙の書類を使う羽目になっとる!」
「あれ? じゃあ、受理ちゃんはどうやって僕たちを緊急避難できたんですか? 止まってたのに」
「それは、アクセプタンシリーズを、管理者権限で実行中だったからだろう?」
首席ちゃんは目線を会田さんに向ける。
「はい、水中戦闘中、高負荷演算が見込まれた際に、甲月が管理者権限を譲渡しました」
正座し、姿勢を正した会田さんが、神妙な声で報告する。
そして爽やかな笑顔を僕に向けてこういった。
「俺たちを助けてくれたのは、受理ちゃん達だよ。あとで礼を言っとかないとな」
この人、ちゃんとしてる時と、格ゲーやってるときは、すっげーイケメンだよな。
さすが、レジェンドと言わざるを得ない。
「ココと、時空間的に近い位置にいる場合、どうしても強制割り込みを掛けられてしまう。そうしたら、並列作動前提のAIシステムは、ほぼ沈黙するしかない。但し、例外がある――」
コココッコツン。小気味よく叩かれる写真の中央。
今度は、その細い指先は、『空間異常検出装置tPGUI-8改』(愛称タイムビューア)をしっかりと貫いていた。
「異世界下での緊急発令コード実行時には、――強制割り込み割り込みが使えるようになるのだ!」
フハハハッ――――。
リィーサがまるで、悪のマッドサイエンティストのように、声を立てて笑い始めると、――――すっとん。
甲月が真上から帰ってきた。
「首席ぃ~、幽霊の話をすると本当に幽霊が出ますよー?」
オマエ、……生命情報科学とか言うヤツの権威じゃなかったのかよ、なんだよお化けって。
「バカを言うな。アレは私が厳密に――――」
なんか、目の前で甲月達が笑ってる。
とんでもなく非常識で難解な事を延々と説明されてしまったけど、別段危険な話では無かったみたいだ。
けど――
「あの、コイツなら今、後ろにいますけど?」
座布団が中身をまき散らし、
ちゃぶ台が回転、宙を舞う。
例の神速で姿を消す銀髪美少女。
あまりにも速い速度で移動したせいで、彼女の恐怖に歪んだ顔がその場に一瞬残ったようにみえたくらいだ。
――――――――キャッァァァァァァァアァァッ!
かなり遅れて、絹を裂くような声が遠ざかっていった。
ーーー
※¹:ウィキペディア調べ2019/12/08 17:50現在
そして、さらにもう1話増えてしまいました。
この謎機械の構造は、かなり昔に考えた設定で、1990年頃に一度ネタ帳に綿密にまとめた後、たびたび形を変えて作成物に登場しておりますが、これほど、まるごとそのまま登場するのは初めてです。どうぞよろしく。




