二日目(11)
紆余曲折した結果、ギリギリで登場させる事が出来ました。
2019/12/10 16:54/次の話が長くなってしまったので、ココの末尾に少し追加して分けました。
『スワンプマン』
落雷に遭った男が死亡。偶然、同時刻に近くの沼に落雷。
化学反応で死んだ男と全く同じモノが発生する。
ソレは生前の彼が死ぬ直前までの記憶を持っている。
ソレは死んだ男として以前と寸分違わぬ生活を続けていく。
思考や行動は来歴に依存している事を議論するための思考実験で、
異世界化という現象には全く関連が無いが、状況的には正にこの通りだといえるな」
僕は、首席研究員ちゃんから、『スワンプマン』についての説明を受けた。
そして、彼女のセリフはこう続いた。
「――つまり、時空間の受け皿……物質界のリソースはひとつしか無く、〝この世界は、異世界化のたびに、作り替えられている〟と推察されるのだ」
あまりの突拍子の無さに、どう反応したらイイのか判らなかった。
「……じゃあ、さっき異世界でひっくり返ってた僕は、どうなったんですか?」
「安心しろ、少年は少年のままだ。諸君等7名だけは金糸雀號の機能により、連続性を保てているはずだ。君の口ぶりからすると、〝強制的に現実世界を帰還させた《・・・》場合〟には単純な位置関係などはリセットされてしまう様だがな」
又、〝(現実世界)を〟で〝(帰還)させた〟だ。
そこは〝(現実世界)に〟で〝(帰還)する〟が正しい。
「えーっと。じゃあ、僕たち以外の他の全人類……っていうか首席さん達は?」
「おそらく、もう死んでるんじゃ無いか? 少なくとも生きては居まい。存在をゆるす時空間が書き換えられて、無事で済むとは思えない。〝空間異常領域内部観測データ〟もソレを裏付けている……が〝私に死んだ記憶〟は無いから別段、困る事は無いぞ?」
フン、と鼻を鳴らして自分の髪をなでる少女。
その仕草は、嘘をついているようには見えないし、ましてや、死人にも見えなくて。
さっきバスの天井に靴が張り付いたときに感じた悪寒。
それよりも冷たい空気が、僕の背中を流れ落ちていく。
〝異世界化という現象は思考実験では無い。世界は実際に破壊された後、再構築されている〟
彼女はそう言っているのだ。
僕が体験しただけでも、全人類抹殺は既に2回起きている。
そして僕には、異世界が現れるときの、壊滅的な世界の変貌の記憶が有る。
あの凄まじい臨場感の中で狂っていく世界の有り様は、とても忘れる事なんて出来ない。
けど、そう言う事か。
甲月や首席研究員の不自然な言い回しの理由だけは分かった。
〝現実世界が帰還する〟ってやつ。
異世界化中には、現実世界はどこにも存在していないのだから、現実世界に帰還するためには、まず異世界を壊して現実世界化しないといけない。つまり現実世界〝が〟帰還する必要がある。
「これは気休めだが、時空間の連続性は、人間の脳が見せる錯覚だという論文も出てきてから久しいぞ――」
少しうわの空で聞いた感じだと、時間というのはまるでアニメの動画のように細切れなんだそうだ。
〝プランク時間〟っていう理論上の時間の最小単位で、この世界を見た場合に、今の世界と1プランク時間後の世界との間には、何の連続性も無い事が判っている……らしい。
「――それを立証する事も、我が鶯勘校の勤めと考えている」
僕は固まったまま動けなかった。震える膝を上から押さえた。
考えが纏まらない。時間の最小単位? 判るかそんなモノ。
僕にイメージ出来るのは、せいぜい格ゲーの〝フレーム処理〟くらいまでだ。
脳裏で、ドット絵の甲月と会田さんが戦いを始める。
頭を振ってソレを打ち消し、崩れる重心を保つ事に専念した。
「……まあ、そうなるだろうな。現実世界、ひいては時間に棲まう我々に、時間の理を理解する事は、容易い事では無い。――――そう考えた先達が居る」
あれ? 突拍子もない衝撃の事実を告げられた僕を労ってくれてるのかと思ったら、このセリフにも続きがあるみたいで。
なんか、いやな汗が脇腹を伝う。
「出自は明かせないが、ココに実際にプランク時間を測定出来る〝格子時計〟の設計図がある」
美少女が白衣の内ポケットから誇らしげに取り出したのは、どこかで見た事がある――真っ青な革製の手帳。
甲月と同じく鎖が取り付けられたソレを、彼女は大事そうに大事そうに、内ポケットに戻した。
「その攻略本、アンタも持ってんのかよ!
――危うく突っ込みそうになった。落ち着け。
「実は、この〝時間原器〟とも言える、理論上最小の時間を計測可能な格子時計は、〝異世界化プロセスと帰還を司るプログラム〟を実行するための不可欠条件なのだよ」
……格子時計ってのは、とんでもなく短い時間を計測出来る時計の事で、異世界化に必要不可欠と。
……よし冷静冷静。落ち着け落ち着け……ん? 時計?
「腕時計の精度が死ぬほど上がるだけですよぉ~♩」
っていう受理ちゃんの、セリフを唐突に思い出した。
僕は中腰で耐えたまま、真下を向いて自分の腕時計を見た。
『980gal◒』
数字は変化してないけど、横の欠けた輪っかみたいなのが、心配になるくらいの勢いで揺れてた。
「何を隠そう、我が研究所が誇る鉄壁の測量システムにも、この時計は使われているぞ。社外秘の機能性物質を搭載した事により、この愛用の機械式腕時計は、このサイズで重力測定機能を備えるに至ったしなっ!」
拳を突き上げる首席研究員ちゃん。
わぁーーーー。パチパチパチ!
周囲の科学者達から沸き上がる歓声。
うん、それ、知ってる。前にも同じ説明されたことある。
僕は僕の手首に巻かれた『HWT-3008改 TDCHIP™ INCLUDE/HISAME EDITION.』を袖の中に隠してから、甲月をキツく睨み付けた。
オマエ、これ、本当に社外秘で、一介の高校生が持ってたら駄目なヤツじゃんかっ!
ぺしっ――。
下手くそな口笛を吹く甲月に気を取られていた僕の頬を、小さな手で挟まれた。
「人の話は、相手の眼を見て聞きたまえ」
ぐりん――正面を向かされる。
「よし。私だけを見ているが良い」
何この告白みたいなセリフ。気のせいか周りの研究員達の目が、生暖かい気がする。
「それで、その格子時計第一号を作ったのが当時の……17年前の鴬勘校研究所の所員達というわけだが、少年は〝空間異常領域〟についてどこまで聞かされているのかね?」
少女の小さくて暖かな手を意識して、微動だに出来なくなった。
あの、手を放して頂けませんか?
全人類抹殺と言う衝撃の事実告知からの、甲月の職権乱用事件の発覚。
――か~ら~の~、美少女の過剰なスキンシップ。
もう、とっくの昔に許容範囲なんて超えている。
「どうした少年?」
僕はその場に尻餅をついた。
「フム。よし良いだろう。腹を割って懇切丁寧に、イチから解説してやろうではないか」
崩れ落ちた僕の様子を〝覚悟を決めた理系下手〟と、首席研究員ちゃんは受け取ったらしい。
僕だって量子工学科だけど、……だからこそ、鶯勘校研究所の連中がやってるのとは、何世代分もの隔たりがある事が判る。
彼女は、僕の目の前に胡座を掻いて座り込んだ。
わ、見えそうだから、そう言う嬉しいハプニングは間に合ってますからっ!
まったく、ケリ乃が居たら危ない所だったぞ。
でも、おかげで、全人類抹殺の衝撃からは、いくらか立ち直れた気がする。
◇
「まずは、コレを見てくれたまえ」
アスファルトの上に置かれた小さなちゃぶ台。
その上に置かれるヨレヨレのインスタント写真。
ちゃぶ台と座布団人数分は、白衣の人たちが慌てて持ってきてくれたものだ。
格納庫って言うか、滑走路って言うか、スペースシャトルとかロケットも建造出来そうな、広い屋内空間の端っこ。
金糸雀號の横に急遽作られた、応接スペースで、話は続けられていく。
首席ちゃんと甲月達と僕の四人は座布団に座り、ちゃぶ台を囲んでいる。
金糸雀號の周りに数名の白衣の方達が警備員のように立っている。
「あ、その写真懐かしーですねー。入社当時、首席に見せて貰いましたっけ……」
「俺は、初めてみるぞ、手製の取扱説明書は見せられたけど……」
それには科学者数名と、レトロなデザインのコンピュータみたいなのが写ってた。
写真の余白に書かれた日付は、『1967/5/30』。随分昔のモノだ。
「詳細はまた伏せるが、この写真は、我が鶯勘校研究所の前身である、〝風致地区測量部〟所属の測量車両から発掘されたモノだ」
「あぁそれ、科学測量車が17年前に発掘されたことは、すでに佳喬様達にもお伝えしてありますよぉ~❤」
「貴っ様は、当研究所の最重要極秘情報をなんと心得とるのかッ!」
叱られた甲月が身を竦める。
「一応、可能な情報レベルに則って開示されています。ですが、一部の情報開示に際し、甲月添乗員に服務規程違反が見られましたので、ソチラの方は厳重に減俸処分済みです!」
会田さんが助け船……でもない言葉を挟む。敬礼までして。
「そうか、フン。ならば、イイだろう。……それで、少年達が搭乗している金糸雀號が、その発掘された測量車両だ…………と言うことも聞いているようだな?」
首席ちゃんの手は甲月のほっぺたを摘まんでいる。
正確には大体の話は受理ちゃんから聞いたんだけど、「受理ちゃんに聞いて下さい」って言ったのは確かに甲月だったし。
金糸雀號の秘密をバラしたのは甲月本人だったし。
僕は正直に頷いた。「イタタタッ! 首席、もげます! ほっへたがぁあぁっ!」
◇
「発掘車両内部に残された遺留品を元に復元されたのが、この『空間異常検出装置tPGUI-8改』だ。先ほど説明した格子時計のプロトタイプと思われるモノに、ある機能を持たせたもので、愛称はタイムビューア。……もっともその名前で呼ぶ者はここには一人も居ないがな」
なんか、さっき腕時計を自慢したときとは違って、声のトーンが沈んでいく。
いつかの、落ち込んだ甲月みたいな低い声になってきた。
自分が作ったものじゃ無くても、同じ自社製品なら自慢しても良さそうなモノだけど。
「タイム……何とか? は、すごく重心悪そうですね」
頼りない台座に取り付けられたコンピュータの、更に上。
重心なんて一切考えてないような大きさの、冷蔵庫みたいな箱が乗せられている。
「ふむ。タイムビューアは、最初期のスタンドアロン電算機を改造して作られているからな。嵩張るのは致し方有るまい。だが元となった製品は、これでも当時の最新型でベストセラーだったと聞いているぞ。ちなみにコノ箱の部分全部が電算機本体だ」
「へー。デカイだけの事はあるんですね~」
「まあ、少年が持ってるスマホの方が、スペックだけなら遙かに上だがな」
僕はスマホを取り出してみた。
この板ペラ一枚に、当時の最先端技術以上のモノが詰まっている。
ちなみに、アンテナは圏外だった。
「では続けるが、――コイツの面白いところは、自身を仮想化して並在できることだ。簡単に言えば――論理ゲート数を何倍にでも出来る」
本当に面白いなら、そんな、嫌いなピーマンを囓った時みたいな顔はしないだろう。
あと、当然だけど、全然簡単では無い。言ってる事は何となくは判るけど。
そして、この話の中心である自社製品、『タイム何とか……タイムビューアだっけ?』は随分と曰く付きらしい事も判ってきた。甲月達も、写真を遠巻きにしてるし。
「通常、膨れあがった処理をコイツ一台ではとても裁ききれないところだが、コイツには無限の時間がある。プランク時間の間断を検出するために必要とされる、〝人で言えば6歳程度の認識力〟を持つ事など造作も無い」
一気に、とてもついていけない難しい話になってきたけど、――今、なんか、変な事言ったな。
コイツには無限の時間があるって、どういう意味だろう。
僕の眉間に寄ったシワを見た、首席研究員ちゃん(学芸モード)が、一言でまとめてくれた。
「コホン。〝プランク時間を処理単位にした、人の代替機械みたいなモノ〟と考えてくれれば良い」
「あー、それなら、言葉の意味は判ります。んーーっと、たとえば高速道路で隣の車線を走ってる車が、止まって見えるみたいな……話ですよね?」
「――少年は本当に聡明なのだな」
これは褒められたと言うよりは、軽く馬鹿にされた気がする。
あと何そのポカンとした顔。カワイイんですけど。
「……甲月が日報に、わざわざ特記するはずだ……ブツブツ」
後に付け足された言葉は独り言みたいで、良く聞き取れなかったけど、甲月が少しニヤついた顔で、馴れ馴れしく首席ちゃんの顔をのぞき込んでる。
オイ、だから不用意に煽るな。また、フッ飛ばされるぞ。
もう1話この話続きます。毎度すみません。




