一日目(3)
「ちょっと、もうー。ひ・ど・い・じゃ・ないですかー」
僕の肩までよじ登った、金糸雀號専属AI(参)が耳元で怒ってる。
ケリ乃の通信端末に顔を近づけて確認すると、その額には『肆』っていう見慣れない漢字が書かれてて、次葉に鷲づかみされているのには『伍』って書かれてた。
「漢数字なのか?」
僕のつぶやきに返答する〝受理ちゃん(参)〟。
「ハイ、そうです。私たちのノード……個体識別名になりますが、処理的には全部で一つの疑似人格が構成されています」
「よくわかんないけど、頭が良いスマートスピーカーみたいなのか?」
通信端末をよーく見てみたけど、スイッチなんかは一個も無くて、表示部分中央に小さい円形になった幾何学模様が回転している。
そのまるで魔方陣みたいなのを指先で突いてみた。
何度か突いてたら、円形が形を変えて真四角になった。
「受理ちゃん参、要請により休日モードへ移行します。なお、緊急の際には発令コード『受理ちゃん助けて』と口頭またはそれに類するコールサインにてお申し付けください。あ、それと、以降、紙式佳喬様と呼称しても宜しいでしょうか?」
「え? 休日モード? 呼称? あー、僕の呼び方は、〝ヨシタカ〟でイイよ」
「はーい受理いたしましたぁー! ヨシタカ様、それでは、おやすみなさーい!」
受理ちゃん(参)は敬礼みたいなポーズをしたまま、通信端末に吸い込まれた。
「なんか、コレだけで10日くらい、飽きずに遊べそうだけど……せっかくの旅行だしな~」
僕は〝受理ちゃん〟を休日モードとやらにしたまま、ポケットにもう一回仕舞った。
ケリ乃は〝受理ちゃん肆〟に〝フォーちゃん〟と名前を付け、次葉は〝受理ちゃん伍〟に自分と同じ中学校の制服っぽいデザインの着せ替えをして遊んでいる。
「最近の子供は、ホント器用だな」
「何言ってんのよ。佳喬ちゃんだって、まだ、子供でしょ。おじさんに似てきてるけど。それに、こういうゲームっぽいのは、私よりよっぽど得意でしょう?」
「まあ、嫌いじゃ無いし、バスん中では格ゲーで、君ら全員ギッタギタにしてやろうと思ってたけどさ」
「佳喬にーちゃん。それは聞き捨てならないね!」
座席をこちらへ向けた双一が話に混ざる。もうすっかり打ち解けたなー。
どういう仕組みなのか、通信端末をみぞおちの辺りに貼り付けている。
「そうだね! 私たち結構強いよっ?」
左右対象に座席をこちらへ向けた双美の、ワンピースの胸元にも通信端末がくっついてる。
「あれ? それどうやってくっつけてるのよ? ……え? 魔方陣の形を手の形に変えてからくっつけると……何にでもくっつく?」
ケリ乃は双美と〝受理ちゃん(肆)〟から端末の驚きの機能のレクチャーを受けているけど――こっちはそれどころでは無くなってきた。
もう少し、バスの仕様説明とか、旅行のくわしい話とかを聞いてからにするつもりだったけど、双子達から宣戦布告された以上、もう我慢出来ない。
「よし、やるか!? 格ゲーを、みんなでっ!」
「では、アケコンを人数分設置いたしましょうか?」
添乗員甲月が正面パネル下の引き出しを開けてこっちを見ている。
この人、やっぱり……すっごいスタイルよくて、尻を向けて振り返られると、少し目のやり場に困る。
こういうときは、ケリ乃を見よう。ケリ乃を見てやり過ごそう。
そんな、心の中を見透かしたのか、
――ドッス!
「痛った……くはないけど、無言でどつくのは止めてくれ」
ドッス! ドッス! ドッス!
間近で見ると、ふてくされた顔すらサマになってる。ケリ乃でやり過ごすはずが、ケリ乃でドキドキさせられてしまった。美少女ってすげえなあと感心してたら、5発目を放とうとしたケリ乃が手首を押さえてうずくまった。
ケリ足と違って腕は非力らしい。
「痛い。佳喬ちゃんのスケベな視線を察知したから、天罰を食らわせてたのに……」
「んなっ――」
反論しようとしたけど、ケリ乃の前に割り込んできた、すらりとした足に目を奪われてしまった。これはスケベな視線と言われても反論できない。
「大丈夫ですか? 今すぐ治療を」
ケリ乃の前にひざまつく、ぱっと見は綺麗なお姉さん。その軍服みたいな制服の裾から見える黒タイツから、視線をそらす。
と、そらした視線の先には中学生の黒タイツ。いいね、健全健全。全然ドキっとしない。
でも、その太ももの細さには見入ってしまった。なんかケリ乃もだけど食が細そうで、健康面的な意味で心配になったのだ。
ドッス!
不意に再開される天罰。
「痛っで――!?」
その衝撃は凄くて、僕は二の腕を押さえて座席に蹲った。
涙目になりながら体を起こすと、ケリ乃の手首に巻かれた、なんか凄い色(金糸雀號の塗装みたいな)の分厚い包帯みたいなヤツが眼に入った。
「ああ、気をつけて下さい。ソレは患部への衝撃を吸収してくれる〝エネルギー減衰サポーター〟です。衝撃はプールされずに、即座に相殺されます」
つまり、僕の二の腕ばっかりに衝撃が集まったって事か?
「全然痛くないっ!」
拳を高く振り上げるケリ乃。
「ばかっ! こっちは、すっごい痛かったんだぞ!」
「え? ……どれくらい?」
信じていないのか、きょとんとする美少女。
「オマエの蹴りの……2倍くらいか?」
僕は腕をさすりながら、出来るだけ正確に衝撃の強さを説明してやる。
子供達全員の安全にも関わることだから、コレはふざけないでちゃんとしないといけない。
「えっ!? そんなにっ!? わわっ、ご、ごめんね佳喬ちゃん。ごめんなさい」
今度はケリ乃が涙目になっている。自分の蹴りの攻撃力に自覚はあったのかも知れない。
「いいけど、気をつけてくれよ。ソレでモノを殴ったりしたら、壊れるぞ?」
「そうですね。先に使用上の注意をするべきでした。大変申し訳ありませんでした」
今度は僕の前にひざまつき首を垂れる添乗員。
「いえ、もう大丈夫ですけど……このバス、金糸雀號とその装備一式って、やっぱり普通じゃ無いですよね? なんか、TVで見る軍用とか研究段階の最新型よりも、パワフルって言うか……」
そう言いながら、バスの中を見渡す。座席一つとっても、その見慣れないデザインから、〝性能の優先順位の高さ〟が感じ取れる。
ん? 双子と中学生が、左窓に釘付けになってるな。何だろ?
「う~ん。どういたしましょうかね。もう少し、打ち解けてからの方が、余計な不安をかき立てずに済むとは思うのですが――」
僕のゲーム同様、お姉さん的にも、段取りがあったみたいだ。
立ち上がり、両手を腰に当てて目を伏せる、綺麗なお姉さん風。添乗員にして、スタイル抜群のミリタリーコスプレイヤーみたいな女性が、思案している。
じっと見てると、また天罰がくだらないとも限らないので、僕はお姉さんから眼を離し、窓の外を確認することにした。
窓の外には、まだ見覚えのある町の景色。遠出すればいつでも見られる普通の風景が流れている。
年少組はそんなに必死になって、何を見てるんだ?
あれ? 窓にレジ袋でも、引っかかってんのかな?
バスに併走する、白っぽいような物体。
『添乗員甲月へ、業務連絡! 8時方向、距離2メートル。〝試金石の痕跡〟を検出。至急目視確認されたし!』
最初に聞いた運転手によるアナウンスが流れた。でも、その声色は少し緊張していた。
「どうしたの? フォーちゃん?」
「物理検索エンジンに照会中……物理検索エンジンに照会中……」
背後からケリ乃と〝受理ちゃん肆〟の会話が聞こえてくるけど、頭に入ってこない。
だって、レジ袋に見えたそれは、よく見たら――。
青白い肌をしていて、
額の左右から、突起が突き出ていて、
背中から、昆虫みたいな羽根も生やしていて、
大人の女性に見える体型をしていたけど、その大きさはやっぱりレジ袋程度で、
四肢の先端から伸びる鉤爪は、その存在の野性味を象徴していたからだ。
「……該当なし。アンノウンでーす♪」
車内に響き渡る、〝受理ちゃん〟のかわいい声。
軍服みたいな帽子のつばの辺りを摘まむ、添乗員甲月。
ジャッカッ!
飛び出す片眼鏡。
キュキュキュッ。レンズに浮かぶ同心円。
「添乗員甲月より、業務連絡! 8時方向、距離ゼロメートル。試金石〝妖精タイプ〟を目視確認! これより、対敵行動を開始します!」