二日目(9)
ほんとうに時間ばかり掛かってしまいました。ボス戦突入するはずだったのは本当です。でも、レジェンドと甲月の奴らが勝手な事ばかりしてくれてもう……収拾が付きません。
シュゴッ――ボッフォォォォォォォォーーーーーーーーッ!
金糸雀號の前頭部?
バス前方っていうか、僕から見て真下の、屋根の辺りから白煙が吹き出した。
タダでさえ悪かった下方向の視界が、雲みたいなモノで塞がれた。
「ピンポォーーン♪ バスが~とても加速いたし~ますので、シートベ~ルトをお締めの~上、シートへ深~くおかけ下~さぁぁい」
ん? アナウンスされた少し機械的な女性の声。
受理ちゃんみたいな声だけど、なんか大人声って言うか、のったりもっさりしてるぞ?
「次葉ちゃん、受理ちゃん出た?」
通信端末を、指で突いてたから聞いてみた。
「んーん、居ない……みたい?」
細長い板を振ってみている中学生の顔は、ちょっと青ざめてるけど、ケリ乃と比べたら全然平気だ。
やっぱり受理ちゃん達は出てこないみたいだし、甲月も忙しそうだし。
つまり、僕たちには為す術が無かった。
ちなみに、甲月は一見なにも無い空中(天井)に取り付いてるから、見た目のシュールさが半端ない。
双子達は、面白動画の子猫みたいに、甲月の一挙手一投足に、目を奪われている。
「乗客の皆様へご連絡いたしーます。加速は致しませんが、ガス噴射による衝撃にご注意くだーさい」
緊張感の無い会田さんのアナウンス。なんだ。こんな余裕有るのか。逆噴射とか言ってたから身構えたけど拍子抜け
シュゴッ――シュゴッ――ボシュドドドドドッドドドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーッ!
「(わぁーーーーっ!)」
車内を蹂躙する暴風音。
耳を劈く轟音に耳をふさぎたくなるけど、ケリ乃も僕も両手が塞がってる。
「(ぐすぐすん……うえぇ!)」
とうとう泣き出し、そのまま再び、小さく――逆噴射。
成長した見た目の華やかさに、惑わされてたけど。
そうだった。ケリ乃って泣き虫だったんだっけ。
ホント、ツアー二日目は最悪だ。出だしが、すっげー良かった分、ことさらヒドイ。
でも、凄まじいガス噴射の勢いで、金糸雀號の回転が、かなり緩やかになった。
よし、今のうちに座席を戻す――――。
「コチラ甲月。大気制動装置――」
甲月の声に振り向くと、ヤツは空中に空いた穴に肩まで腕を突っ込んでいた。
「――作動!」
オマエ、〝三秒前〟とか、カウントダウンしないのかよ!
バンッ、ボンッ、バババッボボボンッ!
天井からの断続的な衝撃――――ボォォォォォッフッワァッ――――ギュギュッ!
天井をオレンジ色が覆い尽くした。
〝バリュート〟とか言う四角い風船みたいなのが、沢山天井から飛び出した。
それは膨張して、すぐにくっつき合って一枚の大きな羽毛布団みたいになった。
普通、どういう方法で外部カメラを設置しようと、外の映像には死角が生じるモノだけど、金糸雀號にはソレが無かった。
本当に壁や天井が透けて見えているとしか思えない。この技術力を持ってすれば、高額な成果報酬を僕たちにまで支払えるのも頷ける。
でも、それは命あっての物種だ。受理ちゃん達から、異世界から緊急避難する方法が無い事は聞いている。
でも、その口ぶりは、〝ほんとうは、禁じ手があって緊急避難出来るんですけどねぇ〟と言わんばかりの煮え切らなさだった。
僕たちに開示出来る情報レベルを超えたところにある、その禁じ手を探る方法があれば……。
ギュキュッ――ぐらぁり……ドッシャン!
オレンジ色の布団は、中に軽いガスが入っているみたいで、金糸雀號を一気に水平に立て直した。
けど、金糸雀號は上下逆。
甲月が風船を開くタイミングが悪かったみたいだ。
風船の集合体で出来た平面に、バスが逆さまに乗った状態。
急減速した金糸雀號にかなりの重力が掛かる。
考え事なんかしてた僕は、振り落とされそうになった。
ケリ乃があわてて片手を伸ばす。
その手を掴むと……スタッ。
僕の足が床に付いた。正確には金糸雀號の天井だけど。
そして、パッと見は外の様子が投影されているから、僕はまるで空中に立っている様に見える。
「大丈夫だ。放していいそ」
見上げれば、次葉の顔色がみるみる真っ赤になり、ケリ乃の顔色はもう土気色だった。
「シートベルトを外すわけにもいかないし、……甲月さん、どうにかなりませんかっ!? 受理ちゃん達もどっか行っちゃったし!」
僕は叫びながら、最後尾の非常用ドアに付いてる梯子みたいな手すりを掴もうと一歩踏み出……せなかった。
足が天井に張り付いてる。襲ってくる悪寒。
靴の先が真っ白くなっている。氷水に足を突っ込んだみたいな冷気が、ズボンの裾から登ってくる。
「うわっ! 凍ってるっ!? 何でっ?」
「じゃあ、皆様! 歯を食いしばって、耐えて下さいませーーーーっ!」
甲月が、空手の構え(?)みたいなのをしてる。
まずい、アイツ何かする気だ!
急げ急げ、その場で歩くみたいにして靴を持ち上げてみるけど、ピキパキ音がするだけでビクともしなかった。
「どっせぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
怒号と共に繰り出された低い姿勢の三角飛び。
怒声は続き、すり足のような謎の構えから拳繰り出された。
リゾートホテルの天井を破壊するほどの〝エネルギー減衰サポーター〟。
それと同じ裏地で出来てるハードパンチャー仕様の制服。
全身ハードパンチャーである制服姿で繰り出された拳の威力は凄まじかった。
ゴゴッンンン――――――ゴツイ隔壁みたいな乗車ドアの内側にめり込む、正拳突き!
ぐらぁり……ぐらぁり……ぐらぁり。金糸雀號が振り子のように揺れた。
そして、――――グルグルン!
金糸雀號は、再び錐揉み状態に陥った。
振り落とされた車体が180度回転したのだ。
「「「「「「ぎゃぁあぁっ!」」」」」……!?」
車内は阿鼻叫喚と化した。
甲月の叫び声も混じってる気がする。
僕は咄嗟に靴を脱いで、後部ドアの手すりに飛びつく事が出来たけど、あちこちぶつけて――ゴンッゴッツン――痛い、痛い、痛えなっ!
風船の上に乗っていたのが、風船にぶら下がる形になったのだ。
揺れはとても激しく、振幅の大きな揺れが何時までも収まらない。
「(……うぅうぅぅぅぅ……ぐすっ……佳喬ちゃん、……肆ちゃん、たすけてよぉぅ……)」
吐き出された、ケリ乃の声にもならない呻き。
声が小さくてなんて言ったのかはわからなかったけど、ソレが弱音だって事は分かる。
この時、正式名称、岸染莉乃さん(15)の緊急事態呼び出しは正式に〝受理〟された。
バチッ!
ん? 火花の音?
あれ? なんか、受理ちゃん達が飛び出てくるときの、あの小鳥の絵が後頭部に焼き付いて離れない。
周囲を見渡すけど、何も無い。
阿鼻叫喚は阿鼻叫喚のままだ。
僕は手を放し、今度は本当の床に下りた。
なんだ? どこかに何かの〝痕跡〟見たいな物があって、ソレがしきりに僕に訴えかけてきているような……。
気持ち悪いな。いや、物理的な車酔いってだけじゃ無くて、のど元まで出掛かってるのに思い出せない事が脳裏にずっと引っかかってるみたいな。
――――フッ。
消える外部映像。非常灯すら消えた真の闇。
甲月が力一杯殴ったから、金糸雀號が壊れたんじゃ無いか?
✦
ぁれ? 暗い。
いつの間にか後部座席に座っていた。
あれ? 僕の靴は……金糸雀號の天井を見たけど、何もくっついてなかったし、足下を見ればちゃんと履いてた。
どうなってる?
非常灯が点いてるから、周りの様子も見えるけど、皆、戸惑ってるみたいだ。
「ちょっと、佳喬ちゃん! コレどーなってんの!?」
「僕に聞かれても困る。甲月……に聞いてくれ」
ヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーン。
巨大な機械が停止していく気配。
ドッシャンッ!
え? 要塞砦で垂直ジャンプしたときの着地みたいな衝撃。
それでも別段、内蔵を揺さぶられるような衝撃も無かった。
そういや、ケリ乃がエチケット袋を抱えてない。
バチン、バチン、バチン、バチン。
金糸雀號の下から聞こえる――コレは、〝ソケット〟とかいう動力系統との連結が外れる音だろう。
バシャバシャ、バシャバシャ、ガラララララーーッ、ガッシャン!
バスの窓を塞いでいた、シャッターみたいな隔壁が開けられた。
外に水が無いとはいえ、こんな上空で開けちゃって大丈夫なのか?
あ、違った。さっき地面に着地したんだっけ。
窓の外は暗くて外の様子が分からないけど……ひとまずは、揺れも収まってるし安全みたいだ。
ぼんやりとした外の光が差し込んでくる。
正面モニタ前に立つ甲月の姿が浮かび上がる。
バチン、バチン、バチン、バチン。
もう一回、〝ソケット〟の音。たぶんコレで全部外れた。
ゴゥゥゥゥン、何かの作動音。
キュラキュラキュラキュラァァァァァ。
シャッターが引き上げられていくみたいな音もしてる。
プシューーッ、ガチャン。
金糸雀號の乗車ドアが開いた。
ブザーが鳴らなかった事に、僕は違和感を覚えた。
――――カッ!
強烈なサーチライトで照らされる金糸雀號。
「まぶしっ、――はくちゅっ!」
サーチライトの直撃を喰らった、ケリ乃がくしゃみをした。
「お静かにお願いします。これから私がイイと言うまで、表情も出来るだけ出さないようにお願いいたします。どうか、本当にお願いいたします。あとで誠心誠意、ご説明させて頂きますので――――」
コワァン――ガピーーッ♪
「鶯勘校研究所所属、金糸雀號専属乗務員兼研究員、甲月緋雨、前へ!」
拡声器で呼びかけられる。
その声に、身を竦める甲月。
「――前へ!」
観念したように両手を挙げてドアの階段を下りていくその顔は、今朝、借りてきた猫みたいにしおらしかったときの真面目な顔と同じか、それ以上に深刻だった。
双子達が座席を後ろへ向けてくる。動力は無いからつま先で動かしてる。
ケリ乃と中学生の視線も集まる。サーチライトの光を避けて皆低い姿勢だから外からは見えて無いと思う。
「(とりあえず、さっきのヒドイ状態からは抜け出せたみたいだし、ココは甲月の言う事を聞いて大人しくしておこう。いい?)」
僕は小声でそう言った。
声に出さずに頭を縦に振る全員――――の中に、会田さんも混じってた。
いつの間に後ろまで来たのかと思ったら、ケリ乃の横の辺りの床がパカリと開いていた。
〝一体どうなってるんですか!?〟
そう叫ぶ前に手の平をむけられ――シィィィィィィィィィッ!
口の前に人差し指を立てる運転手。その表情はいつもの感じじゃ無い。
昨日の夜、支配人さんに怒られてたときの真面目な顔と同じか、以下略。
「(甲月も言ってたけど、後で説明する。ひとまずは、俺の真似をしてくれれば良いから――――)」
「鶯勘校研究所所属、金糸雀號専属運転手兼研究員、会田丁字、前へ!」
両手を挙げ、階段を下りていく格闘ゲーム世界一。
コワァン――ガピーーッ♪
「懸巣高校量子工学科紙式佳喬君、前へ!」
僕は皆を一度だけ振り返ってから、両手を挙げた。
◇
甲月と会田さんの隣に並ぶ。
そして、二人の真似をして、手を組んだ両手を頭に乗せた。
眩しくて、サーチライトの向こうがどうなってるかは分からない。
金糸雀號の周りには何も無く、天井も高くてよく見えない。
ゴォウゥン――――――――――プッシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
重量がある機械の作動音がしている。そして、蒸気が排出されるような音が断続的につづく。
暖かい白煙が足下を流れていく。
コレも何かのアトラクションかと思いたいけど、なんかちがうっぽい。
それでも、置かれている状況がどんなだったとしても、ケリ乃や皆が苦しんで泣いているよりかは千倍マシだ。
重々しい拡声器の声が続く。
「大寿林女子高等学校普通科岸染莉乃さん、前へ!」
「お客様の中に、海産物系のボス戦が読みたいというお優しい方がいらっしゃいましたらば、是非、最新話下部のポイント評価をよろしくお願い致しまぁす❤」(甲月の声で)




