二日目(7)
慌ただしいですが、まとめて2本お届けいたします。
※受理ちゃん達の描写を追加:2019/11/13 19:02
「(サカ)」「(シ)」「(シャヒ)」「(ナ)」
「(……グゥッグゥッ、グゥッグゥッ♪)」
受理ちゃん達の謎の呪文と、怪魚の鳴き声が、せめぎ合っている。
ふと思ったんだけど、怪魚の鳴き声は、本当の意味で〝呪文〟なのかもしれない。
昨日の凄い顔の妖精も魔方陣出すときに、何か叫んでたしさ。
――――スゥゥゥ。
受理ちゃん達の呪文が効果を発揮してるのか、視界を包む全天の赤が、淡い紫色に変化した。
やがて、その色も水中に溶けるように希薄になっていく。
元の青みがかった色合いに戻る、外部映像。
残った球状空間は、心臓の鼓動のような収縮を繰り返していた。
「(――グゥッ、――グゥグゥッ♪)」
その不穏な緩急は、スキさえあれば、再び巨大化しようとするかのようで――。
――ブォン!
不意に、受理ちゃん壱が、拳を突き出した。
受理ちゃん陸が避け、返す刀で目つぶし――では無く。
グー、チョキ、チョキ、グー、パー。右、左、左、左。
突然始まった、一風変わった〝あっち向いてホイ〟。
最初にじゃんけんがまとめて何回か行われ、その後、勝ち越した数だけ連続で首の向き当てを行う。
パー、グー、チョキ、パー、グー、グー、チョキ、ぱしん。左――くるん、右。
首や指差す方向に上下は無くて、左右の動きだけで勝敗が付けられている。
先にじゃんけんを連続したり、指や首の方向が限定されたりしているのは、何かの理由があるんだろう。
だけど、あまりの理不尽さに、言葉が口を突いて出た。
「……イカサマだ」「……ズルね」
僕の言葉にケリ乃も賛同してくれる。
累計三回じゃんけんに負けた陸が、四回目に壱の〝手〟を叩いて、強制的に手を変えさせていたし、
しかもその上、首の向きを当てられた陸が、そのまま華麗なターンを決め、いつの間にか首の向きを逆にしたりしていた。
そんな、ゲームのルールを一切無視したイカサマに対し、壱は毅然とした態度で両眼をチカチカピカピカさせるだけだった。
チョキチョキ、グーグー、パーグー、スタッ。
何故か回り込む陸。
パー、チョキ、スタッ。同じようなステップで追従する壱
パーパー、チョキ、グー、ぱしん、スタッスタッ。
右、スタッスタッ。
左――くるん、右、スタッスタッ。
左――くるんくるん、右、スタッスタッ。
向かい合う壱と陸が、一手順に付き一歩ずつお互いの周囲を旋回し出した。
本格的に訳が分からない謎の舞踏と化した二人。
「「解説を、ご所望ですか?」」
重なる、受理ちゃん参と肆ちゃん。
解説のチャンスを我が物としようとしているのか、二人とも大きく手を振り飛び跳ねている。
「じゃあ、手短にお願い」
「見えない空間内部を推測する為の数学的代替として、勝者敗者が必ず出るゼロサムゲームを、敵対的生成ネットワークと呼ばれる人工知能アルゴリズムの一種で、〝標準化〟していまぁす❤」
スラスラと流れるセリフ。どこか挑戦的にボクの肩の上辺りを睨み付けている。
『敵対的生成ネットワーク:〝生成〟と〝識別〟という相反した目的を持つニューラルネットワーク同士による、〝未知の現象〟に対して有効な強化学習方法』
肆ちゃんのセリフの補足をしてくれる座席モニタ。
……モニタには個性が無いけど、受理ちゃん達と同じようなAIなんだろうな。
「佳喬様! 15件の重要な解説項目が更新されました。学芸モードをオンにしてもよろしいでしょうか? ――カシャカシャン!」
伸びる指し棒。この緊迫した状況で解説合戦でも始められてはたまらない。
「学芸モードは却下。手短に一言で説明してくれる?」
「受理されましたぁー。では一件だけ~❤ 先ほどの肆による〝数学的代替〟という表現を文法的修辞として捕らえた場合、壱及び陸による物理系コンピューティングという観点が脱落してしまいま――」
「はい。ソコまで。学校でも、AIとか量子コンピュータとか授業中に出てくるけど、受理ちゃんとか甲月……さん達がヤってるのとは、たぶん違うヤツだよ」
受理ちゃん参の解説を、止める。
壱と陸による、何かの演算処理(?)が他の受理ちゃんに影響を与えている気がする。最初に説明された〝全部で一つの疑似人格が構成されています〟っていうのが関係してるんだろうな。
「では、タスクに追加しておきますねぇ~♪」
なんか、しれっと付け足されたけど、放っておこう。
『待機タスク59:金糸雀號専属AIの成り立ちとシステム構成についてのガイダンス』
――グイッ。
座席モニタも、視界の隅で何か表示してるけど、放っておく。
――グイグイッ!
お嬢様が、ボクのシャツを執拗に引っ張って何かを訴えて……やめてくれ。またシャツをダメにしちゃうだろ。
次葉を見たら、顎で3時方向をシャクっている。
受理ちゃん達の相手をしてるウチに最前線で動きがあったみたいだ。
◯
ジジジッ――♪
赤い球状空間が黄色い点線で縁取られていく。
点線は、球状空間の収縮に合わせて、伸び縮みを繰り返している。
――――スゥゥゥ。
球状空間、〝怪魚の不可視の空間〟が、透けてきた。
必死に尾びれを動かし泳ぐ、小さな琴引の姿が現れる。
でも、ソレは、古いゲーム機みたいなポリゴンで表現されていた。
「受理ちゃん達が見える様にしてくれています。どうぞ、落ち着いて狙いを付けて下さい」
しかし、ポリゴン魚は、体をくねらせる度に分裂して5、6匹に増えた。
背後を振り返ろうとする、少年の頭をしっかりと押さえる、フカフカフワフワ。
「大丈夫です。そのまま狙いを定め続けて下さい。横の数字が100になったら操縦桿のトリガを引いて下さい」
まだかなり大きなロックオンサークルの数値は50。それ以上、進まない状態が続く。
それでも、魚が寄せ集まる辺りをロックオンし続ける砲手。
†
「カキカ」「リエキ3」
座席トレー上の受理ちゃん達が謎の舞踏を終了。発せられる謎の呪文。
そして、裏切り者弾頭を作るときに見たばかりの、両手片足を持ち上げる面白いポージングが開始された。
交互にポーズを変える二人の両眼が、凄い速度でチカチカピカピカしだした。
何かの計算が終わって答えが出たと思ったけど、まだまだ計算が必要みたいだ。
瞳の色が虹色のグラデーションと化していく。
すると、魚の一匹一匹に、小さなサークルとソレに沿って増加する丸いゲージが現れた。
「(……グゥッ♪)」
そのうちの一匹から、黄色い輪(点線)が広がっていく。
「(ゴン――グラリ)」
金糸雀號や地面を超えてなお拡大する球状空間(点線)。
細かな揺れは、怪魚の武力行使が続いている事を示している。
周囲の景色に変化は無いが、怪魚の真下に小さなクレーターが出来ている。
やがて、全てのポリゴン魚のゲージか満タンになると、群れが、ぎゅっと寄せ集まった。
折り重なったソイツ等は残像を残していて、まるで何本もの尻尾が生えているみたいに見える。
『――70、――90、』
一定距離以上は狭まらなかったロックオンサークルが一気に収縮する。
ピピピピピーーーーッ♪
ロックオンサークルに『100:OK』のサイン――
「撃つよ!」
ボッシュン! ロボットアームの先から発射されるマイクロ魚雷。
「命中すれば、少なくとも、試金石撃破には成功しますので、異世界化が始まります。皆様、シートベルトをお締め下さいませ~」
シュルルルルルルルルルルル――ッ!
ソレは緩い軌道を描いて、正確に球状空間に吸い込まれた。
――シュルルッ――バラッ。
受理ちゃん達の謎の舞踏を以てしても、不可視の空間内部の魚雷の正確な状態までは掴めないのか、
魚雷は複数に分裂し、バラバラな軌道を見せた。
シュルッ――
シュルッ――
シュルッ――
シュルッ――
シュルッ――
次々とかき消えるポリゴン魚雷。
シュルルルルッ――ぼぎゅ!
最後の一発が消えた瞬間、サウンドアイコンが点いた。
着弾音がはっきりと聞こえてくるのは、アトラクション的な理由で甲月達や受理ちゃん達が上手くやってくれてるからだろう。
砕け散るポリゴン魚。落ちるバスターコア。
縁取りが消え、現れたのは、ほんのりと血がにじんでいるだけの空間。
やっぱり、ベトレイヤー周りは残酷だ。
「各員へ通達。〝試金石/怪魚〟、絶滅」
甲月の宣言通りに怪魚は消失。
金糸雀號をゆらしていた武力行使も止まった。
静寂に包まれる中、双一が泣きそうな顔を僕に向けてくる。
「……昨日も申し上げましたが、彼等はこの異世界化の帰還と共に消失しますので、御懸念は無用ですよ~♪」
言ってる事も半分くらいは分かるけど、そうそう割り切れる話では無い。
甲月は双一を一人で座席に座らせ、シートベルトを締めてやっている。
そして、片眼鏡を回収し、自分の制帽に取り付けた。
クレーターの中央。落ちている小さな箱。
重なるように現れた小さな◉。
伸びる線の先端に現れた赤い文字。
『betrayer2<inactive>』
「新種発見、〝裏切り者2〟を目視確認!」
箱に張り付く丸い◉が、四角い▣に変化した。
「双一様、〝殲滅種〟のご誕生、誠におめでとうございまーす」
研究員のとぼけた声。オマエ、空気読めよな。
「『裏切り者2を鹵獲。試金石怪魚個体名:レモラ(仮称)/行動終結』」
元に戻ったらしい受理ちゃん陸の静かな声が車内に響くなか、座席モニタが同じ文面を表示する。
「元気出して。これで、ヴァケモンごっこ、一緒に出来る……よ?」
次葉の励ましが効果的だった。
「そっか! 忘れてた。ボクもあの箱と同じの貰えるんだっけっ!」
やったーっ! とはしゃぐ少年に目を細める添乗員。
「では双一様が元気になられたところで、受理ちゃんへ業務連絡。ミステリースポットその②の照会をお願いします」
「はいはぁい♪ アーカイブ更新並びに物理検索は終了していまぁす。一件の該当が有り、ミステリースポットその②、〝連絡点2土剋水〟が識別されましたぁ。固有名は――
『ニルSiO2バーク♨虎鶫領の移動拠点ρ~』
――でーすぅ❤」
座席のモニタにも表示されたその文字は、昨日の要塞砦と同じで、読み上げてもらわなかったら、とても発音出来そうに無い。
双一が座席をコントロールして、窓際に少し寄っていく。
試金石怪魚は、バスターコアに格納され正常に裏切り者化した。
同一種が居ないため、起動直後に即停止。ロボットアームが掴んで回収中だ。
ガッキュンッ!!
3時方向の水中から、謎の大音響。
見るとロボットアームの先端が粉々に粉砕されている。
「水流を検知!」
アナウンスと同時、揺れる金糸雀號。
ズッゴゴゴーーーーッ!
「うわわっ、な、なんだ?」
金糸雀號が凄い勢いで引っ張られている。
僕たちは金糸雀號の進行方向を見上げた。
甲月、いや、〝マグカップ〟の口が大きくひらいている。
ズボッ――ヒュィン!
怪魚の武力行使にも耐えた、アンカーが一本抜けた。
ズッゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッゴゴーーーーッツ!
金糸雀號は甲月ソックリな〝巨大頭〟に吸い寄せられていく。
「添乗員甲月へ業務連絡! 当機への攻撃を即刻中止されたし!」
運転手会田さんのレジェンドギャグが、冴え渡る。
けど、そんな場合じゃ無かった。4つあったアンカーの、最後の一本が抜け落ちた。
ホントどなたか1ポイントで良いので。ブクマでもよいです。




