二日目(3)
又時間が空いてしまいました。ヨロシクお願いします。
ゆらゆら、わさわさ。
高さがある藻や巨大な海藻みたいなのが生い茂る、湖底最深部。
ココまでの道中と比べて、さらに賑やかになった。
一抱えはありそうな巨大なマリモが、ちらほらと周囲に見えている。
目的地である蛇椅湖中央地点に近づくほど、その分布密度が増している。
現在、深度204・5メートルってことは、かなりの水圧であろう事が僕にも想像出来る。
あの巨大マリモの正体が何だったとしても、こんな深いところに群生してて平気なんだろうか?
そして、アレほど解説しがいの有る謎物体に、受理ちゃん(学芸モード)達が食いつかないのが気になった。
年少組から「あの、丸いの何?」「何?」「何です……か?」と質問されても、「目的地到着まで、お答え出来ませぇん……むぐぐ」と、必死に口を押さえている。ちらり。その小さい頭が甲月の方を向いた。
唇に当てていた人差し指をサッと隠す添乗員さん。
例によってバスツアー進行上の段取りだろうか。
「ではぁ~ココでぇ~、ちょっとしたクイズを出したいと思いまぁ~す」
芝居がかった動作で添乗員が繰り出したのは、寸足らずな非常灯みたいなの。
昨日次葉の蚊取り線香と交換されたあと、ずっと制服のベルトに引っかけてあったヤツだ。
昨日とは違う色の制服を着てるから、そのままだったわけじゃ無くて、わざわざ今日の制服に装着してきた事になる。でも必要な装備にはとても見えない。ただの懐中電燈だし。……こう言うクイズ出題時にマイク代わりにする為だけに、持ち歩いてたんだなきっと。
「クイズ!? やるやる!」
「私も、やる!」
「クイ……ズ?」
「何その、普通のバスツアーみたいな趣向。面白そうじゃないの。ね、佳喬ちゃん」
「うん。忘れがちだけど、今、バスツアー中なんだよな」
やっぱり、チョットしたツアー進行上の段取りがあったみたいだ。そりゃ、出題前から受理ちゃんに答えそのものを解説されたら、クイズにならないもんな。
?
「では、問題です。〝あの丸くて緑色のフッサフサ〟の正体は一体なんでしょうか?」
「まりもっ!」「ブブーッ♪ 不正解です」
「でっかいまりも!」「ブブーッ♪ 不正解です」
「アフロへアーの……亀?」「ブブーッ♪ 不正解です」
〝ブブーッ♪〟の所は、金糸雀號のスピーカーから流れている。
受理ちゃん壱が手にした○×札を掲げる事で、クイズ番組みたいな効果音が出る仕組みになってるみたいだ。鶯観光はどれだけ、僕たちを楽しませようとしてくれてるのか、見当が付かない。
甲月は非常灯をケリ乃の顔へ向けた。
「えっ? えーっと、カビみたいな……カビが生えたでっかい大福よ!」「ブブーッ! 不正解です」
サッと機敏な動きで、急かすようにコッチへ向けられる非常灯。
……謎の物体が魚礁になって、この辺の生態系を豊かにしてる事くらいは分かる。藻がびっしりだし。けど、アレの正体が何かと言われると、わざわざクイズにするくらいだし……サッパリ見当が付かない。
巨大マリモには鶯観光が関わってるワケじゃ無いから、悪魔的な〝まだ世の中に出回ってない技術〟は使われてないだろうし……。
「3・2・1、ブブーッ! 大不正解です」
まだ何も言ってないだろ。大不正解ってなんだよ。
◇
「では正解は後ほど、目標地点へ到達したときに発表するとしましょうか。ソレまではいつでも回答可能ですので、頑張って考えてみて下さいませ~」
無事、段取り通りの進行を終えた甲月は、満足げにマイク代わりの非常灯を腰のベルトに戻した。
そんな、まるでバスツアー中みたいな金糸雀號は、音も無く水中を進んで――――コォーーーーーーン♪
金糸雀號は……発振音を立てながらスイスイと進んでいく。
「こっちの方がおっきい!」「あっちの方がおっきいよ!」
先に進むほど、巨大マリモの数が増え、大きさも少しずつ大きくなっていく。
◇
「……今更ですけど、金糸雀號ってどうやって進んでるんですか?」
「はて? おかしな事を申されますね? 古今東西、バスというモノはタイヤを回転させ、その摩擦で車体を前進させるモノですが?」
僕だって実は、ついさっきまでそう思ってたんだけど。
こんなスベリそうな藻だらけの場所でも、どうして地上と変わらないスピードが出せているのか。
……不思議に思わない方がどうかしてる。あ、いや、ケリ乃も年少組も気にしてないけど、彼女らはまた外の景色(巨大マリモ)に目を奪われているからそれどころじゃ無いんだろう。
「学芸モード――オ~ン!」
まさかの、ケリ乃の肩の上からのモード変更、音声入力。
「ちょっと肆ちゃん! アナタまで暴れ出したら、もう手が付けられないじゃないのっ!」
掴みに来たケリ乃の手をハードル飛び、手の甲に着地。腕を駆け抜け、肘からダイブ!
僕は慌てて、肆ちゃん……だったものを受け止めた。
「……どうも、金糸雀號のハイブリッド推進装置の解説を……させていただくだけですので、ご安心下さい」
尻をさすりながら、僕の手のひらの上に立ちあがる、全長10センチ程度。
「決して、魅惑の解説沼などに……取り込まれてなどはおりませんので、ご安心下さい――スパァー」
口調に乱れや高ぶりは、感じない。
でもアフロみたいなクシャクシャ髪とよれたコートは、AIキャラクタの風貌として、あんまり大丈夫そうには見えない。それでもかわいいことはかわいいんだけど、茶柱みたいなシガレット(たぶんチョコレート)を咥える仕草はオッサンみたいで、……やばい、スッゲー面白いんだけど。
この〝海外ドラマの探偵役〟みたいな肆と比べると、僕の参の〝大人の女性ぶった指し棒魔神〟は随分と、普通だと思った。
元ネタがあるのか、各受理ちゃんの性格設定から自動生成されるのかは分からないけど、バリエーション的な意味で、後になるほど奇抜というか引き出しの形が歪になるのかも知れない。
ウチの参も、もっと変な芸覚えないかな。
「じゃ、そのハイブリッド推進装置って、何なのか教えてよ」
ケリ乃がスマホ片手に問いかけた。日記のための取材に余念がない。学校の成績も良さそうだもんな。
ケリ乃メモをジッと見つめてきた肆の視線は、いま僕たちに向けられている。
「どうも、まずホイールや車体側面に展開したバランサーで……周囲の水流を整えます。そして電磁推進によるウォータージェットで水流を加速。背後に打ち出された大量の水が、さらに大量の水を……前面から引き込むことになります。水流が乱れることで制動力が働くことを防ぐため、……水流の流れを最初に整えるわけです――スパァー」
座席モニタに表示された金糸雀號見取図に、次々と数式が貼り付けられていく。
「どうも、さらに当機自体を加速する本当の意味での電磁推進も……限定的ながら搭載しており、試験段階で約90ktの効率化に成功……しております――スパァー」
金糸雀號見取り図は、数式だらけでもう〝図解〟じゃなくなってた。
「やっぱり凄いのねー。金糸雀號って――ピピッ♪」
ケリ乃が、スマホで見取り図を撮影。たしかにこんなに数式だらけじゃ、どうやってスマホに入力したら良いのか分からないからな。
「あ、それじゃ、タイヤの摩擦は?」
僕は甲月のぞんざいな解説の裏を取ってみた。
「どうも、はい。ほぼ機能しておりません。主に湖底とのクッションとして……その性能を発揮しております」
わざとらしい口笛を吹き、視線を逸らす添乗員。
専門外のことに関しては、疎いというか、適当な部分も有るっぽい。
甲月は、やっぱりたいしたことない?
まあ、甲月は、やっぱりこうじゃないと落ち着かないしなー。
ゆらゆら、わさわさ、コォーーーーーーン。
湖底は、結構なスピードで流れていく。
モニタに表示されてる目的地点までの距離が、どんどん減っていく。
周囲は、中々珍しい、面白い景色になってきた。
巨大マリモは、もうそこら中にゴロゴロ転がってる。大きさも一抱えくらいありそうなのばかり。
……あれ? 一番奥の一番大きな巨大マリモが、全く近づいてこない?
●
「うわ! でっかい!」
「ホントだ、でっかい!」
「何なの? この大きさ」
「巨大です……ね?」
「……こりゃ、いつまでたっても近づけないはずだ」
その綺麗に刈り込まれた植え込みみたいな、藻の塊。
視界を埋め尽くす、チョットしたビルくらいの大きさ。
そう、想像以上の巨大さに、距離感が狂わされていたのだ。
「はい。本日の目的地。蛇椅湖最深部中央地点に到着しましたぁー♪」
白手袋の手で、パタパタと小さく拍手してみせる添乗員。
◇
「さて、先ほどのクイズの答え合わせを致しましょう。もう一度質問しますよ。〝あの丸くて緑色のフッサフサ〟の正体は一体なんでしょうか?」
「まりもっ!」「でっかいまりも!」「アフロへアーの……巻き貝?」
「「「ブブーッ!」」」
甲月は非常灯をケリ乃へ向けた。
「えっ? えーっと、降参! パス!」
「ブブーッ!」
「――ブブーッ!」
だから、まだ何も言ってないだろ。
受理ちゃん壱が甲月ソックリのドヤ顔で、〝×〟を掲げてる。ちょっとムカつく。
「では正解発表でぇ~す! 実はなんと、コレは人工的に作られた魚礁でしたぁ~♪」
「……なんだよ、何のひねりも無いじゃんか」
「負け惜しみはいけませんねー。あと出し惜しみも。佳喬様には、隠された謎を看破する才能がおありのようですので、もっとご自身の着眼点や発想を前面に押し出されたほうが、人生の回り道を少なく出来てよろしいかと思いますよ?」
「……な、何ですかソノ、〝人生の回り道〟って不吉なワードは」
突然の、お説教みたいなダメ出しに怯む。
「人生において苦労なんてしなければしない程良いって事ですよ。皆さんも心の隅に止めて置かれると幸いですよー」
「でもアタシ聞いた事有りますよ? 〝苦労は買ってでもしろ〟って……」
「よく言われますが、アレは大嘘です。人生を賭けた倚子取りゲームに興じる一部の層が流した奸計……悪巧みです。だいたい、本当に必要な苦労を自分で見つけられない程度の人間は――」
「ブブーッ!」
人生の先輩じみた甲月の肩の上から、〝×〟が掲げられた。
「キッズの皆様が、退屈なさっていますぅよぉ~」
年少組の皆様方が、いつの間にか正面モニタ前に集まって、謎の押しくらまんじゅうに興じてる。
「あらあら~。コレは大変失礼いたしました~。じゃあ、受理ちゃん達、漁礁についての解説をお願いします」
駆け寄る添乗員。逃げる子供達。
「はいはぁい♪ 受理されましたぁ~❤」
学芸モードオフのまま、解説を始める受理ちゃん参。
学芸モードオンのまま、解説に合いの手を入れる受理ちゃん肆。
見方によっては、遺跡みたいにも見える巨大マリモ。
中央にあるヤツの方が大きくなっている。
目的地にある特大のヤツでも、精々、数メートル程度の大きさかと思ってたけど、違った。
目の前で見たら、デカイデカイ、超デカイ。
金糸雀號の長さの倍くらい有りそうだ。
「よろしくて? 最大のモノは全長18メートル有りますのよ?」
三つ編みの受理ちゃん漆も、補足説明してくれる。
受理ちゃん達によれば、巨大マリモは、湖面に浮かべた大型汎用工作船〝水蜘蛛號〟から出力された印刷物と言う事だった。
受理ちゃん達は、年少組にも分かるように図解をふんだんに使用した解説を熱弁し、ケリ乃は写真を撮り、僕も何個か質問をした。
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結局、巨大マリモは、鴬勘校研究所の製品だったらしい。
「別部署の仕事なので、我々は直接携わっておりませんが、プロジェクトの全貌がアーカイブされておりますので、ご覧頂く事が出来ますよぉ~♪」
受理ちゃん壱がそう言って、10分程度の、記録映像を正面モニタで流してくれる。
『汎用造営印刷物/Fbー球形1型』
水圧と潮汐力を利用して、多少の水流コントロールが出来るくらいの能力は備えているけど、周囲の環境が豊かになるにつれて、自然の岩に返っていく程度のささやかな代物なのだそうだ。
……ソレ十分、悪魔的な〝まだ世の中に出回ってない技術〟の範疇だと思う。
想定よりも、効率よく湖底の水質を豊かなモノに変化させてしまったらしいし。
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巨大漁礁プロジェクトなんていくら見せられても、年少組にはつまらないだろうと思ったけど、大型汎用工作船〝水蜘蛛號〟に描かれた『(>_<)』がかわいかったらしく好評だった。
あと、クライマックスの、湖面プリントアウトの映像がすっごく面白くて手に汗を握った。水面に印刷され、重力に引かれ紙送りされる、出来かけの巨大マリモ(まだ藻は生えてなかったけど)の水中映像は圧巻だった。
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「いやあ、ご満足頂けたようで何よりですね。では、汎用造営印刷物Fbー1型の謎も解けたところで、本日のメインイベントを始めたいとおもいます」
「「「「「メインイベント?」」」」」
「はい、昨日と同じように、この辺で〝違和感〟を見つけて頂きます」
添乗員が片眼鏡を引き出し、ニヤリと笑った。
次回こそはボス戦……ボス登場くらいまで行きたいです。




