二日目(2)
とても時間が掛かってしまいました。よろしくお願いします。
「出来ました! これで、我が鶯観光の測量システムにアクセス可能になりましたよっ!」
研究員甲月が、移動研究所から、イイ笑顔を向けてきた。
最初、移動研究所を壁から出そうとしたときに、ソコまでしなくてもいいと断ったんだけど(バカみたいに、お金も掛かるし)。
「本日は水中戦も想定しておりますので、研究所の使用は不可欠です。どうせ使うモノですから、お気兼ねなくぅ~、うふふふ~♩」
とニヤケ顔で押し切られたのだ。
研究員的には研究所を使うことも、アトラクション(主に甲月向けの)と感じているようだった。
それにしても、アイツ、良くこんな斜めってる中で、黙黙と精密作業できたな。
湖底の傾斜はずっと続いている。斜めに馴れては来たけど、細かい作業なんて僕にはとてもムリだ。
研究者というのは、集中力が凄いのかも知れない。
乗客を放置してるから、添乗員としては、超失格だけど。
甲月が静かな間は、受理ちゃんとか、受理ちゃん学者気質とかが、僕たちの相手をしてくれたから、退屈はしなかった。
周囲がペンキで色を付けたみたいに、どんどん真っ青になってきた理由なんかも事細かに教えてくれたし。
ただ――
『理由1:湖水の透明度が群を抜いて高いから』
『理由2:青以外の、〝屈折率が低い色〟は水中に吸収されてしまうから』
という、学者気質さんの説明に合わせた解説文(図解付き)が座席モニタに表示されたトコまでは良かったんだけど――。
そのあと、指し棒魔神と化した学者気質さんの解説が止まらなくなったのには参った。
胸ポケットから引っ張り出して、ケリ乃にパスしたりして、ちょっと大変だった。
□
「では、少々お待ち下さいませ。……ガサゴソ」
甲月が又なんか作業を始めたから、ケリ乃の手のひらの上で指し棒の取り合いに興じる、受理ちゃん達を見る。
「コホン、太陽か~ら到達する~電磁波の中ぁ~にぃ――」
指し棒を振り上げる|受理ちゃん参学芸モード。見た目は落ち着いた女性のデフォルメキャラ。
「カシャカシャ――まったく! 学芸モードは節度を持って運用して下さ――」
取り上げた指し棒を縮める受理ちゃん肆。見た目は〝目つきが悪い小鳥の絵が付いたワンピース〟を着た可愛らしいデフォルメキャラ。
「シャキン! ――380~750nmの波長~域が――」
負けじと指し棒を取り返した学芸モードが指し棒を伸ばす。
「カシャカシャ――しつこいと自己診断モードに移行しま――」
「シャキン! ――含まれていたから生物は――」
指し棒魔神と肆の格闘センスは全く同じみたいで、一向に勝敗が付かない。
僕は、座席に付いた小型モニタに表示されてる、『LOG』ていうアイコンを押してみる。
ピッ♩
『理由4:感覚質と色彩に関する共通認識を伝達する文明・言語が存在しているから』
ピッ♩
『理由3:人が三色型色覚を獲得したから』
小型モニタに表示されたのは、解説文の履歴。この辺はさっき受理ちゃんが暴走した時のヤツ。
ピッ♩ ピッ♩ 連打して少し飛ばす。
ピッ♩
『水中戦――undersea warfare (USW)
水中の作戦領域で行われる戦闘。 潜水艦による行動、および対潜水艦戦。』
コレが甲月のセリフを拾って表示されたヤツ。
小型モニタは、ずっと甲月とか受理ちゃん達が発する専門用語なんかを解説してくれている。
言葉に漢字を当ててくれるだけでも、グッとわかりやすくなるのでありがたい。
◇
「えっと、受理ちゃん参? 一旦、学芸モード切れる?」
僕は、肆ちゃんに背後から抱きしめられ、身動きが取れなくなった指し棒魔神さんに話しかけてみた。
「コホン、受理さ~れ……ましたぁ❤」
バイオレンスを全く感じない取っ組み合いが終了した。
暴走中でも、じっとさせる事が出来れば、僕たちのお願いも聞いてくれるみたいだ。
「……専従研究者レベルで学術論文を横断検索中の、陸の影響を受けていたと思われますよう。私も気を抜くと、なにやら解説したくてたまりませんからぁ、……よいしょ」
ケリ乃の腕を伝って肩の上(定位置)へ戻っていく受理ちゃん肆。
双一の座席トレーの上で、受理ちゃん陸は「――現在、深層学習中に付き、応答す――」っていう定型文をずっと繰り返してる。
■
ププププピッ♩
軽快な通達音と共に切り替わる座席モニタ。
『紙式佳喬様へ
鶯勘校研究所移動LAB/MVL3型より製品のお届けが一件御座います。
甲月緋雨謹製/
『HWT-3008改 TDCHIP™ INCLUDE/HISAME EDITION.』
が2秒後に納品されます。』
「「2秒後?」」
僕の座席の画面を見た、ケリ乃とハモる。
カヒューゥイ♪
天井を伝って滑るように移動してきたロボットアーム。
そのスピードに驚いて仰け反る年長組。
そして、甲月が時折見せるのと同じ、しなやかな手つきで品物が届けられた。
受け取ったソレは、腕時計の箱にしては少し小さめな皮製。
「お揃です……か?」
横から次葉が、箱をズイッと突き出してきた。
確かに2つ並んだソレは、お揃いだった。サイズも材質も全く同じ。
腕時計の箱としてはちょっと小さかったけど、半分に割るように蓋を開けたら、ちゃんと時計が入ってた。
腕時計を巻く為のバネみたいな台座と、折り込まれた取扱説明書と、何故か『私がチューンナップしました。』って書かれた小さなカード(美人時計職人の写真付き)まで封入されてる。
「そのケースは、防水防爆仕様ですので、よろしければ何かにお使い下さいませ~、よいっしょ」
甲月は脱いだ白衣をバケツに投げ込み、展開されてたラボの機器を手で収納していく。
……その白衣毎回捨てちゃってるけど、勿体なく無いのか?
カヒューゥイ♪
天板を掴んだロボットアームが奥へ引っ込んで、元の正面モニタに戻った。
「「……ヤドカリみたい」」
前席の双子のセリフに反応した、受理ちゃん漆(双美専属)が「学芸モード――オ~ン!」
角帽三つ編み丸めがねになった学芸モードが、寄居虫についての解説を始めた。
ソレを見た肆が、ケリ乃の肩の上で屈伸運動をしている。
甲月が水中戦なんて言い出すから、ちょっとビビってたんだけど……まだ平和だ。
学芸モードちゃんが暴走したとしても受理ちゃん肆が、何とかしてくれそうだし……ふう。
◇
僕は腕時計を手首に巻いて様子を確かめた。
謎の改造を施されて戻ってきたけど、特に変化は見られない。
いや、あった。ひとつだけ変化した所が――。
「付けた感じはいかがですか? 違和感など御座いませんか?」
そう言って、斜めを気にせず平然と歩いてきた甲月に僕は質問した。
「それは大丈夫なんですけど、この左上の数字って何ですか? ……ココには何も無かったはずだけど?」
「それは、重力計ですね。我が社の測量システムには必ず付いているモノです。折角なので表示してみました」
「重力計? いま、重力計って言いました?」
「はい、重力計って書いて、グラビメーターなんて呼ばれたりもしますよ?」
えーっと。それは僕みたいな一介の高校生なんかが、腕に付けていても良いモノでしょうか?
『980gal◕』
数字の横に、欠けた輪っかみたいなのがあって、ソレが左右に揺れるみたいに動いてるのが、凄く気になる。
「そんなに困った顔をなさらなくても、重力計というのは普通に市販されているモノですよ?」
「そう……なんですか?」
どのみち、この数字の意味なんて僕に分かるわけ無いから関係ないけど。
市販品ならまあ。でも、コレって何に使うんだろ?
◇
「そろそろ、中腹に差し掛かりますが……はて? おかしいですね。なんだか暗くなってきましたよ。もう少し先まで……明るいハズなんですがね~」
甲月が片眼鏡を引き出し、辺りをうかがいだした。
中腹? 一番深いところの半分まで来たって事か。そういや、たしかに急に薄暗くなってきたような。
僕は早速、腕時計のモードを山アイコンのトレッキングモードに変更してみる。
『980gal◕
ALT/-79・3m』
高度計は正面モニタと同じ数字を示している。
よく見たら、正面モニタにも『980gal』って表示されてた。『gal』っていう謎単位と『◕』の動きの意味は分からないけど、僕の時計がどうなったかは分かった。
もうトレッキング用の簡易的なんて呼べない。紛れもなく鴬勘校仕様になっていた。
甲月って結構、良い意味でヤバい奴なんじゃ?
……昨日の夜は、悪い意味でヤバい奴だったけど。
「……水質が変化してますね。ちょっとレイヤーを切り替えますよ」
壁のパネルを操作して、正面モニタの表示を切り替えたりしていた甲月が、大きく息を吸い込む。
「車手会田へ業務連絡。全方位アクティブソーナー起動。音速プロファイルは深海等温層を選択。6/分で発振。並びに、使用中の全天透過モード/水中レイヤーを水測作像レイヤーへ変更されたし」
「添乗員甲月へ業務連絡。金糸雀號、緊急稼働。ソケット丙番、丁番連結。送受波機設置。全方位アクティブソーナー起動。6/分で発振。並びに、水中レイヤーを水測作像レイヤーへ変更」
ゴッボン♪ ――ゴンゴンガチガチガチ!
ゴッボン♪ ――ゴンゴンガチガチガチ!
天井と床から空気が、吐き出されるような音。ソレに続く大きな作動音。
「乗客の皆様にご連絡いたします。当機はレイヤー表示切り替えのため、一時的に消灯いたします。ご注意下ーさい」
フッ――。
会田さんのアナウンスの直後。消える室内灯。
壁と天井に表示されていた水中外部映像がかき消えた。
僕たちは小さく悲鳴を上げる。
その暗闇の中、――――コォーーーーーーン。
映画なんかで聞いたことがある発信音が発せられ……遠ざかっていく。
金糸雀號から発射された、円形の稲妻が地面を広がっていくのが見えた。
映像は途切れていない。
コォーーーーーーン。
球形の光の水流。
周囲の漆黒を切り取り、拡大していく到達部分。
実際に映像をオフにしたワケじゃ無くて、暗闇を映し出していたのか?
昨日、〝全方位なんとか〟ってのを使ったときも一旦、外部映像が消えてたけど、コレは少し違うみたいだ。
コォーーーーーーン。
ケフラットモール達を包み込んだ境界線と同じ稲妻。
縁取られていく魚や地形。
眩い光線は、どこまでも境界を押し広げていく。
コォーーーーーーン。
境界線と金糸雀號の間、球形に発生した光源。
さっきまで薄暗くなっていた水中の景色は、まるで白昼のように明るさを増していた。
多少青みがかっているけど、さっきまでの薄暗さもペンキみたいな青さも無くなっている。
辺りは一面、藻みたいなので覆われていた。
新しいレイヤー表示で透明になった水中では、まるで草原に居るかのように錯覚する。
コォーーーーーーン。
新しい光線が発せられる度に、微かにぼやけた景色が輪郭を取り戻す。
そのサイクルは、とても幻想的で夢の中に居るみたいで。
「はぁ~、きれいね……すっごく」
ケリ乃が最初に進水した時以上に感動している。
「この先、断続的に急勾配が続きますので、念のためシートベルトをお閉め下さいませ~」
ぐらり――ガクン。
「おわっ!」「きゃっ!」
座席に付いた電動式のチルト機構が水平を保ってくれてるけど、とても追いつかない。
確かにコレはシートベルトを締めた方が良さそうだ。
『急勾配につき、シートベルトをお締め下さい。』
座席モニタも注意を促している。
正面モニタの立体地図も、金糸雀號の進行方向が大きく抉れている事を示している。
ソレまでなだらかだった、湖底の斜面がゴツゴツした起伏で埋め尽くされていく。
全てが藻で覆われているから、険しい山道を進んでいるような錯覚にとらわれる。
それから、10分程度の間に、同じような急勾配を5、6回下りた。そのたびに僕の時計や正面モニタの水深表示が、マイナスの数字をさらに激減させていく。
やがて座席の注意表示が消えた。周囲に起伏はほとんど無く、見晴らしも良い。
シートベルトを外して湖底を見渡していると、双美が立ち上がった。
「あっちに何かあるよ!」。
駆け出し、隔壁に群がる年少組。
もう、湖底はほぼ水平で、僕たちでも普通に歩ける。
「ほんとだ。何か丸っこいのが、たくさん」
進行方向に対して、十時方向。正面モニタによれば、湖の真ん中辺りに何かある。
「……でっかいマリモみたい」
ケリ乃の不用意な一言。学芸モードがまた暴走しそうで怖い。まあ、そしたら、また受理ちゃん肆に頑張って貰おう。
「乗客の皆様にご連絡いたします。当機はまもなく、蛇椅湖最深部へ到着いたしーます。お乗り過ごし、お忘れ物にご注意下さいーませ」
もちろんこんな水底で下りる訳はない。
運転手会田さんの小粋なギャグだ。すべり気味だけど。
受理ちゃん肆が頑張ってくれています。健気だなーと思ったら、是非是非ポイント評価をお願いします。




