二日目(1)
調べ物に時間が掛かってしまいました。二日目出発進行です。
「こ、コレ! こう言うのだけでツアーをすればイイのにっ!」
僕は、若干取り乱していた。
年少組は言わずもがな、ケリ乃も感嘆の声を上げるばかり。
そう、ココはついさっき出発した湖畔のホテルの目と鼻の先。
正面モニタに大きく表示されてる数字によれば、湖岸からの距離が40メートルで、水深が11メートルくらい。
周囲の様子も立体地図で表示されてる。TVで見たことがある魚群探知機みたいな感じで、すっげー面白い。
その虹色に輝く、バスっぽい形の箱形の上に、沢山の点が現れた。
見上げれば、頭の上を昨夜食べた、鱒みたいな魚の群れが横切っていく。
他にも小さいのとか長いのとか。水族館の水中遊歩道みたいな有り様。
全天の外部映像を通して、僕たちは湖底を遊覧中というわけだ。
僕は、改めて周囲を見渡した。砂利とか砂とか、時々大岩と倒木。多少の起伏はあるけど、珊瑚みたいなのが所々地面を覆っているくらいで、藻みたいな植物は生えてなかった。
陽光に照らされる澄んだ水の中を、金糸雀號は苦もなく進んでいく。
コレは素直に感動する。そして、感心する。
水中なのに、よく砂利とか珊瑚とか踏み進んでいけるな~、と。コレもお馴染みになった〝まだ世の中に出回ってない技術〟なんだろうし。もうそれ自体には驚かないけど。
湖岸の大型スロープから進水したときには大騒ぎしてたケリ乃も、馴れてしまえば、「金糸雀號って、……ひょっとして、鯨に体当たりされても平気なんじゃないの?」とか言い出す始末だ。
『弱そうな名前のくせに、頑丈』とかスマホにメモまでしてるし。
でも確かに、外部映像の向こうにうっすらと見える隔壁が、とても頼もしく思える。ケフラットモール達の猛攻撃に耐えた実績は伊達ではない。
◇
「佳兄ぃー、アレはアレは!?」
「ちょっと待て、えっと撮れるかな? おっとと!」
湖底は、ずっと傾斜したままだ。当然、金糸雀號も下り坂を降りてる時みたいに、斜めになっている。
壁に付いた手すりにしがみ付きながら、僕はスマホで狙いを定めた。
双一が指差した小さい魚を、なんとかスマホで撮影。
拡大してみたけど、廉価版スマホだから解像度はお察しだ。
案の定、イメージ検索アプリでは、魚の種類は特定出来なかった。
「双一様、佳喬様。よろしければ、受理ちゃんにガイドさせましょうか?」
「え? ガイド? じゃ~、お願いします」
僕はそう言って、スマホをウェストポーチに仕舞った。
このポーチはリゾートホテルバックギャモンのノベルティーで、サイコロをあしらったマークが付いている。
昨日シャツを買ったら、ショップの店員さんがくれた物だ。
チョット小さいけど、箱なら二個は入るサイズ。
ちなみにシャツは、藍色の地に淡いグレーの縦縞柄。ランダムな太さの縞が緩い曲線を描いて、何本も折り重なってる。見方によっては都市迷彩柄に見えない事も無くて、ソコが超気に入っている。
ケリ乃からは「ふーん。良いんじゃないの~?」との感想を貰った。
ダメ出しされなかったと言うことは、それなりに着れてるって事だと思う。満足満足。
通信端末を入れておけるように、胸ポケット付きのヤツにしたし、とても良い買い物をした。
通信端末は洋服の表面にもくっつけておけるけど、アレはなんか落っこちそうで落ち着かないから、まだ試してない。
◇
「受理ちゃんへ業務連絡。水中生物への複数焦点許可。丙種物理検索結果をシソーラス項目降順で並べ替え。推奨学年レベル/中学年で学芸モードを随時オンにされたし」
「はぁい❤ 受理されましたぁ~♩」
双一の腕の上であぐらをかいてバランスを取っていた受理ちゃん陸が、立ち上がった。
「学芸モード――オ~ン!」
そして、空中から角張った帽子を取り出して頭の上にのせた。
◇
「――エヘン。そのお魚は、〝姫鱒〟の稚魚ですなぁ。サケ亜科タイヘイヨウサケ属に分類される湖沼残留型……海へ帰らずに川や湖にずっと居るお魚です。魚肉は紅色で大変美味しいですぞぉ~う」
なんか偉そうな口調。でも舌っ足らずなのはそのままで、何かカワイイ。
昨日の甲月みたいに、生えてないヒゲを撫でてるトコもカワ……生えてる。
そう。受理ちゃん陸の鼻の下に、細ヒゲが生えてた。
両サイドに伸びた先端がクルンとカールしてて、ソレを指先で何度も摘まんで伸ばしてる。
なるほど、コレが学芸モードか。
「へー。じゃあ、アレが大きくなると、昨夜の尾頭付きみたいになるんだな」
アレは確かに旨かった。さっきの群れが泳いでいった方を見る。
すると、僕の胸ポケットから振動が一回。
ポケットから手と顔を出してた受理ちゃん参が、陸と同じような角帽を頭の上にのせた。空中から帽子を取り出すみたいな手つきが、手品師ぽくで、ちょっとカッコ良かった。
「コホン。はい、そう~でございま~すわぁ――シャキン! 恐らぁ~く、養殖目的で放流されたモ~ノっと思われま~すよぉ――カシャカシャ」
参にはヒゲは生えて無くて、後ろ頭で髪を編み上げてる。
少しお上品ぶっているようにも見えるけど、こっちも変わらず舌っ足らずなので、超微笑ましい。
指し棒みたいなのを忙しなく伸び縮みさせてるトコが、学者気質を表してるのかもしれない。
「じゃあ、アレはアレは?」
受理ちゃん陸を手のひらに乗せ、直接、受理ちゃんで魚を指差す双一。
子供は図鑑とか好きだな。正に……水を得た魚ってヤツだ。
「エヘン。そのお魚は、〝琴引〟といいますぞぉ。シマイサキ科コトヒキ属に~分類される在来種……昔から日本に居るお魚ですなぁ。〝ググッググッ〟て鳴く、大変ユーモラスなお魚で――!?」
双一が、突然固まった陸を心配する。
「どしたの? 受理ちゃん?」
「――丙種物理検索結果と学術DB間に異常値を検出。学芸モードオンのまま、推奨学年レベル/専従研究者で学術論文横断検索を開始します」
事務的な声でそう言った受理ちゃん陸が、頭を抱えてしゃがみこんだ。
こんなカワイイのが、苦悩に満ちている様子というのは、痛ましくて、あまり見てられない。
「受理ちゃん大丈夫~?」
双美が心配して声をかける。
すると、受理ちゃん陸は、腕組みをして、頭を左右に動かし始めた。
「――現在、深層学習中に付き、応答することが出来ません。ご用の際には他の受理ちゃんへお申し付け下さい……現在、深層学習中に付き……」
コレも、チョット動きは違うけど、処理進行状況表示代わりなんだろな。
僕たちの不安げな様子に気が付いて、甲月が寄ってきた。
「あ~、この状態は何かについての勉強を、自主的に始めただけです。放って置いて頂ければ、すぐに復旧いたしますので、ご心配なく~」
まあ、甲月がそう言うなら問題ないかな……ふう。
◇
「そういえば結構深くなってきたのに、まだ全然明るいんですね」
ケリ乃が、斜めの床をモノともせずに歩いてきた制服姿に声をかけた。
正面モニタによると、現在、水深は17メートル。
「そうですね。淡水で透明度が高いですから、ずーっと先の方まで日の光が十分届きますよ」
全身で日の光を浴びるように、大きく両手を広げる甲月。
彼女は昨日のカーキ色とは違う色の制服を着ていて、そのはち切れんばかりのスタイルも新鮮に見える。
濃い紺色? ブレザーとかに良くある感じの色だ。
デザインは全く同じだから、やっぱり裏地が戦闘仕様だったりするんだろうけど、見た目のうさんくささが少し和らいだ気がする。
色合い的に僕のシャツとペアルックみたいになっちゃってるのは、気に入らないけど。
僕は腕時計のモードを切り替えてみた。
高度計は標高1・5mという、間違った数字を示している。
正面モニタみたく、マイナスにはならないのか?
コレは、トレッキング用の簡易的なモノだから、こんなもんだろうけど。
それにしても、この旅行……〝異世界〟抜きでも凄い体験が出来ているんじゃないか?
それこそ、人生が変わるほどの――。
実際にこの旅行で、僕の知識とか考え方が、凄い勢いで塗り替えられてる実感がある。
「ほんと、すごいな~、この景色は~」
口を突いて出た率直な感想。
「うふふ、気に入って頂けたようで何よりです……時計どうかされましたか?」
添乗員がスルリと接近、僕の時計をのぞき込んだ。
近い近い近い!
昨日あれだけ酔っ払ってた癖に、少しも酒臭くない。むしろなんか薔薇みたいな香り。
ぱしっ。
体を仰け反らせて下がろうとしたら、腕ごと腕時計を捕まれた。
「コレ、精度良くありませんね。実測値との誤差が……わなわな……看過出来か~ね~ま~す~……わなわな」
プルプルと体を震わせ、何かに耐えるそぶりの、美人添乗員。
それに腕を捕まれてる、僕にまでその振動が伝わってくる。
あと、腕を抱え込むの止めて!
なんかフンワリしてて、ニヤケちゃうから――ケリ乃がすっごい目で睨んでるから、ヤ・メ・テー!
□
甲月は片眼鏡を引き出して、僕の腕時計を受け取った。
「内部の結晶発振器と各種センサーを、社外秘の、ある物質と交換しても、よろしいでしょうか?」
「へ? 何ソレ怖い。ソレと交換すると、僕の時計はどうなっちゃうんですか?」
「物理測地学……いえ、えっと。ちょっと待って下さいね。……受理ちゃん説明できるかしら……ヒソヒソ」
「はぁい、受理されましたぁ~❤ 佳喬様、話は簡単です。腕時計の精度が死ぬほど上がるだけですよぉ~♩」
「性能が上がるって事? ……ならお願いしよっかな」
なんか、受理ちゃんの〝死ぬほど〟ってのが気になるけど……まあ、性能が上がるなら問題は無いよな。
甲月の早き替えを毎回見たいという方がいらっしゃいましたら、ポイント評価よろしくお願いします。ポイント評価増えたら、甲月周りの描写を倍にします。




