一日目(20)
ちょっとした繋ぎ程度の、息抜き回のするはずだったのに。……どうして?
※作品内でも随一の込み入った内容になります。気になるトコだけ読んであとは飛ばして頂いても平気です。
※込み入ってるので、場合によっては数カ所差し替える可能性があります。何このややこしさ。
『請求書
鶯観光合資会社 会田様
リゾートホテルBACKGAMMON西館/スカイラウンジ天井部分修繕費用
金1,430,000円也』
「大赤字って、コレで全部だよね?」
話し合いが行われている総支配人室の近く。
僕と年少組は、通路横の三人がけの応接スペースに、寿司詰めになっている。
「はい、会田のイベント出演料と大会賞金を差し引くと、百万円弱になります」
と、神妙な面持ちの受理ちゃん参の生首。
その可愛らしい半透明は、テーブルの上に置いた、僕の通信端末から生えている。
金糸雀號の乗員乗客以外の前では、全身をホログラフィー化、出来ない規則になっているらしい。
請求書はテーブルの上に印刷したみたいに表示されている。
この程度はホログラフィー表示してもイイっぽい。とは言っても、コレだって〝まだ世の中に出回ってない技術〟だから、大っぴらに見せたりはしない方が良いんだろうけど。
「百万って結構な出費だけどさ、金糸雀號のモニタで見た〝ポイント〟っていうやつ、甲月さんだって、次葉ちゃんと同じくらい貰ってたんじゃなかったっけ?」
「それに会田さんだって、『研究員特別会計』っていうの結構貰ってたわよね?」
ケリ乃がメモをめくる。ケリ乃のヒザの上には、おしぼりを額に乗せた天井破壊者の頭が乗っている。
長い足が通路の方にはみ出してるけど、この際、構っていられない。緊急なのだ。
「実は、当ツアー中に使用できる現金は、最大でも42万円です」
「それって――」
「はい、紙式康寛様よりご入金頂いた、ツアー代金です」
「でも、異世界で百万円もするヒュペリオンを何発も撃ってたじゃ――」
「異世界や金糸雀號に関する決済は、金糸雀號の金庫から即時行えますが、仮入金扱いのポイントは精算されるまで、通常の決済に使用することは出来ません」
「じゃあ、仮入金って言うのは、いつ精算できるのよ?」
「弊社総務部監査AIと通信可能な状態ですので、私たちが三人以上居れば、即時可能ですが……」
僕の参と、ケリ乃の肆だろ。
あと次葉の伍に、双子の陸と漆。
ここに居る受理ちゃんは、全部で5人。
甲月にしつこく言われたから、みんな肌身離さず持ち歩いている。
今、稼働中なのは、参の生首だけだけど。
「じゃ、甲月さんを叩き起こすか、会田さんの所まで行って、精算ってのをすれば済む話なんじゃ」
「現在、当ツアーは全旅程の10%しか達成されていません。予見されていた空間異常との接触は、10回です。その50%にあたる5回分の観測データ納品が、今回の成果報酬の為の最低条件となります」
「最低条件ってのを満たさないと貰えないって事?」
「はい。個別の採取データとして空間異常領域〝要塞砦〟の情報を売却することは可能です。ですが、満額の成果報酬と比べると、微々たるモノになってしまいます」
「ソレってどのくらい?」
「千分の一になります」
受理ちゃんの事務的な回答。
「っていうと、甲月さんのポイントは……今、2万ポイントくらい?」
請求書の隣に現れる甲月の写真入りのカード。僕とケリ乃に見やすいように、同じモノが二枚表示されている。
更新されたのか、ソコに書かれた数字が、7000ポイントくらい増えた。
「……2万7千ポイントになったわ。なんで増えたのかしら?」
「累計ポイントカード表示に際し、未集計だった要塞砦撃破ポイントが加算されたためです」
「ふうん。増えたなら良いことだわ。……受理ちゃん、今のレートって五万円でイイの?」
「はい。甲月の現在所持ポイントは27066・6。精算額は日本円で1,353,330,000となります」
ケリ乃が筆算しようとしたら、受理ちゃんが答えを出してくれた。
「10億からゼロを三つ取ったら、……百万円超えてるじゃん!」
「これで、とりあえずこの場はしのげるじゃないの! やったっ!」
ケリ乃が拳を振り上げる。弾みで、甲月の頭がグラングランしてるけど、構っていられない。緊急なのだ。
「……ソレがですね~。鶯勘校研究所は合資会社であり、甲月、会田の二名は無限責任社員ですので、弊社の利益を最優先しなければなりません」
「無責任社員? ……なんかピッタリな役職名だけど、それがどうかしたのか?」
「弊社の損失となる行為、具体的には大幅な減額となる、最低条件を満たさない状態でのポイント精算は行えないと言うことです。同じ理由で、『研究員特別会計』を今回の損害賠償金に充てることは出来ません」
受理ちゃんの非情な回答。
「ん~~? どうにもならないなー。もーホント。何してんだこの人達は……」
幸せそうに薄ら笑いを浮かべる浴衣美人を睨み付けてみたけど、一向に起きる気配は無い。
「じゃ、今、金糸雀號の金庫の中で使える金額っていくらなのよ?」
「先ほどの御夕食代を引くと、残金は18万円ほどになります」
「えーっと。じゃあもう、この場は、会社同士の取引って事で、あとから鶯観光に払って貰えば良いんじゃ無いか?」
「じゃなかったら、カードで払う事くらい出来るでしょう? 2人とも大人なんだし」
「先ほどから、否定的なことばかり申し上げることになってしまい申し訳ありませんが――」
そう前置きする、受理ちゃん(頭)の表情が微かに曇る。言葉づかいが平坦なのも、人目を気にしてるんだろうけど、事態の深刻度を表してるみたいで、不安になる。
「甲月がドライブインで、〝異世界関連事案は黙殺される〟と言ったことは覚えていらっしゃいますか?」
「甲月さんが泣きそうになってたヤツだろ?」「そりゃ、覚えてるわよ」
「ソレに由来する、金融的な問題を弊社は抱えており、企業間の掛け払いが行えません」
「カケバライ? 莉乃さん判る?」
「判んないわよ。……掛け蕎麦と関係ないわよね?」
「月末にまとめて払う……ヤツ?」
次葉が、受理ちゃん伍を起動して、飛び出てきた丸い頭に問いかけた。
「はい、一般的には〝ツケ〟と呼ばれる信用取り引きの一種です」
「それって、会社組織として、大問題なんじゃ? よく知らないけど」
「はい、大問題です。甲月、会田の両名も、各種電子マネーによる即時決済以外の支払い方法を所持しておりませんし」
◇
「んにゃん?」
甲月がネコみたいな寝言を言って、浴衣に手を突っ込んで胸元をポリポリと掻きだした。
止めさせようとしたケリ乃の手をキツく握る浴衣美人。
「ちょっと放してっ! んぎぎぎーーっ」
「超高額な成果報酬制度が有る鶯勘校で無ければとても成立しません」
「いや、既に成立してない事態だけどな~」
どうも、この辺がバスツアー料金よりも高額なリワードを僕たちが貰っても平気な、タネや仕掛けみたいなんだけど……自分の小遣いすら満足に管理できない高校生に理解できる訳はない。
「……私のコレは使えません……か?」
次葉がテーブルの上の、自分に仮入金されたポイントを指差した。
そのポイントは変わらず10億円分くらい有る。千分の一になっても百万円にはなる。
「はい、次葉様のポイントでしたら、問題なく精算できますし、金糸雀號の金庫にプールすることが可能です。ですが、先ほども申し上げたとおりに、精算額は千分の一になってしまいますよ?」
コクリ。力強く頷く、浴衣姿の中学生。
「それに大体、弊社社員の不始末に皆様方の累計ポイントを使用するわけには――」
慌てた表情を見せる、受理ちゃん参。
コクリ。もう一度力強く頷く、中学生。
◇10分後◇
「じゃあ、みんなイイね? 次葉ちゃんも、せっかくの10億円だけど、ホントにイイんだね?」
「ふわぁーあ、イイです……よ? 甲月お姉さんは、コレ、作ってくれ……たし?」
次葉は眠たそうな顔で、テーブルに置いた皮箱を撫でる。
「僕たちも……ふわぁーあ……イイよ」
僕の隣で船を漕いでいた双一も、大あくびをして、受理ちゃんを起動させている。
「むにゃむにゃ……まだ旅行続け……たい」
双美は既に目が閉じっぱなしだ。
僕たちは受理ちゃん参から漆までを、向き合わせた。
「じゃあ、僕たち五人全員の承諾が有ればツアーを更新。一人でも拒否が出たら直ちに中止して、僕たちを大葦切町に帰して下さい。それが、ポイント精算の条件です」
大葦切町って言うのは、ツアーの出発地点、僕の家がある街のことだ。
「「「「「はい。私、金糸雀號専属AI受理ちゃん参から漆までの、権限において、特記条項付きの発令コードを申請します!」」」」」
◇
「では、会田のデビッドカードの決済権限を引き上げまーす」
受理ちゃんの顔が書かれたキャッシュカードの色が、黒を基調としたモノに代わっていく。
「これって?」
「はい、俗に言うブラックカード化しました。これで、金糸雀號金庫にプールされた別会計の預かり金から、即時決済が可能になりました」
「デビットカードなのに……むにゃ……ブラック?」
次葉が首を傾げながら寝言をつぶやいている。
「かわいいカード使ってるのね、会田さん」
受理ちゃんの線画だけになった、黒いカードを手にしたケリ乃がニヤ付いている。
「みんなスマン、礼は必ずする! じゃ、行ってくる!」
ケリ乃からカードを引ったくった会田さんが、総支配人室へ戻っていく。
「とにかく、なんとかなった……のか?」
「どうかしらね? ……どうするコレ?」
死屍累累の応接セット。
年少組と甲月の計四人。どうやって運んだモノか。
◇
朝、目覚めた甲月の取り乱しようは、ものすごかったらしい。
朝食を取っているときに、プリペイドカードみたいな名刺を又くれようとしたから、みんな断った。
じゃあ、ちょうだいと、次葉が自分の財布に、やっぱり大事そうに仕舞って、その場はひとまず収まった。
借りてきた猫みたいな甲月は、かなり新鮮で面白かった。
けど、金糸雀號に戻るなり、いつもの涼しい調子で長口上を始めた。
当然だけど、駐車場に停車していた金糸雀號には傷もへこみもついてなくて、窓ガラスも元通りに直ってた。
「皆様、本日も添乗員甲月が当ツアー二日目をご案内させて頂きます。本日の目玉は、この湖の最深部――――」
大変込み入った内容ではありますが、作品世界を構築するための要素をほぼ全て入れられました。
あとは、補足程度でビュンビュン進んでいけます。たぶん。……たぶん。




