一日目(2)
執筆用の辞書とか作りながら、のんびり進めていけたらと思います。
「ま、まて。なにか気に入らないことがあるなら、僕が聞いてやるから――」
プシュシューーーーーーーーーーッ! バチバチッ!
駅で拾った最後の搭乗者。見かけは小さな女子中学生だが、その手にした物騒な円筒に、車内が圧倒されていた。
「チョットあれダイナマイトじゃ無いのっ!?」
ケリ乃が足癖悪く膝蹴りをしてくる。
「尻を蹴るなっ。あと騒ぎ立てるな。刺激しちゃダメだ」
添乗員甲月が、表情も変えずにコチラを振り向いた瞬間。
シューーーーッ! バチバチッーーーープスン。
中学生が手にした円筒から、火花がかき消え、白煙が立ち上った。
「不発!?」「助かったの?」
添乗員は女子中学生ではなく、肩を寄せ合う僕たちにジト眼を向けた。
「佳喬様、莉乃様、危険ですのでご着席下さい」
添乗員甲月が乱れの無い動作で、僕たちと最後の搭乗者の間に割って入る。
女子中学生と距離を取ったまま位置を入れ替えることが出来るのは、〝座席の周囲に空間が有る〟この特異仕様の内装のおかげだ。
「初めまして、鬼獏次葉様。本日は、当鶯観光のご利用誠に有り難うございます」
「「ちょっと、挨拶してる場合じゃ無いだろ!」 でしょ!」
動揺して手に手を取り合い、添乗員へ抗議する。
「手荷物などございましたらコチラでお預かりいたします」
僕たちの抗議は却下されたようだ。その軍服みたいな制服には似つかわしくない、しなやかな仕草で手のひらが差し出される。
「手荷物?」
女子中学生は手にしていた円筒を添乗員に手渡した。
再びコチラにジト眼を向けた添乗員が、
「危険物の反応はございませんので、ご安心下さい――」
と言って手にした円筒を、バスに取り付けられてた非常灯みたいなのと交換してしまう。
偶然同じくらいのサイズだったにしても、良くくっついたなと思った。
そして、腰のベルトに挿された非常灯(グレーの短い棒)は、彼女の装いをより一層、ミリタリー色が濃いモノにした。
訪れた静寂。壁から立ち上る小さな白煙。
静寂と言っても、双子達が遊んでいたゲームの音とか、パネル周りの計器類が発する音なんかは結構うるさいけど。
添乗員は〝危険が無い〟って言った。行動を起こす前に壁のパネルを確認してたから、何かドア周りに危険な物を検出する探知機でも埋め込まれてるのかも知れない。
「KS307、――307時間燃焼の蚊取り線香です……おそらく」
背中のリュックも添乗員に渡して身軽になった女子中学生が、円筒の正体を告げた。
「蚊取り線香ーー!? なんて紛らわしい」
へなへなと後ろの座席へへたり込むケリ乃。
「しかもKS307って型番、……持続時間かよ、ははは」
僕も隣の座席へ座り込んだ。
「両親に持たされた、……多分、当社の誇る今季主力商品のお披露目をと思い……まして?」
そう言って僕の隣、ケリ乃と反対側にちょこんと腰を下ろす中学生次葉。
僕とケリ乃は一瞬身構えるが、その双子達と変わらない背丈(双子達同様、床に足が付いていない)や、とがった部分が一切無いあどけない表情を見て、すぐに緊張を解いた。
「――形状に難有りと言うことで、発売直前に自主回収されてしまった……らしいですか?」
そう言ったっきり、ガックリと肩を落とす次葉。
確かに、次葉の家は代々続く、薬品工業の会社だと聞いている。
特に季節向け商品でCMも良く目にするくらいには、大きな会社だ。
「お、脅かさないでくれよな~。さっきも言ったけど、僕の事は佳喬って呼んでね。こっちは、ケリ……じゃなくて」
「莉乃! ――岸染莉乃よ。よろしくね」
にこやかに話しかけながら、僕の二の腕をパンチする美少女。でも……全然痛くない。〝蹴り〟以外は非力っぽい。
「双一だよー」「双美でーす」
席に戻った双子達も、座席を180度回転させて最後の搭乗者に挨拶した。
すると、ついさっきまで一触即発だった中学生は小さく頭を下げ――。
「私は、本当に鬼獏次葉です……か?」
しつこいまでの疑問系。
「それさ、あー、ひょっとして学校で流行ってたりするの? 〝何々ですか?〟って聞くの――」
「流行る……?」小首を傾げる次葉。
パンパンッ!
次葉の荷物を床下のカーゴらしき部分に収納した添乗員甲月が、白い手袋に包まれた両手をはたいた。
「では改めまして、ご挨拶させて頂きます私、添乗員の甲月と申します。本日より10日間、宜しくお願いいたします」
ホテルのコンシュルジュみたいな丁寧なお辞儀。僕とケリ乃が「コチラこそよろしくおねがいしま……」と返事を返していると。
スタイルも姿勢も完璧な彼女はお辞儀を止め、軍服みたいな制服の襟ボタンを一つ外し、その胸元から何かを取り出した。
添乗員は必要最小限の動きで、点在する座席をくるくると回り、正面パネル横の定位置へ。
そして壁端から補助席みたいなモノを引き出して着席した。
「今、お配りしました通信端末は、金糸雀號、現乗員総勢7名の現在位置やバイタルデータを送信する機能があります。皆様の安全をお守りする為には必要な機器ですので、肌身離さず携帯して下さるようお願いいたします」
「そういえばさ……カナリアって、なんか無かったっけ?」とケリ乃。
「カナリアって黄色い鳥だろ? 青いのが幸せなら、黄色は……」
僕は、もらった通信端末……真っ黒い薄板を胸ポケットに仕舞いながら考える。
「そう言うのじゃ無くて、なんか〝危険を知らせてくれる〟みたいなの」
「炭鉱などで毒ガス検知によく使われていませんでした……か? 旅の安全を鑑みた、実に由緒ある素敵な命名と……思われ?」
コチラを見ずに口を挟んでくる次葉。その視線は手元の通信端末になみなみと注がれている。
結構、おしゃべりだな。ほぼ初対面だし、あんな変な登場したから、どう接しようかと思ったけど、なんか平気そうかも。
「え? でもそれだと、金糸雀號は真っ先に死んじゃうんじゃ?」
「そうだよな。旅の安全って言うより、むしろ積極的に危険に飛び込むイメージが……」
ムーッ、ムーッ、ムーッ。
ポケットから音って言うか振動が。
仕舞ったばかりの通信端末とやらを取り出すと、板の表面がうっすらと光り、やがてロゴマークみたいなのが、表示された。
目つきの悪い小鳥があしらわれたロゴマークが消えると同時に、複雑な幾何学模様が回転しながら現れる。
「わ? 佳喬ちゃん! 何コレ? どうしたら良いのっ!?」
顔を上げて添乗員の方を見ると、無言で頷かれた。
「判んないけど、黙って見とけばイイっぽいよ」
慌てているのは僕とケリ乃だけで、他の三人は回転する幾何学模様に見入っている。
幾何学模様が消え、半透明の映像が飛び出してきた。
「カナリア號専属AIの受理ちゃんでぇーす♪ 本日より10日間、キミ達のありとあらゆるサポートを徹底的にしちゃうので何でも言ってくださぁいねぇー❤」
そう言って、表示部分の上に座り込んだ全長10センチ。
それは双子達の質問に個別に答え、ケリ乃に指先で突かれ、端末をひっくり返した次葉の手元に落下していた。
次葉の手の上で立ち上がるホログラフィー映像。じっと見ていたら、空中を滝登りのように泳いで表示部分に戻っていく。
僕も端末を軽く振ってみる。表示面に体育座りしていた小さい少女が左右に転げまくったあげく、あろう事か僕の膝の上に落ちた。
端末を持ち上げて投影距離を伸ばしてみたけど、映像は揺らぎもせず〝受理ちゃん〟は僕のシャツを果敢にクライミングし始めた。
おそらく、端末に搭載されているジャイロや風速計なんかの環境データを元に算出した地形データを、拡張現実の技術で再現しているんだと思う。
業務用のホログラフィー技術としてならゲーセンでだって見たことがあるし、カメラ映像の中でなら僕の廉価版のスマホでだって出来る事だ。
でもこの(よく見たら額に『参』と描かれてる)ちいさな映像は明らかに、投影機器から完全に独立した状態で稼働している。
これ、たぶん――〝まだ世の中に出回ってない技術〟だ。




