一日目(17)
終わりませんでした。もう少し続きます。すみません。
「もぐもぐ……今回わ無事介入でひましたけど……ぱくぱく、ゴクン、実際の転位プロセスに私共は必要ないと言うことです」
上品な手つきで、三角お結びを口に放り込む甲月。
「必要なひ?」
「ほれっておかひーんじゃ無いの?」
僕がカツサンド。ケリ乃がいなり寿司。それぞれ口に入ったまま相づちを打つ。
「簡単に言うと、私共が行うのは、……あ、会田、それ私にもちょうだい」
甲月の相手をしているのは僕とケリ乃だけだ。
他のみんなは、和気あいあいと天板を囲んでいる。
運転手会田さんは、かいがいしく年少組達の世話をしてくれている。
運転手さんが、食器棚から取り出したのは金糸雀號みたいな色のボール紙。
四角いコップみたいな形を手早く作り、出来た紙箱に春巻きを詰める。
「ほら、受取れ。……君たちも要るかい?」
添乗員に向かって飛んでいく、派手な色の春巻き。
「アタシ頂きまーす」と、ケリ乃がかわいく手を上げた。
む? ケリ乃の応対が僕に対するモノと違う気がする。
運転手さんは、補助席でごった返す中を華麗に踏み分け、僕たちが居る座席側へやってきた。
「どうぞ」と両手で差し出される紙箱。
応対が同僚に対するモノと明らかに違っている。
彼は僕の分も差し出してくれたけど、僕は断った。母さんの春巻きは、具が多彩で当たり外れがあるのだ。
すると目の前の紙箱が開かれた。中には唐揚げがぎっしり。
僕は礼を言って受け取った。凄まじく気が利いている。甲月とはひと味違うな。
◇
「もぐもぐ、ゴクン。私共が行うのは、異世界と折り重なっている時空間を算出し、ソコに有る違和感を発見することです」
「「ひははん?」」
「今回は、もぐもぐ……妖精タイプのモンスターという非常にわかりやすい形で現れてくれたので、事なきを得ました。場合によっては違和を判別できず、アナタ方だけが異世界に転位していた事も十分に考えられます……ぱくり」
春巻きを嬉しそうにかじる甲月が気になる事を言った。
「もぐ……へ? 僕たひはへって言ひました?」
「もぐ……アタひ達はへが異世界に転位?」
「はひ……もぐもぐ。もし、本日のような星回りの時に同じ面子で、この近辺に偶然集結なさっていたら、先ほどと同じような異世界化に巻き込まれていたと思われますね」
――!?
僕とケリ乃の口が止まった。
「そして斥候である試金石からの攻撃に為す術も無く、お命を落とされていたと思われます……もぐもぐ、ゴクン。万が一、生き延びられたとしても、貴方がただけでは要塞砦攻略は実質不可能ですので、現実世界が帰還する事は無かったでしょう」
春巻きを完食した甲月が、恐ろしいことを言った。
あと、やっぱり言い間違ってる。ソコは〝現実世界に〟じゃないとおかしいじゃん。別にいいけど。
もぐもぐ、ゴクン。あれ? じゃあ、ひょっとして――、
「――――アタシ達は甲月さん達に助けられたって事!?」
僕の気持ちをケリ乃が代弁してくれた。
「そうとも言えますね。……あなたたちが転位するその場に、たまたま居合わせるために、人に言えないくらいの策は講じましたが、それもやむを得ない事だったのです……よ?」
なぜそこで視線が泳ぐ?
僕たちを助けてくれたことを、素直に自慢しないトコを見ると、もう少し裏はあるみたいだ。
〝言えないくらいの策〟とやらを問いただしたいところだけど、今は止めておく。また脱線しそうだし。
「じゃ、異世界化に貴方たちが関わってないって事を、証明することは出来ますか?」
「ソレは出来かねます。異世界化の痕跡は一切残りませんし、〝ない事の証明〟は理論上不可能です」
また、あの低い声。
「あの試金石とか言うヤツはー?」「一杯拾ったトンカチはー?」「バスターコア……は?」
年少組も、僕たちの驚いた様子を感じたのか、会話に参加してきた。
「確かに、それぞれ特異な物性を持つ、現実世界ではお目にかかれない代物です。ですがそれだけです」
「えーっと、まってまってまって……」
ケリ乃が今まで取ったメモを、大慌てでめくっている。
受理ちゃん肆もケリ乃の肩の上で足踏みして慌てている。
『ツグハちゃん→10億円?』っていうメモ書きが目に入った。
僕は座席に表示された、
『仮入金 20787PT/REWARD:BR1(キバクツグハサマ)』
っていう収支表示を思い出した。
「次葉ちゃんの10億円は、何かの証拠にはなりませんか?」
僕のセリフを聞いた双子が中学生をつつきだした。
「あ、それだわっ! えっと、『空間異常領域内部観測データ市場』ってのがあるんなら、ソレ証拠になるんじゃないの? ……お巡りさんとかに調べてもらえば」
ケリ乃が、「本当にソコまでしなくてもイイわよ、あくまで理屈の話だからね」と僕に念を押す。
「そうですね、私たちは異世界での観測結果を持ち帰り、その精査を行うことで莫大な研究開発費を捻出しています」
甲月研究員のセリフに、頷く運転手さん。
「で・す・が――――警察署に私共の観測データを持ち込んだところで、事態の証明は不可能です。
非常に不本意ですが、――異世界関連事案の全ては日本国内において黙殺――されますし……ひょい、ぱく、……もぐもぐ」
座席に取り付けたトレーに残っていた最後のカツサンド。
ソレを、悲しげに食む美人研究員。
……展望台の駐車場で、ムリだって言ってたのは、そう言う意味だったのか。
……この低く沈んだトーンの理由も分かった。凄んでいたわけでも脅していたわけでも無くて、科学者として〝非常に不本意〟過ぎて気が滅入っていたのだ。
「唯一、現存する事案としては、ヒュペリオン2の圧倒的火力ですが、さすがに、警察署でヒュペリオン2を試射してみせる、度胸も根性も裁量権も私にはありません。……一応、〝甲種火薬類取扱保安責任者〟は持ってます……けども……」
甲種火薬類取扱保安責任者の声が、細く小さくなっていく。
「……それと私こう見えても、まだまだ花も恥じらう乙女ですので、恋だってしたいでずじ……」
うつむく目尻に、涙がにじむ。
科学者としての矜持以外にも、色々と有るっぽい。
大人は大変だってことは判った。
さしあたっての説明も聞けた気がするし、この辺で勘弁してやろうかな。
なんて思ってたら、ケリ乃が二枚のメモを渡してきた。
「そうだな、あとコレくらいは知っておきたいな」
僕がメモに目を通していると、乙女が空になった紙コップを手に立ち上がった。
「後は、受理ちゃんに聞いて下さい。私は少し、しゃべりすぎまじ……だ」
目尻を拭いながら、テスク横のドリンクサーバーへ向かっていく、乙女にして科学者。
その足取りは、さながらゾンビだ。
◇
『異世界って何? →どうして知ったのか?』
「はぁい、情報レベル3に抵触する質疑申請がぁ、受理されましたぁ❤」
空になった座席トレーの上に、ケリ乃がそっと受理ちゃん肆を放す。
「神隠しに似た、異世界もしくは異世界化と呼ばれる空間異常。いまだ、その本質を解明するには至っていません。
記録によれば、初めて異世界化の前兆が算出されたのが、今から約100年前。
当時の内務省が設置した市区改正調査委員会によって行われた、この辺一帯の大規模な測量行程において不可解な――」
ペラペラと甲月みたいな流暢さで話し出した金糸雀號専属AI。
チョット長くなってしまいますがぁ~、と前置きして始まったソレを、僕は止めた。
もう、頭の中がパンパンだ。ケリ乃メモも凄い枚数になってるし。
ひとまず、異世界について何も判っていない事が判ればソレでいいや。昔から知られた存在であった事、そして現在はその存在を無かった事にされている事なんかも判ったし。
◇
『謎の科学技術の出所は?』
「今から17年ほど前に、私共〝鶯勘校研究所〟の前身である〝風致地区測量部〟所属の測量車両が、36年ぶりに地中から発掘されたことが発端となっています」
「17年前、……比較的最近?」
「でも、36年……ぶり?」
デザートのブドウを摘まみながら聞いていた僕たちは、ややこしい話に、ついて行けなかった。
「はい。先ほどのご質問、『どうして知ったのか?』に付いての回答も含まれますが、いかが致しましょうかぁ~❤」
「すっごく、……ぷち、もぐ、……簡単に説明できる?」
眉間にシワを寄せたケリ乃さん(美少女)が、ブドウをむしりながらお願いする。
「はぁい。では一言で――――異世界化に巻き込まれた車両が発見され、施されていた用途不明の改造箇所や、遺留品が分解解析いえ、復元開発された成果で~す❤」
「巻き込まれた? 車が? 中に乗ってた人は?」
「ソレにはぁ私がぁお答えぇしまぁぁしょう、……ひっく、うぃ♪」
戻ってきた甲月が、なんか、打って変わって陽気だった。まさか酒でも飲んでるんじゃ無いだろうな。
「当然ながら発見された当時ぃ~、車内に人は居ませんでしたぁ~」
座席モニタに発見当時の測量車両の写真が表示された。
すると、現在の金糸雀號の奇抜なデザインの理由が分かった。
凄まじい衝撃に耐えかねたらしい車体が、潰れた箱みたいにひし形になっていたのだ。
「――ぷはははっ!」
そう、金糸雀號の前傾デザインが意図したモノでは無かった事に、僕は気が付いた。
ケリ乃も同じ考えに至ったみたいだったけど、僕の腕を思い切り叩いてきた。
ゴッツン! ――痛って!
何すんだよ! オマエ〝エネルギー減衰サポーター〟した方の手で叩くなよな!
ケリ乃の顔には、咎める表情が張り付いている。
あ、……そっか。失踪した人も居るのに笑ったりして良くないよな。
僕は謝った。
「いえお気になさらず、かなり昔のことですし。ですが、遺体が無かったと言うことは、まだ、どこかの空間異常で生存している可能性もあると私は見ています。
ちなみに、その測量車両を現在の技術で完全復元したのが、――この金糸雀號です!」
驚きの新事実を聞かされた。どうリアクションすれば良いのか判らない。
年少組は、ソレほど興味は無いらしく、最後の唐揚げを取り合っている。
「研究所の総力を挙げて、最新の工作機械を投入したんですが、変質した車体の硬度には全く敵わなかったんですよ。なので仕方なく、そのまま、内装外装を設計しました」
と補足してくれた運転手さんが、肩をすくめた。
年少組が笑いながら真似をしてる。テーブル周りは楽しそうだな。
『元カナリア号→異世界で変質→かた 』
ケリ乃が必死にペンを走らせ、受理ちゃん肆がジッと見る。
金糸雀號が規格外に頑丈な原因も分かった。
いろんな事を一気に説明されてしまった。
まだ判らない事も残ってるけど、これからどうするかの判断材料は十分に集まった気がする。
◇
「では、ひとまず本日の宿泊地であるリゾートホテルへ向かい、当初の予定通りにお食事やお買い物など楽しまれてから、明日皆様をご自宅までお送りするというのはどうでしょうか?」
なんかどこか目が据わってた〝甲種火薬類取扱保安責任者〟が、火花が出るようなウインクをして見せた。
――あぶねっ!
僕は飛んできた熱視線を必死に避けた。
あんなの喰らったら最後、骨抜きにされるか、ケリ乃+E減衰サポーターに悶絶させられるかの、どっちかに決まってる。
ツアー最年長として全員の安全を任されている以上、軽い気持ちで判断は出来ない。
「どうせ今の状況だと、甲月さん達と一緒に居る方が安全なんじゃ無いの?」
それはそうかも知れない。ケリ乃の言ってる事は正しい。
即座に表示される、『ワールド☆スイーツビュッヘ☆フェスタ』のご案内。
「あら、いいじゃない!」
「「「食べたいっ!」」な?」
ご案内の隅っこに『バックギャモン』のロゴ。何のロゴかって?
――そんなの今日、宿泊予定だった高級リゾートホテルのに決まってる。
さっき、受理ちゃん肆が座席モニタへ向かって、下手くそなウインクを飛ばしたのが見えた。
ふと、胸ポケットの受理ちゃん参を見たら、コッチも下手くそなウインクを飛ばしてる。
下手すぎて☆が中々飛んでいかないみたいだけど。
うぐぐ。受理ちゃん達も鶯勘校研究所の一員だから仕方無いけど、少し寂しい気もする。
僕たちを楽しませようとして演奏や大道芸まで仕込んできたくらいだし、本音の部分で悪い人(やAI)たちじゃ無いのは理解したんだけど、何というか、この姑息な手口は気に入らないっていうか――座席モニタ表示が切り替わる。
『世界チャンピオンゲーマー/Tボーン鐘倉さんと対戦組み手会!』
――な、なんだって!? 開催日時は本日。開催地はなんと……高級リゾートホテル『バックギャモン』大広間Bの特設会場。
「あら? コチラ当日参加可能な格闘ゲーム大会も同時開催されるようですね~♪」
――チラリッ?
こっちを見る、姑息で綺麗なお姉さん。やはり、目がかなり座っている。
向かいに座る会田さんがなぜか「恐縮です」と後ろ頭を押さえている。
「ん~~~~判りましたよ! じゃあ、父さん達には異世界のことは伏せて、明日連絡します!」
Tボーン鐘倉が来るっていうなら一切合切、呑むしか無いじゃんか。




