一日目(13)
約3000文字/回を目安にしているのですが、6000文字近くなってしまって、分割と言うことになっているので、3000文字というのは適量では無いのかも知れません。
金糸雀號の周囲に動くモノは何も無くなった。
要塞砦から突き出ていた機械腕も、引っ込んだのか見当たらない。
当面の安全が確保されたことを、沈黙した座席モニタが伝えてくる。
「ベ、ベトレイヤーっていうのは、上手くいったんですか?」
「はい。子細滞りなく。当該目標に着弾さえすれば、個体の改変から、敵性抽出・衝動反転・索敵・戦闘立案及び実行・殲滅後のバスターコアへの脳幹格納処理まで自動的に行われますので」
「ふぅーー! よかった、これでひとまずは安全って事ですよね?」
座席モニタの危険表示も注意書きも消えてるし、ケリ乃も薄い胸をなで下ろしている。
まだ突っ伏したままの〝お疲れちゃん〟壱を見てから、周囲を見渡す甲月。
「はい、周囲に動体反応は……検知されませんので、ご安心下さい」
そう言って、白衣を押し上げるグラマラスな胸を叩いてみせる甲月。
「あれ? 自動って事は、今の演奏会っていうのは……?」
おそるおそる聞いてみた。
「私も会田も、ゲーム・カラオケ・ジャグリング・スポーツ全般・楽器演奏などなど、多岐にわたる能力開発プログラムを集中的に受けましてですねっ……よいしょっ……受理ちゃん達から」
展開していたラボを構成する各種パーツを、ひとつひとつ手動で元の形へと収納していく甲月。
本当に出し物は終わりみたいだ。
「私もぉ~いろんな習い事を体感時間で4500万時間弱、実時間で3000秒程度、強化学習したんですよぉー❤」
突っ伏していた受理ちゃん壱が、ドヤ顔で上体を起こした。
そしてその直下、天板中央に大きめの魔方陣が回転。
円錐状の突起が付いた台座が、魔方陣の中へと沈んでいく。
「ドラムとシンセと――――モゴワッ」
――トプンッ♪
堅い物質のようにしか見えない台座が、液状と化した黒い天板に全て呑み込まれた……なぜか受理ちゃんごと。
「300秒って……50分? 凄いのか凄くないのかどっちなのかしら?」
自分が書いたメモ書きの内容に頭を悩ませる美少女と、その手元をつぶさに観察する受理ちゃん肆。
「はあ。演奏が上手だった理由は分かりましたけど。じゃあ、ベトレイヤーに必要な手順ってワケじゃ――」
「――はい、全く必要の無い単なるBGMです。とんだお耳汚しですが?」
白衣をサッと脱いで丸める、舞台裏の歌姫。
今度はケリ乃も文句を言わなかったから、少しじっくりと見たけど、やっぱり黒っぽいノースリーブのストレッチ素材と下がタイトなミニスカートで、特に人目をはばかられるような格好では無い。
ただ、スタイルが良い体にぴったりとフィットしてるから、健全な男子高校生としては目のやり場に困った。
腰に黒っぽい革製のケースが取り付けられてて、リング状に開いたスリットから回転する光が漏れている。
その横にコンセントみたいなのが飛び出してたけど、あれはヒュペリオン2に繋いでたりしたから、電源みたいなのだと思う。
丸めた白衣が、デスク横の蓋が開いたバケツみたいなのに、投げ入れられた。
カヒューゥイ♪
最後に残った天板をひっ掴んで壁の奥へ戻っていくロボットアーム。
――ゴコン。
天板は複雑に回転しながら元の正面モニタに戻った。
□
「さっきの演奏、アタシは楽しかったけど?」
ケリ乃は習い事でピアノとかやってたらしいから、興味あるのかも知れない。手拍子してたし。
「まあ、せっかく練習したので、手持ちぶさたな、裏切り者起動から鹵獲までの数分間に、セッションすることに決めた次第です」
僕はラボ一式の下の、大きな引き出しの中身を思い出した。
全力で、僕たちを楽しませようとしてくれているのだけは、確かなのだ。
「せっかく練習したので」
なぜか復唱する歌姫。壁から制服を取り、何かのアタッチメントをくっつけながら、着込んでいく。
「すっごい上手でしたよー! やたらと激しい曲調だったけど、アタシは好き!」
拍手しながら、僕を振り返るケリ乃。ぐ、拍手くらいしてやれと言いたいんだろう。
「つまらなくは無かったですよ……最後のヴォェーってトコとか特に」
ペチぺチと手を叩きながら、率直な感想を述べる。
「乗客の皆様に申し上げます。先ほどの即興曲は楽曲のジャンルとしてはプログレッシブロックに分類されるものですが、添乗員甲月と受理ちゃん壱によるアレンジが多大に施されておりますので、金糸雀號収蔵楽曲ライブラリから一度、プログレ名盤を鑑賞することをオススメします」
運転手会田さんの注釈に、片眉をつり上げながら指先で胸元の通信端末を叩く歌姫兼添乗員。
飛び出てきた受理ちゃん壱のコスチュームは甲月と同じ添乗員姿に戻ってた。
勢い余って、甲月の豊満な絶壁から落ちそうになっている。
ケリ乃は拍手を止め、年少組は、片手でぶら下がる受理ちゃん壱に拍手をした。
◇
「「「もう安全なんでしょっ!?」」」
ひとまずの説明を聞き終えた年少組が、座席から飛び出していく。
「あれ、取りに行きま……せんか?」
と荒れ地を指差す中学生に、続く双子達。
「「行きたいっ!」」
「はいでは、事後処理など多少御座いますが、本日のアトラクションは概ね完了致しましたし、外に出てみましょうか?」
はしゃぐ、年少組。
「その前に、次葉様にはコチラをお渡ししておきますね」
添乗員は、モニタ横の装置類が並んでいる辺りから、手帳みたいなモノを取り出した。
「あら、良かったですね次葉様。裏切り者1は〝魔力付与〟の能力持ちだったみたいですよ」
にこやかに差し出されたピカピカした手帳。何ソレかっこいい!
全員が甲月に群がる。
「コチラは、〝稼働中の生体ハードディスクにインストールされた裏切り者1〟の取扱説明書になりますので、鬼獏次葉様にしかお渡しできませぇ~ん。ご了承下さいませ~」
一度、天高く持ち上げてから再び中学生に差し出される、銅製っぽいメタリックな表紙の手帳。
受け取った少女は、一度、制服のスカートに仕舞おうとしたけど、分厚すぎて邪魔になるらしく、
「預かっててくれません……か?」
と僕の破けたシャツの胸ポケットに、差し込んできた。
「なんか、あったかい?」
印字したてですので、と説明する添乗員に群がる双子達。
「「佳兄ぃー、ばっかりズルイ~!」」
「他の皆様にも、順次お渡しする事になりますので、それまでお待ち下さいませ~」
じゃあいいやと、急に興味を無くし、ドアに飛びつく双子とソレを追いかけていくケリ乃。
◆
『betrayer1/取扱説明書』
印字したてでまだ暖かい、バスの電子定期程度のサイズの取扱説明書。
但し――
「ぶ、分厚いな」
その厚さは1センチくらい有った。パラパラめくってみたけど、回路図とか数字や記号や数式の羅列ばかりで、実際の操作的なことはほとんど書かれていない。
裏表紙には『ケフラ(仮称)』というカワイイフォントの文字と、バケモノモンスターに出てくるみたいなデフォルメされたイラストで〝ズングリ(小)〟が描かれている。クリクリした目がちょっとカワイイ。
とりあえず、僕の(破けた)シャツの胸ポケットに入れておく。
¥
ジジジーーーーッ!
久々の収支決算表示。
『仮入金 20065ポイント/REWARD:コウヅキ
仮入金 12167ポイント/REWARD:コウヅキ
仮入金 20787ポイント/REWARD:BR1(キバクツグハサマ)
仮入金 2079ポイント/PATENT:研究員2』
ドア横にも付いている小さなパネルに表示されたので、何とはなしに見たら、『仮入金』という項目で数万ポイントも増えていた。
ポイントってなんだろ?
その内訳は、コウヅキとキバクツグハサマへのREWARDと言うモノだった。
リワードって言うのは成果報酬の事だろ。オンラインゲームで成績が良かったときに同じ文字が出たりするから意味は分かる。
……二万ポイントってどれくらいかな。二万円なら……新作ゲームが2、3本買えるぞ?
プーッ♪ プシューーッ!
左側面のドアが開き、タラップみたいなのがひとりでに降りる。
散り散りに飛び出していく年少組。
「ちょっと待って! 佳喬ちゃん! 手伝ってよっ!」
ケリ乃の必死な声。いけねっいくら安全って言ったって、|添乗員甲月の言うことだ。まるまる信頼は出来ない。
「ひっ!? 何アレッ!?」
ホラ見ろ。
ケリ乃と、抱きかかえられてる双美の10メートルくらい先。
決戦場とは逆の方。今まで、全然見てなかったバスの9時方向。
地面から、黒いもやもやした長い奴が生えてた。
その表面にばらばらな向きの、目や鼻や口が一定間隔でくっついていて、失敗したトーテムポールみたいになってる。
「あー。そちらは全く害がありませんよ。〝バッドドリーム〟と呼ばれる異世界構築時のちょっとした弊害です」
まあでも、あと数回で、無事一日目が終わりそうです。




