一日目(12)
やっと、無双できました(誰がとは言ってない)。
さっき、小さな〝ズングリ〟が、ぶら下がってた木が、何の音も立てずに倒れた。
それに気が付いた、年少組が口々に指摘している。
倒れた木がある右側面車体後部方向は、まだ〝ケフラットモール〟達に、取り付かれてないから視界は良好だった。
逆に、右側面車体中央付近は全く外が見えなくなってしまっている。
「車手会田へ業務連絡。全天透過モードオン、フィルタリングレイヤー:プリセット32/R18で投影されたし!」
「研究員甲月へ業務連絡。全天透過モードオン、フィルタリングレイヤー:プリセット32/R18で投影。静磁式防音装置作動条件を距離5メートルに限定、及び同範囲内の全ての実体を透明度90パーセントに固定します」
車内右側面に表示されていた〝ズングリ〟達が、外の映像ごと消える。
◆
「さて皆様、大変お待たせいたしました。当ツアー初日の演目もこれで大詰めとなりまぁす~! 多少、長引いてしまいましたが、恐らくは5分と掛からずに決着が付くと思われますので、お見逃しのないようお願いいたしまーすぅ♪」
なんか、甲月の口上が、それ自体が出し物かって位に、芝居じみててノリノリだった。ちょっとキモいくらい。
そして、白衣に制帽という姿の、添乗員研究員が両手首を振り上げた。
フッ――落ちる車内の照明。
「キャッ」「おわっ」
順当に慌てふためく年長組。
「「「もーっ! 何で消しちゃうの!?」」んです……か!?」
年少組達からはブーイング。外の様子を見せろと言うことだろう。
座席モニタの不気味な、危険表示が浮き彫りになる。
自動的に点灯した非常灯が、間接照明のように光量を拡散させていく。
そこそこ明るくなった車内で、カマキリか新体操選手かって姿勢で停止したままの、バスガイドサイエンティスト。
周囲を見回すと、前左座席にケリ乃。前右座席にラボ(徒歩2歩の距離)から戻ってきた次葉。
後左座席に双一、後中央座席に双美、後右座席に僕という配置になっている。
いろいろやってるウチに、現状こうなったのだ。
年少組は、〝ズングリ〟達がどうしても気になるのか、何も表示されてない素の隔壁を見つめている。
すぐ隣に居る双美と目が合う。〝笑顔〟の世界選手権でもあったら、日本代表でも不思議じゃ無いってくらいの表情。
「佳喬おにーちゃん、邪魔!」
僕は座席を少しだけ前に動かした。リクライニングさせるスイッチ自体を引っ張ってから操作すると、座席が前後左右に動かせるのだ。
隔壁を見た。黒っぽくて、うっすらとラメ入りみたいに、キラキラ反射してる。
特に面白くは無い。
さっきまでの時点で、外の様子にソレほど目立った変化は無かったけど、座席の不気味な危険表示は消えてない。
まだ、裏切り者1が作動中であることを、鮮烈に伝えてくる。
♪
ガァーーー~ン!
甲月が、両手を天板にたたきつけると、真っ黒だった表面がカラフルな光で埋め尽くされた。
タタタタタタタタン♪
「「は?」」
僕とケリ乃は謎の添乗員に釘付けになった。
後ろの座席からだと、はっきり見えないけど、天板の端が白と黒のバーで埋められてて、甲月の指先は、それぞれが別の生き物みたいに、飛び跳ねている。
タララララララッタタタタダダンッ♪
「(なにあれ? ピアノ?)」
大音量なので、ケリ乃の声は何となくしか届かない。
「(ジャズみたいだ!)」
ポーンポーンポーンポポーン♪
タラララタラララタラララタラララッ♪
同じフレーズでループする曲。
ポーンポーンポォォウォンポポォォォォォォウァォーン♪
タラララッタラッヴァラッタラララッタヴァヴァヴァッ♪
でも、音の種類が、シンセサイザーを駆使した複雑なモノに変化していく。
「(あれ? ジャズじゃ無い?)」
激しさを増す演奏。
天板中央の円盤の突起の頂上。白衣を脱ぎ、すぐに袖を通す早着替え。
ドレスみたいなフォルムのタキシード姿にコスチェンジした受理ちゃん壱が、指揮棒で空中に軌跡を描く。
そのたびに、小さなAIを囲む、天板上の色の付いた丸が、脈動を大きくしたり半欠けになったり、ねじれて幾何学模様を描いたりしていく。
そのうちのオレンジ色が、天板を飛び出し、鍵盤の上を転がっていく。
こぼしたペンキのように、描かれては消えていく飛沫が甲月の白衣に飛びついた。
年少組も、ライブハウスと化したラボに注目している。
見るなって方がムリだ。何やってんだ、あの人!
リリリリリィィィィィ、ボボボボン♪
――ヴァヴァヴァヴァッヴァリィ~♪
受理ちゃん壱が髪を振り乱し♪
リリリリィィィィィィ、ベキベキベキッ♪
――ファファファァァァ~~ッ――ミョミョミ゛ョ~ウン♪
甲月の白衣が、オレンジ色に染まりきる♪
♪
――――ヒュパヒュパッパパパパパパパパッ――
リズムに合わせて、復帰していく右側面の透過映像。けど、その景色は、後部の隔壁を超えて、
――ヒュパパパパパパパパパッパパパパッ!
左側面までも、開かれていく。
「うーわーっ!」「きゃぁーっ!」「「「わぁーーーい!」」」
全方位に見た目が突き抜けていることの、開放感はものすごかった。
なおも続く、プログレッシブメタル(あとで会田さんから、そう言うジャンルの曲があるって聞いた)。
――――ヒュヒュヒュパッ――ピュピュピュピュピュピュピュピュイ――ピピピピピピピピピッ!
透過映像が天井までも覆い尽くすとほぼ同時。
進行方向で言ったら四時三十分あたり。右側面後部方向に小さな◉が現れ――――――、
―――◉
「――――ィィィィィッフォグォォォォォォォォッ!」
雄叫びを上げた。
◉から棒が斜め上に伸びて、水平に曲がる。
なおも伸びていく棒の末端に現れる赤い文字。
『betrayer1<active>』
消える小さなサウンドアイコン。
ドッガンッ!
鋭い炸裂音。
ドゴゴッドゴゴッドガゴゴキャッゴゴゴ――――ドッゴォォォン!
連続で続く打撃音と、まるで拳銃の発射音。
それが、時計の針で言ったら四時から二時方向くらいまで、サラウンドの調整テストみたいに、ものすごい早さで駆け抜けた。
音に数瞬遅れて、吹き飛んでいく黒っぽい体毛に覆われた、〝ズングリ〟した生き物たち。
竜巻に巻き込まれたかのような、らせん状の軌道を描き樹木に激突するズングリ。
そして、ズングリごと薙ぎ倒されていく木々。
ズングリの胴体が寸断されると、その欠損部位から、ブロック状の破片が飛び出し、地面に転がっていく。
ダンダダズダンダ、ダンダダズダダダダ♪
突起に座った受理ちゃん壱が、両手に持った指揮棒で、空中にある見えないドラムを叩いている。
ドガドガギュキャン! ヴォン――――ドッゴォォォン!
小さな◉は、森の木々とズングリ達をなぎ倒していく。
♪
「ら、ら、ららら、らァーーーー♪」
甲月が歌い始める(!)と、小さな◉が不意に動きを止めた。再び棒が伸びて不吉な色の文字が羅列される。
『betrayer1<active>』
スッタンスッタンタタタタダダダダ♪
「るらァーーーーーーーーーーッ♪」
歌姫の声は、受理ちゃん壱のドラムにのせて、どこまでも伸びていく。
その意外なほど透き通る歌声は、とても甲月らしくない。
ホント、何してんの? ケリ乃も手拍子なんかしてないで、何か言ってやれよ。
△
戸惑う〝ケフラットリーダー〟の輪郭。ソコに点くサウンドアイコン。
「フゴフ、フゴフ、フフフゴッ?」
その鼻息からは、戸惑っている様が良く分かった。
金糸雀號右側面、数メートル先の地面に、急に現れる〝ケフラットモール〟達。
透過モードの表示設定を見やすいように変えてたから、その副作用だと思う。
今まで、バスに取り付いていた奴らが、指揮官の危機を感じて、戻っていく。
集結していく、敵性残存兵力。
気づけば、小さな◉が消えていた。
ヴォン――〝ケフラットリーダー〟の足下。回転し、現れる魔方陣。
甲月&受理ちゃん壱が奏でるリズム。
ヴォン――ヴォン――ヴォン――ヴォン――裏打ちする無数の幾何学模様。
「フゴグフ、フォグー!」
戸惑うしか出来ない彼、もしくは彼女が構えたハンマーからは、魔力の光がこぼれている。
けれど、その輝きは、足下を埋め尽くした強い光にかき消される。
――――ズダダズダダダ♪
――――ドッゴ、ドッゴ、ドッゴ、ドッゴォォォン!
――――らるァアーーーーーーーーーーーーーーーーーーー♪
ユニゾンしていく可視化された戦慄。
直下からの魔力攻撃を浴び、バラバラと分解されながら、上空へ吹き飛んでいく〝ズングリ《ケフラットモール》〟の最後の群れ。
その時、車内に――
パァーーーーーーーーーーッ♪
パァーーーーーーーーーーッ♪
パラァーーーーーーーーーッ♪
金糸雀號車両前方から轟く、管楽器の弾けたような音色。
左側通路の奥から姿を現したのは、運転手さん。確か会田さんって言ったっけ?
ラボの横、ピアノ演奏者甲月の向かい側に陣取って、謎のセッションを続ける。
ラッパの部分が無いトランペットみたいなのに点いてるランプが明滅している。
だ、駄目だこの人っ! 下手したら歌姫より、ノリノリじゃんか!
もう、ほんと、誰かリセットボタンくれよ! 今すぐ僕を家に帰してくれよーッ!
――パーパーッパパパパパッ♪
最後の一匹になった〝ズングリ指揮官〟。
――パーパーッパパパパパッ♪
その足下の魔方陣が、――ヴォヴォヴォヴォゥウン――その直径と光量と文様の複雑さを増大させていく。
――パーパーッパパパパパッ♪
指揮官は光る〝打突武器〟を打ち下ろす。
その先端に現れる魔方陣。魔力付与された〝特別製〟だ。
――――パァラッァーーーーーーーーーーーー♪
地中から飛び出す小さな影。
ヴォン――――ドッゴォォォン!
小さな影からまるで拳銃の弾丸のように放たれた打突武器が、指揮官の打突武器と激突する。
パリィィン――割れる魔方陣――ドゴガァン――威力を相殺され、迎撃される打突武器。
――――チッチッチッチッジギジギジギジギ♪
再び直下からの襲撃者を迎撃するために、持ち上げられていく打突武器。
それを追う様に突き上げられる、小さな手刀の先。
小さな魔方陣が――ポポポポ――と四つ光る。
ボッギュ――!
オモチャのハンマーみたいなコミカルな打突音。
だがその威力は、可愛らしいモノでは無かった。
全ての指先に魔力付与された小さな手刀が、大柄な体躯の胸部に侵入する。
ブォッツン――――両断され、それでも威力は収まらず、結晶化し、粉々になって、その体積を減らしていく〝最後の敵〟。
――――ドタドダドダダダッドタドダドダダダッ♪
一心不乱に叩かれる不可視のドラムセット。
空中でコチラを振り返る、小さな裏切り者1。
ジジッ――――そのシルエットがレーザー光で縁取られ、
ギュウ――――頭部に張り付いたままの小さな◉に収縮する。
次葉に選ばれた一個体は、裏切り者弾頭の着弾点を残して、砕け散った。
その破片は、淡い炎となって空中に溶けていく。その周囲に散らばっていた、物理解像度を小さくした同胞達の部位も、炎に包まれていく。
――――るらァーーーーヴォオ゛オ゛ォォォォォヴェボオ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォォォォォッォォォ♪
伸びる高音域……から何故か放たれた、酷いダミ声。
その意外なほど透き通る歌声からの絶叫は、とても甲月らしくて良かった。
ちゃんと甲月だったので、ひどく安心した。
■
魔力やズングリ達の残光が全て消失した地面。
その荒れ地と化した爆心地の中央に、四角い物体がゴロリと落ちた。
何かをやりきった顔の、添乗員兵士にして研究員歌姫の甲月が、白衣に付いた色をサッと、手で払い落としながら立ち上がる。
ラボの天板ごしに、運転手兼トランペット奏者の会田とハイタッチ。
〝お疲れちゃん〟壱は円盤の突起に、突き刺さるように突っ伏している。
◆
芸達者は荒れ地の中央を振り返り、引っ張り出した片眼鏡でジッと見ている。
「各員へ通達。〝ケフラットモール〟、絶滅」
彼女が次葉に見せた、サイコロみたいな奴と同じモノが、ソコに落ちている。
「新種発見、〝裏切り者1〟を目視確認!」
その物体表面に張り付いていた、小さな丸っこい◉が、四角い▣に変化した。
「次葉様、〝殲滅種〟のご誕生、誠におめでとうございまーす」
研究員のとぼけた声を聞いた運転手さんが、帽子を深くかぶり直して運転席へ戻っていく。
「『裏切り者1を鹵獲。ケフラットモール個体名:ケフラ(仮称)/行動終結』」
受理ちゃん伍の静かな声が車内に響くなか、座席モニタが危険表示を切り替えた。
コツを掴んだ気がします。どうしても、10思いついてしまうなら、そのうちの1だけ使ってとりあえず先に進めれば、1進むのですよね。今回は小ネタが見せ場の全てを食ってしまいましたが、それはそれで(オイ)。




