一日目(1)
『ワルコフに気をつけない』ユニークPV1万人突破(全然凄くない。むしろ少なすぎ)記念に始めてみました。よろしくお願いします。
「ほら、あんた達ー。お迎えのバスが来たわよー。急いでちょうだーい」
母の声を聞いた僕は、10日分の荷物を抱えて、部屋を飛び出した。
両肩にスポーツバッグを下げてみたけどかさばるので、ひとつは手で持つことにする。
これにはゲーム機なんかも入ってるから、ホントなら〝取り扱い注意〟のシールでも貼りたいトコだ。
階段を降りていくと、黒ずくめの大人達がひしめき合って右往左往していた。
「よっちゃん。元気かー」「大きくなったわねぇー」「よし、小遣いやる。持ってけ」
なんて揉みくちゃにされながら、何とか廊下を進んでいく。
小遣いもらえたのはラッキーだった。大事に仕舞っとこう。
玄関先では、父が大量の靴を捌くのに専念していた。
「佳喬ー。悪いなー、急な法事で皆いけなくなっちゃって」
父は僕の靴をそろえて出してくれる。
「気にしなくて良いよ。それに一番楽しみにしてたのは父さんじゃん」
父はハハハと笑いながら僕の頭を撫でる。そして大きな風呂敷包みとポチ袋を渡してくれた。
「弁当はお母さんから。コッチはお父さんからだ」
「え? いいよ。さっき、啄木鳥町のおじさんにお小遣いもらったし」
「いいから持ってけ。お前が最年長なんだから、子供達みんなのことを頼むぞ」
「じゃ、わかったよ。ありがとう。行ってきます」
「おう、行ってらっしゃーい」「気をつけてねー」「楽しんでこいよー」「いってらっしゃーい」
母の声なんかも混じる。
僕はもう一回、大きめの声で行ってきますと言い直した。
開けっ放しのドアから外を見ると、確かにバスが止まっていた。
『鶯観光』
と側面に書かれた乗員10名程度の小さめの観光バス。
そのデザインとカラーリングは、すごく前衛的というか……超とんがってた。
横から見て垂直であるはずの部分が全て傾斜してて、凄まじく〝前のめり〟なのだ。
まえにテレビで見た事があるコンセプトカーみたいで、実用面とか安全面とかが不安になる。
そして、バスとしてはド派手なその色彩も特徴的で異彩を放っていた。
前半分はオレンジ色がベースで普通の色合いなんだけど、後ろ半分に蛍光ピンクの稲妻模様が走ってる。
最後部に至っては、鮮烈なシアンブルーが爆発したみたいになってて、少し眼に痛い。
「……なんか〝体に悪そうな駄菓子のパッケージ〟に見えなくもないな~」
バスの前に回り電光表示された『紙式家ご一行様』という文字を確認してたら、後ろから、ややトゲのある声がかけられた。
「ちょっと、佳喬ちゃん。後がつかえてるんだから早くして」
振り返るとそこには、巨大な旅行ケースを引っさげた美少女が立っていた。
僕がバスのドアの前に置いたスポーツバッグを靴の先で蹴っ飛ばしている。
「……誰?」
「何バカ言ってるのよ」
フンと小さな鼻息をたてる美少女。
ヘソくらいまで有るつやつやの黒髪。軽く腕まくりしたブラウスから伸びる細腕は真っ白。
そして、僕を睨み付ける瞳に宿るオーラが半端なかった。
モデルさん? というか子役スター? その存在感は芸能人のソレだ。
「え? ちょっと! 本気で判んないの!?」
信じられなーいと距離を詰めながら、流れるようなローキック。
打点を見つめて前屈みになってるから、綺麗な形の頭頂部がよく見えた。
「痛って! ちょっ、止め――」
なんだこの子? さっきからすっげー足癖が悪い……。
む? まてよ? この足の痛みと、向かって右側にズレてるつむじ。
なんか覚えがあるぞ。
「そうだ、ケリ乃!」
「莉乃よ! バカ!」
思い出した。花見、海、焼き芋会、クリスマス、スキーなど我が一族の年中行事のうち、花見にだけ参加して、毎回何かで泣き出して、僕の足を蹴り飛ばしていた小さな女の子だ。確か啄木鳥町のおじさんの方の血縁だったと思う。
ここ数年来て無かったから、すっかり忘れてた。ちなみに花見の主役である桜は、我が家の近所の森林公園にある。
「莉乃ちゃん、背ー、伸びたねー」
綺麗になったとか、美少女だとか、芸能人みたいだとかは、言ってやらないことにした。ケリ乃だし。
「佳喬ちゃんこそ、なんか既におじさんソックリ」
おじさんというのは、うちの父のことだ。そう言われても別にイヤでは無い。
なんてやり取りをしてる間に――ドサッ、ガタガタッ、ゴトン。
運転手さんが、手早く僕達の荷物を側面のハッチの中に押し込んでしまった。
「あ、中にゲームが入ってるから、スポーツバッグ一つだけ持ってたいんですけど……」
という僕の訴えに対し、
「大丈夫ですよ。このバスには最新機種完備してますので」
との返答。
「でも僕のデータが……」
僕のデータが入った本体じゃないと対戦プレイ用の隠しキャラとか出てないしと思ったんだけど――。
「アタシもスマホ取り出したい」とケリ乃も、荷物を一度取り出したい様子だったけど――。
運転手さんは小走りで運転席側へ回り込み、バスへ乗り込んでしまった。
たぶん運転手用の小さなドアがあるのだろう。
そして、目の前の自動ドアが開いた。
「初めまして。私、案内役を務めさせて頂きます、添乗員の甲月と申します。本日より10日間、宜しくお願いいたします。早速ですが、出発のお時間になりましたので、ご乗車ください」
自動ドアから身を乗り出した、チョット派手な軍服みたいな制服に身を包んだ女の人が、一気にまくし立てる。
僕とケリ乃は腕をつかまれ、車内へ引っ張りこ込まれた。
「金糸雀號、現乗員総勢6名の搭乗を確認。発車いたしーます」
さっきの運転手さんの声が、天井とか壁から聞こえてきた。
◇
「うわっ! なんだコレ?」
乗車して驚いたのは、その狭さだ。
もともと大人数用の大型バスじゃ無かったけど、仮にも観光を謳うバスがしていて良い作りじゃ無い。
座席自体はゆったりしてたけど、その数はせいぜい五席分。最後部の座席が三人分並んでて、少し広いスペースを確保してるところが唯一バスっぽい。
運転席側の壁には大きなモニタが据え付けられていて、バスの見取り図や車内温度、あとプレイ中のゲーム画面なんかが表示されている。その周囲には何に使うか判らない装置が配置されていて、小さな作動音を奏でていた。
そして座席のそれぞれには、小さなモニタが沢山と、何かをコントロールするらしい操縦桿がくっついている。
先に乗っていた双子は、日本のどこかの大都市を舞台にしたストラテジーアクションゲーム(?)みたいなのをプレイ中だった。
操縦桿を操作すると複雑なカメラワークで捉えられた自機らしいロボットが加速して――繁華街のビルに激突した。
見たことも無いような超高精細なグラフィック。一応最新のゲーム情報は仕入れてるつもりだったけど、抜けがあったみたいだ。
ゲーセンにある業務用のシステムなのかも知れない。運転手さんが最新機種完備って言ってたし。
双子は、操縦桿をアームレストに押し込んで、ゲームを終了させる。デモ画面にさっきの角張ったロボットが表示され、重機みたいなソレは、やっぱり――陸橋に激突したりしてた。
「佳喬にーちゃん、こんにちわ」
前髪パッツン、後頭部は刈り上げられた、半ズボン少年が、双一。
「莉乃お姉ちゃん、こんにちわぁ」
前髪パッツン、後ろ髪は左右に編み込まれた、シックな色合いのワンピース少女が、双美。
二人とも母方の親戚だ。ケリ乃とも面識がある……けど、よくこの美少女がケリ乃だって判ったな。
まあ、良く顔を合わせている親戚で年の近い子供なんて、今いる4人の他にあと一人くらいしか居ないからな。
「あと、お一方、山原地鳥駅で合流の後、本日の目的地である、ミステリースポットその①へ出発させて頂きまぁす。それまではどうぞご自由におくつろぎ下さい。なお、座席内蔵の当バスが誇る最新次世代ゲーム機には、古今東西ありとあらゆるデジタルゲームがインストールされておりますので、宜しければお楽しみ下さい」
ふーん。やっぱりさっきのゲームは業務用っぽいな。ゲーセンのゲームまでは確かに網羅出来てない。
それにしても、普通、観光バスって言ったら〝カラオケ〟って思ってたけど、ゲーム機が本当に最新機種完備でビックリした。
なるほど、今回のツアーは、子供向けの〝特別仕様〟と言うことらしい。
駄菓子みたいなカラーリングも、ひょっとしたら前傾姿勢のデザインコンセプトでさえも、客層に合わせたモノなのかも知れない。
◇
最寄り駅から三駅隣の大きな駅で新幹線から降りてきたばかりの中学生女子を拾う。彼女の両親たちはそのままタクシーで我が家へ向かった。
「僕は、紙式佳喬。よろしく」
僕とケリ乃は、少女を歓迎するために立ち上がる。
「……どうも。私が、鬼獏家所属、鬼獏次葉……でございます……か?」
バスに乗り込んできた中学校の制服姿の少女は、名乗りを上げ……た?
なんで疑問系なんだ? 本当の自分はここじゃ無いどこかに居るって言う、自分探しの途中みたいな話だろうか?
なんて僕が思案に暮れていると、ケリ乃に膝で尻を蹴られた。
鬼の形相で新たな搭乗者の方を、〝もう一度見ろ〟と促される。
見れば中学生女子は、いつの間にか円筒状の物体を手にしていた。
円筒のキャップのようなモノを一気に取り去ると、10センチくらいの紐が伸びて、――――その先端に火花がついた。