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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

フェニックス

作者: エレチャ



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章タイトル: 第1章:出会い

-----------------------(p.1)-----------------------


商社に勤めるカオリは、時々、都会の喧騒から離れた山へのハイキングを趣味にしていた。


同じ会社で知り合ったユウリとノブコと3人で、よく出かけた。

とは言え、本当に、お嬢様芸に等しい感じの趣味で、決して、危険な場所には、行かないし、服装も、ジーパンにポロシャツ程度、靴もオフィス街のパンプスからウォーキングシューズに替える程度であった。


ユウリもノブコも似たり寄ったりの格好で3人でキャピキャピと騒ぎながらの軽いハイキングを楽しんでいた。


その日も、夏から秋の香りがし始めた草を見ながら、のんびりとその草いきれを胸に吸い込みながら、自然を満喫していた。

天気は、やや、うす曇程度、天気予報では、降水確率20%という山登りには、絶好の日和であった。


-----------------------(p.2)-----------------------


もちろん、傘や薄いレインコートも一応、持ってはいたが、今まで、使うようなこともなかったし、小雨程度なら、濡れてもかまわないと思ってた。


ところが、天気予報が外れたのか、見る見るうちに空が黒く厚い雲に覆われて行き、雷を伴う豪雨が降り始めた。

そうなると、100円ショップで買ったような小さな傘やレインコートなど、全く役に立たず、3人は、ともかく雨を避ける場所を求めて、走った。

3人とも半泣き状態であった。

やがて、山の中腹に岩場のような場所を見つけ、そこに小さな洞窟も見つけた。


その時は、髪も服もびしょ濡れ、小さなタオルなんかも役に立たず、3人は、思わぬ寒さに震えた。

「こんなところで死んじゃうのかしら」とユウリが呟き、カオリもノブコも顔を見合わせながら、また泣きそうになるのを堪えるので、精一杯だった。

-----------------------(p.3)-----------------------


「わはは」と洞窟の奥から豪快な笑い声が聞こえた。

「こんな丘みたいな山で死ぬなんて、よほどじゃないかな?」

声の主が現れた。

3人の女は、抱き合って、その男を見た。

まさに「山男」といった風采の無精ヒゲの男であった。


オフィス街では、絶対にいないタイプだと、カオリは思った。

着ている服もカーキー色の薄手のパーカーに同色に近いカーゴパンツといったいかにも山男らしい服装にごっつい感じの登山靴を履いていた。

「ま、こんな丘でこんな山男丸出しの服装も笑えるだろうけど」と「山男」が言った。

「足慣らしに利用してるんだがね」

「いい目の保養になった」と3人のほうに目をやりながら、実際は、目のやり場に困ったような言い方であった。


その時になって、カオリもノブコもユウリも自分たちがヌレネズミのようになった姿から、身体の線が透けて見えることに気がつき、たじろいだ。


-----------------------(p.4)-----------------------


苦笑しながら、かの「山男」は、リュックの中から何枚もタオルを出した。

「降り始める前にこの洞窟に入ったから、濡れてないよ」

3枚の簡易レインコートも出てきた。

「それ着て山を降りるしかないけど、仕方ないだろ?」

「それとも、そのままで降りるか?若い男が群がってくるかもしれんぞ?」

3人を交互に見ながら「山男」が言った。


「ありがとう」

代表のような形でカオリは彼にお礼を言った。

雨はいつの間にか上がって晴れ間さえ覗いてた。

「レインコート、お返しするのは、どうしたらいいんでしょう?」

「それは、君らが持ってる100円ショップのレインコートと同じもんだから捨ててもいいさ」

山道を降りる際、まるで、護衛するように「山男」はついてきた。

そして、ふもとに着くと、1台のタクシーが待っていた。

かの「山男」がいつのまにか呼んでいたらしい。

「セイジ、この3人だよ、頼むぞ」とタクシーの運転手に言っている様子で2人が友人であると分かった。


-----------------------(p.5)-----------------------


「ムラさんの頼みだからなぁ」とヌレネズミの3人を見ながら、苦笑するタクシー運転手セイジは、それぞれの家まで送ってくれた。


「あの方、ムラさんと言うんですか?」とカオリが聞いた。

「ムラマモル」

「根っからの山男だよ」


その後、カオリは、セイジに名刺を渡し、ムラさんへの伝言を頼んだ。

「お礼、きちんとしたいので、連絡してもらえたらいいんだけど」

「あー、あいつは、そういうの、嫌うからなぁ。ま、名刺は渡しておくけど、多分、連絡しないと思うよ」


カオリは、「ムラさん」の顔を思い出しながら、納得した。

そして、その事件は、自然と「思い出」の中に入って行った。

-----------------------(p.6)-----------------------



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章タイトル: 第2章:再会

-----------------------(p.7)-----------------------


それから約3ヶ月。

3人トリオは、その後、山登りは中止していた。

その代わり、都会の喧騒の中でお茶したり、ショッピングしたり、相変わらず、仲良く付き合っていた。


歩行者天国の一角でお茶をしている時、ユウリがいきなり

「あーーー」と声をあげた。

周りの人も少し驚いたように振り返ったが、そこは、都会。

すぐにみんな知らん顔で過ぎていった。


「どうしたの?」とカオリとノブコも同時に聞いた。

「あそこで気分悪そうにしてる男・・」とユウリが指差す先を見た。

そこにいる男は、その場にふさわしくない格好であったが、すぐに、あの「山男」だと分かった。

イスに辛うじて座ってると言う感じだが、ユウリが言うように、気分悪そうであった。


-----------------------(p.8)-----------------------


「こんにちは、おひさしぶりです」

カオリは、「山男」こと「ムラマモル」に近付いて言った。

ムラさんは、カオリを見ても気がつかない様子であった。


それは、そうだろう。

以前の山登りスタイルとは、うって変わって、その日の服装は、都会風にワンピースに白いブーツであったから。


「山で助けてもらったカオリです」

「ユウリです。その節は、本当にありがとうございました」

「ノブコです。あなたは命の恩人です」

3人それぞれに自己紹介がてら、お礼を言った。


「そんなことより・・」とムラさんは苦しそうに言った。

「水と酸素が足りない感じがする」

「人に酔った」


「え~?」

3人は、不思議な生き物を見るように彼を見た。


-----------------------(p.9)-----------------------


それから、携帯酸素ボンベやイオン水を買ってきて、ムラさんに飲ませると、ようやく落ち着いた。


「こんなところで死なないでよ」とカオリはジョークを言った。

「山でのお返しか」と、ムラさんも苦笑した。

「こんな人出が多いところ、めったに来ないんだが」

「新しい登山靴が欲しかったんで、ね」


その時に履いてた靴も都会向けではなかった。

「山男」らしいと言えば、それまでだが、なんとも、周りから浮いたような存在であった。


ノブコとユウリは、用事があるとか言って、さっさと、どこかに行ってしまった。

どう考えても、彼女らの好みのタイプとは違うのだから、先日のお礼さえ言えば、それまで、という感じなのだろう。


それは、カオリにしても、似たような気持ちであったが、さすがに、放って置くわけにも行かず、といったところであった。


-----------------------(p.10)-----------------------



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章タイトル: 第3章:繋がり

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「ところで、君は、S商事の秘書課に勤めてるんだね」と、ムラさんが言った。

そういえば、あの時にタクシー運転手のセイジに名刺を託けてたんだっけ、とカオリは思い出した。

「セキカオリさんか」と、その名刺をカーキー色ジャケットの胸ポケットから出しながら言った。


「S商事なら、俺の会社とも少しは、関連してるな」

そう言いながら、もう一方の胸ポケットから、別の名刺を取り出して、カオリに渡した。

「ムラ貿易 ムラマモル」とあった。

「え!」と、カオリは驚いた。

ムラ貿易と言うのは、カオリが勤めてるS商事にとっては、大事な顧客の1つであった。

しかも、わりと、幅広い活躍もしてると言う話も聞いていた。


名刺に肩書きを書いてないのは、そこの代表者だと、カオリでも分かる。

「山男が仕事じゃあないんだ」と、思わず言っていた。


「わはは」

例の笑い方をムラさんはした。

-----------------------(p.12)-----------------------


「山男が本職で、こっちのほうは、山に登る資金集めと言うところかな」

ムラさんは、ジョークのような言い方をした。

「さて、これのお礼にメシでもおごるよ」

携帯酸素ボンベを指して、カオリに言った。


「いいですよ。この前のオアイコだし」

少々、ムラさんへの見かたを変えたところだが、さすがに、「メシ」を食べるような場所があるとは思えなかった。

「なるほど」と、カオリの姿と自分の服装を見比べ、そして、周りの都会的喧騒を見回し、ムラさんは、頷いた。


「じゃあ、少し待ってて」と、携帯電話でメールしてる様子。

「あの290ビルの角に行こう」と、カオリの腕を引っ張った。

大きな交差点のあるビルで、待ち合わせ場所としても、目立つ有名なビルである。

その交差点まで行くと、例のタクシー運転手セイジが待っていた。

「この前は、どうも」とカオリが言うと、セイジも彼女が誰か分からない様子。



-----------------------(p.13)-----------------------


「ほら、前にRの丘で拾った迷子の子猫ちゃんの1人だよ」とムラさんがセイジに言った。

「あ~」とセイジ。

「女は、着るもので、ずいぶん変わると言うけど、本当だなぁ」

「とりあえず、今日は逆に助けたもらったんだが」と、経緯をセイジに説明しながら、タクシーに乗り込んだ。

カオリも仕方なく乗ったが、「うちまで送っていただければいいんですけど?」と、一応、言った。


だが、セイジの運転するタクシーは、郊外に抜けて行き、1件の大きな屋敷の前に止まった。

「ちょっと、着替えてくる。この格好では、このお嬢さんと一緒にメシ食えないらしいから。」

「ま、そりゃ、そうだな。」

ムラさんとセイジはそんな会話をした。


ムラさんが屋敷の中に入っていくと、セイジは、カオリに色々話をした。

「ムラさんとは、高校時代からの友達なんだが、イマヤ、彼は、大会社の社長で、俺は雇われ運転手の身さ」

「でも、そんなの関係なく、ため口じゃない?」

「そこがムラさんのいいところだよ、昔から、全然変わらない」


-----------------------(p.14)-----------------------


やがて、着替えてきたムラさんは、カオリの白いワンピースに合わせるように白いスーツだった。

無精ひげもちゃんと剃って、りりしい感じがした。


「男の人も着るものでずいぶん変わるのね」とカオリは言い、セイジは大笑いした。

ムラさんも苦笑しながら、タクシーに乗り、街へと帰っていった。

いつもカオリやノブコ、ユウリが憧れてる三ツ星レストラン「Q店」に入ると、すぐに席が用意された。

いや、多分、着替える間にメールか電話で予約したのだろう。

「社長、お待ちしてました」と店主が言ってたから。


食事が終わり、家まで送り届けるのも、やはりセイジだった。

「セイジさんは、ご飯は?」と、ふと、いつの間にか消えたり現れたりする、セイジにカオリは聞いた。


「食ったよ。レストランの店主のモリオも同級生だから、裏で、2人が食べたのより、もっとうまいご馳走をね」


なるほど、と納得したカオリ。

ムラさんの存在が同級生全体にものすごい影響力があると言うのがわかった。

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章タイトル: 第4章:山男vs都会女

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その日を境にカオリは、ムラさんと付き合うことになった。

それは、S商事の秘書課の課長や専務からの意向もあっただけではなく、個人的にカオリもムラさんに興味を持ったからでもある。

上司のヤナギ課長などは、うまくムラさんに取り入って、大きな契約をもらえれば、いいみたいな言い方してる。


しかし、普段のムラさんは、相変わらずの「山男」で「貿易会社」の看板借りて世界の山に登りに行ったりしている。

登山には、それなりの危険もあり、「貿易会社」の社員たちの心配はもちろん、カオリも気が気ではなかった。


会社のほうは、ほとんどが、ムラさんの中学、高校時代の同級生たちで、それぞれの能力にふさわしい分野で成り立っている感じである。

たとえば、運転手は、車の運転が好きなセイジであったり、経理は、中学時代に数学が得意だったユリという女性が仕切ってたり、レストラン部門は先日の「Q店」店主のモリオが賄っていたり、適材適所に友がいると言う感じであった。


-----------------------(p.17)-----------------------


ところが、その肝心なムラさんが、山に行ったきり帰ってこないという大事件が発生した。


大学時代の山岳クラブの面々と一緒なのだが、他のクラブの人は、帰ってきたのに、ムラさんだけ、途中で見失ったと言う。

夏山ではあったが、頂上付近は、10度以下の気温。

夜になれば、もっと下がる。


カオリは、気が気ではなくなり、山岳救助隊に連絡したり、警察やムラさんの家族にも連絡した。


ムラさんの家族と言っても、両親は、ムラさんが子供の頃に、交通事故で亡くなっているし、兄弟もいなかった。

天涯孤独に近い状態だが、1人ほど、叔父に当たる人物と連絡取れた。

が、その叔父も「マモルのことはしらない」と言うぐらい冷たい態度であった。


それで、カオリは、1人でムラさんの大きすぎる豪邸の中で、マンジリもせず、待つだけだった。


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やがて、奇跡の一報が入り、遭難しかけて、ナントカ山小屋で避難してた、ムラさんが病院に搬送された。


病院に駆けつけたカオリは、ムラさんのわりと元気な姿を見て、泣きついた。

そして、「もう、あなたとはお付き合い出来ません!」と言ってしまった。


所詮、山男と、都会女性では、住む次元が違うのだと、痛感したから。



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章タイトル: 愛はフェニックスのように

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退院してきたムラさんは、真っ先にカオリの元にやってきた。

髭もそり、スーツ姿で、赤いバラを抱えていた。


「仲直りして欲しい」と言った。

「僕の心の山になって欲しい」とも言った。

遠まわしのプロポーズは、いかにも彼らしかった。


カオリは、即座には答えなかった。



-----------------------(p.21)-----------------------


その日を境に、ムラさんは、毎日のように、カオリの会社にやってきた。

取引の話と称していたが、懇親会などの会合には、カオリのエスコートを希望した。


当然、上司たちからのプレッシャーも来た。


辟易としたカオリは、会社を辞め、それまでの貯金をハタイテ、国外に旅行に行った。


ところが、旅先で痴漢に襲われそうになったとき、ムラさんが現れて助けられた。


どうやら、こっそり後を追ってきたらしかった。

「僕の愛は、フェニックスのように何度も蘇るんだよ」

ムラさんは、彼らしからぬ、キザナ言葉を言ってきた。


-----------------------(p.22)-----------------------


その言葉の本当の意味は、その後、再び付き合うようになってから分かってきた。


また、山に登り始めたムラさんが、また帰ってこないという事態が起きたときだった。


そしてそのまま、帰らぬ人となってしまった。

そして、彼の遺品を整理していたら、ムラさんの声が入ったテープが出てきた。


「僕の愛はフェニックスのように蘇るよ」


そう、たしかに、カオリの体の中で彼の新しい命が芽生え始めていた。


ーーー終ーーー

-----------------------(p.23)-----------------------


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