思っていた魔法使い 下
「ち―――びっ!!」
会うなり、友人――ミィルさんは私に抱き着き、頬を舐めてきました。
いわゆる、猫のあいさつってやつです。
「あなたに会いたくて、会いたくて、仕方なかったわ」
「え? この前町で会ったばかりじゃないですか」
その時に、ミィルさんは町の酒屋の娘に仕えていると教えてくれたのです。
「一日でも離れると……何年も会っていないみたいに寂しくなっちゃうの」
そう言って、ミィルさんは舌を小さく出しました。
短毛の私と違い、ミィルさんの体はふわふわとした長い白い毛で覆われています。
前足に黒い三角形の模様があり、前足を揃えるとひし形模様になります。
「ねぇねぇ、屋根の上でお月見しましょう。それから――」
「その前にミィルさんの契約者様に挨拶したいです。勝手に、よそ様の家に上がり込むなんて……失礼ですからね」
「んーいいけど、寝ているわよ」
「寝ている? まだ遅い時間じゃないのに?」
「そうなの。彼女はこっちにいるわ」
ミィルさんの後を追うと、言われた通り、契約者の少女が縁側で眠っていました。
しかし、少女が握っている花を見て、私は驚愕しました。
「ミィルさん……これって……」
紫色の花弁に、うっすらとついた金粉が光る花。
間違いない、これは―――。
「ええ。夢蝶蘭よ」
歌うように、ミィルさんが言いました。
「ど、どうしてこれを使ったんです……?! この花は……」
夢蝶蘭。湖の底で、千年に一度しか咲かない希少な花。
とても美しい花なのですが、花の香りを嗅いだ者は眠りに着き、何もかも自分の思い通りになる夢の世界の住人になります。眠りを覚ますには二十四時間以内に、夢蝶蘭の対となる花を嗅がなければなりません。二十四時間を過ぎてしまうと――その者は死んでしまうのですから。
「ねぇ、千備! 明日も空いているかしら?」
「私の契約者様に訊いてみないとわからないです……。ミィルさん、対の花は用意してあるのでしょう……?」
「え? そんなもの用意していないわよ」
少女の体に顔を押し付け、ミィルさんは満足そうな表情を浮かべます。
「だって、彼女がそう望んだんですもの。
何でも自分の思い通りになる魔法が使いたいって
そんなこと出来るのは、この花しかないでしょう?」
「……ですが、それは魔法とは言えないんじゃ――」
「ねぇ、千備」
薄暗闇の中、ミィルさんの目が赤く光りました。
「あなたも夢蝶蘭を使ったことがあるじゃない。これ以上余計なことは言わないで」
「………………はい」
そう答えると、ミィルさんは私に駆け寄って、額をぺろぺろと舐めてきました。
「いい子、いい子。ねぇ、千備。明日は一緒に、この女を食べましょう!」
「いえ、結構です。私が食べたいのは、今の契約者様ですから」
それから、私とミィルさんは屋根上でお月見を楽しみました。
「他の猫達は元気にしているかしらねぇ」
ミィルさんがポツリと呟きました。
「そうですね……」
他の猫達も、どこかでこの月を見上げているのでしょうか。
そして、何を想っているのでしょうか。