愛に溺れた魔法使い
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私を呼び出したのは、トゥリアという中年女性でした。
魔法使いになったにも関わらず、彼女は一切の魔法を望みませんでした。
トゥリアさんが欲したのは、人ならざるものをも映す私の瞳です。
薬の作り方などの知識は私が直接教えますが、この瞳は契約を交わした人間に反映されますから。
「あなた……本当にあなたなのね……」
「トゥリア……すまない。君をおいて死んでしまって……」
そう、トゥリアさんは死んで幽霊になった夫に会う為、魔法使いになったのです。
ですが――、
「何言っているの? あなたは目の前にいるじゃない。冗談でも、死んだなんて悲しいこと言わないで」
トゥリアさんは震える声で――しかし、静かな怒りを込めて言いながら、夫を見つめます。
「――母さん、誰と話しているの?」
という、息子、スリームさんの問いかけに対しても、
「誰って……お父さんに決まっているでしょう。変な子ね」
そう微笑んで、答えました。
「…………っ」
スリームさんは何かを言おうと、口を開きかけましたが、ぎゅっと唇を噛みしめ、言葉を飲み込みました。
それから二週間後のことです。
「――それでね、あなた、隣町に新しくできた……」
「へぇ、それは面白いな、トゥリア……」
「――母さん! いい加減にしてよ!!」
とうとう我慢の限界に達したスリームさんが、母親に糾弾しました。
「父さんは死んだんだ! お願いだから、認めてよ!」
瞬間、トゥリアさんの顔は真っ赤になり、息子を叩きました。
「お、お前は――なんて――ひどいことを――! 謝りなさい! お父さんに!」
「トゥリア! 落ち着いて! 落ち着いて――!」
夫のワンスさんがなだめますが、トゥリアさんはもう二、三回手を上げた後、うずくまり、泣き叫びました。
「…………」
スリームさんはふらふらと立ち上がり、何故か私を一睨みした後、家を飛び出しました。――その後、彼が戻ってくることは二度とありませんでした。
トゥリアさんが魔法使いになって44日目のことです。
「……トゥリア。僕は今日で、君とさよならしないといけない」
ワンスさんが気まずそうに、小声でそう切り出しました。
ワンスさんやトゥリアさんが住む国には、人は死して、幽霊になり、四十四日世を彷徨った後、成仏するといわれています。幽霊になったワンスさんも、本能的に、そのいわれを守らなければならないと強く感じているようです。
「……どうして、死んだなんていうの? あなたは目の前にいるじゃない……。それに、別れるなんて……私のことが嫌いになったの?!」
未だに夫の死を認めていないトゥリアさん。
結局、ワンスさんが折れてしまい……これからも一緒にいることを約束してしまったのです。
そして、翌朝。
目覚めたトゥリアさんが、夫に朝の挨拶をしようとした瞬間、
「―――――!?」
飢えた獣の如く、飛びついてきたワンスさんによって、首を絞められました。
トゥリアさんは弱々しい声で夫の名前を連呼していましたが、やがて何も言わなくなりました。
それでも、うぅぅぅと低く呻りながら、まだトゥリアさんから手を離さないワンスさん。
彼の瞳には一切の光が宿ってなく、まるで雲に覆われた夜空のようでした。
(ああ、ワンスさんは悪霊になってしまった――)
私は知っていました。四十四日の理を破った幽霊は理性を失い、人に害をなすだけのケダモノに化すことを。
しかし、私はトゥリアさんに忠告しませんでした。夫の死を拒絶している彼女に言っても、無駄ですから。
くちゃくちゃと、何かを咀嚼する音が聞こえてきました。
「!!」
なんと、ワンスさ――いえ、悪霊がトゥリアさんを食しているではありませんか!!
このままでは、肉体だけでなく、魂も悪霊の胃の中です。
私はとっさにテーブルに飛び乗り、ひまわりが飾られている花瓶を倒し、卓上に出来た水溜りに手を入れます。
そして、濡らした手を悪霊に押し当てます。
途端、悪霊は苦痛に満ちた叫びを上げ、床をのたうち回り始めました。
ひまわりを浸した水にはわずかですが、浄化効果があります。なりたての悪霊なら、これで十分です。
その証拠に、悪霊は塩をふりかけたなめくじのように、どんどん小さくなっていきます。
それを横目に、私はトゥリアさんを食べます。
彼女は当然ですが、悪霊も魂までも浄化されてしまうので、もう二度と転生は望めません。
「――――ん……」
トゥリアさんはむせてしまいそうになる程、甘ったるい味がしました。