コード5分の1~A fifth of a cord~
心してそのボタンを押して下さいね。
「貴方は死刑執行人に選ばれました」
真っ暗闇の中に居たと思ったら、突然視界がパッと開けた。
いいや、開けたのではなく自分にライトが当てられていた。
皓皓と照らされ、瞼を瞬かせながら辺りを見る。
「こちらですよ」
始めに聞いたのと同じ声がした。
すると仄暗い闇の中から一人の男が出てきた。
ひょろりと背は高く、嫌に色白の男だった。
髪を七三分けにしている。
つり上がった切れ長の目を余計細めて、ニヒルな笑みでこちらを見ていた。
まるで白蛇を思わせる。
真っ黒な背広を着て闇に溶け込んでいたので、始めは白い顔が浮かんでいるように見え、恐ろしくて悲鳴を上げた。
「ひっ!?」
「そんなに怖がらないで下さい。私はそんな怪しい者ではありません」
男は如何にも作られたような笑みを湛えて言うので、全然説得力が無い。
「ああ、でも怖がるのも無理もありませんよね。気がついたらこんな暗い所に連れてこられたのですから」
では明かりをつけましょう、と男は切り出し、指をパチンと鳴らした。
またもパカッと目の前の空間にライトがついた。
そこには赤いボタンのついた箱が五つ、置いてあった。
「これは……?」
「先程申し上げた通り、貴方は死刑執行人に選ばれました。今から死刑囚の死刑執行を行うのです」
再び男は指を擦って音を鳴らした。
次は私が居る場所から下方がライトアップされた。
そこは白い部屋だった。
私の居る場所とその部屋はガラスで隔たっていた。
白い部屋は私の居る場所より、床が下にあるのが見てわかる。
例えるなら、体育館の観覧席から見下ろすような感じだ。
部屋の天井から長いロープが一本垂れ下がっており、ロープの先には丸い輪っかが作られている。
ガラス越しに一人の男性が、ロープの近く―――部屋の中央に立っているのが見えた。
その男性の足元には、一メートル程の四角い踏み板があった。
「あそこにいるのは、凶悪な殺人犯です。これまでに34人もの他人を殺しました」
虚ろな目をした男性は、小刻みに肩を揺らしていた。
もうじき来る死に恐れを抱いているのが、目に見えてわかる。
「私があの人を処刑しなければならないのですか?」
「ええ、死刑執行命令書が出されたからには致し方ありません」
悲しそうな顔色一つ見せず、淡々と語る背広の男。
血も涙も無い人とはこういう人のことを言うのだと、この時思った。
もう一度処刑される死刑囚の方に目をやると、いつの間にか皮袋を被せられ、手足を紐で縛られていた。
「私は嫌です。幾ら多くの命を奪った凶悪犯だとしても、人を殺したくはありません」
「貴方は刑務官なのです。こうなるのも運命なのですよ。それにほら、罪悪感を無くすためにこのように五つの執行ボタンがあるのです」
ばっと私の両脇に四人の黒い布を被った黒子が現れる。
どうやら、この人たちが私と一緒にボタンを押すらしい。
このボタンのうちどれか一つだけが、あの祭壇の踏み板を開く装置に繋がっている。
だから、殺してしまう可能性は五分の一。
罪悪感も五人で分けあって五分の一。
「では、私が手を挙げたら準備をして下さい。私がその手を下げたらボタンを一斉に押します。いいですね?」
不服な顔をしつつ、私は覚悟を決めた。
私が押すボタンは真ん中。
準備の合図があるまで、そのボタンを見つめながら静かに待つ。
「君の立派な態度、非常に感動しました。きっと君は大往生します。御仏のお迎えが来ました」
背広の男は死刑囚にそう告げて、右手を挙げる。
私を含める五人の執行人は、各々の赤いボタンに手を掛けた。
ボタンに翳された自らの手はカタカタと鳴っていた。
身体全体に冷や汗が流れていった。
その時間は刹那のようで永劫だった。
そして掲げた右手が降ろされた時―――
ボタンを押していたのは私だけだった。
「え?」
私の背中に戦慄が走った。
しかし死刑囚の方を見ると、足元の踏み板は落ちていなかった。
「良かったですね、貴方のボタンはあれには通じてなかったようです」
背広の男が冷ややかに微笑んで言った。
は、はぁ。と安堵の溜め息を吐いた瞬間、首に違和感を感じた。
何か締め付けられるような……。
「このボタンは、貴方の方のスイッチだったようです」
ガタン!
「背広さん、ちょっとイタズラが過ぎるんじゃないの」
黒子の内の一人が言った。
「どうにもこうにも、彼は自分の首を吊ってしまったのですから」
相変わらず心無いことを述べる背広の男。
「酷い仕打ちね、あんな風にしなくても自分が死んだことに気づいただろうに」
また別の黒子が言うと、背広は異を立てて返した。
「自殺してしまった方にはああでもしなくては、次生まれ変わっても命の重みがわかりませんよ。しかし、他人は殺せずとも自分は殺せるのだから不思議なものですね」
貴方も命を無下に扱ってはいけませんよ?