第2話
☆ 星の王子
王都を出発して三日が経過しました。
星の王子一行は、寒さを火の魔法で凌ぎつつ、焦らず、ゆっくりと雪道を進んでいます。
計算では、後四日ほどで、『四季の塔』の根元に辿り着けるはずです。
『四季の塔』の根元は、入り口に魔物が這い寄らないよう結界に覆われていて、そこまで進むことができれば、少しは休息をとることも可能でしょう。
そこまでの辛抱です。
「尺山寸水。こんな雪道、我らの前では些細なものだ!」
王子の金色の粒子に、舞い降る雪が照らされて、ハッと目を惹く美しさ。
兵士たちは、止まりかける足を奮い立たせて、「オオ!」と、王子の声に応えます。
しかし、一致団結した乱れることのない隊列が、そのまま心の団結までを表しているとは、限らないものです。
幸い、初日の夕方に現れた魔物以降、これといった事件は起こりませんでした。
確かに、大きくて屈強な魔物が現れることはありました。が、一向にとっては、相手が単体なら撃破するのは容易いことなのです。
むしろ、初日のように、群れで来られた方が厄介というものでした。
辺りは、雪、山、それだけ。
刺激もないので、徐々に、時間の感覚も奪われてきています。
王子は、なるほど、確かに厄介だ。と、塔に向かうことの危険性に、納得せざるをえません。
徐々に徐々に感覚を狂わせて、団結が崩れた頃に、なにかとんでもないものが現れる。そんなことを想像せずにはいられないのです。
それでもできることといえば、先のように声をかけて、士気を高めることだけ。
なるほど、確かに厄介だ。と、王子は繰り返します。
何もないからこそ、疑っている必要がある。
しかし、平穏を疑い続けることは、難しいことなのです。
orz オタク王子
今日もこれといった危険はなかったようだ。
オタク王子は、馬車でゲームをしながら思いました。
そして、今日の昼間、少しだけ目を覚ました時のことを思い出します。
馬車の外から聞こえてきた、兄の声のことを。
兄————星の王子には、少しだけ打たれ弱いところがあります。
それは、王様かオタク王子くらいしか知るところのないことですが、確かに、そうなのです。
オタク王子は、兄に頼りきりになることを、あまり好ましく思っていません。
計画通りに物事を進めていくタイプだからこそ、予想外の出来事に弱いということなのでしょうか。
とにかく、彼にはそういうところがあるのです。
オタク王子は、自分だけでも油断しないでおこう、と肝に銘じます。
こんなところで死んでは、洒落になりませんから。
と、そんなことを思っていると、ガタガタと音を立てて、誰かが馬車に入ってきました。
王子は、内心ビビリながらも、テレビとゲーム機を空間魔法で隠して、自身に認識阻害の魔法をかけました。
兵士たちは、当然オタク王子に気付くことはなく、馬車の最奥まで来ます。
そこでヒソヒソ話を始めました。
暗視の魔法、聴力強化を行使して、二人の様子を眺めます。
「本当にやるんですか?」
「まだそんなことを言ってんのか」
「す、すみません……」
「いいか、もしやらなかったら、それこそ、俺たちはなんで危険な目にあってまで、こんな旅に同行してるんだって話になるだろ。全て、冬の女王に王子を会わせるため? 割りに合わねぇよ」
兵士は二人組でした。
大柄な男に、おどおどした細身の男。
なにやら企み事を話し合っているようですが、しかし、まだ詳しい内容についてはハッキリしません。
と思ったら、大柄な男が続けてくれました。
「いいか、もう一度言うぞ。星の王子を、出し抜くんだ」
「はい。ジェロニモ様」
なんと! オタク王子、偶然、思わぬ情報をゲットです。
大人数を率いる中でありがちといえばありがちですが、単に、兄への忠誠心で動いている者だけではない、ということですね。
しかし、そんなことを知っても、オタク王子は、それを誰かに知らせるという選択肢を持ちませんでした。
むしろ、自身の作戦に役立ちそうではないか、とすら思いました。
王子は、彼らの動きを利用することに決めました。
その後、作戦について幾つか話し合って、二人は去って行きます。
それは作戦と言えるほどではないような代物でしたが、しかし、単純だからこそ、彼らでも充分に実行することができるのではないか、とオタク王子は判断。
ジェロニモたちが馬車を出ると、魔法を全て解いて、また自然体へと戻ります。
その際に、ガタリと大きな音を立ててしまいましたが、オタク王子はそれもいいかと、そのまま気にしませんでした。
翌日、馬車に何者かが潜んでいる、という噂が立ちました。
☆星の王子
「馬車から妙な物音がしたって話、聞いたか?」
「ああ。ただでさえ厳しい道のりだ。食料に手を出されてたら厄介だよな」
「全くだ。しかし、いったい何者だろうな? ネズミが紛れ込んでるとかなら、手間がかからなくていいんだが」
朝、出発の準備をしていると、なにやら辺りがざわざわとしています。
出処の分からない噂が蔓延して、皆、不安がっているのです。
兵士の言うように、ネズミであれば大した問題ではないのですが、もしもということもあります。
例えば、毒を持った小型の魔物。あるいは敵意を持った人間。
いずれにせよ、早めの対処が必要でしょう。
星の王子は、すぐに、すべての馬車を点検させることにしました。
出発前に、不安要素は取り除いておくべきだと考えたのです。
一つ一つ、馬車に入って、中を調べていきます。
武器の周囲、食料の山、隙間なく。
「ククク、こんにちは、兄上」
噂の真実はすぐに明らかになりました。
馬車の奥から、不敵な笑い声が聞こえてきたのです。
「だ、第二王子!?」
「いかにも」
「お前、なんでここに」
周囲も驚きの声をあげますが、最も驚いているのが星の王子でした。
彼がこんなに目を見開くのは大変珍しいことです。
得意の四字熟語が乱れています。
兵士たちは、いかに嫌われ者であるとはいえ王子に過激な言葉を使うことはできず、どうしたものかと、星の王子に目線を向けます。
とにかく、邪魔をする気なら野放しにはできないな、と彼は思いました。
orz オタク王子
オタク王子は半々の確率だと思っていましたが、見事に、星の王子は彼の姿を探し当てたのでした。
しかし、それも計算通り。
王子は、
「邪魔をする気はない」
「護衛も必要ない」
「ここに置いてくれるだけでいい」
「食料を分けてくれれば、その他のことでは気を使わなくて良い」
と欲求を告げました。
星の王子は難しい顔をしましたが、食料が足りていないわけでもないし、この危険な道のりを一人で帰らせるわけにもいかないと考えて、彼の欲求を認めました。
ただし、と条件をつけることも忘れません。
口を近づけて、他の者に聞こえないよう、言います。
「お前の魔法の腕は知っている。戦況にもよるが、戦闘があれば手を貸してくれないか」
オタク王子は嫌われ者で、やる気もありませんが、魔法に関しては一人前です。
その点だけは、星の王子も、オタク王子を認めているのです。
そして、オタク王子も、『四季の塔』に辿り着きたい気持ちは一緒。
兄の隊に壊滅などされては、面倒なことになってしまいます。
「もちろんですとも」
彼もまた小声で、しかし快く、了承しました。
〜その夜〜
来たか。
オタク王子は、布の上に寝転がりながらも、その足音を敏感に感じ取りました。
足音は馬車に近付き、上がりこんできます。
「よおよお、オタクちゃん」
「よ、よお」
ジェロニモです。
隣には、昨夜の痩せ男も。
嫌われ者とはいえ、皆は気を遣ってくれました。
しかし、この男たちには、そんな心は無いようです。
とはいえ、おおよそ、理由を想像することはできました。
口封じでしょう。
彼らは、昨夜の話を、オタク王子に聞かれていたものと思っているのです。
まあ、実際そうなのですが。
とにかく、あの話を星の王子に耳打ちされてはまずい。
幸い、聞かれていたのは、あの嫌われ者で有名なオタク王子らしい。
あの貧弱な体を見たか? あれなら、旅の途中で死亡したと言っても、何も不思議ではない。
そんなところでしょう。
さて、どうするか。
オタク王子は、意外なことに、ゆっくりと立ち上がりました。
表情も穏やか。
そう、王子には、彼らに何かしようなどという気は、さらさら無いのです。
何やら物騒な雰囲気で近付いてくる二人に、王子は、機先を制する形で、言葉を投げかけます。
「ジェロニモくん。キミの作戦には、穴があるんじゃないかい?」
「やはり、聞いてたのか」
「そう。その上で言うけど、我は別に、キミたちの敵というわけではないみたいなんだ」
「どういうことだ」
「うまく利用しあえる関係ということさ」
オタク王子は続けます。
「どうだ、ジェロニモくん。手を組まないか?」
「誰が…………ッ!?」
いつの間にか、体が動かなくなっていることに、二人組は気付きます。
足から力が抜けて、床に崩れ落ちて。
腕で必死に体を起こそうとして。
それで精一杯。
途端に、華奢だったはずの王子の体が、何倍にも大きく思えてきました。
「手を組まないか?」
同じことを繰り返すだけなのが、却って恐怖を煽ります。
「わ、わかった。わかりました」
それを受けて、二人は機械のように、首を上下に動かすことしかできません。
☆ 星の王子
翌日。
誰しもが、良くも悪くも、気を緩めずには入られませんでした。
当然でしょう。
何か問題が起きたかと思えば、気まぐれな王子が紛れ込んでいただけだったなんて。
さすがの星の王子でさえ、どこか毒気を抜かれた気分でした。
そして、そんな時こそ、何かが起こる。
分かっていたはずなのに。
orz オタク王子
突然の振動で起きてみると、どうにも外が騒がしい。
馬車は止まっているようでした。
何か起きたのかと、オタク王子は馬車から外を覗きます。
すると、外は酷い有様でした。
結構な数の兵士が倒れていて、混乱に包まれているのです。
そして、前方に目をやると、そこには、体高が山ほどもある大きな魔物が、不機嫌そうに目を光らせています。
これはヤバそうだ、と王子は思いました。
☆ 星の王子
突然、ありえないほどの巨体が空を覆ったかと思えば、次には大きな振動がありました。
今までにも大型の魔物は出てきましたが、比べ物にならないほどの大きさです。
あまりに唐突な出現に、星の王子は、目の前が真っ白になる思いでした。地震みたいだな、なんて下らない考えが一瞬浮かんで、それをすぐにかき消します。
気を緩めてはいないつもりでした。が、どうも、そんなことはなかったようです。
油断を自覚するのは難しいことです。
周囲には、化け物の着地の振動で巻き上げられた兵士たちが何人も倒れていて、立っている者たちの中にも、怪我人が多く見られます。
こう言ってはいけませんが、その光景を見て、王子は幾分か冷静さを取り戻すことができました。
しかし、”アレ”が危険な存在であるのには変わりありません。
自身の手に余ると判断した星の王子は、すぐさま、馬車にいる弟を手近な兵士に呼びに行かせました。
本人が活用しようとしないので周囲には知られていませんが、オタク王子にはあれで、かなりの魔法の才能があります。
手数は負けないでしょうが、一撃の攻撃力は段違い。
敵があのレベルの巨体となると、星の王子の剣技より、オタク王子の魔法の方が効果が大きいでしょう。
問題は、彼を呼んでくるまでの時間稼ぎです。
いつ、”アレ”が攻撃を仕掛けてくるか、わかったものではありません。
王子は腹を決めて、星の魔力をその身に纏いました。
それからは、持久戦です。
兵士たちも加勢しましたが、攻撃の一切は通用することがなく、星の王子が一人で抑え込むような形になりました。
すでに、死人は何人も出ています。
これ以上は、という気持ちがありました。
しかし、やはり相手は強く、星の王子の攻撃は決定打にはなりえません。
そんな時、弟の声が耳に届きました。
orz オタク王子
王子は、魔物に張り付く一つの影に、目が吸い寄せられました。
光っています。
あれは兄であると、すぐに判断がつきました。
かろうじて、抑え込むことはできているようですが……
と、足音が一つ、馬車に飛び込んできます。
「第二王子!」
若い男でした。
装備は立派であることから、かなりのエリートなのでしょう。
そんな彼が、涙か鼻水かわからないもので顔を濡らして、冷や汗を滝のようにかいて、腕から血を流しています。
彼の覚悟を上回る何者かが現れたのだということは、はっきりと理解できました。
そしてそれが、”アレ”なのだということも。
「どうか、どうかお力を!」
さすがに、それを見ていつものように怠けていられるほど、オタク王子も腐ってはいません。
兄を見殺しにする、というのは嫌なものです。
「うむ、よかろう」
偉そうに頷いて、馬車を飛び出しました。
「兄上!」
拡声の魔法で距離をとるように伝えます。
自分が出ていく以上、期待されているのは大規模な魔法でしょうから。
☆ 星の王子
「兄上!」
「よし! 会者定離、その場を離れろ! 意味が違う? そんなことは知らん!」
叫んで周囲の兵士に距離を取らせてなくては。
弟の魔法は最近見ていませんが、かなりの破壊力を持っているのは確かです。
かくいう自分も、巻き込まれるのは御免。
凄まじいスピードでその場を離れます。
そして、音が消えて。
暗い光の筋が”アレ”を示して。
辺りが白くなって。
予想よりもずっと静かに、ほとんど音すら立てずに。
気がついたときには、”アレ”は消滅していたのでした。
「ははは、唖然失笑」
星の王子は、目を飛び出さんほどに見開いて、口もポカンと開きました。
「なんか倒せた」
目を丸くした弟が呟きます。
〜4日後〜
それからは、並の危機くらいしか訪れませんでした。
オタク王子の力を借りるまでもないくらいのことです。
相変わらず、魔物は非常に強力でしたが、星の王子や兵士たちが力を合わせれば、突破口はいくつも見つかりました。
思えば、この旅の危険度は、”アレ”がピークだったのでした。
そして、ようやく、『四季の塔』が目の前に。
と言っても、到着したのは夕暮れです。
今はもう、塔を見守っているという春の女王の姿もありません。
一行は、結界の中に入り、夜を過ごすことにしました。
それなら、魔物に襲われる心配もしなくてすみます。
星の王子は、久しぶりにゆっくりと瞼を閉じることができるのに、喜びを感じました。
8 四季の塔
駄目だ……。
ついに、冬の女王の頭を、眠気が包み始めました。
これが『四季の女王』にかけられた呪い。
でも、こんなものに負けるわけにはいかないのです。
目を開けないと。冬の女王は必死に抵抗します。
ああ、どうして。
8 四季の塔
ガンガン、と四季の塔の入り口を乱暴に叩く影が二つ。
真夜中。
張られた結界の中の兵士たちは、疲れからか、すっかり寝込んでいます。
春の女王もいません。
そして、扉が開いたとき。
美しき冬の女王が。
鈴の音のような声を響かせるのです。
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