第1話
こんにちは、車輪と申します。
冬の童話祭2017に向けた作品として、このお話を書きました。
これから、全3話くらいの予定で更新していきます。
もしよければ、お付き合いください。
8 四季の塔
「うるさい! 私はもう塔から出ないの!」
春の女王は困っていました。
いつも通りに交代の時期に起きてきたはいいものの、どうしてか、冬の女王が塔から出てきてくれないのです。
塔の入り口をノックして、
「もうそろそろ交代しないと」
といっても聞き入れてくれません。
王国では、「春が来ない」と心配の声が溢れています。そろそろ交代しなければ、食料も尽き、国が滅んでしまいます。
それは冬の女王にしたって、本意ではないはずなのですが……
「困ったわ……国からの遣いを待つしかないのでしょうか」
春の女王は、息を白くしながら呟きました。
▼王都
春が来ない。
これが、王国が現在抱える、大きな悩みの種でした。
もう4月になっているというのに、冬の女王が冬を終わらせてくれないのです。
こんなことは初めてでした。
困った王様はお触れを出しました。
『冬の女王を春の女王と交代させた者には好きな褒美をとらせよう。
ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。
季節を巡らせることを妨げてはならない。』
普段は近付いてはならない『四季の塔』ですが、今回ばかりは、立ち入ることが許されます。
それを聞いた国民たちは、我こそと動き始めるのでした。
王様からの褒美と、美しい『四季の女王』を一目見る、数少ないチャンスに心を浮き立たせて。
☆ 星の王子
「四季の塔までの道は過酷だ! しかし隊列は乱すな! 隊列の乱れは心の乱れ! 臥薪嘗胆、苦労に耐えよ!」
先に旅立った屈強な男たちからしばらく遅れて、今出立の掛け声をあげたのが王子様です。
『星の王子』と呼ばれ、民たちからも信頼を寄せられる、強力なカリスマ性を誇る若い男でした。
まだ年若いにも関わらず、次期国王として大きな期待を寄せられているのが彼で、今回の件を解決したならば、いよいよその座も現実味を帯びてくることでしょう。
キラキラと美しい鎧が輝き、金髪が星の煌めきを放っています。彼に率いられる兵たちも、気合十分です。
王都から何人もの男たちが発っていくのを王子は黙って眺めていました。
王子はかつて冬の女王を見たことがあり、だからこそ、いち早く彼女の元へ向かいたかったのですが、我慢。
というのも、塔までの道がひどく過酷なものであるという話を、彼は知っていたのです。
立場上、死ぬわけにはいきません。
王子は情報収集を優先しました。
その間に、いくつもの凶報が王都に届きます。『四季の塔』周辺の大地に潜む魔物が、牙を剥いたとのことでした。
『四季の塔』まで到達した有名冒険者も中にはいましたが、いずれも冬の女王の姿を見ることは叶わなかったようです。
ただ、彼らは、春の女王と会話を交わしたようで、それだけで嬉しげにしていました。
王子は、それらの情報を整理して、必要な分の兵士を揃えました。
彼らにも、自分の力で女王に会いたいという気持ちはあるのでしょうが、そこはカリスマ溢れる星の王子。最終的にはみんな笑って、王子の隊に加わってくれました。
我慢に我慢を重ねての今です。
当然、王子には気合が漲っています。
「いざ、出陣! 銅頭鉄額、魔物は殺せ! 万里一空、目標は『四季の塔』!」
王子の放つ威勢の良い掛け声に、兵士たちの雄叫びが重なって。
さあ、王都からいよいよ出陣です。
▼王都
圧倒的な人気を誇る『星の王子』の背中が、王都の門からどんどんと離れていきます。
さすがは人気者。彼の見送りには、老若男女、たくさんの人物が訪れていました。
「きっと、王子ならなんとかしてくださる」
「ああ、きっと」
そんな会話があちこちで聞かれます。
若い街娘たちからは、「行かないでー」なんて甲高い声が上がりましたが、彼女たちにしても、王子を信頼しきっているのは明らかでした。
これでようやく、長い冬が終わる。
王子の纏う星の輝きに、誰もがそう期待していました。
〜〜〜〜〜
王子の出陣を城の大窓から見送る者がいました。
そう、この国の王様です。
王様は、あまり口を出して子供の成長を妨げてはならないと思い、最近は、大抵のことは自分で判断させるようにしています。
もちろん、最初から上手くいくなんてことはありえません。
それは、将来有望な『星の王子』であってもそうなのです。王様からすれば、彼でさえまだまだひよっ子。
でも、手を貸しはしません。
一見厳しいように思えますが、同時に彼は優しい『父親』でもありました。
できれば、手伝ってやりたい。
でも、それでは息子のためにはならない。
だったらせめて、こうして見送るくらいは。
「大変です! 王様!」
そんな考えは、大きな声によって一瞬でかき消されます。
王様は『父親』の顔をやめて『王』の顔に変わってから、部屋の入り口の方へ振り向きました。
「なんだ」
部屋に飛び込んできたのは、執事のガイ。
彼がこんなに慌てているのは珍しいことです。
王様は、無礼な態度にも目をつむって、まずは要件を訪ねました。
「第二王子が、行方不明に!」
「なんだと!」
王様は思わず、床を踏み鳴らしてしまいます。
ガイはビクリとして、息を詰まらせました。
王様の怒りを恐れているのです。
しかし、王様は怒ったというよりは、驚いたのでした。
なにせ、
「あの、いつも部屋でアニメばかり見ているあいつが、行方不明?」
そういうことです。
つまり、第二王子は引きこもりだったのです。
いつもいつも、部屋にこもってアニメゲームアニメアニメ。
魔法の才能はあるはずなのに、それを何かに活かそうとはせず、下半身からは筋肉がほとんど失われていました。
それほどまでに引きこもっていた彼が、行方不明?
どうにも信じられない話でした。
人攫いなどは、王城の警備からするとありえません。
つまり、第二王子が消えたということは、自ら外に出た以外にないのです。
「今すぐ、警備のものを集めろ!」
「ははっ!」
王様は声を張り上げました。城全体に響き渡るかのような大声です。
再び肩を震わせたガイは、そそくさと部屋を出て行くのでした。
orz オタク王子
威勢の良い掛け声をあげて王都を出発した『星の王子』一行。
彼らの食料や武器防具が積まれた馬車の中に、何やら痩せこけた影が紛れ込んでいました。
彼は手元にある、明るい光を放つ物体であたりを照らしながら、
「ククク……どうやらうまくいったようだ……」
などと、怪しげな笑いを零しています。
彼が手元を動かすと、明るい光は消え、再び薄暗い空間に。
「この闇は……心地イイ……」
悦に入るのは良いですが、馬車の揺れに負けて、足元が不確かですよ?
「いてっ!」
ほら、転んじゃいました。
「いや、今のは座っただけだ」
いや、いま痛がってましたよね?
「我とて、思ってもないことが口をついて出ることくらいある」
はあ……そうですか。
なんて言いながらも、彼は背負った特大のリュックサックを開けて、中から中型のテレビを取り出しました。
「サンダー」
呪文を唱えると、不思議なことに、電源がつきます。
画面には、美少女アニメが。
「クク……待っておれ、『冬の女王』よ」
美少女を眺めながら、彼は馬車に揺られていきます。
そう、彼こそ第二王子。
通称……オタク王子。
王族最大の嫌われ者にして、なにやら野望を秘めた男が、『星の王子』の隊に紛れ込んでいたのです。
▼王都
王様のもとに、すぐに警備の担当者が集まりました。
当然、彼らも第二王子失踪の話は聞いているようで、皆が緊張した面持ちです。
「この中で、最後にアイツを見たのは誰だ?」
尋ねると、しばらくして三人ほどが手をあげました。
「おそらく、私たちかと」
「ふむ。とにかく、そのときの状況を詳しく話せ」
三人組は語ります。
三人で、第二王子の部屋の近辺を警備していたと。
仲良しの若い騎士と話をしていて、その最中に突然、王子の部屋の扉が開いたと。
王子が自分から部屋を出ることなどほとんどなかったので、それは大層驚いたそうな。
「『それで、その時に、出発する兄上に大切な話がある。兄弟水入らずを望むゆえ、護衛などは許さん』と」
「それで、みすみす王子に一人で行かせたというのか! この、愚か者どもが!」
当然、警備長が怒鳴りつけます。
しかし、それを王様は遮りました。
「そうか……アイツは確かに、兄上に話があると、そう言ったのだな?」
「はい、間違いはありません!」
それを聞いて、しばし王様は考え込みます。
そして、
「そうか、それならいいのだ。どうやらまた、俺の心配性が顔を出していたらしい。すまなかったな。お前たちも、もう持ち場に戻ってくれ」
そう言ったのでした。
呆然とする警備員たちをよそに、王様は少し微笑みます。
最近はほとんど顔も合わせなくなって、気持ちなんて少しもわからなくなってしまいましたが、それでも案外、変わっていないんだなと。
かつて、王様と二人の息子は、冬の女王を一目見たことがありました。
まだ幼かった二人は、ハッキリと記憶を残してはいないらしいのですが、王様はその時のことをもれなく覚えているのです。
三人揃って呆然と見とれた、あの時のことを。
ともすれば、第二王子の行き先など、簡単に予想がついてしまうのでした。
☆ 星の王子
「くそ!」
「やれ!」
雪に埋まった荒野を、火の魔術と氷の魔術とで平らにしながら馬車を進めていると、見たこともない魔物が襲いかかってきました。
これが、『四季の塔』への道の険しさということなのでしょう。
しかし、星の王子と兵士たちは、そんなものに怯えたりはしません。
剣を抜き、杖を構え、徹底抗戦です。
鈍い音や鋭い音、どこか混濁した音など、様々な音が辺りを濡らしています。
魔物は数が多いものの力が強いわけではなく、王子隊の兵士が一対一の状況を作ることができたなら、ほとんどの確率で打ちのめすことができました。
それでも時間はかかりましたが、しばらくして、周囲には静寂が戻りました。
しかし、少ないながらも、犠牲者は出ました。
王子は兵士たちとともに、亡くなった兵士の名前を確認し、炎の魔法で遺体を燃やします。
そうでもしないと、凶悪なアンデットとして蘇ったり、成仏できずにこの世にとどまったりと、非常にやっかいなことになってしまうのです。
仲間の体を燃やすという行為は、心に深い闇をもたらすものでしたが、みんな、歯を食いしばって頑張りました。
死んだ仲間の暗い感情が、乗り移ってきているようでした。
遺体の処理が終わると、もうすっかり夜になっています。
暗闇の中で進むのは危険行為。夜目が利く魔物たちの、格好の餌食になってしまうでしょう。
目的地を見失うこともありえます。
王子はそれを危険視して、早めに夜の準備を整えることにしました。
食料や武器の乗せられた馬車を中心に、それを囲むようにテントを立てます。
見張りは、火の魔法を使える者を中心に、交代で行うのが常識です。
王子の仕事は、最も中央に近いテントに寝泊まりし、明日の方針について考えること。
多くを率いる者は、常に思慮深く、冷静でいる必要があるのです。
王子も完璧な人間ではありませんし、戦闘による疲れも確かに残っています。
でも、心配は要りません。
王子には昔からの相談係、フィールズがいるのですから。
一緒に考え込んでくれる人がいるというのは、良いことです。
途中、食事を挟みながらも、みんな油断なく、自分の役目を果たしていきます。
汚れてしまった剣の手入れを行うもの、周囲を監視するもの、王子を護衛するもの。
降り積もる雪にも警戒しなくてはいけません。
夜になっても、やることは山積みです。
orz オタク王子
もう、外からはほとんど物音が聞こえなくなりました。
度々、見張り役の足音がありますが、それくらいです。
ほとんどが役割を全うして、眠りについたのでしょう。
そんな中でも、オタク王子は1人、活動的です。
馬車の1つの最奥にこもって、不気味な笑い声を立てているのです。
ククク、と。
手元には大きな肉が握られていて、それには大きな歯型が。
それはもちろん、この馬車に積み込まれていた食料でした。
といっても、この馬車に積まれていた肉というのは干し肉くらいのものです。今の、口いっぱいに肉汁が溢れている状態は、やはり魔法によって引き起こされたと言っていいでしょう。
王子は干し肉を見つけると、それを魔法で生肉にまで戻し、さらに強火で炙ったのです。
魔法の才能はいろいろなところで役に立つものですね。
さて、そんな王子でも、さすがに先ほどは焦りました。
食事の用意に、兵士が数人ほど、馬車に上がりこんできたのですから。
その時、王子は録画しておいた美少女アニメを見ていて、完全にリラックスしていました。
がたがたと音がした時には、心臓が口から飛び出しそうなほど驚いたものです。
なんとか、起き上がって武器の隙間に隠れたので見つからずに済みましたが、あの時は完全に油断していました。
これから、奥の武具を使おうとすることもあるでしょうし、食料も当然減っていきます。
王子が隠れられる場所は、徐々に減っていくでしょう。
これは、対策を考えなければいけないぞ。
肉を頬張りながら、のんびりと、王子はそんなことを考えます。
正面では、テレビが深夜アニメを映しています。
時間帯を考えるに、リアルタイムの放送でしょうか?
とすれば、時期的に、”春アニメ”ということになります。この国では、季節の移り変わりが非常にはっきりしていますから、アニメの開始時期も正確なのです。
それこそ、女王の入れ替わりとアニメ、どちらが季節の境目か、分からなくなってしまうほどに。
いえ、それはさすがに冗談ですが。
どちらにせよ、春が来ないのに、春アニメ。
おかしな話です。
8 四季の塔
ようやく春の女王が帰ってくれたわ。
会ったのは初めてですが、あんなにしつこい方だったとは、驚きね。
「でも、まあ、私の邪魔をしない限りは、見逃してあげるわ」
そう、春の女王は早寝早起き。
この時間が邪魔されることはない。
少し罪悪感はありますが、それには雪で蓋をして。
だって、いま眠ってしまうわけには、いかないもの。
どうしても、この世界の終わりを。
見届けなくては。
感想等、お待ちしております。