第11話 苦い経験
既に行程の8割近く走破してきたが、盗賊一件と貴族の内紛以外、目立った障害もなく三週間が過ぎて終った。俺はもっと魔物に邪魔される旅を予想していたが、これと言った魔物は現れず、拍子抜けの感がある。思わず馬の手綱を取っているカムエルさんに、
「クルムから王都への街道には、殆ど魔物の生息域が無いんですかね。」と聞いてしまった。
「タクマさん、今回は非常に運が良いだけですよ。いつもなら、ゴブリンの襲撃や、オークとの衝突が必ず発生していましたから。それにまだ、王都までの間に、魔物の巣窟と言われる深淵の森の際を通過しなければなりません。あまり変なフラグを立てないでください。」と叱られた。ここは素直に謝っておく。
「ところで、その深淵の森の側を通るのはいつ頃ですか?」と聞くと、
「三日後には、通ります。探索魔法で魔物を避けられれば、その方向でお願いしますよ。」と言われてしまった。俺もこちらから進んで魔物と戦いたくはありませんよと返しそうになったが、我慢する。
する事がないので、探索魔法で周囲20キロから50キロに範囲を広げサーチしてみる。あれ、35キロ前方にちょっと大きな反応がある。王都からこちらに向かっている隊商のようだ。荷馬車10台連ねて俺たちの方向に進んで来ている。護衛の冒険者たちだろう、隊商の前後に馬に乗った5人位の一団が付いている。只、彼等の前方10キロ周辺に魔物が集まり出していた。多分オークの一団と思われる。オークリーダーに率いられた十数匹である。護衛の力量が、Bランクなら問題ないと思うが、サーチではそこまで解らない。衝突の予想される地点まで、こちらからは25キロあるが、現状のスピードを考えると、隊商とこちらが出会う場所が衝突地点になりそうだ。カムエルさんに、この状況を話し、隊商とオークが衝突して戦いが終わってから通過するように、休憩していくか尋ねると、
「隊商が、オークの一団を撃破できる保証はないですよね。それなら協力して撃破する以外ないと思いますが、如何ですか?」と言われたので、
「いや、相手の冒険者にもよるんです。自分達の獲物を横取りされたと考える奴も結構いますから。」と俺が答える。
と言うのも、3年前、まだタクマが12才の時だったが、ゴンズイと二人オーマ山岳地帯の森林で獲物を探していた。人の悲鳴が聞こえたので、その方向に駆けつけると、5人の冒険者たちが、ウインドエルプの群れに取り囲まれ、四方から風の矢を打ち込まれていた。盾役の後ろの女性冒険者が、足に風の矢を受け、倒れている。一目でこのままでは全滅すると、親爺が判断し、ウインドエルプのボスを仕留めることにした。ウインドエルプは、150cmくらいの猿の魔物だが、両腕が非常に発達しており、親爺の足くらいの太さがある。また、風属性の魔法を使い、風の矢を中距離の木の上から打ち込んでくる。常に一匹のボスと30匹ぐらいの群れで行動するため、取り囲まれると厄介だ。殺傷能力は低いが、四方から風の矢で獲物を衰弱させ、止めに丸太のような腕で棍棒を振り下ろす。猪ぐらいは、一撃だ。5人の冒険者は、四方からの風の矢で皮鎧を切り裂かれ全員流血していた。治療用ポーションも既に使い切っているようだ。一匹だけ包囲網から離れ、一番高い木の上から群れを統制しているボスを見つけた。高すぎて俺の弓では届かない。登っていけば気付かれる。風の矢位じゃ、風属性のウインドエルプのボスにかすり傷を与えるのが精一杯だし、どうしようかと考えていて、昨日親爺に叱られたライトの魔法を思い出した。魔力を込めすぎて明るすぎて目を痛めたと怒っていた。あいつの目の前に過剰に魔力を込めたライトを出現させたら、目を眩ませられると思い、親爺に言うと、やれと目で示す。俺は目一杯魔力を込めたライトをウインドエルプのボスの目の前に発現させた。突然目の前に光りの爆発を受けたボスは、手を離し目を押さえてバランスを崩して落下する。既に落下地点に移動した親爺の剣が、ウインドエルプのボスを真っ二つに切り裂いた。ボスを仕留められ、恐慌に陥ったウインドエルプたちは、算を乱して逃走する。何故助かったか解らない冒険者たちは、ウインドエルプのボスの体を回収する俺たちを見て、猛然と抗議してきたのだ。ウインドエルプは見た目のわりに、肉が非常に美味なため、高額で取引されており、彼等の目的もウインドエルプを狩ることだったが、反対に取り囲まれ攻撃されていたのだ。しかし俺たちの仕留めたウインドエルプのボスを見て、最初に戦っていたものに獲物の権利があるなどと言ってきたため、親爺の怒りにふれてしまった。クレームを言ってきた男の襟首を掴み、
「死にかけのヒヨッコが、大層な口をきくんじゃねえ。俺はクルムでBランク冒険者をやっていたゴンズイだ。お前ら、どこのギルドのもんだ。何ならもう一度エルプの群れの中に放り込んでやるぞ。」と怒鳴られ、すごすご引き下がっていった。体力回復ポーションを飲ませてやろうと思っていたが、放っておくことにした。それ以来、魔物狩りでは、助けを求められない限り、助勢しない事にしている。
そんな経験を、カムエルさんに話し、向こうが助けを求めない限り、一緒にオークの群れを倒すつもりがないことを理解してもらう。
「解りました。タクマさん、でも、スピードはこのままで進んで行き、隊商の冒険者たちの実力を見てから、考えましょう。」と言うので、同意する。




