予期せぬ事態
「待っていたぞ、ウィン、ディーネ。」
大陸に上陸した三人を、一人の男が出迎える。男は、ウィンやディーネと同じ白いローブを着、年齢は、五十代程であろうか、大人しそうな印象であった。
「久しぶりだな、クェイ。」
「お変わりないようで。」
「お主達もな。・・・そこにいる少年が、アイクだな。」
「・・・初めまして。・・・アイク・グランツです。」
「『地』の賢者、クェイだ。・・・我々とお主の先祖の使命に巻き込んでしまい、すまないことをした。・・・詫びてどうにかなるものではないが・・・巻き込んでしまったこと、誠にすまない。」
「・・・。」
「・・・それより、クェイ。何があった?厄介なこととは、一体・・・?」
「・・・それに関しては、幾つかあるが・・・ここで立ち話もなんだ。我の神殿で話すとしよう。すぐそこだ。」
クェイが指し示すと、そこにはいつ現れたのか、石造りの神殿が建っていた。
「・・・分かった。ディーネ、アイク、行くぞ。」
ウィンに促され、ディーネとアイクは神殿へと向かって行った。
「まず、最初の厄介なことだが・・・どうやら、賢者達の目覚めが、思ったより遅い。」
神殿に入り、その一室に案内された三人に、クェイは早速本題について話し出した。
「遅い?どういうことだ?」
「言葉通りだ。・・・我ら八賢者の内、『氷』の賢者フリジット、『雷』の賢者ライ、『光』の賢者セイク、『闇』の賢者ミッドナイトが目覚めていないのだ。」
「姉様が!?」
ディーネは、信じられないといった様子で、クェイの話に動揺を露わにした。
「・・・ディーネの件で、我は他の賢者達の様子を確認するため、通信球で何度も呼びかけた。だが、彼らは、我がどれだけ呼びかけようと、反応しなかったのだ。」
「・・・通信球の調子が悪いのではないのか?」
「いや、通信球に異常はない。正常に機能している。・・・だが、所有者である彼らが、まだ目覚めていないのだ。」
「・・・あり得ない。ラーヴォスが目覚めた時、私達は、アイクの末裔と共に戦うことになっていたはず・・・!」
「・・・姉様が、眠りの覚醒を間違えるなんてありえません。何か・・・原因があるはずです。」
「・・・今、我々以外で唯一目覚めている『火』の賢者ファイに頼んで、他の賢者達の様子を見に行かせている。・・・ついでに、世界の今の様子も探らせている。彼らに関しては、ファイの報告を待たねば動きようがない。」
三人の賢者達の間に、重い空気が流れる。
「・・・これだけでも厄介なことだが、まだ厄介なことが起きているのだ。」
「・・・これ以上に厄介なことがあるとは思えないが・・・何だ?」
「・・・アイクの末裔に関することだ。」
「アイクの?」
「うむ。・・・お主達、妙だとは思わんかったか?そこの少年は、王家の縁者でもないというのに、アイクの波長を持っている。・・・そして、アイクの波長が、他に感知できないことを。」
「・・・そういえば・・・。」
「・・・クェイ・・・まさか・・・。」
「現在の王家は、アイクの血統ではないということだ。我々は、血統を感知することができる。たとえ、どれだけ薄くなろうともだ。・・・そして、我々が他にアイクの波長を感知できないということは、アイクの末裔は、彼以外全て絶えてしまったということだろう。」
「・・・そんな・・・では・・・アイクの子孫は・・・もう・・・彼以外には・・・!?」
「・・・アイク。お前に家族はいるか?」
「え?・・・いません。・・・父がいましたけど・・・病気でもう・・・。」
「・・・では、お前の家族は、もう一人もいないということか?」
「・・・はい。」
「・・・そんな・・・!」
ディーネは、その場に崩れ落ちると、突然泣き出した。
「・・・そんな・・・そんな・・・私は・・・私は・・・何のために・・・!?」
「・・・ディーネさん・・・?」
「・・・。」
「・・・ディーネ。お主の気持ちは分からんでもない。・・・だが、人と我らの時間は、あまりにも違うのだ。・・・お主も分かっていたはずだ。・・・こうなることも、覚悟の上だっただろう。」
「・・・。」
ディーネは、クェイの言葉が聞こえていないかのように、泣き続けていた。その姿に、アイクは心を痛めた。理由は分からない。だが、何か不思議なものを感じていた。
(・・・何だろう・・・ディーネさんを見ていると・・・何だか悲しく感じる・・・。何で泣いてるのか分からないのに・・・。)
「・・・クェイ。我々はどうすればいい?奴らは、ピンポイントで彼の居場所を付きとめ、襲撃してきた。つまり、ラーヴォスもアイクの血の波長が分かるということだ。何とか保護したが・・・奴らが気付くのも時間の問題だ。」
「案ずるな。この領域にいる限りは、安全だ。ここは、我が領域。いかにラーヴォスであろうと、彼を感知できん。」
「・・・とりあえずは安心か・・・。」
「だが、いつまでもここに籠っているわけにもいかん。ラーヴォスが完全復活してしまえば、我が結界も無意味だ。」
「では、アイクはここに置いておき、私達は、ラーヴォスの復活阻止を・・・。」
『あーあー、聞こえるか?クェイ?こちら、ファイ。』
突然、若い男性の声が、部屋中に響き渡る。
「!?誰ですか!?」
「・・・ファイか。どうだ、他の賢者達の様子は?」
クェイは、懐から通信球を取り出すと、会話を開始する。
『・・・今、氷の神殿にいるところなんだが・・・ちょっと問題があった。』
「問題だと?何だ?」
『・・・フリジットの奴がいねーんだ。』
「いない?」
「!姉様がいない!?」
「!」
『!おい、まさか・・・ディーネの奴がいるのか?』
「・・・うむ。」
『・・・あー・・・ディーネ、今の話は・・・。』
「どういうこと!?ファイ!答えなさい!姉様がいないとは、どういうことですか!?」
ディーネは、さっきまでとは打って変わって激情に駆られたように通信球に迫った。
『クェイ、ディーネを落ち着かせてくれ。これじゃあ話もできやしねー。』
「・・・すまぬ、ディーネ。」
クェイは、ディーネのみぞおちを殴る。
「かはっ!?」
ディーネは、その場に崩れ落ち、気を失った。
「・・・ディーネは姉想いの性格だ。姉に何かあったと聞けば、ジッとしてはおれん。」
『はあ・・・面倒な性格は相変わらずか。』
「・・・あの・・・この声は・・・?」
「彼は、先ほど話した賢者のファイだ。彼は、力の回復が思ったより早くてな。様子を見に行かせているのだ。」
『んん?ディーネの他に誰かいるのか、クェイ?」
「うむ。ウィンがおる。それに、我らが待ち望んだ男がな。」
『おお!じゃあ、そこにアイクの末裔がいるんだな!?』
「・・・いるこそはいるんだが・・・。」
『よお、アイクの末裔。俺は、ファイってんだ。火を司る賢者だ。お前の先祖とは、一番の親友だったんだ。仲良くしようぜ。』
通信球から聞こえる声は、アイクに対し、親しい者と話すような感じで話しかけてきた。
「・・・はあ・・・。」
「ファイ、彼は、アイクの子孫であって、アイク本人ではないことを忘れるな。戸惑っているだろう。」
ウィンが、窘めるようにファイに言う。
『別に、アイク本人なんて言ってないだろ。俺は、この時代の子孫とも、アイクみたいに仲良くやっていきたいだけだ。』
「・・・。」
『というわけだ。お前のこと、色々教えてくれよ。』
「ファイ。お主は自分の役目を果たせ。ことは、一刻を争うのだ。」
『・・・分かったよ。・・・たく、頑固野郎が・・・。』
「・・・ウィン。我らも行動を起こすとしよう。」
「ああ。私達は、ラーヴォスの肉体を守るとしよう。奴らに、奪われてはいけない。」
「いや、それは、我が請け負おう。お主は、別の方を頼みたい。」
「別のこと?」
「・・・アイクのことだ。」