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短編集

チートもハーレムも成り上がりもない異世界転生/ファンタジー、異世界、転生、冒険者

 その日、彼は死亡した。

 大して良いことのない、むしろ報われる事のない人生だった。

 社会の底辺として生きて、誰にも看取られることもなく死んでいった。

 その最後の瞬間、彼は自分の人生を振り返った。

「なんだったんだよ…………」

 人生が、生き様が、人との出会いが。

 その全てについての言葉である。

 それだけが、彼が自分の人生に言える全てであった。

 享年四十歳。

 電気ガス水道を止められ、借金を背負い、それでも生活に追われて財布の中身は五十六円。

 最後もボロボロのアパートの一室で、すきま風の差し込む中、薄っぺらい布団の中で息を引き取った。



 そして男は異世界に転生し、そんな人生の記憶を蘇らせた。

 その時点で男は五歳。

 前世と併せて四十五年分の人生経験を持ち、そこらの大人よりもよっぽど深い知識ももっていた。

 幸いなことにこの世界における読み書きも、簡単なものであるが近くの寺で教えてもらう事ができた。

 計算などは前世において身につけていたのでさして困る事もない。

 数字と計算に使う記号などが分かれば十分だった。

(これは……)

 男は、この世界においてジョンと名付けられた彼は密かに勝利を確信した。

(これなら、俺もいける!)

 前世の記憶という大きなリードをもってる事にジョンは優位性を感じた。

 少なくとも今回の人生においてならば上手くやれると。



 その自信は打ち砕かれる事となるが。



 まず、出身である。

 貴族でも富豪でもなんでもない、どこにでもあるような農村がジョンの出身地であった。

 出世どころか、そこから抜け出す機会すらほとんどない。

 村における作業でも、前世の知識や経験を活かす事はできなかった。

 農業に従事していれば違ったのだろうが、残念ながらそれとは全く関係がない仕事ばかりだった。

 コンビニのレジ打ちや検品作業を農作業の何に活かせばよいのか、という話になる。

 せいぜい前世の記憶や能力で役立ったのは、文字が書けるのと計算が出来る事くらい。

 それで作業時間がいくらか短縮できたので村の者達には感謝されたが。

 しかし、活躍というにはほど遠く、村人から「あいつは意外と頼りになるな」という評価を得ただけである。

 そしてそれが足がかりになるかというと、そんな事はない。

 便利な人間がいると思われるだけで、待遇が良くなるわけではない。

 むしろ頻繁にあっちこっち連れ回され、あれこれと使われる事が増えただけだった。



 これはいかん、と何とかこの状況から抜け出そうとしたが、よりよい手段があるわけでもない。

 それでも、村を訪れる行商人や旅芸人などから様々な話しを聞き、情報収集につとめた。

 その中で興味を抱いたのが冒険者という存在だった。

 話しを聞くに、それは以前の人生におけるファンタジーそのもののように思えた。

(これなら!)

 ジョンは期待に胸を高鳴らせ、いつか冒険者に、と考えていった。



 そして。

 どうにかこうにか村を抜け出し(家出である)、冒険者の集うという町にまで出向く事ができた。

 町へ向かうという商人の手伝いという事で無料で同行させてもらいながら。

 給金は町への旅費と相殺でこれっぽっちも収入はなかったが、食事も出してもらったので文句は言えなかった。

 それでもジョンは希望を胸に抱いていた。

 出自を問わない冒険者となってのし上がるという夢で頭がいっぱいだった。

(よし、やるぞ!)

 意気揚々と町の中に入っていき、冒険者の集まるという店を探していった。

 そのあたりは今まで商人や旅芸人などから聞いていたのである程度分かっている…………つもりだった。



 現実はそんなものではない。

 出自を問わないというのは、ようするに最下層の人間しか集まらないという事である。

 戦士にしろ魔術師にしろ、まともな連中なら冒険者になどならない。

 そんな事をするくらいなら、軍隊に入るか富裕な商人の護衛でもしてるのが普通だった。

 それでも冒険者になるというのは、何かしらわけありな者がほとんどだった。

 実際、ジョンが出向いた冒険者の集まる店にいたのは、ヤクザや浮浪者とさして違いのないような連中ばかりだった。

 それでも仕事はあるにはあるが、たいていが荷物運びや建築や倉庫などでの肉体労働ばかり。

 行商人の護衛やモンスター退治というのもあったが、それらは軍隊経験のある者が優先されていた。

 これはジョンがどれほど希望してもどうしようもないものだった。

 冒険者に仕事を割り振る店も、信用が第一である。

 紹介するならそれなりに腕の立つものを優先する。

 また、装備もちゃんと所有してる者を選ぶ。

 着のみ着のままのジョンを選ぶ理由など何もなかった。

 ジョンが何かしら武術の訓練でも受けていればともかく。

 前世と今世をあわせても、中学の時に体育でやった柔道や剣道がジョンの格闘歴の全てである。

 せいぜい、子供の頃の喧嘩くらいが実戦経験であった。

 それも負け続けの。

 そんな人間に回すような戦闘的な仕事などあるわけがなかった。



(結局これか)

 ジョンがありつく事ができるようになったのは、事務仕事がほとんどだった。

 読み書きが出来て、計算がしっかり出来る、というのは大きなものだった。

 賃金も、通常の労働者よりは良い。

 しかし、思い描いていたような活躍とはほど遠い所にいた。

 予定では、冒険に出て、危険をかいくぐり、頭角を現してめきめきと出世していく…………はずだっったのに。

 きつい肉体労働をしないで済むのはありがたかったが、やはり使われてる事に変わりはない。

 これではいったい何のために冒険者になったのかさっぱりわからない。

(むしろ、派遣だろこれって)

 何度となく思った事を頭に浮かべるも、ここから抜け出す道は全く見えなかった。



 だが、ここでくじけるわけにはいかなかった。

 待遇は良くなってるとはいえ、これでは前世と何も変わらない。

 社会の下っ端として生きているというだけだった。

 そもそも冒険者というのが、社会の底辺である。

 考えてみればおかしなもので、なんでそんなものになろうとしたのかを不思議に思うようになっていた。

 それでも、村にいるよりは出世の可能性があるだけマシだった。

 村にいれば、代わり映えのない農村で、部屋住みとして一生を過ごすことになっていただろう。

 農家の次男以下として生まれたジョンには他に選択肢はない。

 こうやって町に出て仕事にありつかない限り、自分の人生を切り開く可能性を得ることはできなかった。



 そんなジョンにとって、起死回生の手段はやはり冒険に出ることだった。

 仕事として危険な任務に就くことはできないが、個人が自分の意志で何かをするというなら問題はない。

 もちろん他の誰かに迷惑をかけないという最低条件をこなす必要はあったが。

 問題はいったい何をやるかである。

 基本となるのは遺物探しである。

 この世界には、太古に栄えた文明があり、その文明の遺跡から遺物を持ち帰るとそれなりの金になる。

 今では失われた技術によって作られた物品や、失われた知識が書かれた書物などはかなり高く取引される。

 また、単純に宝飾品などが見つかれば、それは相場にあわせた報酬となる。

 とはいえこういった遺物探しも、近場にあるものはとっくに何度も探索されている。

 まだ人の手がついてない場所を探さないかぎり、成功の見込みはない。



 それ以外にも、賞金首を捕らえたり、出没してる危険なモンスターを倒して報奨金を得る、というのもある。

 モンスター退治は冒険者として依頼が出される事もあるが、それとは別に賞金首と同じような扱いになるものもある。

 倒したモンスターも、様々な道具の材料になったり、魔法の触媒になるものもあるので、それを狙うのも良い。

 ただ、こちらは戦闘に適した技術や知識がないとどうにもならない。

 それに、賞金がかかるようなモンスターは、とんでもなく危険なものがほとんどである。

 好んでそれらに戦いを挑もうなどという者は滅多にいない。

 高レベルの冒険者であってもだ。

 人里から離れた所に生息してるから早急に対処する必要もない。

 もしそういうことになれば、近隣の集落から退治の依頼が出るだろう。

 国が軍を動員する事もありうる。



 つまる所、打つ手なしであった。

「畜生!」

 あれこれ考えても状況の打開になるような方策は全く思いつかない。

 多少の危険は覚悟していたが、あるのは多少どころではない危険か、損失の可能性の高いものばかりだった。

「これじゃどうしようもないじゃないか…………」

 確かに稼ぎはよい。

 この世界においては。

 それでも元の世界に比べれば、賃金は少ない方である。

 特に技術のいらない単純労働者で、賃金はおよそ五千円くらいなのがこの世界である。

 物価などは前世とは違うので単純比較はできないが。

 それに対してジョンの行ってる事務作業は、だいたい七千円くらいなので、いくらか裕福ではある。

 それとて、一日千円ほどに換算できる宿代(何十人との雑魚寝部屋)と、一回千円ほどの食事代を考えれば多額と言えるかどうか。

 更にここから税金が差し引かれるのだから、手元に残るのはわずかである。

 前世の記憶を持ってはいるが、特に何の能力もなく、必要な技術もない。

 そんなジョンに出来る事は、底辺の中では少しはマシな待遇を手に入れることくらいだった。



「畜生、なんで俺は!」



 嘆きの声を時折漏らす。

 しかし状況を打開する事はできなかった。





 見ての通りです。

 救いなんてありません。

 でも、こんな話を求めてる人もいるかもしれないので、書いてみました。

 ジャンルについてですが、ファンタジーとしてますが、ホラーの方が良かったかなと今も思ってます。

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