表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ダーク耽美系

その手をとって誘いを

作者: 斉凛

 窓の外は青空と、赤く染まった木々、そして、墓、墓、墓。バスは霊園の中を走っていた。


 春には桜並木が美しいこの霊園も、今はすっかり秋色に染まっている。墓の合間に植えられた木々はまるで死体の血を吸って美しく、鮮やかな赤に色づいているように見えた。そんな中、墓地の中だという事など、全く無視していつも通りに走る一台のバス。

 バスの中は混んでいたが、誰も窓の外を気にする素振りを見せなかった。


「嫌だなぁ……」


 亜紀はポツリと呟いた。霊感なんてないし、幽霊を見た事もない。しかも今は昼間だ。それでも墓地の中を走るのは嫌だった。

 スマホを取り出してLINEを見るが、親友の香奈の表示は未読のままだった。香奈が学校を休み始めて3日。それからずっと未読のまま。噂では行方不明らしい。

 心の中に澱のようにたまった胸騒ぎが、後ろめたさと入り交じって、亜紀の心を黒く染めていく。墓地の中を走っているから憂鬱な気分になるんだ……そう亜紀は心に言い聞かせた。


 今朝もバスは墓地を抜けて駅へと走っていく。



 香奈は学校に来なかった。本来香奈がいるべき机が気になって、何度も見てしまう。クラスメイト達は、香奈の休みを話のネタにして噂しあっていたが、誰1人香奈の安否を気にする物はいない。亜紀がその中に混じって面白おかしく噂できない理由があった。

 もしかしたら自分のせいではないか……と気になって仕方がない。そんな不安を抱えたまま放課後を向かえる。冬至が近づくこの季節は日が暮れるのが早い。亜紀は急いで帰り支度をしていた。


「亜紀」


 後ろから声をかけられて一瞬びくりとする。振り返るとそこにはクラスメイトの隼人がいた。


「この後遊びにいかねぇ?」


 明るい笑顔が亜紀にはひどく残酷に見えた。


「早く帰りたいから……」


 亜紀が俯いたままそう答えて、教室を出ようとすると、隼人の手が伸びて亜紀の手首を掴んだ。


「ちょっとだけでいいからさ……」


 耳元で囁く隼人のささやきに、甘い響きがこめられていた。隼人のそんな声に心が揺れ動く。暖かな手のぬくもりが、甘い声が亜紀の心をひきつけて、隼人の願いを無視できなかった。


「……少しだけなら」


 そう答えて亜紀は隼人とともに空き教室へと向かった。



「亜紀……すげぇ可愛い」


 隼人の甘い声を聞きながら、むさぼるような口づけを亜紀は受け入れた。甘いキスに酔いしれつつ、隼人がもどかしげに亜紀の胸に手を伸ばす。亜紀はぴくりと身を震わせた……甘い空気に酔いしれたわけではない。なぜか悪い予感がしたのだ。気がついたら隼人の胸を押しのけて体を離していた。


「香奈が……学校に来なくなったのは、私達のせいじゃない? こんな事……できない」


 心の中に渦巻く不安を口から漏らした。隼人は不機嫌そうに顔をしかめる。


「香奈とは別れたって言っただろ。今は亜紀の事が好きなんだよ」

「でも……香奈は……別れたくないって言ってたんでしょう?」


 親友の恋人を奪った……。そのうしろめたさが亜紀の心に暗い影を落とす。


「亜紀が気にする事じゃないよ」


 隼人はまるで罪悪感のない笑顔で亜紀を引き寄せて口づけた。隼人の事が好きだから……。それ以上拒み続ける事ができず、暗い思いを抱えつつ隼人の求めに応じた。



「嫌だなぁ……」


 バスの外を眺めながら、朝と同じ呟きを繰り返す亜紀。しかし朝と違って、今はすっかり日が暮れて暗い夜空に変わっている。朝は混雑するこの路線も、帰り道では片手で数えられるくらいしか客がいなかった。

 結局隼人のせいで早く帰れなかった。もうじき霊園の中を通る区間だ。バスの中とはいえ夜に霊園の中を走るのは怖かった。


 どくん、どくん。亜紀の胸が苦しい程に高鳴る。白い紙に黒いインクを落としたように、瞬く間に不安は広がっていく。

 どくん、どくん。LINEの香奈の表示は未読のまま。行方不明のまま。もしかしたら、もしかしたら……。私のせいで、隼人のせいで……。


 私達のせいで、香奈が自殺してたらどうしよう……。確証のない不安。後ろめたく滲む恐れ。今にも香奈の亡霊が亜紀の周りにまとわりつくような恐ろしさを感じる。


「次は……霊園裏門……」


 アナウンスが流れて、ブザーが鳴る音がした。ああ……とうとう霊園に着いてしまった。裏門から突き抜けて表門へと至るこの道の始まり。本来なら降りる客もすくないのに……なぜかこの日はバラバラと客が降りていく。


 見渡せば亜紀以外の全ての客が降りてしまった。運転手を除けばバスの中にたった1人。亜紀の肌がぞっと泡立っていく。

 どくん、どくん。バスは霊園の中へと入っていく。窓の外を見るのも怖く俯いて固く手を握りしめる。強く握りしめた握りこぶしは、汗ばみ震えていく。


 そのとき、たしかに、背後に気配を感じた。そんなはずはない。さっきのバス停で、みんな降りたのを確認した。後ろに人なんているはずがない。だけど……確かに人の気配を感じる。

 振り返る勇気などなかった。顔をあげ、振り返ってしまえば、全てが終わる予感がした。急にバスの中の気温が下がったように感じる。それなのに手は汗ばみ、鼓動が激しくなり、体は熱を帯びていく。


「次は……霊園南7号地」


 アナウンスが流れたと思ったら、確かに聴こえた音。


 ……ピンポーン……。


「次、止まります」


 アナウンスがそう告げた。そんなはずはない。思わず顔を上げて手近なブザーを見つめる。確かに赤いランプがついていた。誰かが次降りるという合図。しかし……次のバス停は霊園のど真ん中だ。夜に人が降りるような場所ではない。


 それに……亜紀以外の誰がブザーを押したの?


 霊園の中は照明が少ない。バスの光が周囲を照らし、薄ぼんやりと墓石の姿を照らす。墓石のぼんやりとした輪郭が亡霊のように亜紀の目に映った。ざらりとした石の手触りや、冷やりとした冷たさまで、感じられる。感覚が研ぎすまされていくのをはっきり感じた。


 トン、トン、トン。


 背後から足音が聴こえる。亜紀は大きく身を震わせて怯えた。その音は確かに近づいてくる。でも振り向けない、恐ろし過ぎて。

 きっと見落としてた客がいたいんだ。ブザーの押し間違えだ。ただ……前の席に移動しようとしているだけ。何度も心の中でそう言い聞かせたが、その考えは砂の城のように脆く、不安という名の波によって崩れ去っていった。


 コツ……。


 足音が間近で止まった。窓を眺めると、反射したバスの中が映し出される。亜紀以外近くに誰も映っていない。それは確かだったのに、隣に気配を感じた。


「……亜紀……」


 底冷えするような冷ややかな声が小さくこぼれ落ちた。その呼び声に振り返えざるをえない。そしてそこには、香奈の姿があった。


「香奈……どうして、ここに……」


 香奈の姿が滲んで見える。恐怖のせいで自然と溢れ出た、涙のせいかもしれない。輪郭の滲んだ香奈の姿は亡霊のように見える。


「ちょっと……用事があって……」


 こんな時間に霊園の中にどんな用事があると言うのだろう。亜紀の歯が自然とかたかた震えて、嫌な音を作り出す。


「亜紀も……一緒に行こう……」


 そう言って香奈は亜紀の手首を掴んだ。体温を感じられない冷ややかさと、枯れた木のようにかさかさした感触。その恐ろしさに自然と悲鳴がわき上がった。

 亜紀の声を聞いても、運転手はなんの反応もしめさない。まるでこのバスの中に香奈と私しかいないかのようだ。香奈の手が力強く亜紀の手首を掴んで立ち上がらせようと引き寄せる。

 亜紀は必死に振り払おうと手を振り回し、もう片方の手で香奈の頬を平手打ちしていた。


「やめて!!」


 力が籠っていた香奈の手が緩み、手首が解放された。ほっと胸を撫で下ろしたが、香奈の表情は恨みがましく亜紀を見つめている。


「残念……貴方を……」


 香奈が何かを口にしかけたとき、ゆっくりとバスは停車した。バスの停留所に着いたのだ。バスのドアが開くと、香奈は無言でバスを降りていった。


 今度こそ確かに、客は亜紀1人だけになった。


 香奈がいなくなって一気に汗が噴き出した。そろそろ霊園の外に出る。そうしたら2つ目のバス停で降りて、家はすぐそこ。冷えきった体も、汗ばんだ体も、湯で洗い流せばさっぱりと忘れ去る事ができる。

 さっきの香奈の姿も幻だ、不安が見せた幻影なんだ。

 自分を奮い立たせるように、手を握りしめて俯いた。


「ひぃぃ」


 思わず悲鳴を上げた。手首には香奈に掴まれた手の跡がくっきりと残っている。そこに、確かに、香奈がいたという証拠が体に刻み込まれていた。恐ろしい証拠から目をそらしたくて亜紀はバスの外に目を向ける。


 霊園を出るその瞬間、霊園の表門に白くぼんやりとした影が目に入った。それは確かに香奈の姿だった。しかし……ぼんやりとした立ち姿には、足がなかった。



「今度は亜紀が行方不明だってよ。こんなに続くと不気味じゃね?」

「そうか……? 関係ないじゃん」


 空席が2つに増えた教室でひそひそと噂する声が聴こえる。


「関係ないわけないだろ、隼人。2人と付き合ってたんだろ?」

「そうだけど、いなくなったらもう関係ないってば」


 まるで悪びれてもない様子に、友人は不愉快な表情を作って目を落とした。


「あれ……隼人、その手首どうしたんだ?」


 隼人の手首には、誰かに掴まれたような痣がくっきりと残されていた。


「な、なんだこれ……」


 隼人も自分で気づいていなかったようで、激しく狼狽した。それまで関係ないと言っていた2人の事が急に頭によぎったのかもしれない。

 そんな隼人の姿を外から眺める2人の少女の姿があった。


 その2人には足がなかった。


終わり

最近霊園の中を走るバスでよくでかけるので、バスの中で思いつきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] バスという限定された空間で起こるホラー……日常と非日常への曖昧な転換がうまいなと思いました。 [気になる点] 「辞めて」……桐之院にもあったんですが、 「やめて」の方がよろしいかと。 [一…
[一言] 初ホラーということでしたが、霊園の中を通り抜けるバスという舞台が実にユニークでした。 本当にあるんですねえ、こういう路線……確かに敷地面積の広い霊園を迂回するのはものすごくロスですから、中を…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ