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すいません。


さっそく面倒くさくなってきたので、これからはサブタイトルは番号のみとにして、1話ごとの分量もどどんと増やします。(うわー、特定の読者以外をばっさり薙ぎ払ったー!)


やっつけ仕事なので勘弁してください。


 二階の個室にて――

 オーガのドガは巨体を屈めて人間用の机に向かっていた。

 一方のシルヴィアはベッドの上でいそいそと服を脱いで、寒そうな下着姿で震えていた。外気に白い素肌を曝しながら、じっと鬼人のほうを見つめている。ドガは一枚の羊皮紙を手に持って、眉間にシワを寄せていた。

「……ドガ」

「もう少しだ」

「……あい」

 ドガが取っ組み合っている紙切れは、タムルグに入るための紹介状である。

 もちろん、これはドガのものではない。

 タムルグの街に知り合いなど一人もいなければ、人間の街に融通を利かせてくれるようなコネもない。先ほど、シルヴィアがわざとスープを溢し、その物音に隣りの席の商人が目を奪われているうちに彼の懐からスッたものである。

 しかし、ただ盗んだ紹介状を持って行ったところで、タムルグの門は通れない。

 紹介状に書かれた個人名や身分、出身に関わる箇所を修正して、オーガであるドガと子供のシルヴィアの二人でも話が通るようにしなければならない。はっきり言って、かなり難しいことである。そもそも、普通は既にインクの染み込んだ羊皮紙に、その道の専門家相手にバレることのない改編を加えるなど無理に近い。

 そう。

 普通なら――

「よし。できた」

 ドガは羊皮紙の上に、それを真似して写し取った薄紙を置いた。

 こちらの薄紙にはドガとシルヴィアの名前と、それぞれの身分を保証する事由が本物に似せて書き加えられている。しかし、このままではただの薄っぺらい紙でしかない。こんなものを門番に見せるわけにはいかない。

 ドガは薄紙を持って、シルヴィアの座るベッドへ近づいた。

「これで頼む」

「……わかった」

 シルヴィアは薄紙を受け取ると、しげしげとそれを眺めた。

 それから、口の中で何か低く呟くと、少女の白い細腕が、見る間に膨れ上がり、ドガの腕より太く、剣も通さないような厚い銀色の鱗に覆われた、まるでドラゴンのような――いや。まさに竜そのものの、バケモノの腕に変化した。

 少女の驚異的な変身に対して、ドガは少しも動じなかった。

「どう?」

 シルヴィアは銀の鱗に覆われた巨腕を上げて、恥ずかしそうに微笑んだ。

「売ったら大した値が付くだろうな」

「……バカ」

「そうか」

 肩を落とした少女を見ながら、ドガは淡白にそう答えた。

 本人としてはそこそこ褒めたつもりだったのだが……売って高値が付くのは銀色の腕が美しいからなのだが……まあ、バカと呼ばれては説明するだけ無駄だろう。今さら説明しても、苦しい言いわけにしか聞こえまい。

 銀髪の少女は人間のままの左手で、鱗に覆われた右腕に触れた。

 そして、鱗の一枚を掴み、「んっ」という掛け声とともに一気に腕から引き抜いた。銀の大皿のような彼女の鱗に、ドガの書いた薄紙を張り付け、再びシルヴィアは口の中で小さく何かを呟いた。

 すると今度は引き抜かれた鱗が水銀のように溶けて形を失い、うねうねと空中で身をくねらせながら、徐々にその形質を羊皮紙に近づけていく。やがて銀色の鱗は金属光の失い、その表面にごわごわとした肌触りのあるものに変化していった。

 ドガはその魔術的な光景を、壁にもたれかかったまま眺めていた。

 シルヴィア曰く、こういった特技はほとんど生まれつき体得しているものらしい。そもそも習得できる特技も個々によって違ってくるとか……銀竜である彼女は肉体変化の魔法を難なく使えるが、彼女の両親はその素質がなかった。両親どころか、空中庭園のなかでも他に誰ひとりとしてシルヴィアほど自在に変身できなかったらしい。

 この話を語っていたときの少女は、自慢げに胸を反らしながら、少しさみしげだった。

(だったら、最初から話さなければいいものを……)

「……ドガ?」

 羊皮紙を片手に、すっかり人間の姿に戻った銀髪の少女がいつの間にか壁のほうまでやってきて、ドガの袖を引っ張っていた。少女の手を鬱陶しそうに払ってから、ドガは完成した偽造紹介状を受け取って確認した。

「悪くないな」

「……ちゃんと褒めて」

 シルヴィアが目を逆三角にしてこちらを見上げた。

 肉体変化はそれなりに疲れるらしく、それを使ったあとでシルヴィアは毎回少し機嫌が悪くなる。しかし、彼女の能力のおかげで危ない橋を渡らずに済んでいるため、このときばかりはドガも調子を合わせてやっていた。

「本物と比べても遜色ない。よくできている」

「えへへ。すごい?」

「ああ。大したものだ」

 少女を褒めるドガの目は宙を泳いでいた。

 しかし、肝心の少女のほうはあまり気にせず、満足げにふふんと息を漏らした。




     *



 ――翌朝。

 ドガとシルヴィアは何ごともなく朝食のテーブルに着いていた。

 昨日の晩と同じく、たくさんの旅人でごった返しているが、酒が出ないせいか、朝は晩ほど騒がしくなっていなかった。皆、粛々と席について運ばれてくる料理を口に運び、昼はもっとマシな食べ物を味わおうと心に誓うのである。

 ちなみに、偽造の元となった紹介状は既に元の持ち主にきちんと返しておいた。その際、商人の男に、階段の隅に転がっているのを拾ったと説明してやったところ、むしろ向こうにペコペコ感謝されたくらいであった。

 鬼人よりも早くあらかた食べ終えたシルヴィアがサイズの合っていない椅子に腰かけて足をぷらぷら遊ばせていると、顔に傷のある小太りが料理の皿を持ってこちらに寄ってきた。少女が慌ててドガの裾を掴むと、小太りは困ったように肩をすくめた。

「アッシはこっちの旦那様のほうに用がありましてね」

「…………」

 シルヴィアは警戒したままドガの様子を伺った。

 二本角の巨漢は目だけ動かして、うっとうしそうに男を見やった。しかし、それでも男は気にする素振りも見せずに曖昧な笑みを浮かべて、ドガに言い寄った。

「旦那様はずいぶん良い腕をお持ちでございますね」

「何が言いたい?」

 ドガは食べる手を止め、低く押し殺した声で尋ねた。

 相手への威嚇の意味もあるが、汚い話であれば声を落とせという合図の意味もあった。小太りの男は「分かってますよ」と言わんばかりに、首を縦に振った。どうやら、それなりに場数を踏んでいるようだ。

 シルヴィアはますます警戒心を強くした。

「アッシは旦那様のような御方を探しておりました」

「何の話だ?」

 ドガは眉を顰めた。

「これは失礼いたしました。自己紹介のことをすっかり失念しておりました。アッシは斡旋屋のカービンと申します。古くは一介の行商人でしたが、今は人と仕事を結びつけるのを生業としております。どうか、よろしく」

 小太りの男が腰を折って深々と一礼した。

 左頬の刀傷がやたらと目に付く。その傷跡さえなければ、蛇のような商人だと納得できるのかも知れないが、仰々しい刀傷があっては十把一絡げのチンピラたちより重い迫力が漂っている。そもそも、昨日の夕食の際に、シルヴィアが派手な騒ぎを起こしたというのに、そちらを見ずにドガに注意を払っていたあたりからして只者ではない。

 どうすればこんな怪しげな男ができるのか……

 ドガは両手を組んで尋ねた。

「結局、何の用だ?」

「スカウトですよ。スカウト。アッシは旦那様の腕をお借りしとうございます」

「お前に協力している暇はない」

 そう言って、ドガは椅子から腰を上げた。

 こんな得体の知れない男の持ちかけてくる仕事なんて、どうせロクでもないものと相場が決まっている。それに、ドガにはやるべきことが残っている。

 隣りのシルヴィアも彼に従って立ち上がった。

「他を当たれ」

「おっとっと! こりゃ当てが外れてしまいました! それじゃあ、きっぱり諦めますが……後学のためにお聞かせください。旦那様はどうしてこの街にお出でになされましたか? 旦那様の顔を拝見するかぎり、アッシはおそらく何かワケがあると踏んでおりますが」

「……理由か」

 そう言いながら、ドガの脳裏にはひとつの光景が浮かんでいた。



 燃える大地が曇天を照らす。


 それはドガがまだ若者だったときの景色である。

 突如、天空から降りてきた紅き竜が火を噴き、オーガの村を焼いた。

 そのときたまたまドガは友人と一緒に、村の外にしかけた罠を確かめに行っていた。かつて見たこともないくらい豪勢な狼煙に気付いて彼が戻ったときには、もう村と呼べるものはなかった。

 一帯を焼き尽す火の海。

 自分の故郷が赤い洪水に呑まれている。

 熱に揺らめく燃焼地帯のすぐ近くで、ドガはただ茫然と立ち尽くしていた。

「は、はは……嘘だろ……」

 友人の間抜けな声を耳にしながら、ドガは天を仰いだ。

 地上からもうもうと上がる黒煙の合間を、紅き竜がその姿を見せつけるように悠々と泳いでいる。焼き払った村に興味などないような素振りで上空を一回りしてから、頭を上に向け、雲の中に消えていった。

 何もできなかった。

 何も思い浮かばなかった。

 圧倒的な暴力に対する怒りや憎しみすら湧かなかった。大切な家族や仲間たちを失った悲しみや苦しみも感じなかった。ただ、ただ、現実感がなかった。それから、何かの感覚が麻痺していくのを感じた。ドガは、目に映る痛ましい景色を心に焼き付け、燃え盛る炎の音を鼓膜に刻み付けた。

「おや。まだ撃ち漏らしがいましたか」

 焼けた村から、ひとつの黒い人影が這い出てきてそう呟いた。

 漆黒の体に、朱い目玉。ひょろ長い手足はオーガである自分たちより長い。初めて見る生物なのに、ドガは激しい嫌悪を感じた。それは友人も同じだったらしく、二人は自然に身構えるような体勢を取った。

 黒い影はうねる熱風に揺られながら両手を組んだ。

「ケダモノの始末は私の管轄外ですが、うーん。出会ってしまった以上、見過ごすわけにも行きませんねぇ……ああ面倒くさい」

 気だるげに喋る人影に向かって、友人が吼えた。

「てめぇは何者だ! 村の仲間はどこへ行った!」

「その質問に答える意味はありませんね」

「ふざけるな!」

 猛然と叫んで殴り掛かる。

 ドガが止める間もなかった。

 すべては一瞬のうちに終わり、最後の村の朋友が倒れた。友人の胸には鋭利な槍のように尖った相手の腕に深々と突き刺さり、背中まで貫通していた。飛び散る友人の血が、ドガの頬を濡らす。

 ドガは自分が壊れるのを感じた。

「がぁあああああああああああああああああッ!!」

 獣の咆哮を上げ、黒い人影に飛び掛かる。

 しかし、その動きは相手に予想されていた。黒い人影は死んだ鬼人を盾にして、一歩後ろに下がった。赤く染まった視界のなかで、ドガは遮二無二腕を振るった。友の体を一撃で吹き飛ばし、相手の迎撃を肩で受け止め、流血に構わず相手の首筋に食らいついた。

「何と野蛮な!」

 黒い人影は初めて焦った様子を見せた。

 しかし、ドガの善戦もそこまでだった。顎に力を込めて相手の首を噛み砕かんとしているうちに、燃えている村の中から、ひとつ、ふたつと新たな人影が出現してきた。彼らは圧されている同族の姿を認めると、ぞろぞろと近寄ってきた。

「ほっほぅ! これは凄い!」

「ただのオーガが、ここまで食い下がるとは!」

「とんだ失態だな。ネアルコス」

「何を蛮族と遊んでいる。さっさとシルヴィア様を探せ」

 黒い影たちは口々に勝手なことを言いながら、まるで世間話をするような悠長な様子でドガを取り囲んだ。

 同族に貶された苛立ちからか、噛みつかれていた人影は即座にドガの腹を撃ち抜き、顎を引き剥がして、ボロ切れのように火の海に投げ捨てた。鬼人の体を受け止めた大地が激しく燃え盛り、炎の飛沫を上げた。

「………………」

 腹に開けられた穴から、どんどん血が流れ出ていく。

 ドガは炎に包まれながら、奇妙な冷たさを感じた。

 こんなところで終わるのか。

 飢えに、渇きに、寒さに、様々な苦悩に耐えてきた自分の一生もこれで終わりなのか。突如天から降って湧いたドラゴンや、ワケのわからん黒い影に、一族残らず掃討された。こんな、こんな理不尽な終わりで……

「……くそっ、たれが」

 ドガは無理やり上体を起こした。

 自分だけが生き残った。

 それは実力で勝ち取った生存ではない。

 たまたま、運が良かっただけ――あるいは運が悪かったか。

 どちらにせよ、ドガにはどうでもよかった。

 生き残った自分のすることはひとつ。

 傷口を押さえて立ち上がり、原形すら留めていない燃える故郷を見渡した。そこかしこに軒を並べていたはずの家々は炎の壁となり、地面には大小の黒い塊がちろちろ赤い舌を出していた。そのひとつをドガは無言で踏み砕いた。

 感じるはずの火傷の痛みが、いつまで経ってもやってこない。

「チッ!」

 辺りを見渡したドガは鋭く舌を鳴らした。

 主観的にはそんなに時間が経っていないと思い込んでいたが、どうやらどこかで気絶していたらしく、既に影たちの姿はなかった。ドガは村の外れで倒れている友人の姿を見つけたが、彼はとっくに息絶えていた。

「…………」

 掛ける言葉がなかった。

 ドガは黙って手を合わせた。

 ――復讐だ。

 怒りからではなく、冷え切った頭で、ごく自然にそう思った。すべてを失った若者は、何か目的を見出さなければ立っていられなかったのだ。麻痺した感情ではなく、頭で状況から判断して、ドガは復讐を誓った。

「仇は討つ」

 そう呟いた矢先、炎に呑まれた村の奥から、パキパキと乾いた音が聞こえた。

 その瞬間、ドガの胸に希望が湧いた。

「まさか……」

 もしかしたら、自分は一人ではないかも知れない。

 ――まだ、誰かが生き残っているのか!

 ドガは肌が焼かれるのも気にせず、火の海を突き進んだ。そして、燃え盛る炎のなかで彼の目にしたモノは――傷付いた一匹の銀竜であった。

「…………っ」

 ドガは思わず息を呑んだ。

 オーガを五人並べてもまだ足りぬ巨躯を炎の中に埋め、翼は破れ、銀色の腹の鱗には三本の切り傷によって肉ごと削がれており、喉には半円を描くように小さな風穴がいくつも空いていた。もはや自力で立ち上がることもできぬのだろう。光を失いつつある竜の眼がぎょろりと動き、ドガを捉えた。

 銀竜の姿は、ひたすら美しかった。

 地獄の如き凄惨な景色の真ん中に在りながら、銀竜だけは絵巻の中から飛び出してきたかのように優しく光り輝いていた。ドガは吸い寄せられるように銀竜の前に跪いた。両者はしばらく無言でただ見つめ合った。

 それは異様な光景と言えよう。

 燃え盛る村落の中心で、竜と鬼が見つめ合う。

 不意に、ドガが口を開いた。

「……俺の村だった」

「………」

 銀竜は鬼人の言葉を、安らかな色の浮かんでいる目で受け止めた。

 だからだろうか。ドガは再び呟くように声を漏らした。

「いろんなやつが生きていた……強いやつ、弱いやつ、手先が器用なやつ、頭の回るやつ、優しいやつ、小憎らしいやつ、馴れ馴れしいやつ、気の利くやつ、間の抜けたやつ……みんな、ここで暮らしていた……俺の、故郷だった……」

「…………」

 銀竜の眼から、一粒の涙が零れ落ちた。

 あまりに意外な反応に、ドガはふっと頬を緩めた。

「竜も泣くのか」

 銀竜は怒ったようにぷいと目線を外した。

 その仕草がますますおもしろく思えて、ドガはついに笑った。燃える故郷のなかで、傷を負った体で、ドガはくつくつと肩を震わせた。自分の知っている竜は、理不尽の権化でしかなかった。暴虐の限りを尽し、力で以って他を捻じ伏せる。

 しかし、目の前の銀竜はちがう。

 まるで幼い子供のように多感で、表情豊かに見える。

 ドガは銀竜の頭のうえに手を置いた。

「力を貸してくれ」

「…………」

 銀竜の眼がすっと暗くなった。

 竜の力を得ようとした連中の噂話しなら、掃いて捨てるほど聞いてきた。天下無双になりたいがゆえに竜の血を求めた勇者やら、世の吉兆を操らんと目論んで竜の力を欲した呪術師などなど……いずれにしても、幸せな結末を迎えていなかった。

 それでも――

 ドガは淡々と迫った。

「紅い竜や黒い人影どもを捻り潰すためには力がいる」

「…………」

「仇を討つ。それ以外に、生きる理由がない」

「…………」

「代償は何でも払う」

「…………」

「頼む」

 ドガの背後で、木の爆ぜる音が聞こえた。

 宙を舞う火の粉が、鬼人の黒髪を斑に灰色に変えていく。

 銀竜は溜息を吐くように瞼を下ろした。


 ――この瞬間から。


 鬼人と銀竜の旅が始まった。




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