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鬼、現る

 日の傾き始めた夕暮れ刻――

 凍り付いた大地を、重量感あふれる巨大な足が踏み付けた。

 地表に生えている草の葉が、くしゃりと音を立てて潰れる。草を踏み潰した巨漢は、その巨体からは想像しがたい俊敏さで即座に飛び跳ね、地面に積もった粉雪を散らした。直後、寸前まで巨漢のいた空間を、黒い槍が切り裂いた。

「ええい! ケダモノが!」

 黒い槍に思われた物体はするすると丈を縮めて、漆黒の人影の腕に収まった。

 陽の当たっている部分さえ、墨を垂らしたようにドス黒く染まり切ったその体は、対峙する巨漢より細く、縦に長かった。一瞥で異形と分かる不気味な存在は、日を背にして、悪魔のように痩せ細ったシルエットを色濃く浮かび上がらせた。

 黒い人影が苛立ちの声を発した。

「何が《銀竜の鬼人》だ! 貴様らなぞ、天帝様の前では塵芥に等しい!」

 罵声が大気を震わせた。

 相手を人とも思わぬ、最大の侮蔑。

 しかし、巨漢は冷めた表情のまま、ゆらりと銀刀を構えた。

「お前に塵芥の何が分かる」

「塵芥なぞ、視界に収めたくもないわ!」

 激昂して罵声とともに繰り出された腕を、巨人は薄皮一枚で躱した。

 鋭利な指先に切り裂かれた頬から血が滴る。

「ちっ」

 しかし、巨人の流血はそのまままっすぐ地面に落ちることはなかった。

 大地を蹴りつけ、爆発的に加速したため、慣性の力が働いた血の滴はほとんど真横に吹き飛んだ。巨人の前髪も横に流れ、その下に隠れていた額から生えている二本角が剥き出しになった。

 そう。

 この巨漢は人間ではない。

 オーガ。鬼人と呼ばれる蛮族である。

 不気味な金眼の鬼人が、黒い人影に迫った。

「覚悟!」

 剥き身の銀刀が一閃した。

 弾丸の如き速度で相手の脇をすり抜けた鬼人は、銀刀を振り抜いた体勢のまま固まった。対する黒い人影も、腕を振り上げた体勢から動かない。

「…………」

「…………」

 両者身じろぎせぬまま、数十秒が過ぎた。

 やがて、黒い人影のほうから歯軋りする音が聞こえた。

「ケダモノ如きに……我ら《シャドウ》が……」

 鬼人は何も答えず、刀に付いた血を払った。

 その背後で固まっていた黒い人影の体が傾き、肩の上から首が転がり落ちる。黒色の鮮血が吹き出し、白い雪を汚していく。鬼人は自ら斬り捨てた死体を見下ろしてから、大きく息を吐いた。

 戦闘は終わった。

 だが、鬼人の旅はまだ終わっていない。

 鬼人は銀刀の柄頭を軽く叩きながら、誰にともなく語りかけた。

「起きろ。シル。旅に戻るぞ」




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