騒がしいの森
「これはありがとうございます。確かに『ナハハノの葉』と『セリム水』を受け取りました」
依頼主の女性は丁寧にお辞儀をしながら、クルカさんに印鑑を押された依頼書を手渡した。
彼女はその依頼書を受け取ると笑みを作り、淑やかに頭を垂れる。
「またの依頼をお待ちしております」
僕たち『調査』を主な活動とする冒険家は民間からの依頼をこなし生計を立てる。
そのためこうして依頼人のもとまで足を運ぶのが僕たち調査員の日課だった。
依頼の多くは食材に関するものだが、中には鉱石の依頼もある。
今回の依頼は前者の食材に関した依頼だった。
「今回の任務どうでしたか?簡単な仕事だったので拍子抜けだったかもしれませんが」
「いえ、学ぶべきことがたくさんありました」
仕事の流れを実際目の前で見ることは重要。
言葉で説明できないことも中にはある。
例えば依頼人との交流や何気ない態度もその時になってみないと分からない。
また静かな森で仕事ついでに出会いもあったのだから、自分にとって有意義な時間である。
クルカさんはその言葉を意外に思ったのか、両眉を上げて驚いた。
「なるほど、君は面白い人ですね」
可憐な風格を漂わせながら微笑むクルカさん。
「ごほんっ・・・」
口元を手で隠しながら微笑む彼女の姿に、一瞬でも気を取られていた僕は咳払いした。
彼女は不思議な顔をして僕を見たが、どうやらうまくごまかせたようだ。
この時の心中を彼女に気が付かれていたならば僕は気を取り乱してしまっていただろう。
そうならなくて本当によかった。
一人心の中で安堵する。
ところで、クルカさんは一体僕のことをどう思っているのだろうか。
ふと思うことがある。
それは僕に対して好意があるのかといった話ではない。
ただ純粋に彼女の目から見て自分はどのレベル、どのように評価されているのか知りたかった。
初心者ならある程度彼女に対して迷惑をかけるかもしれないが、事前に自分の評価を知りうることが出来たなら事前に防げることもあるはずだ。
だが、この日もそのことを聞けずにいた。
「クルカさん これから僕たちは何をするんですか?」
すると僕の何気ない質問に彼女は態度を豹変させる。
はっと思い出したかのように何やら白い紙のようなものを取り出したかと思うと、次にそれを僕の目の前に広げた。
そこには大きく『アルハハ村名物』と書かれた文字が見出しとして映し出されていた。
「日も暮れ任務も終えたところですし、少し食事と行きましょうか」
彼女が取り出したのはこの村の特産品が描かれたチラシだった。
そこにはおいしそうなメニューがずらりと並んでいる。
ちょうどお腹を空かせていたところで、何か食べたいと思っていた。
素直にうなずいて了承すると、陽気にみちた笑みを浮かべたクルカさんは食堂へと足を進めていった。
その足は翼が生えたかのように軽やかにリズムを踏んでいく。
僕はその後を薄笑いしながら追った。
食事を終えた僕たちはその後宿を借り夜を過ごした。
あっという間に過ぎた一日だが、僕には長く感じた。
様々なことに常に緊張していたのかもしれない。
寝床に横になり窓から見える白い月を眺めた。
月は白くあの頃と変わらずそこにいた。
《僕もお前と同じだな。あの頃から何も変わってはいない》
硬いベットの上で食事の席でのクルカとの会話を思い返す。
それは【アリア】についてのことだった。
【アリア】とは魂を宿した武器のことだ。
クルカさんの身に着けている細剣もその一つだった。
彼女はそのアリアを故人からとって「アルカ」と呼んでいるそうで、その名を呼ぶとき彼女は悲しい表情を作っていた。
僕にはその表情がどんな意味を含むのか分からなかった。
【アリア】には特殊な力が宿っており、無類の強さを発揮する。
【アリア】を扱えるものを『聖者』と呼んだりもするそうだ。
それはアリアと適正がある者でしか扱うことが出来ないため、使用者が限られている背景も関係していた。
クルカさんは『アルカ』についてそれ以上は語らなかった。
僕もそれ以上『アリア』について聞くことをやめることにした。
彼女の裏には黒い影が蠢いているようなそんな気がこの時は感じられた。
***
次の日。
僕たちはこの村に数日間滞在することにした。
目的はもちろん、僕のためだ。
ここで少し僕の訓練をする。
この村から少し離れた場所に、『騒がしい森』がある。
そこには昼間からソラトビと言ってよく鳴き声をだす鳥のモンスターが生息しており、その鳴き声が頻繁に聞こえることから森の名は名付けられたらしい。
ソラトビは雑食であるため人に限らず襲う習性をもち、また集団で行動するため非常に危険なモンスター。
それゆえこのモンスターによる被害はたくさん上がっていた。
「そういえばまともにこれといったことを教えたことなかったですね」
クルカさんは森に着くや話しかけてきた。
だが僕はこれでも多くのことを学んでいると思っており、彼女の言葉には軽く首を傾げた。
「とりあえず今回の訓練内容を先に説明しますね。目的地につくとまずパーティーは前衛と後衛に分かれます。ですからその取り決めから入りましょう」
ああ、なるほど。
僕は一人心の中で納得した。
そう言えば、パートナーと行動する上で必要になる知識をあまり知らない。
クルカさんはそのことについて話しているのだと思った。
「今回は私が後衛につきます」
その話を聞いて僕は自分が後衛の方がいいと思った。
それはもちろん魔銃が前衛での戦闘に不利だと思ったからだけではない。
冒険家になって間もなく、またこの森は始めてくる場所だ。
地理にも弱い。
経験値の差から言っても、どうしても自分が前衛を務めることがあまり得策だとは思えなかった。
「魔銃使いですし、僕の方が後衛に着いた方がいいのでは・・・あまり言えたものではないですが僕の力では、まともに前衛で戦闘できるとも限らないですし」
「あ、少し言葉足らずでしたね、ごめんなさい。確かに武器を考慮して行動することは大切です。その点エリュエ君の言い分は的を得ています。しかし今回は君のための訓練です。後衛といっても私の助力は極力ないと思ってください。今回の訓練で私は後方からの監視が主な目的ですから」
「あ、わかりました。そういうことなら僕は前衛で行きます」
そう、これは僕の訓練だった。
*
僕たちが最初に森に入り遭遇した初めのモンスターはやはりソラトビだった。
ソラトビは自身の緑の翼を大きく広げながら、3本の足の爪を光らせ急降下する。
先に攻撃を仕掛けてきたのは3羽だった。
上空にはまだ5羽のソラトビが動向を探るかのように上空に待機していた。
正面に1羽、左右両方から1羽ずつ
僕は魔銃2丁を同時に試す絶好の機会だと思い、『琥珀』と『黒龍』の両方を抜いた。
この二つを同時に試せる機会など今の今までなかった。
それゆえ期待と不安を感じながら、僕は2丁の銃を握りしめる。
まず右手の黒龍で右からくるソラトビに照準を合わせる。
相手は鋭利に尖ったかぎ爪を除けば、俊敏な鳥だ。
特にこれと言って膨大な魔力を使う必要性も特殊な魔法を使う必要性もない。
弾を当てれば、それだけでこちらの勝ちだ。
『黒龍』に魔力を込め、魔弾を生成する。
『神速の弾』、速さと貫通力に特化した魔弾だ。
今回は着弾速度を高めることにより、命中力に重きを置いた。
トリガーに指をかけ、射程に入ると同時にそのトリガーを引く。
微かな銃音が鳴り響いた後、魔弾はソラトビの嘴から脳天に目掛けて貫いた。
脳をやられたソラトビはそのまま絶命する。
どうやらうまく魔弾を当てれたようだ。
『黒龍』はこれが初めての実戦使用だった。
それゆえ体が言う通りに動くかどうか心配だったが、その心配も徒労に終わったようだ。
自分は次の展開に思考を移行する。
すぐさまあらかじめ構えていた左手の『琥珀』で次の標的に照準を合わせた。
同じく魔弾は『神速の弾』を使用した。
左右両方うまく予想通り対処できた。
魔弾に頭部を射抜かれた鳥たちはその勢いのまま地面に急降下した。
最後に残るは正面の1羽、どうやら左右を対処していた分距離をある程度詰められていた。
だがそれは今の自分に対処できない事案ではない。
距離を詰められようが魔弾を1発撃てるだけの時間があれば射抜くことが出来る。
それだけの自負が今の自分にはあった。
現に3発目の微かな銃音が辺りに鳴り響き終えた時には、3匹目のソラトビが射抜かれ僕の顔の横を通り過ぎていく後だった。
僕は華奢な見た目に限らず、銃弾を外さないだけの精神があった。
人はこれを冷徹と呼ぶのだろうか。
無事迫りくる最初の危機を回避した僕は上空を見た。
そこにはまだ他に5羽のソラトビが残っていた。
まだソラトビとの交戦は続くかに思われたこの局面だが、実際はその予想に反した。
3羽の戦闘光景を上空から眺めていた5羽のソラトビたちは斉攻撃ではなく一斉逃避を図った。
勝ち目がないと思ったのだろう。
我よ先にと四方へと散らばっていく。
それはなんともあっけない光景だったが、逃避するのであれば、僕もそれ以上追うことはしない。
自分は逃げ惑うソラトビを追うほど、戦闘狂ではなかった。
しかも追ったところで徒労に終わることは目に見えていた。
ひとまずこれでこの森での初戦は終えた。
自分の力量がどの程度のものなのかまだ計れないままだが、僕は2丁の銃を静かに収める。
ソラトビ3体の撃退。
ひとまず実りある成果はあった。
今回の訓練内容は、『クメの新芽』を探すことだった。
クメとはこの森特有の植物で、冷たい季節からあたたかな季節へと変わる境目にあたり現れる変わった植物だ。
食べられるということもあり需要がそこそこ大きく、また味もいいらしい。
だがこの植物には少し変わった性質があり、それは水気の多い湿ったところにしか生えないことだった。
それを頼りにして僕は森の中を彷徨った。
この森に入ってちょっとの時間が経過したとはいえ、湿り気の多い場所にまだ辿り着いていない。
辺りは見渡す限り木々に囲まれた草原で時折野生のモンスターと対峙する冒険家を目にするくらいだ。
そこに水に関する情報はなく、あるのはどこでも同じく目にする森の風景ばかりだった。
するとしばらくしてどことなく向かっているうちに耳元に今までとは違う『音』が入ってくるのに気付いた。
意識していたわけではないがそこで一先ず足を止めると、耳を澄まし意識をその音に集中させる。
その音はどこかで聞き覚えのある類の音だった。
流れを感じさせる音、森と調和し静かに辺りに響き渡るーーーそれは、川のせせらぎに他ならなかった。
そこで自分は近くに川があることを理解すると、『クメの新芽』がある場所の見当がついた。
森である以上そこには川が流れている。
川は水が集まる場所。
つまりはクメのような湿り気の多い場所を欲する植物が育つのに最も適した場所だと。
僕はまず川のある方角へと進路を変えることにした。