新たな生活
私の新しい生活の場所は、『ラボ』の地下にあった。
地下部屋。
廊下づたいに幾つもドアが並んでいる。
能力者の部屋だと言われた。
私の部屋は一番奥の部屋らしい。
木目調のドアは重く、外鍵のみ付いていて、
中には鍵がない。
部屋は自分の部屋とは全く違い、窓もなく、机と椅子、ベッドのみがあるだけで、飾りのない部屋は寒々しくもあった。
白い壁と天井。
嫌気がさす。
「今日からここが貴女の部屋よ。 少し狭いけど我慢して。 必要な物は揃ってるけど、 何かあったら内線があるから、 遠慮なく言ってちょうだい。 それじゃあ、 ゆっくり休んで。 また明日色々聞く事などあるから」
私をここまで案内したのは母さん。
いや、博士と呼ぶべきか。
それにしても、閑散とし過ぎ。
机の上には電話が置かれているだけで、何もない。
ベッドは引き出し付きになっている。
私はベッドの引き出しを開けた。
「可愛くない……。 まるで牢獄?」
白いワンピースが数枚と、全く可愛くないパジャマが数枚、タオルなどの洗面道具が入れられていた。
ワンピースと言っても、ふわふわした感じではなく、病院の検査着みたいなやつで、可愛くない。
家に帰りたい。
まだあるのなら……。
そんな気持ちを抱いても、ただ虚しいだけだ。
あの架空の家などある筈もない。
ベッドへ座り、白い天井をぼんやり眺めた。
透視能力が自分にあるなら、何か見えるのだろうか。
いや、下手に何かして、もし監視されていたら……。
恐怖心と不安な気持ちが、一気に自分を襲う。
母も父も、他人になった。
簡単に切り替えられる神経ってなんだ?
イライラする?
湧き上がる別の思い。
裏切りを受けた自分が許せない。
いや、計画通りにされた事が許せない。
やり場のない気持ちでいっぱいになった時、
ドアがノックされた。
「食事の時間です」
見知らぬ女の人がドアを開けた。
「食事?」
「はい。 夕飯です。 食堂へ案内します」
事務的に話した。
私は言われるまま、食堂へ案内された。
同じ階に食堂があり、きちんと並べられたテーブルに、数人の人が規則正しく座っていた。
「こちらへ」
入り口に近いテーブルに私は座った。
チラリと隣の人を見る。
表情が全くなく、しかも動かない……。
「今から配膳です。 並んで下さい」
その声で皆立ち上がり、規則正しく並び始めた。
給食と同じ様に、食事を配られ、また自分の席へつく。
そして静かに食べ始めた。
私はオドオドしながらも、何とか食事にありつけた。
しかし、本当に何なんだ。ここは。
よく見れば、皆私と余り変わらない年頃で、
隣に座る人も、前に座る人も、恐らく同じ年だろうか。
チラチラ周りを見てしまうが、監視されている……。
私は食事に集中した。
と……。
(あんた、 博士の娘だって?)
どこからか、声がした。
いや、心に響いたと言うべき?
耳に直接響いたのか?
明らかに言葉を発する者はいない。
(答えられる? 気付かれない様に)
また聴こえた。
そっと横の人に目をやった。
男の子が瞬きした。
この人?
(心の奥で話せる?)
私は少し戸惑ったが、食事をしながら彼の質問に答えた。
(話せる……)
(それは良かった。 誰もこんな事できないからね。 心読みとかさるちゃうし。 本心隠せる人はいないよ。 あ、オレ森野奏斗 歳は十六。 あんたの事、 『ラボ』で見かけて、 博士の娘って分かったよ。 まあ、 今は違うんだろ? あんたの心の奥、 たまに聴こえてきてさ。 で、 違う能力あるのかなぁって。 別に聴こうとしてないよ)
無表情だが、 親しみがある印象を受けた。
まあ、ここで普通に笑ったりできないけど。
(しかし、 国は何を考えているんだろ。 ここにいる奴らは、 みんな能力者。 遺伝子操作されて生まれた。 能力は個人差があるし、 同じじゃない。 訓練を受けてそれぞれの役割を与えられるらしい。 グループに分けられてね。 あ、 この事は一応秘密らしいよ。 オレは聴いたけど。 勝手に……)
食事に集中しながらのやり取りは難しいが、
何と無く、ホッとした。
「終了です。 部屋に戻って下さい」
掛け声がかかり、皆再び立ち上がり、片付け始めた。
流れ作業はまるでロボットの様だ。
(オレの部屋は君の隣だから、 いつでも声掛けて)
そう言うと、行ってしまった。
不思議な出会い。
私の認識されていない能力のおかげだろう。
これだけは、バレない様にしなければ。
私は暗闇に微かな光を見出した思いがした。
翌朝、朝食の為食堂へ向かった。
またあの男の子と無言の会話。
しかし、頻繁にしてはいけない。
いつ知られてしまうか分からないから。
それでも、穏やかなひと時を過ごせる。
朝食の後は能力を調べられたり、機械をつけられたり、健康のチェックをされた。
能力検査は、自分の感情を無にして、相手の心を正確に読む。
雑念があってはいけない。
心を読み、考えている事を予測する。
人間は時として、予測不可能な行動をするが、 それにも対応する。
予知能力の応用。
透視能力検査も行う。
基礎中の基礎の透視。
その後はコンピュータで、私の思考などに変化がないかを調べる。
全く、毎回でも思う。
無意味なことをしないで欲しい。
私は魔法使いじゃないし、犯罪者を前に何ができる?
犯罪者だって、色々気がついているに決まってる。
何かしらの対策だってしてるんじゃない?
大きな組織だったとしたら、やすやす捕まる訳はない。
この国の目的はって、また考えてしまう。
未成年者をロボットみたいに扱うなんて、本当に人権侵害だ。
繰り返し行なわれる同じ作業に、苛立ち、不満を抱く。
何故遺伝子操作した能力者が必要?
誰に聞く訳にもいかない。
いつまで従うのか。
毎日が嫌になる。