博士と母
母と私は、父と別れた後同じ建物内にある、
『ラボ』と言う場所へ連れて行かれた。
来た時とは違うエレベーターに乗り、下の階へと降りた。
また長い廊下を歩き、白くて大きな自動ドアから中へ入る。
部屋の中はまさしく研究室。と言った感じになっており、何人かの白衣を着た研究者らしき人が、何やら働いていた。
本当にテレビドラマの世界だ。
私達をここまで案内した人は、いつの間にか居なくなっていた。
スーツ姿の男の人だが、父さんを促した人とは別の人だ。
「博士。 お待ちしておりました」
やや小太りの中年男性がこちらへやって来て、母さんに挨拶した。
白衣姿である。
「本当に久しぶりですね。 お変わりない様で……」
簡単な挨拶を交わした。
「この方が? 」
「ええ。 娘です」
「初めまして。 小早川です。 お母様には大変お世話になりまして。 いやぁ、 可愛らしい娘さんですねぇ」
私の手を握り、にこやかに挨拶した。
「初めまして……」
私は手を離しながら、小さな声で言った。
陽気な人なのか。 それとも嘘なのか。
ここにいる人は皆、心を読まれない様にしている。
私の直感だが。
「では博士、 準備を……」
小早川さんと言う人に言われ、母が別室へと
行ってしまった。
私は白衣姿の人達に目を向ける。
五〜六人くらいの人が、皆忙しいそうにしている。
パソコンの前で作業する人、何やら実験らしきものをする人、電話で話す人。
社会科見学さながら、私はじっと見た。
自分が対象者だと言う事も忘れそうになる。
これから何が起こるのか。
私には想像もつかない。 当たり前か。
そうこうして、母が戻って来た。
白衣を着ている。 勿論初めて見る姿だ。
やはりもう親子ではない。
母さん。 と呼ぶ事もできないのか。
「素生、 こちらへ来て」
母に促され、別室へ行く。
一体どれだけ広い施設なのか。
私が通された部屋は小さな部屋で、白い壁に白い天井、 机と椅子があるだけの部屋だった
。
取り調べでもされるのか?
そんな感じの部屋であった。
「さあ、 座って」
母と向かい合う様に座る。
「では、 始めるわね」
博士と研究対象者。
親子ではない。
淡々としている母。 やはり先ほどの表情は偽りだったのか……。
気持ちの整理もつかぬまま、何かを始められた。
「貴女の能力を調べる実験よ。 ある程度の能力は操作したけれど、 稀に別の能力が生まれる場合もあるの。 だから、 色々な角度で調べる必要がある。 分かるかしら? まずは人の心を読む事。 正確に。 そして考えを予想する。 これは行動を予測する事になる。 犯罪者の行動を事前に予測し、 考えを読み、
犯罪を防ぐ。 予知能力の基本ね」
やはり博士なんだ。
私に説明する母。 完全に博士に戻っている。
「いい? 余計な感情は必要ないの。 自分の感情が入ってしまえば、 正確さに欠ける。 要らない感情は捨てなさい。 命取りになるのよ」
厳しい口調で制した。
「分かりました……」
うつむく私。
ワンピースをぐっと掴んだ。
母さんと買いに行ったワンピース。
敢えて今日着た。
家族最後のドライブだから。
家族最後の日になったけど。
父さんも『似合う』 そう言ってくれた。
思い出さえも、ウソなのか。
偽りなのか。 笑った事も、何もかも。
涙を流すのは無駄だろう。
要らない感情。必要なのは、私の能力。
国の為の、人の為の能力。
一番の無駄だと思う。それが、一番無駄な事だと思う。
けれど、愚か者は愚かな事をする。
沢山の能力を持つ者を創り、神にでもなるつもりなのか。
犯罪を犯す者が消える訳ないのに。
この国は、一体何をするつもりなのか。
ある意味不安になる。
母の質問に答えながら、変な機械に入れられながら、私はそんな事を考えた。
悟られない様に、コントロールしながら。