家族として
私が連れて行かれた場所は、政府の管轄外と称された場所だった。
黙認。
しかし、明らかに警察と政府が連携している
施設とも言えようか。
自宅から車に乗り、何度も迂回して辿り着いた。
車は勿論自家用車。
家族のお出掛けと言う設定……。
こないだまでは、当たり前だが家族で出掛ける事に何の疑いも持たず、ただ楽しいと思っていたし、ごく普通の家族だと信じて疑わない自分がいて、疑問を持つ事さえもなかったのに。
誕生日を境に、それらが一変した。
世界が変わったのだ。
その前に、大人同士の会話を聴いてしまったので、自分の中に湧き上がる物があった。
敢えてそれを隠し、いつも通りにしてきたし、両親も変わりなく私に接した。
誕生日も毎年同様、楽しく過ごし、皆から祝福を受けた。
何の祝福なのか。 研究が成功したお祝いなのか。
私への純粋な気持ちなどない事は、明らかな事実。
笑顔の裏に、何があるのだろう。
誕生会が行われた後も、私は両親への警戒心を解かず、またこちらの心の変化を悟られない様に過ごした。
それから数日が過ぎた頃、私は両親と共に車にで出掛けた。
「素生、 大切な話がある。 ここでは話せない事だ。 今からある所に向かう。 そこで見る物、 聞く物はとても大事な物だ。 驚く事ばかりだろうが、 心配せず着いて来て欲しい」
父さんが私をリビングに呼び、そう言った。
母さんは、出掛ける準備をしている。
家族でお出掛けのシナリオがそこにあった。
「……分かった」
一言そう言って、私も出掛ける準備をした。
準備と言っても何もないが、十六歳を迎えた女の子らしく、ワンピースに着替え、お気に入りのカバンを手にした。
花柄のピンクのカバン。
友達にもらった、ウサギのキーホルダーをチャックに付け、自分の部屋を見回した。
勉強机、ベッド、本棚。
全て現実に存在する物。 本棚には好きな小物など並べ、ベッドにはぬいぐるみを置き、私らしく過ごしてきた。
ずっと続く日常に終わりがくるなど、考えなく過ごしてきたのに……。
己の運命を呪った。
カーテンを閉め、ベッドを整え私は自分の部屋を後にした。
この部屋に戻る日を微かな希望を持ち祈った。
下では出掛ける準備が整った両親が待っていた。
よそ行きの格好。
最後の家族でのお出掛け。
「行こうか」
父さんの言葉で私達は家を出た。
母さんの顔をチラッと見る。
何と無く、浮かない顔。
心は読めない。 やはりそうしているから。
車に乗り、家を後にした。
住み慣れた家。見慣れた景色。
平和そのものの街。 けれど一歩外へ出ると、
私服警官が巡回しているし、あちこちに防犯カメラが設置してあり、監視している。
何処から誰が来るか分からない為、警戒は怠らない。
闇に引きずり込まれてしまうから。
何気なく通り過ぎる人の中に、犯罪者が紛れている。
普通にしている人さえも、何かを企んでいる。
街に溶け込み、装い、何かを考える。
属する闇は一つではない。
街中を歩く犯罪者も、闇の人間。
しかし、ドラマさながらの闇組織が確実に蔓延している。
だからこそ、私達の様な能力を持つ者を必要とするのだ。
暫く車を走らせ、郊外へやって来た。
広い敷地の中に入り、また走る。
遠くにゲートが見えてきた。
車を停め、父さんが窓を開ける。
警備の人が出て来て何やら話をした後、再び車を走らせた。
大きな建物の地下へ入り、車を停めた。
「さあ、 着いたぞ」
私達は車を降り、先を行く父さんの後に続く。
地下にあるドアを開け、中に入った。
中は狭く、目の前にエレベーターがあるのみだった。
私達はエレベーターに乗り、上へ上がった。
建物自体の高さはさほど高くない。地下だってそんなに深くはない。
けれどエレベーターはどんどん上がる。
「耳はへいき?」
母さんが私の顔を覗きこんだ。
意外にも、本当に心配している顔をした。
「大丈夫よ」
私は前を向いたまま答えた。
母さんは、母さんだ。
紛れもない親子。
だけど、国の為に私を生んだ。
しかし、先ほどの表情は娘を思う母の顔。
母性とは不思議な物なのか。
やっとエレベーターから解放された私は、息を整えた。
「こっちだ」
母さんに比べ、父さんは事務的。
まあ、いつもの感じではあるが。
元々、父さんは口数が少ない。余計な事も言わず、いつも事務的。
時々笑顔を見せる時もあるが、ごく稀な時だけだ。
エレベーターを降り、長い廊下を歩く。
白い無機質な壁に、赤い絨毯が敷かれた廊下は、シーンとなっていて、私達の歩く音が響く。
廊下を歩き、木造りの両扉のドアの前に立った。
父さんがドアをノックする。
ドアが開かれ、中からスーツ姿の若い感じのする男の人が現れた。
「遅くなりました」
「どうぞこちらへ」
淡々とやり取りが行われ、中へ通された。
部屋の中は意外に狭く、余計な物などなく、ソファセットのみ、部屋の中央に置かれていた。
フカフカした絨毯、木目調の壁。
しっかりしたテーブルはガラス張りで、広いソファは柔らかく、座り心地が良い。
お金かけてるなぁ。
そんな感想を抱く。
ソファに座り、暫くすると奥の扉が開いた。
隠し扉の様に思える。
扉から、一人の男性がこちらへやって来た。
白衣姿の男性。
頭に白い物が見える。
いかにも研究者です。といった男性が、向かい合って座った。
私は自分の能力みたいな物に気が付いた時から、自分の感情をコントロールする様に決めた。
訓練と言われたが、とうにそれらしき事をしてきた。
敢えては悟られず、別の感情を本心に乗せる。
上書きみたいな物だろうか。
だから、私は感情を読まれても大丈夫だ。
本心は出さないし、勘付かれない。
そして人の心を読む事もしない。
何も知りません。気付きませんで通す。
「そちらが、素生さん? ほーう。 お母さんに似てるねぇ」
馴れ馴れしく話し掛けてきた。
「十六になりました」
「時の流れは早い。 先生方のご尽力には感謝します。 さて……。 話は全く?」
「はい。 何も……」
白衣の人と父さんが会話しているのを、ただ見ていた。
何も考えず、ただ見ていた。
私の隣に座る母さんも、言葉を発しない。
ただ、複雑な顔をしている。
あの時も。私が偶然会話を聴いてしまった時も、こんな顔だったのか。
「博士、 本当にご苦労様です。 長い間、 大変だったでしょう。 まあ、 同じ能力を持つ者。 共感する部分もおありで? それに、 実の母親だ。 我が子は可愛いもの……」
低い、嫌な声でそう言った。
「さて。 手っ取り早く話しましょう。 時間の無駄は避けたい。 博士達は今日をもって
両親ではなく、 研究者と対象者になる。 これから娘さんの能力の検査などをし、 データにまとめ、 どの訓練を受けるか判断する。 それにより、 的確な場所へと行って頂こう。
あくまで、 世の中を救うと言う目的です。
人権侵害ではないですよ。 犯罪者の横行や増加を防ぐ為です」
到底受け入れられない事実だが、私にはどうする事もできない。
ただ従うしかない。
だが、親子をいきなり終了しろなんて。
余りにも過酷過ぎるではないか。
人の心を何だと……。
「では。 詳しい事はラボでお話するてして、 博士には引き続きこの娘さんをお任せします。 親子ではない。 忘れずに」
そう言うと、白衣の人はまた奥へと消えた。
静まり返る部屋に、たった今まで家族だった
三人が並ぶ。
何の言葉もない。
無言のまま、スーツの男の人に促され、父さんが立ち上がる。
こちらを振り向き、微かに笑った。
気づかれない笑みだが、確かに笑った。
優しい目で……。
私と母さんは、自然に頷いた。
小さく頷いた。
親子として、最後のやり取り。
これからの生活を思えば不安だらけだが、確かに私達は家族だった。
胸に宿るのは、偽りのない家族の姿だった。