口は何かの元?
沈黙が降りたまま時間はゆっくりと流れるのに、どうそのあと会話を澤ノ井さんと交わすべきか悩みここでの打開策が見えてこない。
「いいね~若いって。そうやってディスカッションも思いっきり楽しめて。年取ってくるとそんな機会もなくなってしまうから。
混ぜてもらって一緒の楽しもうと近くにいたのに、いれてくれなくて寂しかったよ~」
ノンビリとした佐藤部長の声が部屋に響き、空気の緊張が若干緩む。振り返るとカフェエリアの少し離れた所でコーヒーカップをもった部長がコチラを見てニコニコと笑っている。
「それは申し訳ありませんでした。近くにいるのに気が付きませんでした」
俺が応えると佐藤部長は『少し寂しかったけど傷ついた程ではないから気にしなくてもよい』と恍けた言葉を返してくる。澤ノ井さんを見るとまだ怖い顔をしているが、先程よりかは落ち着いているようだ。「でもさ、単なる珈琲談義とか趣味の事で熱く語りあうならばそれぞれで勝手にやってくれたらいいけど、そういう仕事に関する会話は皆で一緒に楽しむべきだろ?」
遠まわしに澤ノ井さんの仕事のやり方を注意する佐藤部長。やはりこういうモノの言い方って流石だと思う。それが通じたのか澤ノ井さんはフーと大きな溜息をつき佐藤部長に目礼をする。澤ノ井さんも頭良い人なので、十まで言わなくても理解できる。
【部屋の中の象】とちゃんと向き合い対処できる人が良いリーダーとされているが、【部屋の中のヒグマ】にも見守りつつ手なずけ対処できる佐藤部長は間違いなく優秀なリーダーである。
澤ノ井さんは落ち着く為か息を大きく吐き俺をジロリとみる。そして課を見渡すように視線をゆっくり動かしニヤリと笑う。
「分かった。色々皆良いアイデアや企画を持っているらしいから聞いてやろう。
さあいくらでも自由に言ってくれ」
澤ノ井さんの言葉に皆顔を引き攣らせる。なんでこの場で即そういう場を設ける? しかも余計なプレッシャーを与えた状態で聞こうとするのか? 普通ディスカッションの場を作るべきではないのか?
部長に視線を向けると苦笑している。でもその目は楽しんでいて口を出す気はないようだ。
しかも俺自身も何かプランがある訳ではない。突然の話で何も浮かばない。俺個人で実行できる事のプランはあるものの営業二課としてどう動くべきかまでのアイデアは思いつけていなかった。価格しかみない顧客はもう切ってまともな味覚持っている相手に頑張るしかないというのが俺の気持ち。 どうしたものかと部屋を見渡す。皆の焦った顔、顔、顔、壁際に並ぶ珈琲サーバー……。
「プランという程大袈裟なものでは無いですが」
静かになった部屋で塩が手を上げる。
「私は上半期始まる前がオアフィスに流れた顧客への働きかけが一番良いタイミングかなとは考えています」
皆の視線を受けてニコリと笑う。
「大体様子見の契約は半期である可能性が高いですから、再契約に持っていきやすいのではないでしょうか?」
塩の静かな語りに皆の顔が少し明るくなる。澤ノ井さんはというと、即座にその案の成功性を考えているのだろう。俺が考えていても、サンプル飲んだ上でアソコに鞍替えした人相手にそこまでの反応を期待出来るのか? と思う。澤ノ井さんも同じ感覚なのだろう。難しい顔をしている。しかし今日は口を挟まず、続きを待つ。
「まあそこでウチの方が旨いと思い出して貰ったら幸いですが。そこで何かオアフィスよりもインパクトを与えるキャンペーンが欲しい所ではあるのですが。客の目をひくような何かが更に欲しい所です」
他のヤツはその案に活路を感じたようで、カフェの方の商品も季節商品も交えて季節感を楽しませるとか、シロップやスパイスをオプションとして用意するのはどうかと意見も出てくるようになる。ポツリポツリとだが意見も上がり会議らしくなった営業部を見つめながら、自分がオフィスで珈琲をどういう気持ちで飲んでいるのか? と考える。ウチの職場では皆様々な複数ある珈琲サーバーから好きなタイプのドリンクを選び飲んでいる。そういう意味では恵まれた職場である。
『コーヒーを飲む事だけでなく、淹れる工程も楽しめるようになりました』
煙草さんの言葉が何故か脳内でリプレイされる。
「さっきからダンマリだけど、お前は何か意見はないのか? それぞれ色々考えているって言ってただけにさぞや良い案をもっているんだろうな」
いきなり話しかけられハッとする。見ると、意地の悪い顔でコチラを見ている澤ノ井さんの視線と目が会う。部屋の皆にも注目されてしまう。澤ノ井さんとは違い二課の皆は何故か期待に満ちた目で、それが余計に俺を焦らせる。どうする? そして部屋に置かれた珈琲サーバーを見る。
「……世間の人から見て、オアフィスの商品とウチの商品って味が雲泥であってもその違いが視覚的には、見えていないのが問題なのかもしれません。どちらもいかにも業務用。仕様は雑でかなり劣るオアフィスのサーバーとの違いが分からない見た目だからドチラでもいいという思考に。格好よくまでいかなくてもせめて旨そうな珈琲を淹れそうに見えるモノだったら少し違ってきたかもしれませんね」
俺の意見に唖然とする者、吹き出す者、ジックリその意味を考える者と反応は分かれ、お蔭で課内に不思議な空気が流れる。ノープランで話し出した言葉なんてそんなものだろう。
「お前……いきなりウチの珈琲サーバーへのダメだしかよ」
澤ノ井さんがツッこんでくれる。
「いえ、ただ個人的に置いているだけで惚れ惚れするイタリアのエスプレッソマシーンなどのデザインが好きなので。見た目からインパクトあってなんか絶品の珈琲淹れてくれそうなあの存在感っていいなと。ウチでもそんなものが出来たら嬉しいかなと思っただけです」
そこで俺は一旦言葉を切り深呼吸をする。
「で、お前は開発部に即ソレを作れと言うのか?」
澤ノ井さんの言葉に苦笑して顔を横に振る。澤ノ井さんがニヤニヤ嬉しそうに笑いながらコチラをみている。
「いえ、まさかそこまでの無茶いいませんよ。そんな悠長な事言っている場合ではないですし。ただ……」
俺は内心追い詰められながら室内にゆっくり顔と視線を動かす。そして先程頭に浮かんだ煙草さんの言葉と嬉しそうに蔦屋家電で複数の珈琲メーカーを見つめる表情が脳内に蘇る。
「……お客様にもう少し選択の幅持たせても良いかなとも思います。楽しみ方によって飲みたい珈琲も変わって来るでしょうから。カートリッジタイプ、万能サーバーもレンタル出来るラインナップに加えるとお客様の楽しみ方にも広がりが出来るかと。それぞれ好みの珈琲楽しみたいとか、珈琲は苦手でも珈琲ドリンクを楽しみたい人が多い所とかにも楽しんでもらえるではないでしょうか」
無理矢理アイデアを捻り出してから周りの反応を待つ。皆目を開き意表を突かれた顔をしてから、そのまま悩むように考え込む。今思い付いたものだかに、との程度実効性のあるものかまったく予想も出来ない。隣にいる佐藤部長の顔をそっと窺うとジッと考え込んでいるようだ。皆も部長の意見を待っているようだ。その視線に気が付き佐藤部長は二コリと笑う。
「今回出た意見はどれもそれぞれ面白いと思う。澤ノ井くん君はどう思う?」
澤ノ井さんは突然話を振られギョロっとした目を見開く。
「確かに今無策でジタバタしていても何も変わらない。ジックリ備えて後期に向けて大きく勝負をかけるというのは有効でしょう。俺としては小手先だけでお客様の目を惑わせてというより、ガツンとしたインパクトを与えたモノで勝負したい。その方が俺達もお客様も楽しいだろうから。そう思わないか?」
そう言って漢臭い笑みを浮かべ皆の方を向く。こういう顔で笑えば、この人は頼れる上司という空気を醸しだせるようだ。皆もその表情と言葉と勢いに素直に頷いている。そこに嫌悪感や恐怖心といった感情を今は感じられない。このノリで最初からいてくれたら、もっと二課も熱く団結できたと思う。
澤ノ井さんの言葉に、満足げに部長も頷いたので澤ノ井さん主導でそのまま会議は進む。
「という事で先ほど案を出したヤツは、その内容を企画書としてまとめ提出するように。また他の人も何か浮かんだアイデアがあれば同様に企画書を作成し提出するように。馬鹿なアイデアでも構わない、それはそれで皆で笑って楽しむ事も出来るから歓迎だ」
そう言って俺の方をチラリと見て笑う。俺は小さく溜息をつく。
「そして今月末、課内全員で今のように会議してオアフィスをぶっ潰す策を練ろう」
別にぶっ潰す必要はないのだが、澤ノ井さんはそうその言葉で締めくくる。後期に大きな企画をもって進めるべきというベースとなる案を出した塩が部長に調整役として指名され、皆は澤ノ井さんと直で企画のやり取りをしなくて良い事に少しホッとしていた。皆で動き出す事を決めたものの、澤ノ井さんというアクの強すぎる人物が与える皆への影響を考慮した佐藤部長の手心だろう。
散開となり自分の席に戻ろうとすると、澤ノ井さんに呼び止められる。
「お前も企画書ちゃんと出せよ!」
言ったからには責任もってやらねばならないだろう。『分かっていますよ』と俺は頷く。
「レンタルするサーバーの種類を増やす事がどの程度効果あるか分かりませんが、実効性がちゃんとあるものかは吟味させてもらっていけそうなら企画書作成します」
俺の言葉にフンと息をだす。
「万能サーバーに関しては、想定よりも売り上げを出してないから在庫もあるいけるだろ、他のは知らんが。
あと言ったからには無理でも無茶でも企画として形にするまではやれ」
企画立案者だけに澤ノ井さんとしては、その結果と万能サーバーそのものには複雑な感情かあるようだ。広報戦略企画の人の立場の厳しさをそこに感じる。それにしても、あくまでも俺に企画書を書かせようとするのは何の嫌がらせだ?
「一課とも意見交換しながらつめてみます」
そう答えるしか出来なかった。いつものように生意気に強気で返さない俺に澤ノ井さんは先程からニヤニヤとからかうような笑みを浮かべている。
「あとさ、もう一つの方も忘れるなよ! カッチョイイサーバー作るってやつ。企画書が悪く無ければ、開発部門に上げてやるよ」
そちらこそ単なる戯言で無茶な話である。俺は顔を顰める。
「俺は結構好きな視点の考え方だ。単なる珈琲オタク野郎なだけの営業と思っていたが、意外と企画でもそれなりにやっていけるのかもな。でもソレもこういったモノをチョットは見れる形に出来ればの話だけどな」
俺はその言葉を頭の中でジックリ分析する。もしかしてコレはバカにされているのではなく、エール受けているという事か? 確認するため澤ノ井さんの顔を改めて見つめると何というかとても楽しそうだ。
この表情がどういう意味であれ、澤ノ井さんに『この程度か』とは思われる結果にはしたくないという気持ちも沸いてくる。期待されているならそれに答えたいし、バカにされているのならされているでソレを跳ね付けたい。
かといって煽られ青くさくやる気だしている所を澤ノ井さんに示すのも恥ずかしいので、肩を竦めて『努力します』とだけ答えておいた。
【部屋の中の象】は
ランディ・パウシュ氏の「最後の授業」で使用された事で世界でもで有名となった慣用句です。
狭い部屋の中に象がいる。『明らかに異様な状況で誰もがその存在に気が付いているのに、どう解決して良いか分からず、結果その問題をなかった事として放置する。しかし依然として危険な状況としてその問題は残っている』という意味があります。
【部屋の中に象】がいる。ヘー〇ルハ〇スな光景で楽しくも思うのてますが、暴れたら怖いし、象に悪気なくても気侭にその鼻をブンと振るだけで大変な事に……表現として面白いですよね。




