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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
イタリアン・ロースト
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ディスコミュニケーション

 個室タイプのエスニック料理屋で俺は今、塩と二人で夕飯を食べている。

 先日のお礼という事でメシに誘ったらこの店に行こうと塩が希望したのでここになったのだ。

 C型のソファーのおかれた小さな個室がいくつもあるお店。

 ワイワイ騒いでというよりデートとかに良い感じの店内で、男二人でというのは不思議な感じではあるが、周りを気にせず話せるという意味では最適だった。

 なんか最近塩が誘う店がなんと言うか、こういう良い雰囲気の所が増えて来た事で俺は察する。

 彼女が出来たなと。彼女を喜ばす為にお店を色々探して、こういう機会に下見して……塩らしいと言ったら塩らしい。

 あえて俺は気付かない振りしてその下見に付き合っている。

「猪口さん今月いっぱいで移動だって?」

 俺が顔を顰めた事で塩は肩を竦める。

「分かっているよ、まだ公表してはならない話なのは。

 ただ清酒くんグループが本当に振り回されていたのを散々見ていただけに良かったと思って」

 そう言い塩はニコリとグラスを上げ祝うようなボーズをしたので、俺もソフトドリンクでそれを受ける。

 一番苦労している相方とか知ったら喜びそうな情報だが、まだ受け入れ先の決定が難航しているだけにおおっひらに出来ない。

 今月いっぱいというのは澤ノ井さんが人事に強引に突き付けた最終通告で、期限切られた人事が右往左往しているのが現状。

「まあな、しかしアイツはどうしようもなく幼稚で子供のまま社会人になったようなもの。あのまま他に任せるのも申し訳ない気もするな」

 塩はフフと笑い、つきだしとして出てきたエビセンをつまむ。

「ヘレンケラーではないけど、何かのきっかけで気付きをして視野広げてくれると良いけどね。

 清酒くんのあの言葉キツいと思ったけど、あれくらいのインパクトある言葉を与える必要も大事なのだろうなとも思ったよ」

 俺は溜息をつく。彼女の成長を願っていった言葉ではない。もう何も猪口に期待もしていないから。俺が言いたかっただけ。

「まったく響いてはいないようだけどな。あの女は頭が目出度いというか、顔がアレだからチヤホヤされて育ってきたのだろう。

 コンプレックスもなければ挫折もなく、いつまでも能天気でいても構わないと楽しい世界が続くと勘違いしていやがる」

 塩はやってきたサラダを取り分けながら『ンー』と声を上げる。

 煙草さんとのデートでも『料理の取り分け作業』が密かに取り合いになっているのだが、塩との場合はあまりにもさりげなくて負けている事が多い。

 そして塩は、煙草さんのように『今日は勝った!』と嬉しそうにするわけでもなく静かな様子で俺の前に皿をおく。

「それはそれで羨ましい人生だね。

 よくあそこまで周りを気にしないでも平気で生きてこられたものだ。

 でも流石に会社ではそうもいかなくなってきて多少は戸惑っているようだね。若干ではあるけど成長はしているみたいだよ」

 あの猪口が?

 集中力ないのかすぐ手をとめ周りの会話に加わろうとして話をかき乱しているのは相変わらずだ。

「前は構わず話つづけていたけど、周りの反応を見て聞く姿勢は見えるようになってきた。最近は周りの反応を少し気にしはじめている。

 君に仕事していないと言われたのも気にしているのでは? 仕事しているアピールもしている」

 俺には周りが猪口のあしらいが上手くなっただけだと思っていた。

 彼女への嫌悪感から全てがマイナス要素にしか見ていない俺とは異なり、塩はこうして人をフラットにみる事に長けている。

 他の人が言ったなら、『それはアイツを甘くみている』と反論してしまうが、塩がいうと『そうなのかな』とも思えるから不思議だ。

 猪口の当社比コンマ何パーセントみたいな違いにも気づいているのは塩くらいだろう。

「まっ俺にはもう関係ない。これ以上やらかしてくれなければ」

 塩は苦笑してグラスの酒を飲む。

「正直、今営業は新人の事にかまけている場合でも無いからね。

 こないだもウチの課が目に見えて売り上げ落ち込んだ結果に、会議で澤ノ井さんかなりやり玉にあがったみたいだしね」

 俺は猪口の問題以上に課を悩ましているその問題にため息を吐く。

 他の同業他社よりもオアフィスの影響は少なく去年より高い新規契約を取っている事を資料で強調しておいたが、そんな事で誤魔化される上層部でも無い。

 ああいう資料作りを命じた事は自己弁護の為ではなく、二課の皆の頑張りも理解してそれを訴える為の為だと思うし、それだけ槍玉にされた事を皆に言わない所は澤ノ井さんの男らしい所だとは思う。

 実際そこ場に参加してきた高清水部長からチラリとその様子を聞いたが、澤ノ井さんは部下の頑張りを強調し、それを活かせない自分に責任があると主張していたとか。

 そこまでの男気見せる所は尊敬するが、何故そう言っているなら、そこで部下ともっと友好的に接して協力体制が取れないのか? とも思う。

 俺がそれを話すと塩は『ウーン』と小さく唸る。


「苦労とか苦悩を見せないから、余計に澤ノ井さんは横柄さだけが目立つんだよな。

 やはりスタンドプレイが得意な元広報の人らしい。

 人と仲良く仕事する事が出来ない。

 部下の見方もシビアで使えるか使えないかの二択。使えないにカテゴライズされたら、もう扱いは酷い」

 俺は『そんな事ない』と言うが塩が珍しい強い口調で俺の言葉を遮る。

「そういう人だよ!

 君は澤ノ井さんに気に入られているし、使える人間と分類されている方だから見えにくいかもしれないけど」

 そう言われどう反論するべきか悩む。

 それに塩も澤ノ井さんに仕事ぶりかわれているし扱き使うという形ではあるものの可愛いがられていると思う。

 アルコールが入り饒舌になる塩の言葉を聞いていて、改めて俺とは別の意味でキツい立場にいる塩の実態が見えてくる。

 今までも俺に愚痴を言ってきていたが俺と澤ノ井さんが仲良いからとまだ遠慮していたところもあったようだ。

 この日は最後のタガが外れてしまったのか俺に全てを晒してきた。

 澤ノ井さんからの圧迫指導にビビって俺に相談してきた同僚は、まだ澤ノ井さんから使えると判断されている人だったようだ。

 そうやって構われる、何か言ってこられるというのはまだ期待があるという証明で、そうでない相手に対しては視野にも入れないという感じならしい。

 そしてそういう事でプライドと心を傷つけられた人が塩へと救いを求める。

 気が付けば営業二課において多重に生まれていた溝に俺は呆然とする。

 俺に泣きついてきた奴は、まだ澤ノ井さんからまだ意識してもらえているだけ幸せな部類の人だったのだ。

 猪口の事で振り回されていたとはいえ、周りをちゃんと見ているようで何も見えていなかった自分にも落ち込んむ。

 そんな俺に酔っぱらっていても察したのだろう。塩が謝ってくる。

「ゴメン、清酒くんにそんな顔をさせるつもりはなかった。

 多分営業の皆は清酒くんには感謝していると思うよ。

 あの澤ノ井さんにビシバシ言い返せているから、俺とは違って皆頼りにされているし、期待もされて辛いとは思う。

 最低なのは俺だよ。そうやってみんなの愚痴を聞くしかできなくて、言いたい事も言えずに澤ノ井さんにもヘラヘラしたがっているだけ」

 塩が俺の肩に凭れそんな事をいってくる。

 こうして甘えたような仕草をみせてくるところをみると、けっこうお酒も回ってきだようだ。

「いや、そうやって塩が気付いてあげられているから皆も相談できたわけで。

 そこがお前のスゴイ所だと思うよ。俺には足りない柔軟な目があるというか」

 塩は顔を顰めて顔を横にふる。

「そうじゃないよ。未空みそらにも言われるんだ。

 俺は耐えすぎる。

 心に色々ため込みすぎるから、もっと開放してぶちまけて自由になって!

 ……と言われたんだけど、こうやって言いやすい所だけに漏らすという情けなさ」

 俺に凭れたまま塩は溜息をつく。

「……みそら?」

 うっかり、あまりツッコむべき所ではないところに触れてしまう。

「ヨガのインストラクターやっている子で、明るくて楽しくて一緒にいると日溜まりにいるかのように癒されて」

 いきなり酔っ払いモードが愚痴から惚気に切り替わったようだ。やはり彼女が出来ていたようだ。

「俺は彼女に楽しんでもらいたくて、色々デートする店とか場所とかつい下調べしたりししちゃう方なんだけど、彼女は違うんだ。

 細かい事気にせず行動してもいじゃない失敗してもそれを二人で楽しめれば最高って。適わないなと思う――」

 俺は惚気まくる塩に戸惑いながらもその話を静かに聞くことにする。

 慎重な塩に、大らかな彼女で、それぞれの欠点を補いあっているようすで聞いている感じ最高の組み合わせのように感じる。

 何よりも相手の事が大好なのが伝わってくる。この性格で、真っ直ぐ想いを向けられたら相手も嬉しいだろうと思う。

 何周目かしてきた話を聞きながら俺は考える。今の職場の事を。


 猪口の事は、もう半分は解決したようなものと考えている。

 猪口も俺がいった事を少しは気にしてくれたのか、佐藤部長が何か上手く言ってくれたのか、勤務態度は若干ではあるもののマシにはなった。

 まあ言われた後だけに俺の前でネットサーフィンはしなくなり、ID制限かけられた為にパソコンで遊べなくなったこともあるのかもしれない。

 今の彼女に任せられている営業としての仕事もなく、宣材のグッズの整理とか、一課の新人とDMの封書詰めとかいった作業をさせている。

 他の人の目のある共同作業は一番さぼれないから仕事しているように見えるのかもしれない。そうして半月やり過ごせば良い。


問題は澤ノ井さんの事。

 今更あの澤ノ井さんのキャラを変えるなんてそれは無理だろう。また俺がより深刻な状況に気づけなかったのは塩よりも澤ノ井さんに近い感覚をしているからだろう。

 俺もあそこまで露骨ではないけれど合理性をどうしても求めてしまう。

営業二課全体を生かし共同で動く為にはどうしたら良いのか? それは理想論なのか? それよりまず現状打開を計るべきなのか? 酔った塩の会話と同じで俺の思考もグルグル回る。

 色々な意味でハジけさせてスッキリしたらしい塩と別れ、一番に感じた事は煙草さんの事だった。

 あそこまで惚気られたら俺も恋人を感じたくなる。

 まだ十時前、電話しても大丈夫だろう。

『お疲れ様です~』

ツーコールの後、俺が求めている明るい挨拶が聞こえる。

「こんばんは、こんな時間にゴメン大丈夫だった?」

 フフと笑う声が聞こえる。

『はい、私は部屋でノンビリしてきましたから……。

 清酒さんはこんな時間までお仕事ですが? 大変ですね』

 彼女の俺を気遣ってくれる言葉が暖かい。

「いや、今日は会社の人と呑んでた」

『……呑み会?! 会社の人と……?』

 俺が下戸なので煙草さんにソコが気になるのか、トーンが低くなる。

「俺はソフトドリンクで、同期のヤツの愚痴とか惚気とか聞いていただけ」

『はぁ……それなら良かったです』

 そんな気の抜けたような声が返ってきた。

 前のワインソース事件が思った以上に彼女に衝撃的を与えているようだ。

「ソイツが余りにも自分の彼女の事嬉しそうに話すから、聞いていたら煙草さんと無性にに話をしたくなってかけてしまった」

 酒から少し話題を離そうと、そう話を続ける。

 フフと少し嬉しそうな笑い声が聞こえ『私も今スゴく、清酒さんと話をしたかったから』と可愛い事言ってくる。

『今日ね、取材中に雑貨屋で、面白いコーヒーメーカー見つけたの!

 清酒さんはもうご存知かもしれませんがCold Bruerっていうモノで』

「ああ、水出しコーヒー作るやつね」

 俺がそう答えると『ですです!』と元気に応えてくる。

『なんかあのようにジックリジックリ淹れられて作られていくと思うと。想像するだけでその工程までがなんか萌えるというか、ワクワクするときうか』

「確かにね。その工程にも意味はあるし、さらに見ていても楽しい。それが水出しの醍醐味でもあるよね。

 我が家にKalita ウォータードリップ ムービング というのあるんだけどこれがまた鹿威しのようにスプーンが動いて珈琲豆に浸していくというシステムで、その動きがまたみていて楽しいんだ」

 スピーカーの向こうから感心した声が聞こえる。

 どういう顔で聞いているのか想像できるだけに、こうして話をしているだけで楽しく盛り上がれる。

 そのまま週末の予定を相談して歓喜の余韻と予感を残して通話は終了する。

 煙草さんとの楽しい週末があると思うと今週も頑張れる。

 俺は大きく深呼吸して空を見あげる。

 視線の先でやけに真ん丸な月が俺を見おろしていた。

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