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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
イタリアン・ロースト
92/102

塩対応



 俺はチラリと鬼熊さんと目を合わせる。ジッと俺達の言葉を待つ相方の目が塩を時々気にするように移動する。

「帰ってきたばかりで疲れているところ悪いけど、手伝ってもらいたいことがあるの」

 鬼熊さんはフーと息を吐き、相方に事情を説明する。そして俺を気遣うような視線を向けてくるがどうしようもない状況だ。二重三重にやらかされている。コレを放り出してデートなんてとてもじゃないけど出来ない。俺は塩の方を向き直る。

「猪口が馬鹿しでかした為に迷惑かけてすまなかった。資料の方は今日中に仕上げておく。コピーは何部準備したらいい?」

 明日の朝の会議に使う資料が第優先だろう。しかもコレは俺が作るしかない。塩はフワリと笑う。

「それは俺が頼まれた仕事。資料作り直してもらえば俺がプリントするよ。

 その時間潰しに何か手伝う事ありますか? 資料作りは横から手出しできそうではないけど、ソチラは手伝いますよ」

 俺にそう言ってから、塩は鬼熊さんに視線を向ける。塩の柔らかい笑みと言葉に少し癒される。場を明るく沸かせるムードメーカーの相方とは違って、場を和ませる空気を出すのが塩という男。

「塩さん、私の為に……。

 そうですよね! 皆でやれば早く終わりますよね」

 嬉しそうにそんな事言う猪口は無視することにした。先ほど涙目になっていた筈なのにもうヘラヘラしている。しかし塩は俺より人間出来ているから笑みで流し猪口に二コリと笑いかける。

「というより、清酒くんにはいつも愚痴を聞いてもらってお世話になっているから、愚痴を聞いてもらった時間分、身体で返さないとね。

 猪口さん、君が汚して破棄したという書類は、商品管理表?」

 そう言いながら一足先に事態収拾に動き出している。塩は当たりの優しさと冷静さで、営業二課一クレーム対応が旨い男。時々溜まって愚痴りがちになることはあっても、意外とタフなのかショックから抜け出せない俺や鬼熊さんより切り替えも早いようだ。

 猪口が捨ててしまった書類は、珈琲豆やフィルターを倉庫からいくつ持ち出しどう使用したかを記録し報告するもの。珈琲豆は納品だけでなく、サンプルとして渡したり、俺のようにサービスで振る舞ったりと使用される豆の動き全てを報告する為のもの。在庫の管理、無駄な動きがないか? 不正な使用がないか? 等をしっかり掴む為に使われている。猪口が言い逃れようと『システム上で管理されているから、この紙は参考程度のものですよね? そんなに大騒ぎする事ではないのでは?』と宣っていたが、珈琲豆を持ちだした営業の印鑑、上司の承認印、商品管理の承認印が必要で、それがあるから、適正に商品が動いた証明となる。馬鹿な言葉を発した猪口に冷たい目を向ける相方とは異なり、塩は猪口のパソコンを触りながら丁寧に説明をする。

 これがマメゾン営業でも評判の神対応と言われる【塩】対応。コイツの人当たりの良さは営業部でも一・二を争う。だからこそあの澤の井さんの下につかされたのかもしれない。佐藤(さふじ)部長も塩麹の効果で澤の井さんをまろやかにしたいのだろう。何かをプリントしたようで塩はプリンターから出てきた用紙を取りにいき、チラリと時計を確認して鬼熊さんの方にやってくる。

「この時間なら商品管理の人もまだいると思うので、話通しておきますね。猪口さんが触ったファイル、情報基盤センターで利用者履歴みてきます! 今週猪口さんしか触っていないモノだったらバックアップで対応できるから」

 鬼熊さんは申し訳なさそうに頷き塩を見送った。塩が話つけてくれたら再承認の話もスムーズに対応してもらえるだろうし、触ってしまった資料に関しても任せたら間違えなさそうだ。鬼熊さんの視線が塩の背中から俺へと移動する。俺の事を気遣いどう言葉をかけるか困っているのが丸わかりの顔に、俺は笑顔を無理やり作り返す。

「とりあえず俺は、コッチ資料作り直しの作業を優先しますね。鬼熊さんそちら任せていいですか? 」

 俺の言葉を聞きながら鬼熊さんは俺をジッとみている。『いいの? それで大丈夫?』 とその目は言ってきているが、今この部屋であの資料を澤の井さんが納得できる形に仕上げられるのは俺しかいないし、この状況を放棄できないだろう。俺は『何も今は言わないでくれ!』と目で訴え自分の席に戻る。引き出しから書類作成に必要な資料を取り出しディスプレイの横の時計を見る。約束の時間まで一時間切った。しかしそこまでにこの事態を収拾させることは無理だろう。この資料を急いで仕上げても三時間弱……。断腸の想いだが諦めるしかなさそうだ。俺は大きく深呼吸をする。

「鬼熊さん、ちょっとだけ離れますね」

 俺はスマフォを手に掲げて席を立った。こんな電話かけたくないが、連絡しないわけにはいかない。ディスプレイ見ると、煙草さんからLINEの通知が来ており『早めに仕事中終わったので、先に待ち合わせ場所でノンビリ待っていますね♪』とある。ワクワクしたネコのスタンプもついており余計に心が痛む。俺は大きく深呼吸をしてから電話をかけた。

『もしもし~♪ お疲れ様です』

 明るく挨拶してくる煙草さんの声が今の俺には辛い。

「……煙草さん、申し訳ない。急用が出来てしまって今日は会えそうもない」

『……』

 息をのむ音とその後無言が続く。

「今日中に、処理しなければならない問題が発生してしまいまして。本当に申し訳ありません。この埋め合わせは週末必ずしますから」

 そう言葉を続けると、ガサガサ音がする。

『いえいえいえぃぇ。

 お仕事なのですから仕方が無いですよ。清酒さんは悪くないです。はぃ。

 デートはいつでも出来るのですから、お仕事頑張って下さぃ』

 だんだん声に元気なくなる所から、落ち込んでいるのが分かる。それを聞いているとコチラも凹んでくる。ガッカリさせてしまった事が申し訳なくて何度も謝るしかなくて、逆に気を使わせた形で通話は終わる。

 なんでこんな事に……。ドップリ落ち込んだ気持ちのままレストランにも連絡を入れる。

『そりゃ、災難だったな』

 友人でもあるオーナーは苦笑している。

「代金はちゃんと払いますから」

 そういうとフフと笑い声が帰ってくる。

『いいよ、代わりに週末でも二人できてよ。

 あとケーキだけでも仕事おわったら取りにきてくれると助かる。コレだけは残されても困るから。閉店後も十二時前くらいまで従業員はいるから、それだけでも彼女に届けてあげたら?』

 そのバースデーケーキはその店の近くにあるケーキ屋さんで態々注文して作ってもらったもの。お洒落に美味しい食事を二人でして、それを出してもらい驚かせるつもりだった。こんな事になるとは。

「ありがとう。分かったそこまでならないと思うから引き取りにいく。本当に申し訳ない」

 俺は電話を切りまた溜息をつく。気合いを入れて営業部に戻り、作業を始めることにする。ムカつきすぎて、猪口を視界にいれるのも嫌だったが、聴覚と視覚の隅にその存在を感じイライラする。イラついているのは俺だけではないようだ。しかもファイリングにかなり問題あったようで相方がプンプンという感じで叱りながら作業をしている声も聞こえる。

 そのような事している内に塩が帰ってきて、鬼熊さんに報告しているのを作業しながら聞く。幸いな事にその殆どがバックアップしたもので対応できるようで、それで対応できなかったデータは作業該当者に声をかけて内容確認をお願いするという事まで動いてくれている。そこまでやってくれている塩の事をどう見ているのかと、猪口をチラリと見たが、散々相方に叱られたせいかすっかり剥れている様子で周りをみてやしない。その隣で相方が塩を尊敬の眼差しで見つめていて、近くに戻ってきた塩に目をキラキラさせてお礼を言っている。改めて塩という男の素晴らしさと、相方という人間の可愛さと、猪口のダメさを実感する。申し訳ないけど猪口との作業は鬼熊さんと相方に任せて俺は集中して資料作成作業をすることにした。これだけ人の迷惑をかけ世話をやかしているのに一度も謝る事も感謝することもない猪口にキレそうだから。


 コト


 音がしてみると俺の机に珈琲が置かれている。その珈琲を置いた手に繋がる人物をみると塩が柔らかく笑っていた。俺は女だったら塩という男に惚れるのではないかと、その時馬鹿な事を考えた。コレが神対応の営業が出来る塩というヤツの行動らしい。お蔭で怒りとか感激とか様々な感情が混ざり合って一瞬礼を言うのが遅れてしまった。

「あ、ありがとう」

「あっいいな~私も珈琲欲しい!」

 そんな俺達のやり取りをみていたらしい猪口の声が聞こえる、

「でも君は、また珈琲をこぼしたら大変だろ? だから終わってからにしようね」

 塩が先にやんわりとそういう言葉を返してくれたからキレずに済んだ。

「清酒くん、良かったら、出来た所までチェックするよ」

 なんてイチイチする事が気が効いていてニクイ男なのだろうか。俺はもう感動で泣きそうだ。

「塩……助かる。今出来たところまでプリントアウトするから」

 俺は資料を渡すと、二コリと塩は受け取り離れていった。

 鬼熊さんたちのほうの作業は二時間チョットで決着が見えたようで、邪魔だった猪口と、頑張った相方は帰っていった。

 俺の方の作業も塩と鬼熊さんがダブルチェックしてもらえたことで、想定よりかは早く終わらせることができた。とは言えそこまで塩に手伝ってもらいながら、やりっ放しで帰る事はできず、三人で会議資料作りをして終わった時には十時チョット前となっていた。俺は会社を出て大きく息を吐く。一人になると、今煙草さんはどういう気持ちでいるのかが気になる。

 何気に今日のデートを楽しみにしてテンション高くしていた様子。先程の電話でかなり落ち込ませてしまった空気が頭の中で蘇る。俺は気持ちを落ち着ける為にもう一度大きく深呼吸をした。

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