荒んだ心の癒し方
俺はスマフォの画面見て苦笑しながら出来た珈琲を持って席に戻る。
「どうしたの? 何故か楽しそうだけど」
座った俺に鬼熊さんはそう声をかけてくるので俺は誤魔化し笑いをする。
「いやね、友達から相談という名の惚気をされて。文章中に奥さんが好きで、好きで堪らないと言葉に込められすぎて、それ読まされるとこういう顔に」
鬼熊さんは笑う。
「いるわね、そういう人って。
一番楽な相談事ではあるから気も楽ね。でも羨ましいそういう感じ。
それにしても女性にはありがちだけど、男性でもそんな事をしてくる人いるのね」
その言葉に俺はハハと笑うしかない。羨ましいって……。『貴方の旦那様ですよ』とは、言いづらい。そして今はこうやって会社では凛々しくしている鬼熊さんが、家では清瀬くんに甘えているのだと思うと気恥ずかしくもなってくる。
「いますよね! 男子でも彼女に何贈ればよいのか? 何処にデート連れていけば良いのか? と大騒ぎして楽しんでいるヤツ」
良いタイミングで相方が参加してくれてので、話が若干逸れて良かった。
「それはお前じゃないのか? 色々デートの度に大騒ぎしそうだ」
そう言うと相方はブルブルと頭を横にふる。
「そんな事はしませんよ! それに彼女に何かしてあげるのって一番楽しい所じゃないですか! だからこそ自分で、なんとかしたいし」
それは言えているかもしれない。そしてふと煙草さんの事を考える。そう言えば彼女は来月誕生日の筈。メールアドレスの後にある数字がそれを示している。色々サプライズするのも、楽しそうだ。そう考えている間に相方と鬼熊さんが楽しそうに話をしている。
「あら、残念。そういう楽しそうな相談ならいくらでものるのに」
「ん~、今彼女いないし~」
俺は二人がいつものように楽しそうに会話しているのを見てなんかホッとしてパソコンのディスプレイに視線を戻す。
「だったら清酒くんはしてくれないの? そういう相談」
いきなり鬼熊さんに話ふられ俺は視線を鬼熊さんに向ける。
「は?」
笑っているけれど、目はやけに真面目な感じに見える。
「清酒くんの恋バナ、また聞きたいな~と」
俺は顔を顰める。
「『また』って今までもしたことないでしょうに」
俺の言葉に鬼熊さんは溜息をつく。隣で興味津々な様子で俺達を見ている相方の視線を感じるのも困る所。
「そうなのよね~だから寂しくて。ようやくそういう会話楽しめそうな相方くんきたと思ったら、彼もしないっていうから」
初芽の事もあって色々心配かけているのは分かるだけに、申し訳ない気もするが、余計に恋愛の話はしにくい。そうでなくても人にそういった相談する事にも慣れていない。俺は隣の相方に視線を向けニヤリと笑う。
「相方、お前サッサと彼女作れ! そして色々鬼熊さんに相談して喜ばせてさしあげろ!」
相方が『え?!』と声をあげ目を丸くする。
「なんで、俺が?! だったら清酒さんが今からでも相談すればいいんじゃないですか?!」
ここで今の段階で、何相談しろと言うのか? 色んな意味で出来ない。
「したくないし、それは、俺のキャラではない」
俺の言葉に『ズルい!』 と声をあげる相方に俺と鬼熊さんは笑ってしまう。そして鬼熊さんが『相方の好きな女の子のタイプ』とかを聞き始めたので、相方は照れまくり、出来あがった書類をもって経理に逃げてしまった。俺にはまだ女の子の話をするが、流石に鬼熊さん相手には恥ずかしいらしい。
グループに鬼熊さんと二人きりになり、不自然な沈黙が落ちる。
「アイツあんだけ女子に人気あって、なんで彼女作らないんだろ?」
相方の消えた方をみて呟いた俺の言葉に鬼熊さんは笑う。
「今、スイッチ入ってないだけでは?」
仕事が楽しく、私生活も友達と色々していてソチラで満たされているという事もあるのだろう。
「ところで、清酒くんのスイッチはどうなの?」
鬼熊さんに話しかけられて視線を戻す。俺はフッと笑ってしまう。
「もう、そんな心配するのを止めて下さい。強がりとかで言っているのではなくもう大丈夫ですよ」
鬼熊さんはジーと俺の顔を見つめてくる。
「便りがないのは良い知らせという事で安心して下さい」
俺の言葉に思いっきり顔を顰める。とはいえ、今の俺の悩みはプライベートにはなく逆に社内で発生している事オンリーなのだが。
「貴方は悪い時も良い事も、何も言わないから安心しづらいのよ」
とはいえ、鬼熊さんにはかなり恥ずかしい姿も晒している。それだけに鬼熊さんが気にするのも分かるが、恥しくてこれ以上情けない姿みせたくない。
「しかし、鬼熊さん付き合い長い分誤魔化せないでしょ。俺も良い年なのですから、もうスッカリ元気ですよ。そういう意味では。
……でしたら、結婚するような時は仲人の相談とかさせて頂きますから」
鬼熊さんは思いっ切り顔を顰める。
「そういう面倒な相談だけしかけてくるというわけね」
その言葉に俺は心外だという表情を返す。
「そういう鬼熊さんも、恋愛などの相談してくれないじゃないですか」
聞きたいわけでもないけど、そう言ってみる。
「相談しなければならない事、本当にないからね」
ニッコリ笑われて俺も笑うしかない。それもそうだろう。鬼熊さんは何かあったら夫婦二人で話し合って乗り越えるだろうし、また互いに一番身近で見守って支えてくれている人がいる。俺の出番もないだろう。
「それはご馳走様です」
俺の言葉にフフと鬼熊さんは笑う。そしてふと視線を落とすと、先程猪口が出した書類が目に入る。あのあと修正されて提出された筈なのにミスが残っており、俺がディスプレイを見ながら指摘してあげることでやっとまともな書類が作成できた。
「それにしても、猪口は何故、我が社一番のアイドルをあてがってあげたのに、何が不満で俺の所にくる……」
俺のつぶやきに鬼熊さんは苦笑いをする。女の子からしてみたら、入社して配属されたらイケメンな先輩が指導係で、その先輩が優しく気さくに教えてくれるなんて最高にゴキゲンな状況だと思うのだが、猪口は相方を苦手としている。
「さあ、女性陣の見解は、『相方くんの横だと自分の可愛さが引き立たないから嫌なのでは?』という事だけど、それ以上に貴方猪口さんに何したの? 何故あんなに懐かれているの?」
俺はその言葉に、嫌な気持ち悪い感情が心の中に広がる。
「何もしていませんよ。研修でも一番ふざけた感じでうけているので、ムカついたから名指して発言させただけ」
あの時の事を根にもって嫌がらせしているのか? と思うくらい猪口は俺に構ってくる。質問は相方、鬼熊さんではなく俺だけにしてくる。俺の事を慕っているならばもう少し俺の言葉を聞いて真面目にやってくれると思うのだが、それを聞き流す。十二時になったらランチを食べようと誘ってくるし、とにかく気持ち悪い。ハッキリ言って俺は一目惚れされるようなタイプではない。寧ろ第一印象が最悪で、怖い人、嫌味っぽい人と思われ嫌厭されることの方が多いし、猪口相手には俺の嫌味でキツい面しか見せてない。
「ところで、前話をしていた困ったバイトの子ってどう教育して仕事をさせたの?」
俺は肩を竦める。新人として猪口が入ってくると聞いたときにバイト時代にいた、不真面目で仕事をお遊び気分でする女の子の話をしたのを覚えていたのだろう。
「教育というか、理詰めでトコトン追いつめ泣かせ続けたら、十日で辞めてくれました」
鬼熊さんは俺の言葉に大げさな感じで溜息をつく。
「今回もその手法を採用していいのなら、喜んで頑張りますが」
俺の言葉に鬼熊さんは顔を横に振る。
「まだ、それは止めて、なんとか使えるようにすることを考えないと」
その言葉に落胆しているふりをする。
「分かりました。まだ止めておきます。
でも、アレは営業としてウンネンというより、社会人としての自覚がない。俺は怖くて取引先を任せることも出来ない。どう教育していくつもりですか?
無駄に苦労して頑張るより、早めに手を打っておくべきだと思いますよ」
鬼熊さんは俺を見て苦笑する。
「一週間で結論を出すのは、まだ早いわ。どこかの部署に異動させるにいても彼女の仕事の適正を見極めないと、受け入れ先も作りにくい。それにある程度の常識とスキルを学ばせてからでないと、コチラの育成能力にも問題があるとされるわよ」
その言葉に俺は溜息をつく。アレに仕事を少しでも出来るようにするなんて無理な気しかしない。もう遠慮なくスパルタでいかせてもらうしかないだろう。
「相手は女の子だから、加減はしてよ」
俺の表情から、何かを察したのだろう。鬼熊さんが目を細めてそう言ってくる。
「社会人になって、誰も通る道でしょう。未熟さから泣くなんてこと。そして成長するものでは?」
頭の中で俺の言葉で涙目になっていた手下の顔とか、給湯室で泣いていた煙草さんの顔がふと蘇ってくる。誰もが真剣に仕事して、それでも失敗をして悔しい想いをして強く成長していく。チャラチャラした恰好でお遊び気分で会社にいる猪口の方に問題がある。俺はますます決意を強くする。とはいえアイツの相手をすると思うだけで激しい疲労を感じる。さてと、どうしごくか? それを考えていると鬼熊さんのスマフォが震える。ラインが入ったようで、それをチェックする鬼熊さんの顔がフッと綻ぶ。その表情で相手が誰なのかすぐわかる、そして悪戯を思いついたような子供っぽい表情ですぐに何かを返信したようだ。新婚さんというのは、こうして端からみるとなんともくすぐったいものである。
「見てくださいよ~! こんなにオヤツ貰ってきました!」
嬉しそうな顔で、相方が戻ってきた。手にはお菓子の入った箱をもって幸せそうだ。新人教育で色々苦悩していたように見えた相方もオヤツ与えるだけで元気になる。鬼熊さんも愛しくカワイイ旦那様の愛の力とやらで癒されるから大丈夫だろう。そして俺は?
仕事を終え電車に乗ってからスマフォをチェックすると、煙草さんからラインのメッセージが入っていた。
『仕事おわった~』と言いながら喜んでいる猫のスタンプ。時間は一時間くらい前。もう部屋に帰っているころだろう。
『今日はなんかバタバタしていて、慌ただしい一日でした~
そんな日も明日がお休みだと思うと頑張れますね』
煙草さんのメッセージに思わずニヤニヤしてしまう。
『一週間、お疲れさま
俺の方も今やっと、仕事終わりました』
『清酒さんこそ、お疲れさまです。
こんな時間まで大変でしたね』
労りの言葉がなんか温かくて嬉しく感じる。なんてことない他愛ない会話が楽しい。仕事でのストレスや苛立ちが溶けていくのを感じる。
電車を降りて、対話をラインのメッセージから電話に切り替える。声が聞きたいから。そして二人で週末の予定を組んでいく。『家に帰るまでが遠足』というが、デートはこうやって計画たてているところから始まっている。特別な事をするわけではないけれど、最高の休日が煙草さんと対話し始めたときから始まっているような気がした。来週からの仕事を乗り切るためにも、煙草さんで元気をチャージさせてもらおう。電話を終え、今度は昂揚した気持ちを少し落ちつくために大きく一回深呼吸をした。