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スモークキャットは懐かない?  作者: 白い黒猫
イタリアン・ロースト
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中間管理職の憂鬱

 年度末も色々面倒なのに、新年度に色々面倒なもの。それに加え最近営業の仲間から夕飯に誘われる事が異様に増えた。ウチの会社は仲悪い訳ではないが、今時のサラリーマンらしくそこまでベタベタもしていない。アフターファイブにまでみんなで飲みに行くという事はあまりない。それなのに何故そういう事態になったのか? 社内でしにくいと話をしたいという事と、愚痴を漏らしたいという事で呼出されて話を聞いている。しかも俺は素面で、相手はアルコールを入れての会話になるので愚痴と泣き付きの要素の強いそのご飯が楽しい筈も、美味しい筈もない。

 澤ノ井さんが営業にきて一か月経過したが、澤ノ井さんと営業部の面々の関係は改善する兆しはなかった。澤ノ井さんは、常に状況に対し自分なりの結論を持っていて、対話を撥ね付けそれを押し付けてくる。俺は負けず嫌いな所もあり、納得できなければ反論するし、澤ノ井さんは俺との討論するのは嫌いではないようでまだ聞いてくれる。とはいえその流れはかなりの時間と労力がいるので正直疲れる。営業二課の皆には、俺は澤ノ井さんのお気に入りと見えるのか、俺を通して澤ノ井さんに自分達の意見を伝える方法に切り替えてきたようだ。いい大人が何言っているとも思うが、澤ノ井さんの対話のぶった切り方は、あまりにも凄まじく、そのやり取りをされている時の営業部は静寂に包まれる程。

「俺が聞きたいのは、言い訳じゃなくて報告。で、つまり、君は取引先を二件失ったそれが全てだろう? もう分かったからそれ以上いいよ」

 高圧的にそんな言い方されたら、何もそれ以上言えなくなるし、心も折れる。しかも一番落ち込んでいる状況でのその言葉はキツイ。澤ノ井さんとの対話も最小限にしようという方向になるのは仕方が無い。

緩衝材として期待していた相方は、直で関わる関係でないこと、そんなリーダーからチーフと課長であるマネージャーとの仕事の話の場に単なるクルーであり席も離れた相方がいる訳もなく、相方は遠くからそのやりとりに目を丸くしてヒビりながら見ているだけでそこに飛び込む馬鹿なんてする訳はない。


 あの鬼熊さんですらムッとした感情と言葉を出させるという珍しい事態も引き起こしている。

「君のそういう【優しさ】が、この状況に皆を甘んじさせて打開策を生み出す事を阻害しているのでは? ヨチヨチと慰めるだけが君の仕事ではないだろ」

 【優しさ】に嫌らしいアクセントつけてくる。その時は流石に俺もムカつき、澤ノ井さんに反論をしようとしたが鬼熊さんに止められ、『そう言えば君も鬼熊チルドレンだったな、ママが叱られるのが嫌なら口じゃなくて頭使え』とからかわれる。

 こんな状況で心折られた人達は、それでも澤ノ井さんに言葉や意志を伝えようと俺を利用しようとしてくる。俺は仲良く見られているが、社内で仕事に関係ない事を談笑している分には良いが、仕事での付き合いは俺もキツいし、プライベートでまで付き合う程ではない。認めてはいるし好きだけど、友人といえるほど近い存在ではない。互いに愚痴を言い合える久保田さんとは明らかに違う関係である。

 何度めかループし始めた内容の相手の言葉を聴きながら俺はヤレヤレとウーロン茶を飲む。もうコチラはお腹いっぱいだし、この話に心の疲労度もいっぱいである。

 この食事相手が煙草さんだったら、どれ程良かったのかとも思う。酔っぱらっていても可愛いくて楽しい。逆にこの相手の所為で、その楽しい時間が奪われていると思うと、澤ノ井さんへのムカつきも増す。


 千葉に住む相手の電車の時間の限界がきたことで散開となり俺はホッとする。ふらつきながらもホームに向かう相手を見送ってから俺は大きく深呼吸して自分の乗る路線のホームへと向かう。

 状況がかなり微妙なので、喧嘩にならない程度に澤ノ井さんには色々伝えて来ているのだが、『清酒くんは、細かく色々気にしすぎ。そんなんじゃ仕事動かしていけないぞ。お前ももう少し上になればわかるよ。それに職場は仲良しゴッコなんてバカを楽しむ所ではない』と笑って流される。俺は細かいかもしれないけど、澤ノ井さんはもう少し他人の感情というのを気にして欲しい。ここまで嫌われる行動しても平気でいる神経がスゴイ。『それより、もっと根本的な事から営業を考える必要がないか? お前は何かアイデア出てこないか?』イマイチ伝わらず話は変えられてしまう。どうしたものか? 俺はまた溜息をつく。鬼熊さんは俺までがキレて澤ノ井さんと衝突して離れたら、澤ノ井さんが完全孤立し課内が収拾つかなくなるから今は耐えろと言うが……。俺とて澤ノ井さんを孤立させたいわけではない、彼の自分が現状を変えなんとかしたいという想いは分かる。しかしその言動に問題はかなりあるのに、本人にソレを直す気はまったくなく、逆にそのやり方に自信をもっているから質悪い。この状況でまだ歩み寄りを図り関係を改善しようとしている課内の人のお人好しな所に感謝してもらいたい。上からのプレッシャー、横や下からの期待、中間管理職の憂鬱とはよく言われるが、ソレってこんなにも、面倒で苦しいものなのだろうか?

 帰りの電車内でスマフォをチェックすると、煙草さんから連絡が来ている事に気付き思わず唇が綻ぶ。

 一緒に暮らしている訳ではないが、仕事を終え帰る時に連絡するのが二人の習慣になっている。

『ただいま、今帰っている所です』

 すると二分程して既読が付き即メッセージがくる。

『おかえりなさいませ~♪ こんな遅くまでお疲れ様でした』

 その文章が煙草さんの声で脳内に響く。それだけで癒される。そのあとニッコリ笑ってハートを飛ばす猫のスタンプ。

『まあ今日は飲み会でこの時間。

 タバさんこそ、お仕事お疲れ様でした』

 送信……と。車内吊り広告に目をやる時間もないくらい直ぐに返信がくる。

『飲み会?! そんなのに清酒さん参加して大丈夫ですか?』

 煙草さんには、そこが一番気になるらしい。

『職場の人は俺が下戸なのは知っているから大丈夫。ただ周り酔っぱらいの中一人素面なのはキツイかな』

『清酒さんの場合、どうしてもそうなっちゃうんですよね~それは大変ですよね』

 電車の中でそんな他愛ないやり取りを楽しむ。そうしている内に心がどんと軽くなり楽しくなっていく。

 電車を降りて改札出た所で、LINEでの会話を電話に切り替える。

「今週末何かしたい事ある?」

 耳に響く煙草さんの声が心地よい。俺は煙草さんを抱きたい、感じたい。シッカリと直に五感で煙草さんを味わいたい。煙草さんのフフフフフフという声が聞こえる。彼女の嬉しそうな企み顔が頭に浮かぶ。

『花見! ウチの近所の公園で穴場見つけたの! あそこに桜あるなんて思わない所に一本だけあるの!』

 ほう、誰もいない桜の木の下でイチャイチャするのは楽しそうだ。

「いいね、お弁当とか広げてノンビリするの。どうする? 大したモノは作れないけどお弁当作ろうか?」

 うっかり今までの彼女とのパターンでそう言ってしまう。

「え! 清酒さんが?

 それはそれで物凄く美味しそうですが……今回は私が頑張ります。といっても唐揚げとかおにぎりとか普通のモノになると思いますが」

 俺ってこんなに手料理に飢えていたのだろうか? そう特別な事ではないとは思うのにその言葉が嬉しい。

「それは、いいね! そんな花見何年ぶりだろう。楽しそう!

 何か花見ってサンドイッチよりおにぎりの方が似合うと思わない? やはり日本らしいのイベントだからかな?」

 二人で話すとどんどん楽しさが広がっていく。彼女と話すとなんか未来が明るく感じる。

「なんか、ものすごくワクワクしてきました!」

 ワクワクか、俺はあまり使わなくなった言葉だけど、その表現が今の俺の気持ちにピッタリだ。

「そう言えばこないだお客様から頂いたレジャーシートもあったな。俺も珈琲淹れて何か旨そうなお菓子用意するよ」

 頭の中で幾つか花見に良さそうなお菓子売っている店が頭の中で浮かんでくる。どう楽しもう。どうしたらもっと楽しくなる? アイデアがどんどん沸いてくる。週末が楽しみだ。そしてコレがあるからあと二日頑張れそうだ。俺は部屋に帰るまでの時間煙草さんとの会話を楽しんだ。

 


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